第3話 やる気スイッチはお腹にありました

「てやぁー」


 我ながらちょっとだけ間延びした掛け声を放ちつつ、短剣を翻して木製の人形を切りつけました。

 カツーンと音が響いて、地面に据え付けられたそのカカシが少し震えます。

 そんなわたしの様子を見て、カチカチカチとアリー先生がその手を叩きました。


「エクセレント! 素晴らしいですわラティさん」


「えへへ、そうですか?」


「はい、完璧な0点です!」


「手厳しい!」


 わたしがダンジョンに新たに作ったのは『土壁』のエリアです。

 トレーニングルームに必要な物……それは、転んでも痛くない地面です。

 まるで畑のようにふんわりとした地面を作って、アリー先生の要望で木材でクリエイトしたカカシを設置しました。

 ついでに今のわたしの服は、動きやすいように胸部と脚部をぴっちりと覆う生地でトレーニングウェアを生成して着用しております。

 ちょっと露出は高いんですけど、殿方の視線はこのダンジョンにないので大丈夫でしょう。

 そうして今、わたしは家から持ってきたこの短剣の使い方をアリー先生に教えてもらっていたのでした。


「いえいえ、0点でも気にすることはありませんわ」


 わたしの短剣の扱いに酷評をしたアリー先生は、カタカタとそのアゴを震わせます。


「現状が0ならば、何をやっても成長します。可能性の獣、それがラティさんですわ」


「マイナス方向に成長することもあるかなー、って思うんですけど」


「あなたをプラスへと成長させるために、このわたくしがいるんですのよ」


 アリー先生はわたしの後ろに回ると、背中側からその体を密着させてきます。


「いいですか、ラティさん」


 わたしの手をとって、前へとまっすぐに伸ばします。


短剣ショートソード細剣レイピアにおいて一番重要なのは、『突き』の技法ですわ」


「突き……」


 刺突。

 つまりは真っ直ぐに相手へと突き刺すこと。


「長剣なんかと違って、短剣の『払い』はあくまでも守りの技法ですの。相手が革鎧程度のものでも着込んでいると、切り裂くことは不可能になりますからね」


 そう言って、アリー先生はわたしの手を取ってカカシを切りつけます。

 その表面に薄い傷跡が付きました。


「もちろん、防御の隙間を縫うようにして血管や筋肉を切り裂くことが出来るなら別の話なのですけれどね」


 アリー先生はまたもわたしの手をとります。

 今度はカカシの首の部分へと、傷跡がつきました。


「しかし初心者が練習するなら、『突き』の技法でしょう」


 アリー先生はそう言いながら、わたしの体に触っていきます。


「腕は正面に伸ばす、アゴを引いて視線は相手に。片足で踏み込み、腰を落として体重をかける。そして――」


 アリー先生がわたしの体の関節を矯正していきました。

 そしてアリー先生は、トン、とわたしの背中を押します。


「――最後に体ごとまっすぐに貫く!」


 先生の言葉にわたしは地面を蹴ります。

 トスン、とカカシの胸に短剣が深く突き刺さりました。


「……まだまだ体幹の重心が安定しておりませんわ。やはり下半身を鍛えるために、走り込みが必要ですわね」


「ひえ……」


 走り込み。

 兄から聞いたことがありますが、騎士団ではそういう訓練をしているのだとか。

 まさかダンジョンに来て、そんなことをするハメになるなんて……。


「でもラティさん、今ので動きの基礎はわかったのではなくて?」


「は、はあ……。わかったような、わからないような」


 たしかに短剣を突き刺した感触は、体重が乗ったような印象は受けました。

 メキメキとカカシの胸をかき分ける感触というか?

 もちろん木を貫くので植物に短剣を打ち込むときの抵抗は感じるんですけど、それに体重が勝ってどんどん刃が突き進む何やら面白おかしい感覚……。


「『突き』に重要なのは速度です。体重をかけ、速さを乗せることでその威力は倍増します」


 アリー先生はカカシから短剣を抜き取りました。


「当然、速度は攻撃を当てるのにも優位に働きますわ。なお、予備動作はしないように注意しなさい? 振りかぶったりするのは、大剣などの遠心力や重量を使う武器でやることですの」


 そう言ってアリー先生は手首のスナップのみを使って、カカシに向けて短剣を投げつけます。

 するとストーン、と短剣はカカシの顔の中心へと突き刺さりました。

 お見事。


「予備動作ゼロで攻撃することは、相手から回避をする余裕を奪うということです。決してこちらの攻撃の予兆を見せないように」


「はい、先生」


 口ではそう答えたものの、予備動作を起こさないということは結構難しいことのように思います。

 例えるなら『ジャンプの前に足を縮ませない』みたいなことでしょう。

 ……訓練したらそんなこともできるようになるんですかね?


「あとは……そうですね。相手の装備にもよりますが……」


 アリー先生はカカシの顔から短剣を抜きます。


「……眉間、喉、心臓、股間。人体の急所はだいたい中央に集中しておりますわ」


 アリー先生はカツカツと上から順番に、カカシの体を突付いていきました。


「つまりこれを説明すると――そうですね、ラティさん。盤上遊戯はご存知ですか?」


「え、あ、はい。駒の動かし方ぐらいなら……。何度かやったことはありますけど、全然強くないです」


「ええ、さすがラティさん。博識ですわね。……あのゲームは互いの王を取り合うゲームです」


 頭の中にその白と黒の盤面を思い浮かべます。


「言うならば、人体の急所とは王のようなものですわ。その王を奪うチェックメイトをかける為に、兵士を前に出すのです」


 アリー先生はわたしの手を持って、腕を正面に伸ばすよう動かしました。


「この手足という名の兵は相手の王を打ち取る為の剣であり、そして同時に相手の兵を打ち払う為の盾ですの。だからこそ、腕は正面に構えるのですわ」


「剣であり盾……」


 自身の急所を守り、相手の急所を貫くための『構え』。


「つまり、構えとは戦場における陣形と同じものですの。当然、正面にまっすぐ体を向ければ急所を剥き出しに相手に見せ付けることになる。戦士が体を斜めに構え腰を低くするのは、何も格好いいからじゃありませんのよ」


 ……なかなか難しい話になってきました。

 一度にそんなお話をされても、頭がパンクしてしまいそうです。


「その為、まずは『構え』。そして『突き』。なにより鍛錬により『筋力』を鍛えるのです! 実戦の訓練に移るのはそれからですわー!」


「たんれん……」


 あんまり努力とか根性とか、そういうのには馴染みがないんですけれども。

 わたしのそんな様子を見て、アリー先生はカタカタとアゴを震わせました。


「……とはいえ、どうもラティさんは乗り気ではなさそうですわね。やりたくないことは強制できませんわ」


「あ、そうですか? よかった」


 たしかに以前の戦いで、命の危険は感じました。

 とはいえ、あんまり剣の世界なんかに興味がないのは事実です。

 そういうのは男の子たちの方が好きなんじゃあないでしょうか。


「というわけで、まずはラティさんの頭を改造しますわ!」


「ええっ!? そう来ましたか! 洗脳!? 改造手術!? どっちも御遠慮したいんですけれども!」


 わたしの叫びにアリー先生は首を横に振ります。


「もちろん、そんなことはしませんわ。ラティさんのやる気を引き出すだけですのよ」


「……やる気、と言われましても」


 わたしの言葉にアリー先生はカタカタと笑って、手を伸ばしました。

 その手はわたしの腹部に伸びていき――。


 ――むにゅ。


「……ラティさん? これは……このお肉は! いったいなんですの!?」


 思わず先生の非道な行いに叫び声をあげます。


「ぎゃーーー!! 違います! これは! 必要な分のお肉でして!」


「本当にそうですの!? これは無くても良い、いわゆる『無駄な贅肉』という奴なのではありませんかー!?」


「いやーーー! 聞きたくない! 真実から目をそむけたい!」


「真実を見つめなさいな! あなたは卑しい豚なのですわ!」


「豚さんじゃないです! たとえ豚だとしても、それはまだ優しい小さな小さな子豚さんなんです! この子は守らなきゃいけないんです!」


「どんなに言葉を取り繕ったところで贅肉は贅肉! このままでは全身が豚へと変貌するのも時間の問題ですわー!」


「ぐわーーー!」


 わたしはアリー先生の言葉にノックアウトされました。

 その場に倒れ込みます。


「――ですがラティさん。あなたは運が良いですわ」


 そんなわたしに、アリー先生は手を差し伸べました。


「今ならわたくしという最高のトレーナーが付いているのです。……さあ、この手を取りなさい!」


「ア、アリー先生……」


 わたしは顔をあげて、先生を見つめます。


「力が……贅肉を落とす力が欲しいですか……!?」


「……はい、先生……! 力が……欲しい……!」


「ならばくれてさしあげますわ!」


 先生はガッチリとわたしの手を握ります。


「適切な毎日のトレーニング! 筋力を付けることで基礎代謝は上がり、太りにくく痩せやすい体に!」


「うおおお!」


 わたしは歓声をあげました。


「美味しいながらもヘルシーなレシピ! 食べないダイエットはもう古い! タンパク質をしっかり取って、お腹いっぱいなのに痩せちゃうスーパーダイエット!」


「わあああ!」


 アリー先生の言葉にわたしはどんどん心を惹かれていきます。


「辛いトレーニングという認識を改めましょう、ラティさん! みんなにも協力してもらって、ゲーム感覚も取り入れるのです! わたしが提供するのは『楽しく痩せてついでに強くなれる!』……そんな新世代のトレーニングなのですわー!」


「先生! 先生! 一生付いていきます!」


「ええ、付いてきなさいラティさん! この美しいプロポーションを誇る未来の自分へと続く、モテカワロードを!」


「はい……!」


 わたしは立ち上がって、先生と抱き合います。


「きっちりとした食事と頑張りすぎない適切な楽しいトレーニング! わたくしがマネージャーとなり、適切な管理によってあなたに確実な美を授けますわ!」


「先生……! わたしは……痩せてみせます!」


「ええ! ともに美人の星へ向かって走り出しましょうー!」


 そんな二人の言葉がダンジョンに響き渡ります。

 そうしてわたしはわたしは先生に丸め込まれて、訓練を始めることを決めたのでした。


 ……いえ、繰り返し言いますが、わたしは太ってるわけじゃないんですよ太ってるわけじゃ。

 いや本当に。本当ですって!

 ……ただちょっと一つ上の健康美を目指したいだけなんです。

 信じて。



☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆


ラティメリア・カルムナエ

人間

筋力 10

体力 16 ☆UP!

敏捷 11

魔力 13

スキル

 『迷子』レベル44 ☆UP!

 『料理』レベル 2 ☆UP!

 『裁縫』レベル 2

 『美術』レベル 3 ☆UP!

 『罠術』レベル 6 ☆UP!

 『狂気』レベル 1 ☆NEW!

 『剣術』レベル 1 ☆NEW!

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