5章 第13話 死霊魔術(ネクロマンス)⑤
死霊魔術の方法が記された本を持って、円香は少し外れの方にある廃工場へと来ていた。何年か前から使われておらず、使われていた頃もよからぬ噂があったせいで、地元の人間はあまり近づかない。そんな場所だったが、円香は1人になりたい時に何度かここを訪れていた。
「これで...よし」
人気がなく、がらんとした工場の中で、円香は油性ペンで地面に何か描いていた。持ってきた本と交互に見比べて、ペンを地面に置く。彼女が描いていたのは、本に描かれていたものと同じ魔法陣だ。
(手描きの魔法陣なんて初めて描いたけど、なんとか大丈夫そう。次は...)
今度は筆箱からハサミを取り出すと、刃を開いて片側を左手の親指に当てた。少し息を吐くと、それを横に動かす。
「っ...!」
円香が痛みに顔を歪めると、親指にできた切り傷から血が流れた。彼女はそれを魔法陣に数滴垂らすと、1度指を舐めてから用意していた絆創膏を貼った。
(使用者の生命を表すもの。血を数滴垂らす)
傍から見れば、それが普通の魔術の方法ではないのは感じ取れる。しかし、彼女はそんなことを感じられないほどに盲目的に進めていた。
(魔力を込めて、詠唱する)
円香は魔法陣の上に手を置く。すると描かれた魔法陣の線が淡く青く光り出した。垂らした血はその光に吸い込まれるように消え、代わりに魔法陣の所々が赤く瞬き始める。
「彷徨える魂、私にその悲しい声を聞かせなさい」
円香は本に書かれた通りに口ずさむ。
「彷徨える魂、私をその想いで護りなさい」
淡い光は段々と輝きを増す。同時に青い光は段々と赤色へと変わっていった。
「彷徨える魂、私の魔術に応えるならば、その力をここに顕しなさい...!」
詠唱を終えた瞬間、耳元でガラスが割れたような音が響いた。その音の余韻も消え、また周りが静まり返ると、今度は小さく人の話し声が聞こえてきた。円香は思わず周りを見渡す。
「お父さん?お母さん?」
声が段々はっきりと聞こえ始めると、人気のないはずの周りには、誰かがいるような気配を感じた。
「...ど、か。まど...か」
自分を呼ぶ声を探すと、人間の形をした影が立っている。
「お父さん...!」
円香は影の方へと近づこうとするが、周りにも同じような影がたくさんいることに気づく。立って円香を見ているもの、項垂れているもの、倒れているもの。思わず足を止めた瞬間、断末魔の叫びが響き渡った。
「な、なに...?」
同時に老若男女、様々な声が聞こえてくる。囁くようなものから、叫び声に近いものもあるが、どれも円香の耳にははっきりと届いていた。
『『『痛い』』』
『『苦しい』』
『私...殺されたの?』
『呪ってやる』
『死にたくない』
『助けて...』
円香は耳を塞ぐが、それらの声はやまないどころか、どんどんと大きくなる。
「い、いや...」
まるで悲しみと苦しみの渦に呑まれたような感覚。それを振り払うように円香は叫んだ。
「いやぁぁぁぁぁぁ!」
感じたはずの懐かしい温かみは、冷たい悲鳴と気配にかき消されてしまった。
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