5章 第8話 幼馴染と気がかり②

 翌日の放課後、不思議そうな顔で絵理は山神に話しかける。

「ねぇ山神、円香って何かあったの?」

「ん?いや、特に何も聞いてないけど。あいつ昨日補習だったろ」

 絵理はそっかと呟いてから円香の机に目を向ける。いつもはゆっくりと準備をして帰る円香だが、今日はもう姿がなかった。

「昨日円香の補習が終わってから合流したんだけど、なんかご機嫌だったから。来るのも遅かったし、今日も用事あるからってさっさと帰っちゃうし...」

 すると絵理は自分の話したキーワードで、急に何かを閃いて驚く。

「ご機嫌で、用事ができて、すぐ帰るって...。もしかして彼氏!?」

「...は?」

 これには山神も耳を疑う。しかし、言った張本人が1番混乱しているようだった。

(彼氏できて付き合い悪くなる典型的なパターンだよね。でも円香は山神のこと好きじゃなかったっけ...。でもなあ、意外と分からないとこあるからなあ。押されたら案外コロッと...)

 絵理は何か言いたげな山神を手で制すと、自分を落ち着かせるように早口で続けた。

「ちょっと待って。混乱してるから続きはまた今度で。もし円香に会ったらさりげなく聞いといて。じゃあ!」

 嵐のように言葉を並べると、絵理はそのまま教室を飛び出していってしまった。残された山神は、状況が分からず思わず呟く。

「混乱って...。こっちのセリフだよ」

 山神は先程の絵理のように、円香の机に目をやる。いつも居るはずの人間がそこにいないことに、彼も少なからず違和感を感じた。

(円香に彼氏...か)



 当然絵理の予想はハズレ、円香は1人図書館へと向かっていた。都内に何ヶ所かある図書館のうち、1番大きな図書館だ。とはいえ、円香がここに来るのは何年かぶりになる。

(久しぶりに来たかも。さて、本が多いし頑張って探さなくちゃ)

 円香が図書館に来た理由は1つだった。死霊魔術の資料を探すためだ。占い師を疑っているわけではなかったが、亡くなった両親と会える魔術がどんなものなのか、円香には興味があった。

(あった!...でも本の数が少ないなあ。凄い魔術なのに...)

 本棚に並んでいた死霊魔術の本は5冊。円香は躊躇わずにそれら全てを抜いて、読書可能なスペースに持っていく。

(難しそう...。ちょっと読んでみて、あとは借りて帰るのがいいかな)

 円香は1冊選んでペラペラと捲る。それだけでも難しい単語が並んでいるのが分かった。

(死霊魔術...。死者の魂と対話する魔術。しかし、社会に与える影響と、魔術自体の危険性から、一般人の使用は禁じられている...。あの占い師の人は特別に認められてるのかな。精神に作用する魔術は医療関係者に認められてたりするし、結構使える人もいるのかも?......うーん、あとは辞書片手に読んだ方がいいかな)

 簡単な概要部分を読んで、円香は本を閉じる。魔術に明るくない高校生にとっては、難しい内容だった。


「お客様、ちょっとお待ちください。」

 死霊魔術の本を借りて帰ろうとした時、円香は図書館の職員に呼び止められた。円香が振り返ると、本を1冊手渡される。

「少し前に男の学生さんがあなたにと置いていかれたんですよ。正確には、死霊魔術の本を借りに来る女の子にと」

「え?」

 受け取った本を見ると、どうやらそれも死霊魔術の本のようだった。しかし、円香には心当たりはない。

「えっと...人違いじゃないですか?」

「うーん...。今借りていかれた本は滅多に貸し出しになりませんし、第三高校の生徒さんにって言ってましたから。またお預かりしますか?」

 円香はまた受け取った本に目を落とす。本棚には置いていなかった本だ。今は1冊でも多く情報が欲しい。

「いや、じゃあこれも借ります。ありがとうございます!」

「いえいえ」

 図書館の職員は笑顔を見せると、円香は一礼して図書館を後にした。


 円香を見送りながら、本を渡した職員は思う。

(今どき人づてに本を渡すなんて珍しい子たち。しかも美少年と美少女なんて絵になるわァ。...それにしても、あんな本うちにあったかしら?)

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