第18話 ヨルムンガルド防衛戦
「オラオラオラオラ! どうした亜人女! 早くしねぇとてめぇの住処が丸焼けになっちまうぞ!」
その手に次々と火炎球を出現させ森の中に炎を広げる男に、グラニは顔をしかめつつその姿を現した。
「あんまり燃やされると困るんッスよねー。……不意をつけなくなるんで」
「ハッ! ようやく出てきたか化け物!」
リュセはその手に炎を纏わせ、彼女へと狙いを定める。
「――ファイアジャベリン!」
「ひぇっ!」
グラニは迫る炎の槍を紙一重で避けつつ、またも森の中へと姿を隠した。
「――チッ。……おい、お前ら。あいつが俺にちょっとでも触れてみろ。お前らの腕を切り落とすからな」
「プギィ……」
オークたちは魔法の斜線に立たないよう注意しながら、彼の前へと出る。
「クソ、あちぃな……。これ以上長引かせると炎と煙で息ができなくなるかもしれねぇか……」
彼は額の汗を拭い、顔をしかめた。
「しょうがねぇな……短期決戦だ。オイ、てめぇ」
彼はオークの背中を蹴る。
「お前、囮になってこい。あいつをおびき寄せんだよ」
「プギィッ……!?」
「いいから行けっつってんだろうが!」
オークは彼に尻を蹴られ、しぶしぶ炎が広がる森の中へと入った。
「――次に出て来た時が、お前が丸焦げになる時だぜ」
彼は自身の腕に炎を纏わせ、狙いを定める。
囮として前に出たオークが恐る恐る歩いていると――。
「出たな!」
グラニが森の中から姿を現した。
彼女はその尻尾をオークの首に絡みつかせる。
「――ファイアジャベリン!」
リュセの声とともに、炎の槍が彼女へと迫る。
「なんのっ!」
彼女は尻尾を基点として跳ね上がると、オークを盾にするようにその後ろへと隠れた。
炎の槍がオークを焼き焦がす。
「――甘いなぁ! 『槍』がそれで終わると思ってんのかぁ!?」
オークを呑み込んだ炎は、その勢いを殺さずにまるで貫通したかのようにグラニを襲う。
「――ああああっ!!」
体を焼かれる彼女の叫び声が炎の森にこだまする。
リュセは彼女の悲鳴を聞いて、その顔に笑みを浮かべるのだった。
§
「……この、すばしっこいガキめ」
「――突撃隊、前進!」
ミアの声に従い、骨人形たちが彼に群がる。
「うざってぇなあオイ!」
彼の爪による一薙ぎに、いくつもの骨人形が砕け散る。
「観念しろ、ガキ。お前の攻撃じゃあ俺に致命傷は与えられん」
ミアを壁際に追い詰めて、ラーンはそう言った。
「おとなしくするというなら、両手両足と引き換えに命は助けてやろう」
彼の言葉に、ミアは笑みを浮かべた。
「……このミアルゼラ=ヴァン=ユーリエスに、敗北はない!」
彼女はそう言うと、その手を掲げた。
「全隊! 集え!」
その言葉とともに、彼女の立っていた地面が盛り上がる。
そこから無数の骨が這い出て、骨人形を形成していった。
「おいおい、また物量か? いくら数があっても、そんな雑兵じゃ――」
「――それはどうかな」
男の面倒くさそうな言葉を遮り、ミアは笑う。
彼女の下には無限の骨。
骨人形同士が絡みつき、徐々に彼女の体を覆っていった。
そしてそれは、巨大な人型の人形となる。
「これぞ我が最終兵器! 群体要塞ボーンゴーレムだ!」
それはラーンの身長の二倍にも達する骨で組み上げられた巨大なゴーレムだった。
それは彼女の姿を包み込み、覆い隠す。
「……マジかよ、クソガキ」
「発進!」
彼の胴よりも太いゴーレムの腕が、男に殴り掛かった。
「ぐっ……!」
その腕のパンチを両腕で受け止めて、ラーンは苦痛に顔を歪める。
「ゴミも積もれば山ってか……! ……だがよ!」
全身が骨で出来たゴーレムを見て、彼は笑った。
「――お前の弱点、俺には丸見えなんだよなぁ! 司令塔を潰されればそれまでだろう!?」
彼は鼻をひくつかせる。
人間よりも何倍も鋭い狼の嗅覚。
ゴーレムの腹部に少女が潜んでいるのが、彼には手に取るように分かった。
「所詮、骨だ! 装甲もクソもあるもんかよ!」
ラーンは姿勢を低くして、ゴーレムの懐へと潜り込む。
全身全霊の一撃を込めて、全力で拳を振り抜いた。
――獲った!
その拳はゴーレムの骨を砕き、中にいる少女の体を貫いた。
――と、彼は思った。
「――ゴハッ!?」
彼は咳き込む。
彼の拳により粉砕された骨が空中に飛散する中、その影を縫うように
その拳よりも小さな黒い塊は、彼の口めがけて飛び込む。
――コウモリ……!?
彼は喉奥を突き上げられる感触を感じ、本能的にそれを吐き出そうとする。
同時に、口の中から声が聞こえた。
「――エクスプロージョン!」
瞬間、彼の頭は喉を基点にして爆散した。
§
「……バカな……。さっきたしかに、ここで……」
炎上する『森』の中、リュセは遠巻きに丸焦げとなったオークへと近付く。
しかしその近くに倒れたはずの、グラニの死体が見当たらなかった。
周囲には隠れるような草木も無い。
――ならどこに。
「お、おい! お前、探してこい!」
決して自分では近寄らず、彼はオークに探しにいかせる。
「プギャァ……」
オークは怯えつつも、ゆっくりとそれに近付いた。
――その瞬間。
「プギャアァー!」
オークは悲鳴をあげる。
その喉元には、一匹の小型のドラゴン。
普段は口の奥に隠されているその鋭い牙が、首輪ごとオークの喉を噛み砕いた。
「な――!?」
リュセはそれに声を失う。
ドラゴンの姿へと変わったグラニは、オークを口から放すと彼の方を向いた。
「……黒焦げの死体に『迷彩』してたんッスよ。自分こう見えても頭脳派なんで」
「――ファイアジャベリン!」
慌てて彼は炎の槍を放つ。
グラニは、それを涼しい顔をして尻尾で打ち払う。
炎は彼女の体を覆った。
「……さっきのも演技ッス。自分、
彼女のドラゴンの体が、みるみる大きくなっていった。
その顎が、口が、いびつに大きく『膨張』していき、それと共に彼女を包んでいた炎はかき消える。
「ちょっとは熱く感じるので……とても、不快なんスけどね。相手を殺したくなるぐらいには」
洞窟の天井まで覆うほどに大きくなったその体を見て、リュセは震えながら声をあげた。
「ひっ……たす……助けっ……!」
彼はそう言いながら、慌てて後ろへと逃げ出す。
「――ああ、そうそう」
そんな後ろ姿に、グラニは声をかけた。
「その辺、危ないッスよ。落とし穴を掘ってあるんで。……まあ最初からそれを狙ってたんスけど」
「――なっ!? うあああ!?」
恐怖に支配され、周囲を確認する余裕すら無かったリュセの足元が崩れていく。
そしてその身は奈落の底へと吸い込まれていった。
その様子を見て、グラニは安堵のため息を吐く。
「――へへ。とりあえず、これで任務完了ッスね……」
グラニの身体は徐々に小さく戻っていった。
「……炎に強いだなんてとっさの
そう言って、彼女は地面に身体を預ける。
全身の火傷に体力を奪われつつ、彼女はそのままゆっくりと意識を手放していった。
一方のリュセは大人2、3人分の高さの落とし穴の底で、その身体を起こした。
「――いってぇ……くそ、クソ……! バカにしやがって……! 絶対に生き残ってやる……!」
彼は首を動かし、その穴を見上げた。
「くそ、登るのは無理か……? いや、どうにかして……」
彼がそう思った瞬間、その違和感に気付く。
――地面が柔らかい。
それどころか、そこから生温い体温を感じた。
「こ、これはっ……! ……てめぇ! こんなとこに落ちてやがったのか!」
それは一匹のオークだった。
顔に火傷の跡があることから、おそらく『森』エリアに入って彼が最初に見失ったオークだろう。
そのオークの背中は地面に設置された木の杭に貫かれており、致命傷の怪我を負っている。
しかしそのオークにはまだ、かろうじて息があるようだった。
「――ちくしょう、この役立たずめ! お前がちゃんとしてればこんなことにはならなかったのに! これだから亜人は信用できねぇんだ! 無能のクソバケモンが!」
彼はその拳をオークの腹に叩きつける。
「プギィ……!」
するとオークはそれにより意識を取り戻したのか、目を開けた。
そして彼の姿を確認すると、最後の力を振り絞るようにして肩を抱き寄せる。
「な、何だ、てめぇ……!」
オークは彼の言葉を受けて、口を開いた。
「オレ……ラ……コトバ……ワカル」
オークの言葉に、リュセは眉をひそめた。
「……ああん? そりゃ俺らの命令を聞く必要があるんだから、当然だろうが……!」
怒鳴る彼の言葉に、オークは笑った。
「ヨカッタ……死ぬ前に、気持チヲ伝エラレテ」
「……あ?」
首を傾げるリュセに、オークは穏やかに言った。
「オマエは、ユルサナイ。絶対に殺す」
オークはその大きな口を開き、彼の頭に近付ける。
リュセは自分の置かれた状況にようやく気付き、慌てて呪文を口にしようとした。
「……バイン――!」
ゴキリ。
――バキリ、グシャリ。
穴の中に、咀嚼音が響いた。
§
「こいつは誰かが住んでる……なんてもんじゃねぇな」
全面が耕され、農地が広がり植物が芽吹いた通路を歩きながら、一人ディアンはそう言った。
――俺たちを迎え撃とうとしている。
彼は頭を振りかぶって舌打ちをする。
「――チッ。あいつらのせいで俺まで割に合わねぇことになっちまった」
逆立った髪をかきあげながら、彼はため息をついて周囲を見渡した。
それは洞窟の中である、ということを除けば普通の畑に見えなくもない。
だが至る所に見える罠は、明らかに侵入者を殺傷することを目的としていた。
「しかも――」
彼は近くの罠に、拾った石を投げつける。
崩れた地面の穴の中には、落ちた者を殺す力を持った杭が上を向いて待ち構えていた。
底の槍を運良く避けたとしても、登れないようきちんとねずみ返しまでついている。
「こいつは単純な素人の技じゃねぇな。――俺と同じ、
彼は不安を拭うように、独り言を放つ。
そんな彼の前に、立ちふさがる姿があった。
「――御機嫌よう」
彼はその姿を見て目を細める。
それは明らかな魔物の姿ではあるが、彼も盗賊ギルドに所属する者の一人。
そのぐらいで動揺はしない。
「――てめぇがここの
ドレスを着たガイコツの姿に、彼は口を吊り上げた。
「いいえ、わたしは主ではありません。……そうですね、しいていうなら――」
彼女はドレスの裾を持ち上げ、挨拶をする。
その眼窩の奥に、アンデッド特有の魔力の光を宿らせて。
「――先生、でしょうか。……以後お見知りおきを」
そんな挨拶を交わして、彼らの視線はぶつかった。
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