第17話 迷宮の侵入者たち

 迷宮の中を、総勢7人にもなる人影が歩いていた。

 その前を歩く4人はすべて首輪を付けられたオークであり、3人の男たちに背中を小突かれつつ先頭を歩かせられている。


「……つまんない洞窟だなぁ。本当にこの奥にフェザーコボルトがいんの?」


 右端を歩くローブの男は、そう言いながら前にいるオークの尻を蹴る。

 オークはそれに一瞬振り返るも、男の顔を窺うようにしながら前を向いて歩き出した。

 彼らは強い者に従う。

 その様子は彼らを従える後ろの3人が、オークたちより高い戦闘力を持っていることを示唆していた。


「……確実にいる。匂いはこの洞窟の外には無い。……しかしあちこちに分散しているな。場所は特定できん」


 左を歩く長髪の男は鼻をひくつかせながら、周囲を見渡した。

 その中央で一番後ろをついていく髪を逆立てた男は、洞窟の中を眺めつつ舌打ちをする。


「……気に食わねぇな」


 彼の言葉にローブの男が首を傾げる。


「何が? お宝の一つも無さそうなところ?」


「そんなんじゃねぇが……。まあいい」


 逆髪の男は目を細める。

 その視線の先にはぼんやりと明かりを放つヒカリゴケがあった。


「――と。また分かれ道じゃん。もう何回目だよ」


 オークたちが三本の分かれ道の前で止まったのを見て、ローブ姿の男はそう呟いた。


「おいラーン、今度はどっち行きゃいいのさ」


 ローブの男は首だけ振り返り、長髪の男へと尋ねる。


「……わからん。さっき言ったのをもう忘れたのか? この洞窟の中には――」


「――ハッ、使えねー犬」


 ラーンと呼ばれた男の声を遮るように、ローブの男はそう言った。

 ラーンは男を睨みつける。


「……もう一度言ってみろ。その細い首をへし折ってやる」


「……あ?」


 ローブの男も目を見開き、二人の間に一触即発の空気が流れる。

 逆髪の男はその間に割り込むようにして立ち塞がりながら、ローブの男を睨みつけた。


「――おい、遊んでじゃねーぞリュセ。ラーンも安い挑発に乗ってんじゃねぇ」


 リュセと呼ばれたローブの男は、舌打ち一つして分かれ道の一つをずんずん進んでいく。


「もういい。……一番多く捕まえた奴が総取りってことにしようぜ」


「――いいだろう」


 リュセの提案にラーンは頷く。

 リュセは笑ってオークたちに声を浴びせた。


「……オラッ、オークどもついてこい。お前らが盾になるんだからよ」


 リュセは振り返り、ラーンに向かって鼻で笑う。


「『ラーンサマ』は肉盾なんて足手まといだっていつも言ってるから、必要ねーだろ? こいつらは俺が上手く使ってやるからさ」


 バカにするように言うリュセに、長髪の男は吐き捨てる。


「……勝手にしろ。無駄死にさせたら金を払えよ」


 その言葉に答えず、リュセはオークたちを引き連れてダンジョンの通路の奥へと消えていった。

 彼の背中を見送って、逆髪の男は長髪の男へ向けて声をかける。


「……ったく。勝手に決めてんじゃねーぞ」


 男の言葉に、ラーンは苛立ちを隠さずため息をついた。


「俺に任せておけ、ディアン。あのガキの鼻っ柱をへし折ってやるから、お前は入り口で座ってな」


 そう言って長髪の男は別の道へと歩いて行った。

 一人残された男はまた別の道を見据え、歩き出す。


「――ったくクソどもが。……このダンジョン、何かおかしいってのに……」


 ディアンと呼ばれた男は歩きながら考える。

 ――位置関係、迷宮の構造、方向感覚……。


「……さっきから頭の中に地図描いてんのに、構造がまるで合わねぇ。……この俺がミスったのか? そんな素人みたいな真似を……?」


 彼はそんな独り言をつぶやきながら、迷宮の奥へ迷い込んでいくのだった。



  §



「……さっきから同じ道ばっかだなぁ。ここ通ったっけ?」


 ローブの男リュセは、オークたちを引き連れながら独り言を闇に放った。


「……はー。お前らが役に立たないからこんな目に合わなきゃいけねーんだぞ。その鼻は何の為についてんのかわかってる? あ?」


 リュセは一匹のオークの足を蹴る。

 オークは困惑したような表情を浮かべるが、それ以上は何も反応しない。

 彼はすぐにそれに飽きると、また分かれ道が広がる遺跡のような通路を曲がって先へと進んだ。


「――やべっ」


 彼は何かを察知して、慌てて手近にいたオークを引っ張る。

 オークは巨体であったが、歩いていたところを突然前の方へと引っ張られてバランスを崩した。


「……ピギャァッ!?」


 次の瞬間、オークの眼球を親指ほどの太さの長いくいが貫いた。

 その杭はロープに結わえられており、弧を描くようにして頭上から突然飛来したものだ。


「ワイヤートラップかよ……!」


 リュセはそう言って、足元に貼られたロープの罠を足で突付く。

 それに連動するように、頭上からロープに垂れ下がりオークの目に突き刺さった杭がぴょこぴょこと揺れた。


「……一匹無駄にしちまったな。あとでアイツにドヤされちまう」


 リュセが盾にしたせいで運悪く脳髄を貫かれ絶命してしまったオークの体を、彼は地面へと投げ捨てる。


「……おいお前ら。今度から俺の後ろにいたら、その首輪の締め付けバインドを最大にするからな。窒息で死にたくなけりゃ俺の前を行け」


 彼はオークにそう言って、迷宮の前を歩かせるのであった。



  §



「……フン。それにしても奇妙だな」


 長髪の男……ラーンは古代遺跡のような人工的に作られた迷宮の中を進んでいた。

 先程からしばしば発見する何者かの痕跡におい

 罠かもしれないと思い、彼はそれに近付いてはいない。

 ――誰かがこのダンジョンに住み着いている。


「……しかし虫一匹も見当たらないか。それに構造もおかしい。魔術迷宮の類か……?」


 彼がダンジョンに懐疑心を懐き始めた時、目の前に広い空間が現れた。


「――地下墓地カタコンベか」


 彼は一人頷いた。


 ――墓地の盗掘を防ぐために難解な造りをしていたのだとしたら、その構造には納得がいく。


 彼はそんな墓地にコボルトが住み着いたのであろうと当たりをつけた。

 壁に立てかけられた頭蓋骨。地面に放置された骨の山。墓石とみられる十字や台形の石。

 そんな死を彷彿とさせる風景の中を、彼は独り歩く。


「それにしてもコボルトたちはどこに――」


 彼がそう口にした瞬間、その異変に気付いた。

 カタカタと周囲に音が鳴り響く。

 見れば、彼の足元にはいくつかの小さな骨が寄り集まり動き出していた。

 それは一本の骨を基軸にして四肢を生やした、骨の人形だ。


「なんだ……? アンデッド……? まさかスケルトンか……?」


 その言葉に呼応するように、そのミニチュアサイズの骨人形は彼へと向かって走り出す。


「……薄気味悪いな」


 彼は近付いてきた一匹をあっさりと踏み潰した。

 人の頭ほどの大きさもないそれは、簡単に砕け散る。


「――っつ!?」


 しかしそのふくらはぎに痛みが走ったことで、彼は自身が油断していたことに気付く。

 見れば、そこには音を立てずに後ろから近付いていたもう一体の骨人形の姿があった。

 彼は慌てて足を払い、その骨人形を蹴散らす。


「伏兵……!? それに――!」


 彼の足には尖った骨が刺さっていた。

 それは明らかに骨を研いで作った『武器』だ。


「まさかこいつら、知性があるのか……!?」


 彼は慌てて足に刺さった骨を抜く。


「……クソ! 返し・・まで付いてやがる……!」


 それはまるで魚を獲るためのもりのように、先端に抜けにくくなる仕掛けが施されていた。

 小指よりも細いトゲのような武器ではあるが、一度刺されると抜く時に多少肉をえぐらなくてはいけない。


「まだ数が少ないから対処できるが――」


 彼がそう言うのを待っていたかのように、地面に散乱していた骨が次々と起き上がり始めた。


「……おいおい、何の冗談だこれは」


 むくりと起き上がり、カタカタ音をたてる骨人形たち。

 100を越えるその骨人形たちに囲まれて、彼は乾いた笑いを漏らした。



  §



「なんだよコレは……!」


 リュセがその光景に驚愕の声をあげる。

 そこには鬱蒼と生い茂る密林が広がっていた。


「本当にダンジョンかよ、ここ……」


 リュセはそう言いながらもオークたちを獣道の中へと進ませる。

 そのエリアの暑さが、ローブ姿の彼を更に不快にさせた。


「ったく……焼き払っちまいてぇ。……おい、お前ら早く行けよ! 暑苦しい体しやがって!」


 リュセは腹いせに目の前のオークの背中を蹴り、八つ当たりをする。

 苛立っていた為に、彼はその異変に気付くのが遅れた。


「……おい。足りねぇぞ」


 彼の前にいた2匹のオークが足を止める。


「――逃げ出したか?」


 来る時が4匹。

 道中で1匹失ったオークの数は、今は3匹いるはずだった。

 しかし彼の前からは、いつの間にか1匹のオークが姿を消していた。


「――たしかこの前、顔を焼いた奴だったか」


 彼はそうつぶやく。

 いなくなったのは以前、彼が遊び半分に炎の魔法を浴びせかけたオークだ。


 ――こんな時に逃げだしやがって。


「……おい、お前ら。勝手にこの場を離れたらどうなるかわかってんだろうな」


 リュセの言葉にオークは困惑した表情を浮かべる。

 リュセがその様子を見る限り、彼らオークたちに反抗の意思があるようには見えなかった。


「――チッ。……俺からあんまり離れんなよ」


 リュセは少しばかりの不安を懐きながら、周囲に気を張り巡らせる。

 周りは視界の悪い密集した森林。

 先頭を2人のオークが歩いている。


 ――何が起こっている? そして、次に何が起こる?


 リュセは頭の中で考える。


 ――この状況で、もし敵がこちらを狙っているとしたら次の標的は――?


「――っぁ!」


 彼がそれに思い当たるのと、彼の首が締め上げられるのは同時だった。

 木の上に潜伏していた何者かに、彼は首を締め付けられつつ吊り上げられる。

 目の前の2匹のオークはそれに気付かず前へと進んでいった。

 リュセは拘束を解こうと腕に力を入れながら、頭上を見上げる。


「――お、まえは……!」


 そこには半透明の姿の者がぶら下がっていた。

 背中から伸びる尻尾が彼の首を締め上げ、その姿は次第に色味を帯びていく。


 ――女だ。


 リュセは首が圧迫される中、何とかその手を動かして指を鳴らした。


「……バインド」


 かすれるように漏らしたその声に反応して、先行していたオークたちが首輪を圧迫され異常に気付く。

 慌てて彼のもとへと駆け寄るオークたちの姿を見て、その女性はリュセを解放した。

 リュセはドサリと地面に落ちる。

 彼女の持つ小さな角と翼、それに長く太い尻尾を見て、リュセは咳き込みながら叫ぶ。


「てめぇ……! 亜人か!」


「――惜しかったッスね。仕留めるチャンスだったんッスけど」


 彼女はそう言いながら、また自身の体を半透明にしていく。

 周囲の姿に完全に溶け込み、彼女は森の中に姿を紛れ込ませた。

 リュセはその顔を歪めて、吐き捨てるように言葉を放つ。


「亜人ごときが、調子に乗ってんじゃねえぞ!」


 彼は息を整えつつ、その場に立ち上がった。


「……てめぇらも気付くのが遅ぇんだよ! 豚が!」


 オークたちを蹴りながら、彼は興奮に目を見開いた。


「あの女ぜってぇにぶっ殺してやる……! コケにしやがって……!」


 リュセは森に向かってそう叫びながら、呪文の詠唱を開始する。

 彼の周囲に、いくつもの巨大な火球が浮かび上がった。



  §



「――そこだ!」


 地下墓地の中、ラーンは道に積まれていた骨の山を蹴り崩した。

 彼は何体かの骨人形に足を刺されつつも、致命傷にはほど遠い。

 そうして崩した骨の中に埋もれるようにして、その少女は隠れていた。


「ひっ……!」


 彼女はラーンの姿を見上げて、悲鳴をあげる。


「……ガキか」


 金髪に黒のマントを羽織った少女。

 その姿を見て彼は眉をひそめた。


「ネクロマンサーの真似事とは感心しないな」


 彼は少女の頭をわし掴み、持ち上げる。


「……まあいい。よく見れば結構な上玉だ。好事家こうずかにならそれなりに高く売れそ――」


「――エクスプロージョン!」


 少女の手から出た小さな火球が彼の顔めがけて放たれ、爆発を起こす。

 その勢いで彼が姿勢を崩すのと同時に、少女はその手から逃げ出した。


「――こんのクソガキが……!」


 ラーンは炎に焼けるその顔を手で抑えつつ、そう吐き捨てる。


「……予定変更だ」


 彼の言葉と共に、その長髪が伸びていった。

 体毛が伸び、その骨格が変わっていく。


「お前は俺が食い殺す」


 彼の姿を見て、少女はその名を口にした。


「――狼……!? 獣人ライカンスロープか!」


「……その通りだ。物知りだな、お嬢ちゃん」


 狼人間の姿となった彼は、少女を睨みつけると大きく口を開く。

 迷宮の中に、狼の遠吠えが響いた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る