第14話 ネクロマンサーミアちゃん

「伏せ! 起立! 前進!」


 アリー先生の声に従って、コボルトさんたちが画一的な動きをします。

 まるで騎士団による演習のようなその動きは、美しさすら感じました。


「止まれ! ……OK。上出来ですわ」


「やったー」


「褒められたー」


 アリー先生がコボルトさんたちを撫でます。

 どうやらアリー先生、彼らに躾けを施しているようでした。


「うわー! 今のカッコイイなー!」


 わたしと一緒にそれを見ていたミアちゃんがその場に立ち上がって叫びます。


「ミアも自分たちの軍勢が欲しいぞ! ラティ!」


「え? あ、はい。……でもコボルトさんたちは別に軍勢というわけでは」


 わたしに振られても困るというか。

 ていうかコボルトさん4匹しかいませんけどそれでいいんでしょうか。


「ミアさんもやってみますか?」


 アリー先生がミアちゃんに声をかけます。


「おお……? お前らミアにも従ってくれるのか?」


 ミアちゃんがそう問いかけると、コボルトさんたちは首を傾げました。


「……ちいさいね?」


「うん、ちいさいのはちょっと」


「なんだとー!?」


 コボルトさんたち、体が大きい生き物に従う習性があるようです。

 ミアちゃんは守備範囲の外側みたいですね。


「あと、味がしなそう」


 見ればコボルトさん、スケルトンのアリー先生の手をしゃぶっています。

 ……アリー先生、食べられてません? 大丈夫ですか?


「く、くそう……ミアには長となる資格がないと言うのか……!」


 ミアちゃんは膝をつきます。

 うーん、長とはちょっと違うような?


「うぅ……。でもミアも軍勢が欲しいぞ……! 羨ましい……!」


 心の底から絞り出すような声をミアちゃんはあげます。

 できることなら彼女の願いは叶えてあげたいところですが……。


「あっ、そういえば……」


 以前見たミアちゃんの能力値を思い出します。

 『超音波』、『変成魔法』……そして。


「……ミアちゃん」


 打ちひしがれる彼女の肩を叩きました。


「軍勢であれば何でも良いので?」



  §



 そこはエリア変更により『地下墓地』と化したエリアでした。

 墓石とみられるような石が地面にいくつも設置されており、壁にはドクロが飾られています。

 まるで本物のようなそれらの飾りは、おどろおどろしい雰囲気を演出していました。


「うわー……。結構リアリティがありますね……」


「ラ、ラティ! 怖くないか!? ミアが傍にいてやるから、離れるでないぞ!」


 ミアちゃんがわたしの背中にひしりと抱きつきました。

 この地形は、ほぼデフォルトで設定されていたダンジョンの景色です。

 なので完全に作り物のはずなんですけれども。

 わたしがなぜこんな場所にミアちゃんを連れて来たかと言うと――。


「――ミアちゃん、『死霊魔術』って使えましたよね?」


 彼女の能力値を見た時、スキル欄にあったその名前。

 それを使えば彼女の望む軍勢が出来るのではないかと思い、彼女をこんな場所に連れてきたのでした。


「う、うむ……そうだな……」


 何やら彼女は乗り気ではない様子。


「……使えないんですか?」


「そんなことはないぞ! 使える! めっちゃ大得意!」


 慌てて彼女はそう答えます。


「それなら軍勢も思いのままなのでは……?」


「うっ……。そうだな……うん……そうなんだ……」


 ミアちゃんはうつろな目をしてそう答えます。

 彼女はため息をつきながらも、わたしから離れると地面に何やら魔法陣を書き始めたのでした。


「ミアは……強い子だからな……。任せておけ……」


 何やら自分に言い聞かせています。

 魔法陣を書き終わると、そこから一歩離れます。

 そうして彼女は、精神を集中しつつ呪文を唱え始めました。


「……我が呼び掛けに応え、深淵なる冥界よりでよ――」


 おおっ!

 変成魔術とは違って、何やら本格的です。

 呪術と呼ばれる物に近いのでしょうか。

 ドキドキしてわたしが見守っていると、魔法陣に魔力の光が湧き上がりました。


「サモン・アンデッド!」


 瞬間、ゴゴゴゴという振動音と共に、スケルトンと思われる頭蓋骨が魔法陣の中からせり上がって来ます。

 それは人間にしてはやたらデカく、頭だけでわたし一人分ぐらいのサイズがありました。

 まるで巨人です。


「ぎゃー!!! ストップ!!」


 ミアちゃんは叫び声をあげてわたしにしがみつきます。


「待って待って! やっぱなし!」


 ミアちゃんの声に従い、その巨大な頭蓋骨はまたも振動しつつ地面の中に帰っていきます。

 どこかそれは、さびしそうにも見えました。

 その姿が完全に地面に埋まると、ミアちゃんは安堵のため息をつきました。


「……ええっと、これは?」


「――ミアにもわからんのだが……」


 ミアちゃんは項垂れて話し始めます。


「全力でやると到底存在しないはずの高位アンデッドがどこからか出て来るのだ……」


「――それは物凄い才能なのでは?」


「当然制御できない」


「それはダメですね! よくぞ途中で止めてくれました!」


 あのまま巨大なガイコツさんが出て来ていたら、いったいどうなっていたことやら。

 ともかく、ミアちゃんには『死霊魔術』の才能があることがわかりました。


「……それなら制御できる分だけ召喚することはできないんですか?」


「……うむ、やってみよう」


 ミアちゃんはそう言うと、新たな魔法陣を書き始めました。

 今度はさきほどよりも少し小さめです。

 そして彼女はさっきと同じ詠唱を唱えました。


「――サモン・アンデッド!」


 ゴゴゴ、とまたも音を立てて魔法陣からアンデッドの姿がせり出て来ます。


「……骨」


 まごうことなき骨でした。

 人の頭より少し小さいぐらいの、一本の骨太な骨が出てきます。

 その周囲には4本の細い骨が付き従っていて、まるで手足のように配置されていました。


「……このサイズならいくらでも制御できる。……さあ、ラティに挨拶してみろ」


 ミアちゃんに言われて、そのミニスケルトンはわたしの前にてくてくと歩いてきます。

 目の前に来ると右手を元気よく上げました。

 あれ? 案外、可愛らしいかも。


「おいっすー」


 わたしもそれに返事を返します。

 そんなわたしたちの様子を見ながら、ミアちゃんは叫びました。


「……でもこんなのがあってもなぁー!」


 ミアちゃんはそう叫んで頭を抱えます。

 ……たしかに可愛らしくはありますが、可愛い以上の効果はないような。

 骨っ子があたりを駆け回るのを見て、なんだか和んでしまいました。


「……この子たちは何ができるんですか?」


 わたしの問い掛けに、ミアちゃんは腕を組みます。


「命令すれば勝手に考えて動いてはくれる」


「自律して動くんですねぇ」


 それなら、結構出来ることはいっぱいあるのやも……?

 わたしは頭を巡らせます。


「……これはどれぐらい作れるんですか?」


「ん? そうだなー……。何体でも作れると思うぞー」


「ほほう」


 それはそれで強みなのではないでしょうか。


「試しに100ぐらい作ってみたらどうでしょう。ちりも積もれば山ですよ」


「ふむ……。やってみるか」


 そう言ってミアちゃんは次々とアンデッドを呼び出しました。

 多少骨の形や大きさに違いはあれど、基本的に同じようなアンデッドばかりが呼び出されます。

 ほねほね。

 そうして一時間ぐらいたった後には、そこには地面を埋め尽くさんばかりの小さなアンデッドの大群がありました。


「こんなに作ったのは初めてだ。こう見ると壮観だなぁ」


 それらはカタカタ震えたり、歩き回ったりしています。


「……ささ、ミア王妃。この軍勢にご命令を」


「お、おお?」


 わたしの言葉を受けて、ミアちゃんは少し考え口を開きました。


「全隊! 並べ!」


 ミアちゃんの言葉に骨っ子たちは綺麗に整列しました。


「おおお……! すごいぞラティ、ありがとう! これこそミアが求めていた軍勢だ!」


「それは良かったです」


 べつに何かと戦うわけでもありませんし、こんなミニチュア軍隊でもミアちゃんは満足してくれたようでした。


「よーし! じゃあまずは城を建設するぞー! お前らー!」


 ミアちゃんの指示に従って、骨っ子たちはいっせいに作業に取り掛かりはじめました。

 わたしはまるで人形遊びをしているようなミアちゃんの愛らしい様子に、思わず笑みがこぼれるのでした。



  §



 次の日。


「ラディ……えっぐ……うぐ……」


 泣きながらミアちゃんがわたしのもとへとやってきました。


「えーと……。何があったんです?」


 わたしの問いに彼女はぶええと泣きながら事の顛末を教えてくれました。


「反乱されたー……」


 ミアちゃんと一緒に『地下墓地』へと行くと、そこには石と砂でできた小さなお城が建っていました。

 まるで子供の秘密基地です。

 そこでは骨っ子たちがせわしなく働いており、次々と建材を運んでいます。

 もう一個お城を作るんでしょうか。

 ミアちゃんがそれに近付こうとすると、骨たちが骨で作った棍棒を持って威嚇してきました。


「ひええ」


 ミアちゃんはまたも泣きそうになります。


「……どうしてこんなことに」


「お城を作るのと、お城を守るのとを同時に命令したんだ……。そしたらミアが転んだ拍子にお城を崩してしまって……」


 あー。


「敵認定されてしまったんですね……」


「うううう。あいつら話を聞いてくれない……どうしたらいいんだラティ……」


 どうやら彼ら、命令は聞いてくれるものの応用力はないようです。

 わたしは少し考えて、一つ頷きました。


「……諦めましょう」


 わたしは彼らを置いて、ミアちゃんと制御室へと戻るのでした。



  §



 そしてまた次の日。

 ヨルくんの体でエリア設定を変更して、『地下墓地』を『岩壁』に変更しました。

 すると先日いた骨っ子たちも、小さなお城も、跡形もなく無くなってしまったのでした。


「……ミアは学んだ」


 何もなくなってしまったその殺風景な景色を、ミアちゃんは眺めます。


「軍勢を操るには、知識が必要だと! 次は反乱されないようにするぞー!」


 ミアちゃんはそう叫び、アリー先生に教えを請うのでした。

 どうやら懲りてはいない様子。


「軍隊とはすなわち、公権力の暴力装置ですわ。それらを自在に操るには、まずは政治のお勉強が必須!」


「な、なるほどー!!」


「反乱を受けないには兵士、民衆、貴族……それら全ての人心掌握が必要ですわー!」


 そうしてミアちゃんの為、アリー先生の座学が始まりました。

 ……そのうち、アンデッドの国がこのダンジョンにも出来るかもしれません。

 そんな未来を想像しながら、わたしは真面目に勉強を始めるミアちゃんを微笑ましく眺めるのでした。

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