第8話 新たなお友達と
「おお……! この甘味! なんという美味! 拙者こういうの大好きです!」
「お口に合ったなら幸いです」
サニーちゃんとわたしは、洞窟の入り口で焼き菓子を食べていました。
彼女には何度か王都と交易をしてもらい、必要な物を交換してきてもらっています。
「調達してもらった重曹に、小麦粉と砂糖でスコーンを作ったんですよ」
正確には生成したでんぷん粉を焼き上げた物ですが。
魔力の味がしそうなぐらいのダンジョン産の人工物でしたが、これが思ったよりも上手くできまして。
「こんな甘味は王都でもなかなか味わえませんな……」
サニーちゃんはそれを飲み込みつつ、背負った麻袋を取り戻します。
「ところで……ご所望の物はこれで大丈夫でしょうか」
「おお、それは……!」
彼女がその包みを開けると、中から鳥の頭が顔を出しました。
目隠しを取られて暗闇から解放されたそれは、大きな声をあげます。
「――クエー!」
それは元気な鶏でした。
「わー。ありがとうございます、サニーちゃん。鶏さんを育てられれば、卵が食べられるようになるんですよね」
わたしの言葉を聞いて、サニーちゃんは眉をひそめます。
「……なるほど、養鶏の為だったのですか。てっきり生贄の儀式にでも使うのかと……」
「わたしをなんだと思ってるんですか、サニーちゃん」
わたしの言葉にサニーちゃんは首を傾げます。
その橙色のポニーテールが揺れました。
「……洞窟に住まう、人類に
「ほ、本気で言ってます!? ていうかそんな怪しいと思っている相手と取引してたんですか」
砂糖や塩を売っているだけの、至極まっとうな取引相手だと思うんですけど……。
「……こんな森の奥深くに住んでいるなんて、さすがに怪しさ爆発ですから。魔王とは言い過ぎかもしれませんが、拙者はラティ殿のことを『人目を避け、ダンジョンの奥深くで日夜怪しげな儀式に励む魔女』ぐらいには思っていました」
「悲しい現実……。たしかに怪しい点は否定できませんが……」
正直は美徳とは言いますが、こうも歯に布を着せないというのはそれはそれで問題がある気がします。
「クエー!」
またしてもサニーちゃんの腕の中で鶏さんが叫びました。
サニーちゃんはその鶏の頭を撫でます。
「……こいつも『生贄に使えそうな活きの良い鶏』を王都中を駆け回って探してきたのです」
「なんて無用な気遣い……。それにしても、怪しげな儀式に使われると思いつつそこまで熱心に頑張るんですかサニーちゃん……」
「魔女だろう何だろうが、拙者利用できるものは何でも利用するスタンスです!」
「わー、正直者だー」
サニーちゃん、故郷で馴染めていなかったのにはそういう部分もあってのことなんじゃないでしょうか。
もう少し他人の気持ちを
そんな風に考えるわたしの前で、サニーちゃんは悩むようにうなだれました。
「――しかし参りましたね」
彼女は申し訳なさそうに頭を下げます。
「活きの良さだけを考えたせいで、拙者が持ってきたこの子は雄鶏なのです」
あー……。
オスなんですね、その子。
「それだと卵は取れませんねぇ……」
わたしの言葉に、彼女は神妙な面持ちで口を開きます。
「……お肉としてお食べになられると良いかもしれません。後日また改めて雌鶏を手配しましょう」
サニーちゃんがそう言うと、またしても鶏さんはその手の中で鳴きました。
その雄鶏は、彼女が生贄にしようと探して来ただけあってとても元気です。
……ふむむ。
「……いえ、それなら試しに育ててみましょうか」
「ほう?」
わたしの言葉にサニーちゃんは首を傾げます。
「雌鶏と一緒に育てて上手く繁殖できれば、たくさんの鶏を育てられるかもしれません」
餌はでんぷん粉により豊富に作ることができますし、繁殖して増えた鶏をそのまま土に還せば魔力にもなるはず。
……これが成功すれば、自動でダンジョンの経験値が稼げるようになるかもしれません。
産めよ増やせよ地に満ちよー。
「なるほど……」
サニーちゃんは感心するように頷きました。
「しかし雄雌を混ぜてしまうと有精卵になってしまうので、お取り扱いにはご注意をば」
「ああ……。間違って割ってしまうとグロテスクなんですよねー、あれ」
ひよこになりかけの卵は割るとその出来損ないが出てくるので、見た目がとても気持ち悪いのです。
「拙者、あのコリコリした食感は好きですが」
「食べたことあるんですか……!?」
「生でスルッと」
ドワーフの食文化、恐ろしい……。
そういえばあの状態は生命にカウントされるんでしょうか。
半成熟の状態で消化槽に放り込めば、もしかするとダンジョンに魔力が供給されるのかも?
そうでなくても家畜を飼うことは、ダンジョンのレベルを上げる近道な気がしてきました。
「となると寿命が短く、生命力の強い個体を繁殖させれば……?」
そんな生物がいるのかどうかはともかく、ダンジョンをレベルアップさせる効率を考えると、そんな生き物を大量に飼育するのが良さそうです。
ダンジョンの行く末を考えるわたしを見て、サニーちゃんは眼を細めました。
「……ラティ殿、やっぱり生贄を探しているのでは……!」
「あ、いえ、これはそういう意味じゃあなくて……!」
とはいえダンジョンに吸収させる死体の話なので、生贄と言われても間違ってはいないのですけれど。
「……そ、そうだ! 卵がたくさん採れた際には、ケーキを作ってみますね! ケーキ! クリームたっぷりのやつ!」
「おお? それは素晴らしいですな! 拙者、甘いものは大好きです!」
「そうでしょう、そうでしょう! 無事卵が採れたらご馳走しますから! だから生贄だとかそういうことは忘れてしまいましょう!」
「了解です! 拙者、不都合の真実からは目を背けます!」
「い、いえ……真実ではなんですが……まあいいか」
わたしは彼女の疑いを誤魔化すように無理やり話をそらしつつ、サニーちゃんとお菓子を食べる約束を取り付けたのでした。
§
「ラティ殿……もしや拙者、このまま生贄にされるのでしょうか?」
「違います違います。すぐそこですから」
そんな会話を交わしつつサニーちゃんを案内したのは、お風呂場でした。
「おお、これは……大浴場でありますか」
サニーちゃんは中を見回します。
「ええ。こんな大きさのお風呂、王都にもありませんよ」
今日は既に日も暮れており、サニーちゃんは野宿するというお話だったのでダンジョンの中にご招待させていただきました。
……どうもまだきっちり信用はされていないようで、何度かお断りされたのですが。
とはいえ、さすがに女の子一人を外に放置するのも申し訳ない話です。
「……これはつまり、拙者の体を綺麗に洗って食べやすくするという……!?」
「違いますって!」
魔女や人に化けた魔物が出てくるお話では、よくある展開ではありますが。
ちなみにお風呂は以前よりもより大きく綺麗に作り直しています。
地下水路エリアのすぐ下に溶岩エリアを置くことで、温度を調整して常に快適な熱湯を供給できるようになりました。
「ほほう……。これは地熱ですかな。拙者、こんな広いお風呂入るの初めてです」
そう言ってさっそくお洋服を脱いでいくサニーちゃん。
……おお、体全体が引き締まっていて、出るところは出ている……ずるい。
そんなわたしの視線に気付き、サニーちゃんは自身の体を手で隠します。
「……な、なんでしょう。ラティ殿、まさか――!」
「い、いえ違います! そういうのじゃなくて――」
「――まさか、拙者の調理方法を考えているとか……」
「食べませんって!」
そんな会話を交わしつつわたしたちは服を脱ぎ、肩を並べて浴槽に体を沈めます。
ぶくぶく。
湯気が立ち上る中、サニーちゃんは天井を見上げるようにして体を湯船に投げ出しました。
「広い風呂は良いですなー。心が洗われるようで……」
サニーちゃんは何かを思い出すように言葉を続けます。
「故郷には露天風呂がありましたが……王都に出てきてからはそんな贅沢はできず……」
「ですよねー……。わたしもこのダンジョンに来るまではそんな感じでして……」
ぼんやりとサニーちゃんの言葉に相槌をうちます。
彼女は首を傾げ、ちらりとこちらを見ました。
「……ラティ殿は王都に住んでいらしたのですか」
サニーちゃんの言葉にわたしは湯だった頭で頷きます。
「はい……お屋敷に仕えていたので住む場所には苦労しませんでしたけど……」
父の家のことを思い出します。
兄さんたちは無事に暮らしてるのかな……。
街へと思いを馳せるわたしの様子に、サニーちゃんは笑います。
「……大通りの『銀の小麦』って知ってます?」
彼女の言葉にわたしは頷きます。
「行列のできるパン屋さんですよね。あそこのパンは挽臼が違うんですよね……わたしも迷わず辿り着けたときはよく並びました。……ちょっと前まで王都で暮らしてたっていうのに、なんだか懐かしいですね」
「なるほど……。拙者、まだ行ったことがないので今度行ってみようかと思います。ラティ殿のおかげで資金に余裕もできてきたので、いろいろな物を食べに行ってみようかと」
「ええ、ぜひぜひ。サンドウィッチが絶品ですよ。あとは裏通りの串焼き肉の屋台が――」
そんな他愛もない食べ物屋さんのお話をしながら、ダンジョンの夜は更けていきます。
その後、寝室に入ったところでアリー先生の姿を見たサニーちゃんが絶叫したりというハプニングがあったものの、新たな友人へのおもてなしはおおむね無事に終わったのでした。
§
「それではラティ殿、お世話になりました。雌鶏は早めにお届けしますので、それまでしばしお待ちを」
「はいはいお待ちしています」
わたしはサニーちゃんにいくつかのお土産と、王都では高く売れる砂糖や塩を持たせつつお見送りします。
「またなー」
隣で寝ぼけ眼のミアちゃんも手を振りながら、サニーちゃんを送り出しました。
彼女の背中を見送って、ミアちゃんがこちらへ視線を向けてきます。
「……ラティは、帰りたいと思わないのか?」
「えっ……?」
ミアちゃんの言葉に、わたしは思わず聞き返しました。
彼女は何の表情も浮かべず、言葉を続けます。
「人間たちの街に帰りたいと思わないのか? このダンジョンで暮らしていて、本当に良いのか?」
ミアちゃんの真面目な問い掛けに、わたしは答えられず口をつぐみました。
帰りたいか、どうかといえば――。
「――わたしの居場所は、あそこにはありませんから」
たしかに美味しいお店なんかはありますけど、街にはダンジョンのみんなはいません。
だから。
「ここがわたしのおうちで、ここがわたしの帰る場所なんです」
わたしの言葉に、ミアちゃんは笑みを浮かべます。
「……そうか」
ただ一言、満足げにそう言って彼女はダンジョンの中へと入っていきました。
兄のことなど、気になることがまるで無い……といえば嘘になるかもしれませんけど。
でもきっとこれでいいんです。
……きっとこれがみんな幸せになれる方法なんです。
現にわたしも楽しく暮らせていますしね。
わたしはそんなことを考えながら、ダンジョンの奥へと戻るのでした。
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