第13話 暴食竜グラニさん

「うっえ……なにこれすっごいマズイ……」


 その炒めたお肉を口に入れると、焦げたような酷い臭みが鼻の中を駆け抜けました。

 ゴリゴリと硬い肉質は、噛んでも噛んでも噛み切れません。

 『木の壁』エリアに作ったリビングでみんなと楽しむ食事……のはずが、この味ではとてもじゃないですが美味しいとは言えませんでした。

 地面でいつも通りぷるぷるとしていたヨルくんが、その身体を伸ばして画面に今はお肉になったウサギさんの姿を表示させます。


「バルーンラビット。危険を感じると身体を膨らませ、敵を威嚇するよ。その肉は弾力と独特の臭みがあり、まるでゴムのようで食には適さないよ」


「そういうことは早く言ってください……」


 捕まえたとき、箱罠の中でみっちみちに膨らんでいたのはウサギさんの習性だったんですね。

 それにしてもヨルくん、必ずと言っていいほど動物を説明するときに食べた際のレビューを教えてくれます。

 ヨルくん的にわたしのことを説明してもらったら、「人間。お肉は柔らかいよ」とか言われてしまうんでしょうか。

 怖い。


「それにしても、これじゃあとてもじゃないですけど食べられませんね」


 木でできたフォークでちょんちょんとお肉を突付きます。

 見れば今まで出てきた食材は一心不乱にかぶりついていたあのミアちゃんさえ、今は無言で顔をしかめています。

 コボルトさん方も困惑している様子でした。


「そっすか? これはこれでなかなか……美味しいとはいえないッスけど、興味深い味わいッスね」


 唯一食卓に出されたウサギのソテーをぱくぱくと食べているのは、グラニさんでした。

 その感想は、褒めるところがないガールフレンドの料理を無理矢理褒めているかのようです。

 気を遣ってくれているんでしょうか。


「無理して食べなくてもいいんですよ」


「いやいや、べつに無理してないッスよ。噛むのが楽しいッス」


 グラニさんはゴリゴリと音を立てつつ、全身軟骨のようなそのお肉を咀嚼します。


「……故郷じゃもっと酷いもん食ってたッスよ。自分、下っ端なんで……」


 何やら遠い目をするグラニさん。

 壮絶な過去があるのかもしれません。


「この臭みも捉えようによっては香ばしいとも言えるッス。自分全然苦じゃないし、せっかく命をいただいた物なんでしっかり味あわせていただくッスよ」


 そう言ってわたしたちの皿からウサギさんのお肉をかき集めるグラニさん。

 きっとウサギさんも浮かばれることでしょう。いえ、捕食者側からの勝手な思いかもしれませんが。


「あっ、そういえば……」


 砂糖を振ったパンを頬張りつつ、ヨルくんに尋ねます。


「今回のレベルアップはどんな感じで?」


 さきほどバルーンラビットさんの内蔵を消化槽に放り込んだとき、ダンジョンのレベルが上がったそうでした。

 コツコツと罠を仕掛け続けたのが身を結んだようです。

 このまえ見せてもらった能力値では『罠術』のスキルもレベルアップしていましたし、努力と継続は大事ですね。


「今回はレベル4になって、クリエイトに『肉』『石』『紙』が追加されたよ」


「『肉』……」


 いったい何のお肉か……なんて野暮なことは聞かない方がいいんでしょうね。

 『石』についてはダンジョンの中には自然に転がっているものでしたけど、クリエイトルームで作れるならモデリング機能が使えるようになるはずです。

 石焼窯とかも作れるかも?

 いろいろと使い道が考えられて、わくわくしてきます。

 次は何を作りましょうかね。


「追加エリアは『炭鉱』『地下墓地』『氷』のエリアが追加されたよ」


「またしてもよくわからないエリア説明……。『氷』ってなんでしょう……」


「エリアの最大数が12に拡張されたから、よく考えて使ってね」


 ヨルくんはわたしの疑問を完全にスルーします。

 ……まああとで実際に作って試してみましょうか。

 それはそうとエリアの数が増えたのも考え物ですね。


「水回りと寝室と畑と入り口と……」


 以前、ダンジョンに訪れた猪さんを思い浮かべます。

 一本道なせいで一番奥の制御室まで余裕で到達しておられました。


「迷いやすい道にした方がいいんでしょうかね」


 罠を仕掛けている入り口含めて現在手を入れているエリアは4つ。

 残り8つのエリアで、迷宮を作りたいところです。

 モデリング機能を使えば、エリアの中でもある程度は迷路が作れます。

 自分たちも迷わない、それでいて侵入者を防ぐような迷宮ができればいいんですけど……。


 頭の中に迷宮を思い浮かべつつ、わたしは思い悩むのでした。



  §



「大変、大変ッスよーー!」


 それは制御室の横に試しに『氷』の部屋を作り、確かめていたときのことでした。

 わたしの耳にそんなグラニさんの声が届いたので外に様子を見に行くと、そこには床へ這いつくばるグラニさんの姿があったのでした。


「えっと……すみません、状況を整理しても?」


「どうぞッス! 自分にも何がなんだか」


 わたしは彼女へと視線を向けます。


「まず……それは……その……。胸なんですか?」


 わたしが凝視していたのはその胸部です。


「そッスよ! 突然おっぱいが巨大化して!」


 彼女の言う通り、それは頭よりも大きなサイズに大きくなっています。

 さすがに奇形と言えるサイズでしょう。


「……何か心当たりは?」


「全然ないッス! たしかに常日頃から大きさに誇りは持っていたッスが……。ドラゴンとして大きさにこだわりを持つのは当然の事ッスからね!」


 それって『数千年生きて巨大になったドラゴンが自身の大きさに誇りを持っている』とかそういうお話なのでは?

 胸の大きさにプライドを持つドラゴンなんて聞いたことがありません。


「ともかく助けて欲しいッス! ラティさん!」


「そ、そうは言われましても……」


 わたしはグラニさんに近付き、そのお胸を触ります。

 ぽにょん。

 おお、なかなかの感触。


「な、なんスか!? 何をするッスか!?」


「いや、揉んだら小さくなるかなって」


 顔を赤らめるグラニさんの胸に両手を当てて、ぐにぐにと優しくマッサージします。

 いえ決してやましい気持ちはないんですよ。


「ラ、ラティさん……!?」


 わたしは一心不乱で揉みしだきます。

 むにむに。

 ふわっとした弾力があってすべすべのお肌が心地良いです。

 それにしてもでけえなちくしょう。


「――何をなさっているんですの?」


 そんなわたしたちに声をかけたのは、アリー先生でした。

 いつも通りのガイコツの無表情ですが、なぜかわかりませんがその様子からは少しだけ侮蔑の表情が見え隠れする気がしました。

 わたしはグラニさんの大きな胸を休まず揉み続けながら、振り向きます。


「……アリー先生。いえ、よくわからないんですがグラニさんのこの胸が巨大化したとのことで」


「……なるほど。それであなたはなぜそれを揉みしだいているのですか……?」


 とても哲学的な質問に、わたしは首を傾げてしまいました。

 グラニさんは恥ずかしいのかその顔を両手で覆っています。


「……困っているようでしたので、揉んだら治るかなって……」


「……そんなことはないと思うのですけど」


 アリー先生と話をしながらも、ふわふわとしたグラニさんの胸をさわさわと揉みます。

 いいなー。こんな柔らかいの欲しいなー。でも肩こりそうですねー。やっぱいらないか……。


「……変成魔術の暴走でしょうか」


 アリー先生はわたしとの対話を諦めて、グラニさんのお胸を観察します。

 変成魔術。

 物質の性質や形を変える魔術です。

 なにやらわたしには素養がまったくないらしく、アリー先生に教わったものの使える片鱗すらも見えませんでした。

 悲しい。

 ……べつにいいんです。その代わりにグラニさんの胸を好きなだけ揉んでやるんだ……。


「ラ、ラティさん! そろそろ落ち着いて欲しいッス……!」


「あ、はい」


 多少名残惜しかったですが、そっと彼女の胸から手を離します。

 コボルトさんたちとのもふもふのような、幸せな感触がそこには確かにありました。

 世の殿方がこれを求め続ける気持ちが少しわかった気がします。


「特に自分、何もしてないハズなんスけども……」


 グラニさんは泣きそうです。

 可哀想になってきたので、早急に解決してあげたくなってきました。

 揉んでなんている場合じゃありませんよ!

 わたしは自分の行動を棚上げして、口元に手をあてます。


「グラニさんに心当たりがないとなると……」


 本人に自覚がなくても、何か変化している可能性はあります。

 そんな時は、彼の出番でしょう。


「――カモン! ヨルくーん!」


 わたしの声を聞いて、ぽよんぽよんと液状の体を跳ねさせてヨルくんが近寄ってきます。


「どうしたんだいラティ。大量殺戮兵器でも作りたくなったのかな」


「それ、作りたいって言ったら作れるんですかね……。ってそうじゃなくて、チェックです。チェック。グラニさんを」


 わたしの言葉にヨルくんはぐにょーんとその体を伸ばします。

 そこに表示されたグラニさんの能力値には、見覚えのないものがありました。



グラニ

グラトニードラゴン

筋力 22

体力 39

敏捷  5

魔力  9

スキル

 『暴食』  レベル1

 『迷彩』  レベル1

 『変成魔術』レベル1

 『膨張』  レベル1




「……『膨張』?」


 めちゃくちゃ怪しいスキルが増えていました。

 これが悪さしているのではないでしょうか。


「『膨張』は種族固有ユニークスキルの一つだね。それを持っている種族としては、バルーンラビットなどがあげられるよ」


 ヨルくんが説明してくれます。

 バルーンラビット。

 それはさっき食卓に上がった……?


「……グラニさん、食べた物のスキルを習得できたりするんです……?」


「えっ……? そうなんスか?」


 わたしの質問にグラニさんは首を傾げます。

 代わりに答えたのは、ヨルくんでした。


「グラトニードラゴンは食べた物から魔力を吸収する性質があるよ。その為、力を得るために大量の食事を取ることから暴食竜とも呼ばれるね。その肉は柔らかくて美味」


「食べないで欲しいッス!」


 ヨルくんの言葉にグラニさんが声をあげました。

 わたしはヨルくんの言葉を頭の中で咀嚼そしゃくして考えます。


「食べた物の魔力を……? それによって膨張を覚えたってことでしょうか?」


「グラトニードラゴンにスキルを吸収する力がある、という記録はボクのデータには存在しないよ」


 わたしの疑問にヨルくんが答えます。

 横から補足するように、アリー先生が言葉を続けました。


「……竜種は一つとして同じ種族が無い、と言うほどに世代ごとに進化の速度が速いんですの。その分個体寿命は長く、あまり次世代を作ったりはしないんですけども。……見たところグラニさんはまだお若い様子ですし、親から受け継いだ能力もまた新たな力に進化している可能性がありますわ」


 なるほど?

 よくわかりませんが、グラニさんは実は新種の『グラトニードラゴンⅡ』ということでしょうか。


「……そういえば『迷彩』を覚えた時も、周りの景色に溶け込む爬虫類を食べたあとだったような」


 グラニさんはカメレオンでも食べたのかもしれません。

 ともかく、今は『膨張』で膨らんだ胸をどうにかすることが先決です。


「――だとすると、『迷彩』と同じような感覚で『膨張』も抑えられるのでは?」


「な、なるほど……! やってみるッス……!」


 彼女はわたしの提案を聞いて、精神を集中するように眼を閉じました。


「……ちなみに、『迷彩』ってどういう感覚なんです?」


 わたしの問い掛けにグラニさんは片目を開きました。


「『迷彩』は、鱗を逆立てるようなイメージなんッスよ。ほら、怒ったときによくやる……」


「……残念ながら人間には鱗が無いのでわかりません……」


「ええ……? 人間さんは毛を逆立てたりしないんですか?」


「整髪剤でもないと無理です」


 そんな話をしていると、グラニさんの胸が徐々に大きくなっていくのが見えました。

 わたしはあわててそれを抑えます


「逆です! グラニさん逆!」


「は、はいッス……!」


 再びグラニさんは両目を閉じて、深呼吸をします。

 しばらくそのまま揉んでいると、今度はちゃんとしぼんでいきます。


「お、おお……。小さくなっていくッス……」


 ついにいつものサイズほどまで小さくなり、わたしは手を離しました。

 ここまで小さくなれば大丈夫でしょう。


「ラティさん! ありがとうッス!」


 急にぐいっとグラニさんに抱きしめられました。

 ええい、小さくなっても大きいですねこの人は!


「ラティさんには助けてもらってばっかりで、申し訳ないッスねー! いつか恩返しするッスよー!」


「はいはい。わかったのであまり首を締めないでくださいねー」


 ドラゴンさんの力で締め付けられるとシャレになりません。


「愛情表現ッスよ! やっぱり人間さんは肌もつるつるして髪もさらさらでいい香りがして最高ッス!」


 ……何やらグラニさん、少し変態めいているような……?

 わたしは一抹の不安を懐きつつも、そうしてしばらくの間グラニさんにもふられるのでした。

 ……わたしもコボルトさんたちをもふもふしすぎないよう気をつけましょう……。

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