第7話 ドワーフさんの就職活動

「ぐうう……! かたじけない……かたじけない……!」


 お腹を空かせて倒れたドワーフの女の子の為、わたしはダンジョンの奥へ戻ってどろどろにでんぷん粉を溶かしたスープを作って持ってきました。

 極限状態の空腹時に固形物を食べると、胃腸に負担がかかってしまうんですよね。

 以前、兄が遠征先で同じことをして死を覚悟したと言っていました。

 何やってんでしょうねあの人。

 ドワーフの少女はわたしがお出ししたスープを凄い勢いで呑み尽くして、その手を顔の前で合わせます。


「ごちそうさまでした。拙者、サニーと申します」


「サニーちゃん」


 口調と違って可愛らしい名前です。


「拙者、こう見えても凄腕の狩人ハンターでして」


「……そんな凄腕の人がなぜこんなところで行き倒れを……?」


「ぐっ……! イタイところを突かれますな。ピンク髪の方」


「ラティと呼んでください、ラティと」


 わたしの言葉に彼女はコホン、と咳払いをします。


「それが拙者、此度で3度目の狩猟ハンティングになるのですが一向に獲物を狩れず」


「初心者ですよね? それ」


「自分を追い込む為に『成果を出すまで帰らない!』とハンターギルドに言って来たものの食料が尽きてしまい、そうして彷徨っていたところこの洞窟に辿り着いたのです」


「食料が無くなりそうになった時点で帰りましょう?」


 彼女、とても不器用なようでした。

 わたしの言葉を完全にスルーして、彼女はこちらの目を見つめます。


「ところでラティ殿はこんなところで何を?」


「え、ええ。わたしは……ここに住んでいるんですけど」


「ほう……? 洞窟に? 犯罪者かなにかですか?」


 うっ。

 王都での経緯を考えると、否定できないのが悲しいところです。

 わたしが言い淀んでいると、彼女は頷くようにして頭を下げました。


「いえ、失礼つかまつった。何であれ、あなたは命の恩人です。何か理由あってのことなのでしょう。もしくはそういう性癖か」


「人を異常性癖者みたく言わないでもらえますか」


「なに、孤独を好む者はいつの世もいる者です」


 孤独というわけでもないんですけどね。

 ここにはミアちゃんたちがいますし。


「……拙者は少し休んだら街に帰ろうと思います。拙者、薄々は気付いておりましたが――」


 彼女は洞窟の天井を見上げ、ため息をつきました。


「――狩人の才能が、ない!」


「お気付きになられちゃいましたか……」


 まだ三回目の狩りということなら、慣れていないだけの可能性もありますけど……。


「拙者、田舎ではその隠密性の高さから『えっ、いつからいたの? 全然気付かなかった!』『サニーちゃん、影薄いよね』『黒子よりも存在感がない』『隠れんぼ? まさか昨日からずっと隠れてたの?』『先月誕生日だった!? 教えてよ~!』などと数々の称号を受け賜った次第で」


「それ称号じゃないですよね? 後半とか完全にただの愚痴ですよね?」


「何とか影の薄さを払拭しようとこんな口調で喋ってまでいるのに、誰も拙者のことを認識してくれない……!」


「それキャラ付けだったんですね!?」


 なかなか難儀な人生を送っているご様子です。


「だからその才能を活かそうとこっそり獲物の後ろに忍び寄る狩人を目指したものの、獲物に追いつくことができず、弓を引こうにも短刀を投げようにも狙いが定まらず……」


 彼女はがっくりと肩を落としました。

 なんとも不器用な方のようです。

 彼女の言う通り、狩人は向いていないのかも……。


「……そうだ。ヨルくん、ヨルくん」


 わたしは洞窟の通路の影に隠れていたヨルくんを手招きします。

 彼はぽよぽよとこちらへと近付いてきました。

 それを見て、サニーちゃんは首を傾げます。


「……スライム?」


「ええ、まあそんなもんです。……ヨルくん、チェックを」


「了解だよ、ラティ」


 わたしの言葉に従って、ヨルくんはその体をぐにょんと伸ばして画面を出します。

 そこには彼女の能力値が表示されました。




サニー・バークライト

ドワーフ

筋力 14

体力 12

敏捷  5

魔力  4

スキル

 『隠密』レベル10



「……隠密」


 本当に彼女には才能がないのかを確かめようと見てみたら、なかなかに悲しいステータスでした。

 どうやら彼女、その特性がスキルになってしまうほどに、ガチで影が薄いようです。

 これはわたしの『迷子』と同じような感じのスキルなのかもしれません。

 なんと声をかけていいか悩んでいるわたしの横で、サニーちゃんは深くため息をつきました。


「……やはり田舎に帰ってひっそりと田畑を耕し生きる方が良いのでしょうか……」


「……まあそれも一つの道かもしれませんね」


 ……帰る場所があるのはいいことですし。

 そんなわたしの言葉に、サニーちゃんはうつろな目を虚空に向けます。


「……しかし実家は辛くて……。ドワーフの村では宴会飲みニュケーションが必須スキル。でも拙者、めちゃくちゃ下戸でして」


「あー……それは辛いですね」


 ドワーフさん方はお酒が大好きだというお話は聞いています。

 そんな中でお酒が飲めないサニーちゃんは、居場所がないのでしょう。

 ……むむ、それなら。


「……村に戻るのが辛いというなら、このダンジョンで暮らしてみます?」


 なんとなしに、わたしは彼女に提案してみました。

 今更一人二人増えたところで、別段困ることはないと思います。

 わたしの言葉にサニーちゃんは目をパチクリとさせました。


「……いえ、人里離れたダンジョンで暮らすとかは、さすがにちょっと」


「ですよねー!」


 考えてみれば当たり前の発想です。


「それに拙者、夢はお嫁さんですゆえ出会いがない場は御遠慮したい」


「意外と女の子らしい夢を持ってた!」


 サニーちゃん、実は乙女らしいです。

 ……たしかに街は人が大勢いますし、出会いには事欠かないのかもしれませんね。

 とはいえ、何か職がないと街で生きていくことは難しい気もしますが……。

 そんな風に彼女の行末を案じるわたしの様子を見て、サニーちゃんは笑みを浮かべます。


「……お気遣い、ありがとうございます。ラティ殿は良い人ですね」


「いえいえ、決してそんなことは」


 少しおせっかいかもはしれませんけど。

 サニーちゃんは頭をかきつつ、ため息をつきます。


「……まあ最悪食うに困ったら、この力を使って盗賊ギルドにでも入るという手もありますしね」


 ――むむ。

 彼女の言葉に、以前ダンジョンに訪れた盗賊の方々の姿を思い浮かべます。

 それに彼女を重ね合わせ、わたしは首を横に振りました。


「――それはダメです」


 わたしはサニーちゃんの肩をつかみ、その眼を見つめます。


「きっとあなたには、向いている職業がありますよ。その力を犯罪に悪用してはいけません」


「……そうは言われましても。拙者、昔から彫金も鍛冶も、何をやっても上手く出来なくて……」


 わたしの言葉に彼女はうつむきます。

 ドワーフは手先が器用で、細工などが得意と聞いたことがあります。

 彼女はそんな村で暮らすせいで、周りと比べられて育ったのかもしれません。

 ――それでも。


「まだあなたには、才能が眠っているはずです」


 わたしはこのダンジョンに来てから多くのことをアリー先生に教えてもらいました。

 それはヨルくんに分析してもらえば、スキルとして表示されるぐらいに技術として習得できているようです。

 きっとサニーちゃんも、まだまだ可能性が潜んでいるはずです。


「それに、あなたのスキルはもっと役に立つものだと思いますよ」


 『隠密』。

 それは犯罪以外にも活用できそうな気がするんです。

 わたしの『迷子』がそうであったように。


「……そうは言っても、拙者の影の薄さはデメリットにしかならないような気が」


「そ、そんなことはないかと……」


 わたしは頭の中で彼女の力を使う方法を考えます。

 思い浮かぶのは……暗殺……窃盗……。

 『隠密』で連想できるのは、やっぱり犯罪のイメージです。

 ――いやいや、もっと何かあるはず。

 彼女を路頭に迷わせるのも可哀想な話です。

 頭を悩ますわたしの様子を見て、サニーちゃんは首を振ります。


「やっぱり無理なんです。拙者の影の薄さを役立たせるなんて」


「ぎゃ、逆に考えましょう! あなたの力を利用するのではなくて……」


 そう。発想を逆転させます。

 これから何をするのか……ではなくて。


「あなたは今まで何が出来た・・・のか」


「何が出来たか……?」


「実際にあなたがしたことから、あなたがこれからするべきことを考えましょう!」


「……そんなこと言われても、拙者はこの通り今まで何も実績なんて無くて……」


 彼女はそうは言いますが、わたしには一つ思い当たることがありました。

 『隠密』の力で彼女が既に成し遂げていること。

 それは――。


「――あなたは今、どうやってここにいるんですか?」


「……へ?」


 サニーちゃんはわたしの言葉に、首を傾げました。

 この洞窟に人が迷い込むのは、わたしの『迷子』の力によるものかもしれません。

 ……しかし。


「あなたはこの森で狩りをして、生き延びているんですよね」


「ええまあ。拙者、狩りは成功しておりませぬし、空腹に行き倒れたのでありますが」


「……でも、このダンジョンの周りの魔物には捕食されていない」


 外は危険がいっぱいらしいです。

 グラニさんが『迷彩』の力を使わなければ採取ができないほどに。


「つまり、あなたは王都からこのダンジョンに通うことが出来るんです」


「ふ、ふむ。たしかに拙者の影の薄さなら、魔物に気付かれず行き来できるのでしょうが……」


 サニーちゃんは訝しげに、周囲の岩壁を見渡しました。


「……このダンジョンに来ることに、何か意味が?」


 わたしはその言葉にゆっくりと頷きました。


「荷物を運んで欲しいんです」


 わたしの言葉を受けて、彼女は首を傾げます。

 わたしはにっこりと彼女に笑いかけました。


「決して損はさせませんよ」




  §



「ラティ殿! ラティ殿!」


「はいはーい」


 ダンジョンの入り口にサニーちゃんが戻ってきたのは、あれから一週間ほど経ったときのことでした。

 その手に小さな革袋を抱えて、興奮した様子です。


「凄いですなー! 拙者こんな大金手にしたのは初めて!」


「それはそれは。是非これからも末永くお付き合いくださいませー」


 わたしの言葉にサニーちゃんは満面の笑みを浮かべて頷きました。


「ええもちろん! ……あ、こちら依頼されていた重曹です。錬金術師から購入してきました」


 そう言いながらサニーちゃんは背中に背負っていた大きな布袋を取り出します。

 それは先日、ダンジョンから『砂糖』を詰めていった袋でした。


「砂糖は金貨10枚にもなりました。こちらの重曹は6枚分」


 金貨10枚ともなれば、2~3ヶ月は遊んで暮らせそうな金額です。


「では差額はサニーちゃんがどうぞ」


「ラ、ラティ殿! こんなには受け取れません!」


 そう言って彼女は2枚の金貨を取り出し、わたしに押し付けました。

 差額の半分です。


「拙者も輸送料としてはきちんといただきますが、砂糖を採掘したのはラティ殿でしょう! きちんと対価はもらわなければ!」


 あはは、とわたしは苦笑します。

 ちなみに説明するのが面倒くさかったので、サニーちゃんには「ダンジョンの奥で砂糖鉱石が掘れる」という嘘を付いていました。

 もちろんそんなものは存在しないんですけど。


「こんなに楽な仕事……もとい、天職は存在しません! 拙者、是非このお仕事を続けたいと思います!」


 サニーちゃんはその瞳に金貨を映しながら、鼻息荒くそう言いました。

 ……欲に目がくらんでいるようにも見えますが、なにはともあれ彼女が道を踏み外さなくて良かった。


「……これからもお願いしますね、サニーちゃん」


「はい! ありがとうございます、ラティ殿ー!」


 そうしてそれからダンジョンには、街との定期便を請け負ってくれる配達員さんがやってくるようになったのでした。

 また一つ、住みよいダンジョンに近付いたようです。

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