第9話 先生のお仕事
「おいおい、サニー。どうも景気が良いみたいじゃねぇか」
王都の裏路地の一画。
そんな人気のない場所で、ドワーフのサニーは串焼き肉に舌鼓を打っていた。
彼女に話しかけたのはイカつい顔をした中年の男。
彼の言葉に、サニーは眉をひそめる。
「影の薄い拙者に気付くとは……貴様何奴……!」
キッ、と男を睨みつけるサニーに男は苦笑を返した。
「狩人ギルドのお前の先輩だよ。あんなに面倒みてやったのにもう忘れたってのか……?」
「……そんな人もいたような、いなかったような」
「一月たらずで逃げ出しやがって……まったく、調子の良い奴だな」
男はそう言いつつ、呆れたようなため息をついた。
「……まあ生きてたなら良かったよ。最近は治安も悪くなってきたし、野垂れ死んだりしてねぇか心配したんだぞ」
男の言葉にサニーは串焼き肉を飲み込みつつ、頭を下げた。
「それはそれはご迷惑を。てっきりいつも通り、拙者のことなど誰も気にしていないかと……」
「悲しいこと言うんじゃねぇよ。それより今は何やってんだ、お前。随分羽振りがよさそうだが……」
男はサニーの真新しい皮鎧を見て首を傾げた。
その鎧は最近サニーが新調したオーダーメイドの鎧だ。
サニーは男の言葉に頷くと、にやりと笑った。
「ええ、ちょっと割の良いお仕事が見つかりまして。魔の森の友達に、荷物を届けるだけなんですが」
「魔の森って……西のあの森か? あんなとこに? っていうかお前、友達いたの?」
「おおっとそれは拙者の心をズタズタに引き裂くパワーワードです。今後はお控えしていただきたい」
男の言葉にサニーは抗議の声をあげる。
「当然のことではありますが、拙者にも友人の一人やふた……一人ぐらいはいますとも。ピンク色の髪の、拙者と同じぴっちぴちのうら若き乙女ですよ」
サニーの言葉に、男はゲラゲラと笑った。
「お前のような変わった奴と友達になるだなんて、いったいどんな変人なんだ」
「むむっ! 失礼な! 拙者のどこが変人ですと!?」
「その口調とか」
「否定できない」
男の言葉にサニーはがっくりとうなだれつつも、すぐに顔を上げて遠くを見つめる。
「……ラティ殿は優しくて料理が上手で気立てが良い美人な女性です。……ですが、だからこそあんな場所で暮らしているのがとても変人と言えるのですけど」
彼女は眉をひそめ、ため息をついた。
「なぜ彼女が人里離れた洞窟で暮らしているのかについては、確かに拙者も興味が惹かれないでもないですが――」
「――すまない、そこの君」
そんな言葉を交わす二人の元に、一人の男が後ろから声をかけた。
「その話、詳しく聞かせてもらえないだろうか」
サニーはその男の顔を見て、思わず息を呑む。
高い背にがっちりとした筋肉質な体。そして端正な顔立ち。
「おお……!?」
サニーはその姿を見て、慌てて自身の髪を整えた。
「……わたし、サニーって言います。サニー・バークライト。あなたのお名前は?」
普段より1オクターブ高い彼女の声を聞いて、先輩を名乗った男は呆然と口を開けた。
一方の名を尋ねられた男は、その顔に微笑を浮かべて言葉を続ける。
「俺の名はエンシス。エンシス・クエラカント。この街で騎士をしている」
彼の名乗りに、サニーはその手を顔の前で結んで目を見開いた。
「騎士様……!?
そんな彼女の様子に、エンシスと名乗った男は苦笑した。
「……ありがとう。訳あって、妹を探しているんだ」
§
「ぶぇっくしょぉーぃ!」
盛大なくしゃみと共に、鶏の羽が舞い飛びました。
「あらあらラティさん、クシャミはもう少し優雅にした方が殿方のハートをゲットしやすいですわよ」
アリー先生の言葉に、わたしは鼻をすすります。
「……残念ながらこのダンジョンにいる殿方なんて、コボルトさんや鶏さんぐらいでして。外面を取り繕うこともないかなーっていうか」
現に今も、わたしは動きやすいズボンにシャツを生成して着用していました。
王都にいたときもオシャレをしていたというほどではありませんでしたが、ダンジョンに来てからというものどんどん外見よりも機能性を優先している自分がいます。
「いけませんわ、ラティさん。人の目が無い時でも外見は気にしなくては。普段から心がける習慣こそが人を作るのです」
「なるほど……。たしかに今王都に戻ったら、元の生活に戻るのは辛い気はしますね……」
結構普段から着込んでましたからねぇ。
今考えると、大変動きづらい格好です。
でもあの厚めのスカートが王都の庶民の中では流行のトレンドだったんですよ……!
「そう! つまりは普段から正装することにより、その精神をより高貴に保つことができるのですわー!」
そう言ってアリー先生はドレスの裾を翻します。
「……とはいえ、その魔女っぽいドレスはどうかと思うんですよ」
「何を言うのです! このハイファッショナブルなセンスをご理解いただけないとは、ラティさんまだまだ修行が足りませんわね!?」
「……それは修行でなんとかなるものなんでしょうかー」
そんな会話を交わしつつ、新たに作った鶏小屋エリアの朝の清掃です。
そこには今、2匹の鶏が住んでいました。
サニーちゃんに手配してもらったオスメス各1羽ずつ。
鶏を繁殖させる知識をわたしは持っていないものの、ごはんを与えていれば増えたりしないかと、試しにこうして育てているのでした。
「鶏の卵を産ませるには、狭い暗室を作ると良いですわ。産気づいた鶏は、安心する場所を見つけてそこで卵を生むんですのよ」
「なるほど、さすがアリー先生。……鶏の育て方まで熟知しているなんて、いったい生前は何をしてらしたんですか……?」
アリー先生の知識にはずっと助けられっぱなしです。
とはいえ、その知識の垣根の無さたるや際限を知りません。
魔術からトレーニング、家畜のお世話の仕方まで知っているようでした。
「ふふ。……まあラティさんと似たようなことですわ」
「似たようなこと……?」
わたしは首を傾げます。
王都にいたことはメイドみたいなことをしていましたし、今のわたしもそんなには変わっていないような。
「つまり――」
アリー先生は左手を腰にあてて、右腕を前に出しました。
「――魔王ですわ!」
「わたしは魔王じゃありませんよ!?」
思わず声を荒げてしまいますが、重要なのはそこではなくて。
「……っていうか、魔王ってなんなんですか……」
わたしの言葉にアリー先生はカタカタとアゴを震わせます。
「当然、魔族を統べるものですわ。ラティさんだって、ヴァンパイア、ドラゴン、スケルトン、コボルトと人族以外の数多くの配下を従えているじゃあありませんか」
「配下って……。決して上下関係があるとは思っていないんですけれど」
わたしの言葉にアリー先生はクツクツと含み笑いをしました。
「ええ、そういう君主もあっていいとは思います。特に魔族は我が強いですからね。好きに動いてもらう方が力を発揮する場合もありますわ」
「いえそういうことではなくて……。というか魔王って。アリー先生、本当にあの『魔王』だったんですか? 『魔族の国』の?」
世界にはいくつかの『魔族の国』と呼ばれる物があります。
とはいえ、普通は単一種族で統一している国家が多いですけどね。
そのような国は『ヴァンパイアの国』、『ドラゴンの国』、『ゴブリンの国』……なんて呼び方をされます。
ドラゴンの場合はどちらかというと群れという感じですが。
そんな国家の中でも、あらゆる種族が住む混沌とした国。
人間は侮蔑を込めてそのような国のことを『魔族の国』と呼んでいました。
それらの国の頂点に立つ、統治者……それが魔王です。
「ええ、もちろん。元は人間ではありますが、人間の身ながらも魔族たちの上に君臨していたのです」
「うへー……。っていうか、人間でも魔王になれるんですね」
「ええ、むしろ人間の方がなりやすいかもしれませんわ。人間は肉体の素養が他種族に比べて低い代わりに、スキルの発現性が高い……つまり、汎用性が高いのです。王に求められるのは、局所の強さよりもオールラウンダーな
「そんなもんですか……」
アリー先生の過去を知ってしまい、少し頭がクラクラしました。
信用していないわけではないんですが、なんだか現実感が無いというか。
でも先生ぐらい知識豊富であれば、たしかに一国を治めていたとしても不思議はありません。
「……あ、じゃあアリー先生が生前かけた呪いっていうのは……?」
アリー先生は出会った時、誰かにかけた呪いを解くために旅をしていると言っていました。
魔王である先生がかけた呪いと、その相手とはいったい……?
わたしが興味本位でそう尋ねると、アリー先生は呆れたようなため息をつきました。
「特段、面白い話ではありませんわ。……
「神……」
なんだかやたらとスケールが大きな話になってきました。
魔王が神を目指す……。
「……その結果、神の座へと至ることは失敗し、『彼』はその反動を
名前からはその効果までは想像できません。
そんなわたしの様子を察してか、アリー先生は話を続けました。
「
無限の転生……?
子孫にどんどん生まれ変わっていくということでしょうか。
「それは呪いというか、便利能力なのでは?」
不老不死に近い物があります。
そんなわたしの言葉に、アリー先生は首を横に振りました。
「――それは一方的な視点ですわ。ある日突然に体を乗っ取られる方にしてみれば、『彼』はただの侵略者ですもの。彼は自身の家族を喰らい続けなくてはいけない、そんな呪いを背負ってしまったのです」
「なるほど……」
たしかに自身の意識を奪われて体を乗っ取られるというのは、ゾッとするものがあります。
「『彼』を止めるには莫大な魔力エネルギーを直接叩きつけ、魂を滅却するしかありません。それが
……なんだか随分ヘヴィな話になってしまいました。
アリー先生はその『彼』を呪いから解放する為、アンデッドとなり彷徨い続けていたということなのでしょう。
「――その為にも、ラティさん。あなたにはこのダンジョンに国を作ってもらわなければならないのですわ」
「く、国……」
唐突なアリー先生の提案に、わたしは思わず頬を引きつらせます。
「ええ、国です。高魔力を貯蔵する『賢者の石』を作るには、莫大な生命力が必要になりますわ。その為に、ダンジョンの中に巨大な国を建国するのです。生物の営みが生まれれば、自然と死体も膨大に発生します」
なるほど道理です。
たしかに家畜を飼うだなんて生半可なことを言っていないで、もっと多くの方々に住んでもらった方が魔力の効率は良いかもしれません。
「でも国なんて、作ろうと思って作れる物なんでしょうか……?」
わたしの疑問にアリー先生は頷きました。
「まずは小さな一歩から、ですわ。多くの人々や魔族を招き入れ、そして子供を作るのです」
「こ、こども」
「そうです! 子供……子作りです!」
「なんで言い直したんですか」
「ですから、ラティさん! いつ殿方がダンジョンに迷い込んできても良いように、普段から外見は気にしておかなくてはいけないんですわー!」
「うわっ、そこに繋がるんですか」
たしかに最近は女性であることを忘れているかのような服装であったのは否めません。
アリー先生は立て続けに口を開きます。
「魔王たる
ずずいっ、とアリー先生はその頭蓋骨をわたしの顔に近付けました。
「男を捕まえなさいませ!」
「男の人って虫や動物みたく捕まえるものなんでしたっけ!?」
わたしの言葉を無視して、アリー先生は語気を強めます。
「さあ、早速ラティさんの『迷子』スキルで男性をダンジョンへと導くのです!」
「そんなに都合よく迷い込ませられませんから! あと誰でもいいわけじゃないので! ……それじゃあわたしはこれで!」
「あっ、ラティさん! お話はまだ終わってませんわよ!」
「鶏さんの産卵部屋を作ってきまーす!」
鶏小屋の掃除が終わったのを見計らって、わたしはアリー先生から逃げ出すように鶏小屋を出ました。
なんだかこのまま話をしていたら、最終的にアリー先生にお見合いでもさせられてしまいそうです。
……鶏さんのように気楽に生きたーい!
そんなことを思いながら、わたしはクリエイトルームへ向かって走り出すのでした。
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