第2話 戦いを終えてレベルアップ
「さーて。これでだいたいは終わりですかね……」
わたしは仕事を終えて、水晶の部屋へと戻ってきました。
その仕事とは、以前の侵入者の方の後始末です。
とは言っても、ほとんどはヨルくんにお願いしてダンジョンのエリアを構築し直してもらっただけなんですけれども。
何があったかは、みんなに事情を聞いて把握しているつもりです。
「うーん……。我ながら、ガバガバな作戦でした」
ミアちゃんにお願いして『超音波』で相手の状況を確認しつつ、こちらは相手が単独になったところで襲いかかる。
本来はそんな作戦を立てていました。
「結果的に分断はしてくれたものの――」
彼らは予定よりも早く分かれてくれました。
それはわたしの『迷子』スキルのおかげかもしれませんし、そうでないかもしれません。
実は大きな落とし穴を仕掛けて分断を発生させる予定でしたが、結局その罠は発動すらせずスルーされたようです。
結果オーライ……となるかと思いきや、早めに分かれてしまったおかげで計画は狂ってしまいました。
彼らがそのまま進むとちょうどタイミングよく合流してしまいそうで、そうなればせっかく分断してもらった意味がありません。
そのため、彼らが合流する前に同時に迎撃する必要が出来てきたのでした。
「まあ、何とかなったのでいいか……」
足止めを依頼したミアちゃんとグラニさんは、相手を圧倒してしまったようです。
本来は時間稼ぎしてもらうだけだったんですけれども、戦力差を見誤ってしまいました。
一方のわたしとアリー先生、コボルトさんたちは数では圧倒していましたがまるで歯が立たず。
逃げ惑っているうちに運良く相手を倒すことができたのでした。
わたしは手のひらを見つめます。
あの時の感触が、その手には――。
「――良くありませんわ、ラティさん!」
そんな記憶を思い出しているわたしに声をかけたのは、アリー先生でした。
「トドメを指す時は優雅に……迅速に! もう忘れてしまったんですの!?」
わたしはその言葉に、思わず目を伏せて謝ります。
「あう……申し訳ないです」
たしかに以前、アリー先生にはそんなことを言われた気がします。
それで言うなら、敵と戦ったときのはわたしはダメダメでした。
「……そうですね、あの時のラティさんは点数をつけるなら――」
アリー先生は自身の両手を開いて、前へと突き出します。
「100点ですわー!」
「思ったより高得点ですね……!?」
わたしの言葉にアリー先生は頷きました。
「相手を倒せたので当然です! よく頑張りましたね、ラティさん」
アリー先生はカタカタとアゴを鳴らせました。
「初めての戦いであの戦果。それは褒めるしかないでしょう」
アリー先生の表情は読めませんが、それはどこか穏やかな笑みを浮かべているように思えました。
「……とはいえ、これからラティさんには200点も1000点も狙って頑張ってもらわなくてはいけません」
「あ、満点というわけではなかったんですね……」
「ええ、もちろんです。今のまま満足されては困りますわ。大丈夫、ラティさんには伸びしろがあります。死を迎えてしまったわたしと違って、ラティさんにはまだ未来があるのです」
未来。
……あんな凄惨な未来は、あまり考えたくないんですけれども。
心の中に暗い霧がかかります。
あの日の光景を思い出そうとしたところで、アリー先生はわたしの肩を叩きました。
「考え過ぎてはいけませんわ。降り注ぐ火の粉は振り払うものですし、生き物は何かを犠牲にしなくては生きてはいけません」
「……はい」
アリー先生にはそうは言われたものの、どうしてもあの感触は手の中に残っているのでした。
「……そうですね。人は何かをしなくては、どんどん悪い方向へと考えすぎてしまうものですわ」
アリー先生はそう言うと、人差し指を立てました。
「なのでラティさん、わたしと一緒に訓練をしましょう」
「……訓練?」
「はい。今回は運良くあなたが生き残りました。しかしこの先、このダンジョンに、あなたの人生に危険が迫らないとも限りません。その時のために、あなたは体を鍛えておくべきですわ」
「からだをきたえる……」
アリー先生の言葉に、わたしは苦笑しました。
わたしはべつに、体を動かすのが得意というわけではないんですよね……。
「体を動かすことで嫌なことを忘れることもあります。そのためにはまず、訓練場が必要でしょうか」
「訓練場ですか……。あ、そういえば」
すっかりあのゴタゴタの後始末で忘れていたことがありました。
「ヨルくん、ヨルくーん!」
わたしの声に従って、ぽよんぽよんとヨルくんが体を跳ねさせながら近付いてきます。
普段の彼は一体何をしているんでしょうか。
そのうち、一日中ヨルくんの後をつけてみるのも面白いかもしれませんね……。
「なんだい、ラティ。ついに外の魔物たちを根絶やしにする方法でも知りたくなったのかい」
「わたしのこと魔王か何かと勘違いしてませんか、ヨルくん」
ていうかそんな方法聞いたら答えてくれるのでしょうか……?
「……それはともかく。今回のレベルアップで新たに追加された項目が知りたいんですけど……」
「おやすい御用だよ、ラティ」
そう言って彼はその体をぐにょーんと伸ばして、操作画面を呼び出しました。
そこには以前から作れた素材やエリアに加えて、新たに追加された項目が目立つように光って表示されていました。
密猟者の方々をダンジョンの糧としたことで、このダンジョンは新たなレベルアップをしていたのです。
しかし戦いの処理や居住区の内装を一新する対応に追われていて、今になるまで何が追加されたのかは確認していませんでした。
「さてさて、追加されたのは――」
ヨルくんの画面には、新たにクリエイト3項目、エリア3項目の6種類の項目名が見えました。
「えーと……追加される度に聞いてる気もしますが、この『葉っぱ』というのは何の葉っぱなんです……? あと『乳』って…・・・」
「何度も言うけれど、それらは概念上の合成物質だよ。植物が付ける葉、そして哺乳類が生成するミルクによく似た物を生成できるよ。これでラティに子供が出来ても育てられるね」
「栄養価は大丈夫ってことですかね? もとより子供が出来る予定も相手もいませんけども……」
しかしようやく畑から実りが出てき始めたというのに、ここで葉っぱ……。
もうちょっと早く来てほしかったですね。
「合成物とはいっても、人体の維持に必要な栄養素が含まれているよ。壊血病なんかにならないよう、定期的な摂取をオススメするよ」
「壊血病……?」
船乗りがよくかかる病気が、たしかそんな名前だったような?
それはともかく、その他に追加された項目も確認していきます。
「もう一つ作れるようになったのは『石英』……。石英ってなんでしたっけ」
いや鉱物だというのは、なんとなーく知識として持っているんですけども。
「それはつまり、水晶と呼ばれるものだね。メインコンソールの部屋を構築するのに多く使われているよ。魔力を宿す性質も持っているから、有用に使ってね」
「ああ、なるほど! 水晶ですか……!」
これはもしかして、キレイなアクセサリーなんかも作ることが出来るようになるのでは?
洞窟の中を幻想的に飾り付けるのにも使えるかもしれません。
最近上がっている『美術』スキルの腕の見せ所ですねぇ……。
そうして少しワクワクしながら、次はエリアの項目に目を向けてみます。
「えーと、新たなエリアの種類は……」
そこに書かれた名称を読み上げます。
「『石壁』、『草原』、『溶岩』エリア……?」
なんだか、わかるようなわからないような。
比較的わかりやすい、『溶岩』のボタンをタッチします。
すると画面に、赤い海の映像が映りました。
「ここはその名の通り、やっぱり溶岩なんですね。凄く暑そうですけど……」
「そのエリアに関しては、氷エリアと同じく温度調節ができないよ。周りのエリアにも影響が出る可能性もあるから、特に注意して扱ってね、ラティ」
「なるほど、わかりました……。それじゃあ次にこっちの……『草原』は?」
ヨルくんの言葉に相槌を打ちつつ、次のページをタッチして開きます。
そこには魔力光が溢れる天井と、地面に広がる緑の草が映し出されました。
「その名前の通り『草原』だよ。魔力で生成した草が生えていて、食べられるよ。『森』と違うのは、草原の草は自動で補充されるというところかな」
「う、うーん。なんだか使いみちが難しそうなエリアですね」
明るくて草が生える洞窟。
果たしていったい、何に使えばいいんでしょう……。
そもそも既に、洞窟かどうかすら怪しいです。
わたしはそう思いながら、次のエリアを表示します。
「『石壁』……って、『岩壁』とは何が違うんですかね」
そう言いつつエリアの映像を見ると、そこにはまるで遺跡のような空間が広がっていました。
「このエリアは、人工物をイメージしたエリアだよ。ダンジョンらしいとも言えるかな」
「なるほど……」
そのページには『オプション』として、なんだか古代の異民族が使ってそうな象形文字のようなものを壁に彫り込むことができるようでした。
「それらのオプションを使うことで、遺跡感を出すことができるよ」
「遺跡感……。雰囲気や情緒といったものは、ダンジョンに必要なんですかね……?」
わたしは首を傾げます。
ともかく、今回のレベルアップによって追加された内容はそんな項目たちのようでした。
「……まあ、おいおい実際に作って確認してみましょう」
以前、試しに氷エリアを作ってみたら、それはそれは使いやすい冷蔵庫となりました。
そんな風に、今回のエリアにも何か面白い使い道があるかもしれません。
わたしたちがこのダンジョンで暮らす上で、住みやすいように利用する方法を見つけていきたいものです。
そんなことを考えていると、わたしがそれらを見終わったのを見計らっていたのかアリー先生が口を開きます。
「さて、ラティさん。それではさっそく作りましょうか」
「……えーとなんのことでしたっけ」
……いえ、忘れたわけじゃないんですけどもね。
運動には、わたしはやっぱり苦手意識がありまして……。
「とぼけても無駄ですわよ、ラティさん。さあ、あなたのたるんだ体を鍛えるためのトレーニングルームを作るのです」
「た、たるんでないですよ!?」
そ、そんなにお肉はついてないはず……! たぶん……! あんまり……!
「本当でしょうか?
「嘘です違いますそんな馬鹿な!? それはアリー先生があまりにも細すぎるゆえの目の錯覚です!」
アリー先生は脂肪どころか皮も内蔵もありませんからね!
「ラティさんが卑しい豚にその身を落とす前に、この
「うぅ、嘘だぁ……! わたしは豚さんなんかじゃあ……!」
わたしはそうしてお腹周りを気にしつつ、アリー先生と一緒にエリアの編集を行うのでした。
……いやいや、本当に太ってないですよ?
アリー先生ったら。名誉毀損ですよ、これは。
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