第16話 『迷宮』を作りましょう

「王都のレンジャーギルドでは、厳格な狩猟規定があるのですわ。主に新人の無茶な狩猟を抑制するためと、周囲の環境を破壊しないようにするために」


 アリー先生は人差し指を立てて説明してくれます。


「それはもちろん、魔獣のためではなく、人間のためなんですけどね。生態系を破壊した場合、それによって行き場が無くなった魔物が人里へと降りてくる……中にはドラゴンの縄張りに無断で侵入し、報復として村が焼かれるなんて事件だって、王都の歴史の中にはありましたわ」


 さすがアリー先生。物知りです。


「人間たちは自衛のために組織的に狩猟を制限する必要があった。……そんなレンジャーギルドに所属しない、非正規の狩人。それが密猟者ですわ」


「なるほど……。ではこのマークは密猟者の証なんです?」


 わたしはオークさんからひっぺがした首輪や棍棒を眺めます。

 そこには丸と三角を組み合わせた、見たことのないようなマークが刻まれていました。


「これは盗賊ギルドの符丁ふちょうですわ。盗賊ギルドはギルトと言っても非合法者の集まりで、ただの犯罪集団なんですけれど。この印は、その中でも奴隷の所有権を現す物。『俺の物だから触るな!』というような意味ですわね」


「ほほう……。ということは、このオークさんは盗賊ギルドの方々の奴隷として扱われていたということですか?」


「その通り。飲み込みが早くて助かります、ラティさん。さすがですわ」


「えへへ」


 アリー先生、ことあるごとに褒めてくれるので大好きです。

 そうです、わたしは褒めて伸びるタイプなんですよ。まじマジ。


「……ってことは、盗賊がオークを使ってコボルトさんたちを誘拐してたってことッスね」


「ははーん。そういうことか。……いや、ミアは最初からわかっていたけどな」


 グラニさんとミアちゃんがそう続けます。

 ……まあミアちゃんは置いとくとして。


「……問題は、オークさんを逃がしてしまったことですかね?」


 わたしの問いに、アリー先生は頷きました。

 オークさんの片方は仕留めたものの、片方はそのまま逃してしまいました。

 とはいえ二体目のオークさんと戦って勝てたかといえば、そんなことはないでしょうけれど。

 あの時、オークさんが逃げてくれて助かったのはこちらです。


 アリー先生は考えるようにあごに手をあてました。


「おそらくは密猟者のもとへと報告に帰ったのでしょう。となれば、コボルトさんたちを狙ってまた襲撃に来ることは十分考えられます。……たぶん、次は勝てる戦力を引き連れて」


 アリー先生の言葉に、血の気が引くのを感じました。

 ただでさえ苦戦したオークさんたちです。

 あれが3体いたなら、今頃わたしたちは全員死んでいるか奴隷にされているか……そのどちらかだったかもしれません。


「ぼくら、めいわく?」


「でていった方がいいわん?」


 コボルトさんたちが不安そうにそう言いました。


「……大丈夫ですよ。迷惑なんかじゃあありません」


 わたしはそう言ってコボルトさんたちの頭を撫でます。

 行き場が無い彼らを放り出すなんて、そんなことわたしはしたくありません。

 そんな様子を見ていたヨルくんがぽよぽよと跳ねました。


「場所が知られている以上、コボルトたちがいなくなったところで襲撃される確率は高いよ」


 ヨルくんは冷静にそんなことを言います。

 ……そうなんですよね。

 今はもう既に、コボルトさんを追い出すとか追い出さないとかいう話ではなくなっていると思います。

 このダンジョンを捨てるかどうか……それぐらいの話です。


「……相手の規模はどれぐらいなんでしょうね」


 頭に浮かんだ疑問を口にします。

 例えば相手が100人とかいた場合、どうやっても無理だと思うのでヨルくんには申し訳ないですが一旦ダンジョンを放棄した方が現実的に生き残れる可能性が高そうです。

 そんなわたしの疑問に、アリー先生が答えました。


「おそらくですが、多くて5、6人程度だとは思いますわ。そもそも盗賊ギルドが組織だった行動に出ることは、ほとんどありませんもの。特に今回の場合はあくまでも個人規模での活動でしょうね。彼らが動くのは、同じ犯罪者相手のメンツを賭けた勝負の時のみですわ。更に言えばコボルトの毛の市場価値から考えると、犯罪者たちが一致団結するほどの物とは考えられませんし」


 アリー先生の分析に頷きます。

 歴史から裏社会のことまで、アリー先生は博識です。

 ……しかし、アリー先生の言葉を信じるなら対処可能な人数である気もしてきます。


「……わたしたちでこのダンジョンを……コボルトさんたちを守ることは出来るでしょうか。アリー先生」


 わたしはアリー先生に尋ねます。

 このダンジョンはわたしたちのおうちです。

 出来ることならわたしは管理者キーパーとして、このダンジョンを守りたい。

 わたしの問い掛けに、アリー先生は首を横に振りました。


「……そんなことを聞く必要はありませんわ」


 そしてこちらをまっすぐに見て、アリー先生はその顎をカタカタ震わせました。


「いいですか、ラティさん。あなたはただ『ダンジョンを守る方法を教えて欲しい』とだけ言ってくれれば十分ですのよ。なにせ、この『器用富豪の天才』があなたの先生なのですから」


 わたしはアリー先生の言葉に笑いながら返します。


「先生、教えてください。……このダンジョンを守る方法を」


「お任せなさい、ラティさん」


 そうしてわたしたちは、外敵を迎え撃つ準備を始めるのでした。



  §



「最初にする必要があるのは、戦力の分析です。まずは己を知ること。策はそれからですわ」


 アリー先生の言葉に従い、みんなの能力値をヨルくんに表示してもらいます。


ラティメリア・カルムナエ  人間

筋力10 体力15 敏捷12 魔力15

スキル・『迷子』32 『料理』1

『裁縫』2 『美学』1 『罠術』5


ミア  ヴァンパイアバット

筋力7 体力8 敏捷14 魔力19

スキル・『超音波』2 『変成魔術』4

『死霊魔術』1


グラニ  グラトニードラゴン

筋力22 体力39 敏捷5 魔力10

スキル・『暴食』1 『迷彩』1

『変成魔術』1 『膨張』1


アリーアンス・ウィシュ・スペアリーブ  スケルトン

筋力6 体力9 敏捷8 魔力3

スキル・『教練』3


 コボルトさん方も見ましたが、だいたいアリー先生と同じような能力値でスキルは『穴掘り』ぐらいのものでした。


「……これで本当に、盗賊ギルドの密猟者さんたちを退けることができるんでしょうか……」


 なんだか全体的に不安な能力値な気がします。

 ……こんなピンチな状況、スーパー強い勇者様とかそういうのが助けに来てくれてもいいのでは?

 ふと頭の中に、とある知り合いのことが思い浮かびましたが頭を振ってそれを打払います。

 今はわたしたちしかいないのです。

 わたしがそんな益体やくたいもないことを考えていると、アリー先生は人差し指を立てました。


「いいですか、ラティさん。漠然と負けない方法を考えてはいけませんわ。『勝つためにはどうしたらいいか』を考えるのです」


「勝つために……」


 そんなこと言われましても。

 わたしが頭を悩ませていると、アリー先生は土の地面に文字を書き出しました。


「では仮に相手がこんな相手だったらどうしますか?」



オーク

筋力30 体力30 敏捷3 魔力3

スキル・棍棒3



 仮想敵が出現しました。

 わたしはオークさんの姿を頭に思い浮かべます。

 もし相手がこんなのだったら……。


「みんなでタコ殴り……」


 わたしの言葉に、アリー先生は首を横に振ります。


「タコ殴りにするにしても、やり方がありますわ。例えばグラニさんが正面に立って時間を稼ぐ、とかですわね」


 なるほど連携パーティプレイです。


「その他にも、手段はありますわ。例えばわたしなら……この中でなら、ラティさんとミアちゃんに頑張ってもらいますわね」


「……わたしはともかく、ミアちゃんに? でも、前は……」


 オークさんとの戦いを思い出します。

 ミアちゃんは棍棒で殴られて怪我をしてしまいました。


「あれは戦い方が悪かったのです。魔道士が正面から戦士と戦って、勝てる道理はありません」


 言われてみればたしかに。

 あの時は、ミアちゃんも至近距離でオークさんと戦っていました。

 コボルトさんたちを守るためとは言え、考えてみれば悪手です。


「例えば罠で油まみれにした挙句に、炎の魔法を物陰から一撃……これが正しい魔術師と狩人レンジャーの戦い方ですわ」


 アリー先生はそう言ってカタカタと骨を震わせて笑いました。


「いいですか、ラティさん。相手の強みと戦ってはいけないんです。相手の弱点に、こちらの強みをぶつける。それが戦の心得ですわ」


 アリー先生の言葉にわたしは頷きます。


「よろしい。ではそこを踏まえた上で、次は戦場について考えましょう」


 アリー先生は地面にダンジョンの絵を書き出しました。

 現在は居住区と、その他の通路を分けています。

 居住区に必要な分として、水場や寝室、氷室。あとは畑でしょうか。

 ここを変更すると少し生活に支障が出るやも……。


「今回の目的は『殲滅』ですわ、ラティさん。追い返すだけではダメですの」


「……はい」


 アリー先生の言う通り、追い払うだけではわたしたちの安全は保障されません。

 今後一切、未来永劫襲われないようにする為には、相手を一網打尽にしなくてはいけないのです。

 下手に生き残りを出して逃走されると、それが後々復讐だとか禍根を残す結果にもなりかねませんからね。


「――おびき寄せたあとで、殺意は一瞬、優雅に、確実に、ですわ」


 アリー先生の言葉通り相手を仕留めるには、このダンジョンを一つの罠に変える必要があるでしょう。


「よって入り口は相手をおびき寄せる為の撒き餌として、今のままにしておきましょう。あくまでもカモフラージュです」


「はい、アリー先生。入り口はこのままで」


 一度見られている以上、ここで違和感を覚えさせない方がいいと思います。


「では次にラティさん。……罠は一人用なのはご存知ですわね?」


「はい、もちろん」


 罠は基本的に、複数人を相手にするようには出来ていません。

 もちろん、例えば落とし穴を大きくするだけでも、複数人に対応することは可能です。

 しかしそれには多大な労力も必要ですし、罠にかかってない人が手を差し伸べれば助かります。

 大掛かりの罠というのは、費用対効果が非常に悪いのです。


「ではその為に必要なことは?」


「……相手を分断すること」


 わたしはアリー先生の問い掛けに答えます。

 前回のオークさんを思い出すと、二体一緒に行動していて非常に対処がしにくい相手でした。


「その通りです、ラティさん。成長が素晴らしいですわ」


 アリー先生は土の地面に図を書きました。


「入り口から入ってすぐに、迷いやすい分かれ道を用意しましょう」


 その図では道が何本にも枝分かれしていきます。

 わたしはそれを見て頷きました。


「それじゃあそこに、岩壁エリアで枝分かれした道を作ってみます」


「そうですね。作る時は同じ風景が続くように意識してみてください。そうすることで迷いやすくなります」


 その先のエリアをアリー先生は合流させます。


「おそらく相手はコボルトの匂いなどを追いかけてくるはずですわ。よって、匂いの偽装も必要かもしれませんね」


 ふむふむ。

 彼らに着てもらっている服などをバラまいておくのも手かもしれませんね……。


「……万が一のために、わたしたちの逃走ルートも確保しておきたいところです」


 アリー先生の言葉にヨルくんが近付いてきてぽよぽよと跳ねました。


「前にも言ったけど、ダンジョンの入り口は一つしか作れないから注意してね」


「むむむ……なかなか難しいですね」


 二つの入り口を作れないなら、中でループしたりする道を作る必要があるかもしれません。


「……入ってこれないよう、居住区だけ完全に塞げればいいんですけど」


 わたしの言葉にヨルくんはぷるぷる震えます。


「ダンジョンの空間を入り口から切り離してしまうと、魔力が循環しなくなるんだ。人間でいう壊死のような状態だね。だから魔力が枯渇して、すぐにボクは灰になってしまうよ」


「……あくまでも全ての道が繋がったダンジョンでなくてはいけないんですね……」


 わたしは頭を悩ませます。

 どんなダンジョンの構造にしたものでしょう。

 わたしはアリー先生と一緒に、ダンジョンの形や設置する罠を考えるのでした。



  §




 それは森の奥。

 太陽が注ぎ込む木々の狭間に、彼らはいた。


「――で? 何? お前、コボルト程度も捕まえられず逃げ帰ってきたわけ?」


「フギィ……」


 それは狩人のような緑の迷彩服に身を包み、髪を逆立てた男だった。

 彼は首輪をしたオークの前で、切り株の上に座り込んでいる。


「は? 意味わかんねぇんだけど。お前さぁ……役立たずがどうなるかわかってないの?」


「プギッ……!」


 オークは彼の前で震えながら地面を見つめる。

 その横で、彼より少し背の低いローブ姿の男が笑い声をあげた。


「マジ!? コボルト以下のオークとか、存在価値ねーじゃん!」


 そう言って彼はその右腕をオークに向ける。

 その腕に付けられたブレスレットがしゃらりと鳴った。


「そんなやつはいらねーよなぁ!」


 そう言って彼は呪文を詠唱する。


「――フレイムジャベリン!」


 ローブの男の腕から炎の槍が出現し、オークの姿を包んだ。


「プギャー!」


「ぶははは!」


 炎を消そうと地面に転がるオークを見下しながら、ローブの男は笑う。

 そこに森の中から、もう一人の男が姿を現した。


「おい、こんな豚でも飼育には金と労力がかかってんだぞ。――ったく」


 その長髪の男は転がるオークを蹴りつけながら、地面に唾を吐き捨てる。


「ちょっとしたジョークじゃん! そう怒んなって!」


 ローブの男が指を鳴らすと、オークを覆っていた炎がかき消えた。

 髪を逆立てたリーダー格の男が、その顔に笑みを浮かべる。


「あとこいつ入れて4匹だっけ? まあ1匹2匹いなくなってもべつに構わねーけどよぉ」


 彼はその場に立ち上がった。


「……でも一匹帰ってこねーのは気になるよなぁー。まさかコボルトに負けるとは思えねぇけど」


 彼は他の二人の男に語りかける。


「俺らのモンに手を出したとなりゃ、相手がなんであれ落とし前つけてもらわなきゃな……」


 男の言葉に二人は笑みを浮かべて頷く。

 そうして彼らは、狩りへと出かけるのであった。

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