第15話 オークさん達との戦いです

「す、すごい……」


 クリエイトルームにて、思わずわたしはそう口にしていました。

 わたしが試しに作り出したのは、『肉』です。

 特に設定もせずにそのままそれを生成してみると、そこには骨付き肉が出てきたのでした。

 それがどのようにすごいかと言いますと……。


「……全然リアリティがない……!」


 一本の太い骨がドーン!

 真ん中にお肉バーン!


「……これってどの部位のお肉なんですか?」


「それは概念肉だよ。フィクションの創作物などによく見られるお肉の概念を実体化したものさ」


「概念……。食べられるんですか?」


「生でも大丈夫だよ」


 私の前に出てきた人の頭ほど大きな謎のお肉。

 少しだけその端っこにかじりついてみます。


「……食感オンリー!」


 多少脂の味わいはあるでしょうか。

 それにしてもまるで布を噛んでいるかのような、素朴を通り越した虚無がそこに存在しました。


「……まあ、味付けしたら案外美味しくなる可能性はありますね。でも無理に食べるほどではないかも」


 とりあえずこれを美味しく食べる方法については今度考えることにしましょう。

 わたしはそのお肉を水晶の部屋の一画につくったゴミ置き場スペースへ放置しつつ、隣に作った『氷』エリアの小部屋へとヨルくんと一緒に移動します。


「ううっ……寒」


 中に入ると、その温度の低さに体を震わせました。

 氷質の中にはいくつかの棚が設置されており、今はそこにお肉が並んでいます。

 『氷』で出来た部屋は、温度が低く冷凍室として使うのに大変都合良い部屋でした。


「……このエリアのおかげで、お肉の保存はあまり気にしてよくなりましたしねぇ」


「本来の使い方とは違うんだけどね。侵入者を凍てつかせ体力を奪うエリアという設計思想なんだけれども」


 ヨルくんがそんな説明をしてくれました。

 細かいことを気にしても仕方ありません。


「つまり『賢く使えたラティさん偉ーい!』……ってことですね?」


「……そうだね」


「なんですか、今の間は」


 ヨルくんはわたしの問い掛けをスルーして制御室の中をぽよぽよと歩きます。


「……と、そろそろお夕飯でも作りますかー。今日は土鍋と油を使って、唐揚げを作ろうと思ってるんですよ。あとは揚げるだけなんですけども……ヨルくんもたまには食べます?」


「ボクは食物は摂取しないよ」


「そうなんですか……。結構食材情報に詳しいのでグルメなのかと思ってました」


「データベースに記載されているだけだよ」


 そんな会話をしていると、ヨルくんが突然震えだします。


「ビビビ! 侵入者だよ、ラティ。大物だ」


「大物……?」


 その音を聞いて、ミアちゃんやコボルトさんたちが集まってきます。

 ミアちゃんはいつも通り耳を澄まして『超音波』でその様子を探りました。


「相手は二匹……かなりの巨体だな」


「ええ……? 小動物とかじゃないんですね……魔獣?」


 わたしが首を傾げると、コボルトさんたちが恐怖の表情を浮かべながら口を開きました。


「この匂い……知ってるわん」


「ぼくたちのおうちを荒らした奴らだわん!」


「友達が何人も連れていかれたわん……」


 コボルトさんたちの言葉にわたしは眉をひそめます。


「お、恐ろしい方々なんですか……?」


 わたしの問いにコボルトさんたちは頷くとその名前を教えてくれました。


豚獣人オークだわん」


「きっとあいつら、ぼくらの匂いを追いかけて来たんだわん……」


 彼らの言葉にヨルくんがその体を伸ばしました。


豚獣人オーク。半人半豚の巨体の魔獣。知能は低く力が強く凶暴。皮が厚く肉は脂肪が多く食用には適さない」


「ひえぇ……! そんなのが二体も……?」


 コボルトさんたちを狙って迫りくる二体のオークさん方。

 どうにかしてお帰りいただかないと。


 わたしはグラニさんやアリー先生を呼び、彼らの襲撃に備えました。



  §



 その二体は乱暴に扉を叩き開けつつ、制御室の中へと入って来ました。

 うわあ。

 想像よりも醜悪な外見です。

 大人の男性よりも少し大きな巨体に、鎖が垂れた鉄の首輪。

 そして彼らは棍棒をそれぞれ一本ずつ持っています。

 筋肉質とは到底言えない、だるんだるんのお肉が見ていて厳しいですね……。

 ……ああはなりたくないなぁ……。


「ハ、ハロー……?」


「ウ……ア……アァ……!」


 念のため会話を試みますが、彼らは反応すらしてくれません。

 わたしの後ろで震えるコボルトさんに狙いを定めているようでした。


「ど、どうも~。お二人とも、どうしてコボルトさんたちを狙うんでしょうかー……?」


 そんなわたしの超絶友好的な語りかけを無視して、彼らはずんずんとこちらへ歩いてきました。

 い、威圧感すごい……!


「おっと、そこまでッスよー!」


 『迷彩』で透明になって潜んでいたグラニさんが、尻尾をオークさんに絡ませました。

 いいぞー! 強いぞグラニさんー!


「礼儀のなってないお客人はぷぎゃっ!」


 もう一体のオークさんが、問答無用でグラニさんの頭を殴り飛ばしました。

 棍棒がクリーンヒットして、グラニさんはその場へと倒れます。

 あわわ、一撃でグラニさんが……!


「ウガアァー!」


 叫びながら最初のオークさんがこちらへと突進して来ました。


「――エクスプロージョン!」


 ミアちゃんそのオークさんに横から炎の球を投げつけます。

 しかし――。


「ブアァ!」


 二体目の方が棍棒でそれを撃ち落とします。

 れ、連携……!


「――ここはわたくしに任せて下がっていなさい!」


 わたしの前に、アリー先生が躍り出ました。


「生前習得したこのクロヌ剣術で――!」


 アリー先生がレイピアを抜き、オークさんに立ち向かいます。

 わたしはアリー先生を信じてその場を任せると、両手でコボルトさんを二人抱えました。


「……了解です! 撤退します!」


 残りのコボルトさんに声をかけて、わたしはオークさんを回り込むように走り出します。

 ヨルくんとコボルトさんたちとともに駆け抜けます。


「ガアアァ!」


 オークさんがアリー先生を薙ぎ払うと、レイピアが弾き飛ばされて先生が一撃でバラバラに砕けるのが見えました。

 ひえええ!


「プギャァァー!」


 二体目のオークさんはわたしへ向けて一直線に走ってきます。


「――エクスプロージョン!」


 ミアちゃんがその後ろから忍び寄り、二発目の火炎球を追いかけてくるオークさんに浴びせました。

 先程と違って近距離から放たれたそれは、オークさんの後頭部へと炸裂します。


「――アアァァー!」


 しかしその煙を振り払い、多少焦げ付いた頭を覗かせるオークさん。

 彼はミアちゃんに向けて、横薙ぎの棍棒を振るいました。


「ぎぇっ!」


 悲鳴を上げつつ、ミアちゃんは洞窟の床を転がります。


「ぐえ……いっつ……痛い……ぁあ……」


 ミアちゃんは泣きながら床でうめき声をあげました。

 オークさんはミアちゃんにトドメを刺さんとその方向へと歩みを進めます。


「――ストーップ! コボルトさんはこっちですよー!」


 わたしはコボルトさんを頭上に抱き掲げ、大声で叫びました。

 ミアちゃんやアリー先生がこれ以上殴られたら死んでしまうかも……。。

 わたしはオークさんがこちらを見たのを確認して、コボルトさんを地面に降ろし入り口へと向かいます。


「全力で走って!」


 みんなに声をかけて駆け抜け、水晶の部屋を飛び出します。

 後ろを一瞬振り返ると、オークさんは少し迷いながらもきちんとこちらを追いかけて来てくれているようでした。


「とにかく……一旦逃げましょう!」



  §



 わたしたちは入り口のエリアへと逃げ出しました。

 とはいえこのダンジョンは一本道なので、オークさんたちが来るのは時間の問題です。

 ――どうする、どうする……。


「ラティ、ダンジョンのことは考えなくてもいいよ」


 悩んでいるわたしに、ヨルくんはそう言いました。


「ここから出ていった方が、ラティの生存確率は上がるよ。外は危険だけれど、ラティならきっと大丈夫さ」


 ヨルくんがそんなことを言います。

 ヨルくんのくせに、なかなかしゃらくさいことを言いやがります。


「――大丈夫です。わたしに考えがあります。凶暴な魔獣が歩き回る外に出るのは、最後の手段です」


 この前見た、家よりも大きい強大な魔獣の姿をわたしは忘れていません。


「……オークさんが少しでも迷ってきてくれますように……」


 彼らが追いついて来ないことを祈って、短剣を取り出し入り口付近に設置していた罠を解体します。

 そうして出来た材料を組み合わせて、新たな罠を作りました。

 ……これも地道にレベルアップしていた『罠術』スキルのおかげでしょうか。


「――来た!」


 わたしたち入り口へと退避します。

 ――ヨルくんにはそうは言ったものの、最後の手段としては外に逃げるしかないかもしれません。

 まあ魔物が跋扈ばっこする世界も、オークさんたちと対峙するダンジョンの中も、あまり変わらない気もしますが。


「ウァァー!」


 オークさんは雄叫びを上げつつも、息を切らしていました。

 どうやら運動不足のご様子。

 ――そしてそんな興奮状態なら。


「グアァ!?」


 ピン、とオークさんが足を引っ掛けたロープが反応して、周囲の土壁に植えられた木材がしなります。

 その先に結ばれているのは、短剣で鋭利に尖らせた杭――アリー先生が竹という植物を模倣して作らせた木材です。

 それはまるで槍のように尖っていて、自重を伴いオークさんへと突き刺さりました。


「グォァー!」


 それは、思っていた以上にオークさんに深々と突き刺さります。


「グゥゥー……!」


 しかしもう一人のオークさんが、仲間を思いやることもせずにこちらへギロリと向き直りました。

 その視線には殺意のような恐ろしいものを感じます。


「あ、あはは……。これで逃げ出してくれたらなー、なんて思ったんですけど」


 試しに道を譲る素振りを見せてみますが、外の世界に用は無いらしく、オークさんはまっすぐとこちらを睨みつけてきます。

 竹槍が刺さった方のオークさんは、それを無理矢理引き抜こうとしていました。

 1対1でも絶望的なのに、これが2匹になったら……。

 わたしはゴクリと唾を飲み込ました。


 ――絶対絶命。


 そう思った瞬間、その声が聞こえました。


「――エクスプロージョン!」


 ドカン、と竹槍が刺さったオークさんの後頭部に火炎球が炸裂し、その衝撃に彼は悲鳴をあげます。

 その爆発音にオークさんたちが迷宮の奥へと振り返りました。


「隙ありですわー!」


 同時に、アリー先生が手に持った土鍋をオークさんに叩きつけました。

 それはオークさんにぶつかると粉々に砕けて、中に入った液体をオークさんに浴びせかけます。


「プギャ……!?」


「あの鍋は……!」


 それはわたしがさっき、唐揚げを作るために用意していた物でした。

 当然、中に入っているのは――。


「エクス――!」


 ミアちゃんが痛みを堪える表情を浮かべながら、呪文を唱えました。


「――プロージョン!」


 繰り出された小さな火球は竹槍が刺さったオークさんに命中すると、あっという間にぶちまけられたその油へと燃え広がります。


「ブオォォ!」


 全身に炎をまとわせて、オークさんが転げ回りました。


「オ、オオ……?」


 もう一方の無傷のオークさんは、何があったか理解できないのか一歩後ろへと下がります。

 ――チャンス!


 わたしは狼狽している彼の横を通り過ぎると、転げ回るオークさんに追い打ちをするように蹴りをいれます。

 目当ては、刺さった竹槍です。


「ブギャァー!」


 竹槍を押し込まれて悲鳴を上げるオークさん。

 しぶとい生命力です。


「エクス……プロージョンッ……!」


 辛そうにしながらも、ミアちゃんがもう一発の火球を放ちました。

 それは無傷の方のオークさんへと向かいます。


「……オァァ……!」


 オークさんはそれを棍棒で打ち払いつつ、こちらに背中を向けました。

 不利を悟ってか入り口へと逃走する彼を、わたしたちはおとなしく見送ります。


「グ……オ……オ」


 足元に転がる竹槍の刺さったオークさんは、炎に巻かれつつその場で静かになりました。


「な……何とかなった……」


 そうしてわたしたちは、二体の侵入者をようやく排除したのでした。



  §



「ありがとうごしゅじんさまぁー」


「こわかったー! ごしゅじんさまありがとー!」


「いえいえ……わたし何もしてませんから……」


 グラニさんとミアちゃんの手当をしつつ、わたしたちは一番奥の水晶の部屋……制御室へと戻って来たのでした。


「申し訳ないッス……油断したッス……」


 そう言って謝るグラニさんですが、一番の重症でした。

 今は頭に包帯を巻いて、安静にしてもらっています。


「ふ、ふふ……! 今回も……ミアは……大活躍だったな……いててて!」


「いえ本当にその通りです。ミアちゃんがいなければ死んでたかも……」


 服を脱いだミアちゃんの胸元に包帯を巻きます。こっちもしばらくは安静ですね。


「ホーホッホ! わたくしの機転に救われましたわね!」


 カタカタと笑うアリー先生。

 油を持って来てくれなければ、おそらくどうしようもなかったことでしょう。


「ありがとうございます。……それにしても大変な相手でしたね。もう二度と相手したくない」


 二匹の連携があったとはいえ、オークとは恐ろしい種族のようです。

 そんな感想を漏らすわたしの顔を覗き込むように、コボルトさんたちが口を開きました。


「オークはもっとたくさんいるわん……」


「あいつらぼくらを狙ってるわん」


「きっとまた襲ってくるわん……!」


 彼らは不安そうにそう漏らします。


「……オークさんたち、まだ仲間がいるんですか……?」


 わたしの声に、アリー先生が何かを考えるようにあごに手を当てて言いました。


「……オークが身に付けていた首輪に付いた印に見覚えがあったんですが……もしかすると――」


 そういえばオークさんたち、鉄の首輪を付けていましたか。

 アリー先生は静かに言葉を口にしました。


「――彼らは、密猟者の一味なのかもしれません」

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