5章 第22話 友達の条件

「......ん」

 円香が目を覚ますと、そこは病室だった。少し頭がスッキリしないまま身体を起こすと、病室の椅子に座っていた山神が気づく。

「円香...!大丈夫か?」

「うん、なんともないよ。ちょっとぼーっとするだけ」

 円香は寝惚けた様子で目を擦る。確かになんとも無さそうだが、あんなことの後で様子が変わらないことに山神は少し違和感を感じた。

「剣次...ごめんね。また、迷惑かけちゃった」

 山神は円香に近くに寄ると、理解できないように首を傾げる。

「またって?別にいつも迷惑なんて...」


 山神が続けようとした時、病室の外からドタドタと誰かが走っているような音が聞こえてきた。程なくそれは近くなり、誰かが病室の扉を勢いよく開ける。

「「円香!!」」

 入ってきたのは明と絵理だ。相当急いできたのか、かなり息が上がっている。

「お前ら、ここ病院だぞ」

 山神が呆れた様子で注意すると、絵理は口に手を当てて頭を下げた。明も病室の外に向かってごめんなさいとジェスチャーをする。

「2人とも...来てくれたんだ」

 円香の表情は一瞬明るくなるが、すぐに申し訳なさそうに俯いた。円香に近寄る2人は顔を見合わせる。

「ごめん、心配...させちゃった。こんなんじゃ失望したよね」

 少しの沈黙の後、明が口を開いた。

「そうだね...。ちょっと失望したかも」

「ちょっと明!」

 絵理は明を押し倒しそうな勢いで詰め寄るが、明は表情を変えずにつづけた。

「だって、少しも私たちを頼ってくれないんだもん。こんな、こんな大変なことになる前に何か...」

 悲しさと不満が混ざった表情で言葉を詰まらせた明を見て、絵理も理解した様子を見せる。山神も何かフォローをしようとするが、気の利いたセリフが浮かばない。



「だって...。私がちゃんとしていればお父さんとお母さんは...。私がちゃんとしてないと、みんな居なくなっちゃう」

 10歳で親を失ったことのトラウマ。そこから生まれた被害妄想に近い思い込みは、円香をずっと苦しめていた。もちろんそこに彼女の責任はない。



「じゃあ円香はちゃんとしてないバカな私の友達でいてくれないの?」

「え...?」

 意外な返事だったのか、円香は少し困惑した様子を見せた。絵理は優しく微笑むと円香の手を取る。

「私は円香がちゃんとしてるから友達になったわけじゃないよ。確かに数学できなかったり、両親が...居ないって聞いた時はびっくりしたけど...。それなら明もこんなにアホだと思わなかったし」

「なっ!?それなら絵理だってこんなイケメン狂だと思わなかった!」

「イケメン狂って何!?」

 なぜか言い合いになる2人を見て円香は思わず吹き出す。2人の言い合いもピタリと止まると、3人で笑いだした。その様子を見て、山神は静かに病室を出る。

(あとは...任せるか)


 笑いが止むと、円香の目には光るものがあった。絵理はまた円香に語りかける。

「親が居ない寂しさは、私たちには想像できないかもしれない。だけど、頼れることは頼ってくれた方が嬉しい。友達なんだから」

「数学だって私が教えるよ!」

 明の言葉に円香は微笑んだ。そして円香の目からは涙が溢れた。


「あ、明に数学は...聞け、ないよ...」

「なっ!?そ、そこは『うん』でいいでしょ!」



「うん、2人とも...ありがとう」

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