第6話 新たなお客さんが来たようです

「――夢見の神霊、彼方より光をもたらし星雲の導きを示せ――」


 わたしの声があたりに響き渡りました。

 ヨルくんがメインコンソールと呼ぶ水晶の部屋。

 その中心には今、小さな子どもほどはある大きな水晶球が置かれていました。

 クリエイトルームで作ったそれは、みんなの力を合わせて転がして中央に作った石の台座に乗せてあります。

 その水晶球の前で、わたしはアリー先生に教わった呪文を詠唱し終わったのでした。


「オッケーですわ。ラティさん。以前の変成魔術の訓練で行った瞑想の修行が活きているようですわね」


「えへへ。なんとか出来たようで」


 遠見の魔術。

 それはアリー先生いわく、『呪術』の一つらしいです。

 長い時間をかけて必要な触媒を加工し、長い時間をかけて儀式を行い、長い時間をかけて呪文を唱える……。

 その結果、わずかな魔力や労力で長時間の魔法的な影響をもたらす……そんな魔術のようでした。

 『呪術』は『呪具作成』なんて呼ばれたりもすることもあるようで、主に魔道具マジックアイテムを作ったり、長期にわたり呪いをかけたりといったりと、変成魔術なんかとは違ってまどろっこしい魔術だそうです。


「ラティさんには才能があるようなので、本来はもっと呪術を教えたくはあるのですが……」


 アリー先生は少しためらいつつ、言葉を続けます。


「……呪術は、容易に使用者に危険を及ぼしますわ。例えば遠く離れた相手に死を与える呪術なんかは、魔力の一端を反射されただけでその全てが術者に帰ってきますの」


「ひぇぇ……。それはかける方も命懸けってことですか……」


「むしろかける方が危険ですわ。格上の相手、なんらかの護符やマジックアイテム、それどころか相手の体調が良かっただけで反射されることもありますもの」


「ギャンブルってレベルじゃないですね……」


「それだけ強力な術式スペルということですわね。ですから、初心者にはオススメできませんの」


「なるほど……」


 アリー先生の言葉にわたしは頷きます。

 自分に魔法の才能があるだなんて結構うきうきしてたんですけども、現実はそうそう上手くはいかないようでした。


「ラティさんも、あまり濫用をしてはいけませんよ。下手をすると水晶を通して別次元に滑り落ちてしまいますから」


「ええ!? これそんなに恐ろしい魔法だったんですか!?」


 そんなの知らなかった。

 わたしの言葉に、アリー先生は頷きます。


「ええそうです。それを知ってはさすがのラティさんも冷静に呪術を行使できないかと思いまして、秘密にしていたんですけれども」


「ちょっとお!? アリー先生、わたしそんな中でもう30個ぐらい水晶球に魔法かけたんですけど!?」


 わたしの周りには小さな人の頭ぐらいのサイズの水晶球が並んでいました。

 これはダンジョンに設置する方の水晶球、この部屋から水晶に映った映像を見ることができるようになる物です。


「ええ、さすがですわラティさん。失敗しないで全部成功でしたわね! さすがわたくしが見込んだ方!」


「いえそういうことじゃなくて! 危険があるなら最初から言ってくださいよ!」


「大丈夫大丈夫、失敗しても万が一……いや1000に1ぐらいの確率ですから……」


「次の1回がたまたま大当たりするかもしれないじゃないですかー!」


 アリー先生はわたしの言葉に、首を横に振りました。


「違いますわラティさん。……それは大当たりじゃなくて、大はずれです」


「そういうことを言ってるんじゃありません!」


 アリー先生、思ったより酷い人です。

 ……まさかわたしを亡き者にしようとして、先生の目的であるヨルくんを連れ去ろうとしたのでは!

 怒りの感情とともにそんな疑惑がわたしの中に広がりますが、アリー先生は静かに口を開きました。


「――まあ、わたくしの前で失敗したら、わたくしが身代わりになりますからご安心くださいな。わたくしは既に朽ち果てた身」


 そう言いながら、先生はわたしの肩に手を置きます。


「……そのときは、後のことは頼みますわ。ダンジョンと、そしてわたくしの悲願の達成を……」


 そういえば、アリー先生は呪いをかけてしまった相手を救おうとしているんでしたっけ。

 ……そういう意味では、『呪術』を教えることにもいろいろ思うことがあるのかもしれません。

 わたしは笑って、先生の背中を叩きました。


「何言ってるんですか。そのときはアリー先生がわたしを助けてくれるって信じてますから。身代わりになんてなっている場合じゃありませんよ!」


 わたしの言葉を受けて、アリー先生はカタカタと笑いました。


「……ふふ。そうですわね。ええ、あなたがどこに堕ちようとも、必ずやわたくしが救ってみせましょう」


 先生は元気よくそう言うと、勢い良く右腕を上げました。


「さあラティさん! そうと決まれば次は『剣術』の訓練ですわ!」


 わたしは先生の言葉に舌を出します。


「うへぇ……『呪術』だけじゃなくて『剣術』の訓練もこれからやるんですかぁ……」


「ええ。精神と肉体の疲労は別物ですから。出来る時にはきちんと両方共トレーニングしましょうね」


「はぁい……」


 言われてみれば、少し頭は疲れていました。

 ボーっとするのに近いような、もう使いたくないような。

 肉体疲労を感じているのとはちょっと違う疲労感なので、これが精神の疲れというやつなのでしょう。

 肉体の疲れもこれに合わされば、今日の夜はよく眠れそうですねー。

 そんなことをいると、突然横にいたヨルくんが鳴り出しました。


「ビ! ビビビ! 侵入者だよ、ラティ」


「おお? お久しぶりの……?」


 思わずわたしはヨルくんに尋ねました。


「そうだよ。……相手は、おそらく人族だ」


「……人」


「人間とは限らないけどね。エルフやドワーフの可能性はあるよ」


 ヨルくんの言葉に、わたしは自分の顔が強張るのを感じました。

 以前、密猟者の方々がこの地へとやってきたのを思い出します。

 その時の戦いを思い出すと、思わず体に力が入りました。

 わたしがどうしようか対応に迷っていると、その声が水晶の部屋に響き渡りました。


「――ラティー」


 水場の方からやってきたのは、水浸しのままの水着姿のミアちゃんでした。

 作ってあげた木製の鳥のおもちゃを手に持って、彼女はタッタッタッ、と軽快に駆けてきます。


「あ、ミアちゃん。気に入ってくれました? そのアヒルちゃん。それはそうとちゃんと体は拭かなきゃ風邪ひいちゃいますよー」


「うむ、このアヒルは良い物だな……ってそうじゃない。ミアはどうでも良いが、急いだ方が良いかと思ってな」


「急ぐ……?」


 ミアちゃんの言葉にわたしは首を傾げます。


「ああ。洞窟の入り口に侵入者、足音の大きさからしておそらく相手は人間なんだが――」


 ミアちゃんが教えてくれた情報は、ヨルくんのお話とは大差ありません。

 しかし彼女は最後に、新たに言葉を付け加えました。


「――死にかけているぞ、そいつ」


 彼女の言葉にわたしは眉をひそめます。


「というと……?」


「入ってすぐに倒れるような音がした。その後、起き上がる様子はなく鼓動は速い。人間の体に詳しくはないが、何らかの異常で動けないみたいだな」


 ミアちゃんの言葉にわたしは考えを巡らせます。

 えーとえーと、もし行き倒れだとするなら……。

 わたしはチラリとヨルくんへと目線を向けました。

 彼はそれに気付いてくれたようで、ぽよんとその場に跳ねます。


「ラティのしたいようにすると良いよ」


 わたしの言いたいことを察してくれたみたいで、ヨルくんはそう言ってくれました。

 ――相手がどんな人かはわかりません。

 以前の方々はコボルトさん方を捕まえようと敵意をむき出しにされていた人たちだったのがわかっていたので、排除しました。

 ……なら今回は。

 わたしはその場のみんなの顔を見回すと、一つ頷きました。


「様子を見てきます」



  §



「あのー、大丈夫ですかー」


 わたしたちが入り口に駆けつけると、そこには一人の女性と思わしき人がうつ伏せで倒れていました。

 身長はミアちゃんほどではありませんが、随分と低めです。

 しかしその手足についた筋肉から、その方が子供ではないと判断できます。


「……ドワーフの方かも」


 ドワーフの女性は小柄で童顔ですが、それにそぐわないような発達した筋肉が特徴です。

 また胸部にも筋肉が突きやすい為、全体的に胸が大きい傾向にあるのだとか。

 おそらく触ったら硬そうなのですが、それは殿方的にはどうなんでしょうね。

 わたしはそんな失礼なことを考えつつ、彼女の肩を叩きます。

 少なくとも起き上がりざまに殺されることはない……と考えたいのですが。


「う……うう……」


 わたしの声に反応して、彼女はうめき声を漏らしました。


「大丈夫ですかー。起きられますかー」


 わたしの言葉に彼女はゆっくりと顔を持ち上げました。

 太眉が可愛らしい橙色の髪をポニーテールのように縛った少女です。


「……お、おお……。そこな方……。このような場所で出会うとは、数奇な縁……」


 何やら古風な言葉遣いをする方です。

 彼女は絞り出すように、かすれ声で言葉を続けました。


「……失礼を承知でお願いいたしますが……。何か食べ物など、お持ちではないでしょうか……?」


 少女はそう言い残すと、力尽きたようにその体を地面に投げ出します。

 すると同時に、周囲に彼女のお腹の音が鳴り響いたのでした。

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