第12話 ここ掘れわんわん

「でーきたっ!」


 朝からクリエイトルームにこもって完成させたのは、細かな装飾を施したレースでした。

 それは白とピンクの色合いの生地から出来ています。

 モデリング機能にいつの間にか着色機能も増えていた為、それを使ってみたのでした。

 一度モデリングしたら作ったデータは保存しておけるので、何度でもそれを繰り返し作成できます。


「そんな物いったい何に使うんだい、ラティ」


 ヨルくんの声にわたしはうきうきしながら答えました。


「ダンジョンを飾り付けるんです!」


 外に面したダンジョンの表層を飾り付けてしまったら怪しさ大爆発ですが、深層の居住空間に飾り付ける分には問題ないでしょう。


「それはどんな効果があるんだい、ラティ」


「生活に彩りが出ます!」


 わたしは自信満々に言い切りました。

 質素で不格好なダンジョンの内装から、のんびりできる素敵な内装へ!


「あとは可愛い家具とかも作って、オシャレなおうちにするんです!」


 テーブル、机、棚……。

 暮らしやすい素敵な空間を頭の中に思い浮かべ、どんどん夢は広がります。


「なるほど」


 やる気を出しつつモデリングをし始めるわたしを見て、ヨルくんはそう一言つぶやきました。

 あまり乗り気ではなさそうな?

 そんなヨルくんの様子に、わたしのイタズラ心がむくりと起こり上がりました。


「ヨルくんにもリボンを飾り付けてあげましょう。きっとすごく可愛らしくなりますよー」


「やめて、ラティ。やめて」


 ヨルくんはプルプルと震えて逃げだします。

 残念。

 リボンスライムなんて可愛らしいじゃありませんか。

 とはいえ、本人が嫌がっているようなのでやめておきましょう。

 ヨルくんの体に触れないと、クリエイトできませんし。


「ヨルくんヨルくん、冗談ですから戻ってきてください」


 わたしの声に素直にヨルくんは近付いてきます。

 可愛い。


「リボン可愛いと思うんですけどねー」


「機動性が阻害されるよ、ラティ」


 ヨルくんはどうしても嫌なようです。

 ちぇ。

 しかしそんなヨルくんを見ていて、わたしはふとした名案を思いつきます。

 ヨルくんの体をタッチしてクリエイト画面を呼び出し、リボンの生成を始めます。


「アッ、あっ、ラティ」


「大丈夫です。ヨルくんに付けるわけじゃありませんから」


 四色のリボンを生成して、他にも生地を組み合わせていろいろな布地を作ります。

 わたしは小さな衣服をいくつか作り出して、クリエイトルームを後にするのでした。



  §



「わー、首輪?」


「いえいえ、リボンです。みなさん毛も白くて見分け辛いので、わかりやすくしようかと思いまして」


 コボルトさんたちにそれぞれ色違いのリボンとお洋服を配りました。


「綺麗なおべべー」


「暑苦しいわん」


 がーん。

 でもたしかに、毛皮の上からこれを着るのは暑いかもしれませんね。


「まあ暑かったら脱いでください」


「ぼくは人間さんのセンス、すきだよ?」


 なにやら申し訳なさそうにフォローを入れてくれました。

 やさしい。


 とはいえ、残念ながら人間めいたお洋服は少し苦手なご様子。

 まあしょうがないですね。

 我ながら可愛くできたと思うんですけども。

 4匹のコボルトさんたちが可愛らしいお洋服に身を包んだ姿を眺めていると、彼らそれぞれの個性に気付きます。

 白の毛に少し茶色が混じっていたり、目尻が下がっていたり。

 彼らにも明確に特徴があるようでした。


「……そういえばお名前を聞いていませんでしたね」


 わたしの言葉に彼らは首を傾げます。


「なまえ?」


「ぼくらお友達だわん」


「個にして群れとなるわん」


 なんだか小難しいことを言われました。

 名前、ないんでしょうか。


「……それはいったいどういう意味で? ご家族とかそういう?」


「ぼくたちにもわからないわん」


「ふ、ふんわりー……」


 どうやらコボルトさん、外見だけではなくその中身もアバウトなようです。


「……うーん。でもそれは識別する上でちょっと困りますので、何か名前を付けてもらいましょう」


「おー、名前ー?」


「ごしゅじんさま、付けてくれるの?」


「御主人様て」


 思わずその言葉に苦笑します。

 ただの同居人ですけどね。


 彼らから送られてくる期待の眼差しに、わたしは少し考えます。

 そして一人ずつ順番に指をさしていきました。


「……レッズ、ブル、イエラ、グリー……なんて名前はテキトー過ぎますかね?」


 赤、青、黄、緑のリボンをつけた順番です。

 彼らはお互いに顔を見合わせました。


「……名前付けられたー」


「おしゃれー」


「よくわかんないわん」


「ぼくはぼくでありなにものでもない、わん」


 哲学です。

 それはともかく、実際問題として呼び名がなければ困るんですよね。


「では本日からそんな感じで! 文句がある場合は受け付けますよー」


「異議ないわん!」


「ぼくだけの名前が出来たわん。うれしい」


 強引にお話を進めてみましたが、特に問題はないようでした。

 名前を付けられること自体を嫌がっているわけではないようですね。


「でもこのリボンは穴堀りするのにちょっと邪魔そうだわん……」


「穴掘り?」


 わたしが尋ねると、彼らはいっせいにうんうんと頷きます。


「ぼくら穴を掘るのが好きだわん。命を賭けて掘るわん」


「たまに崩れて出てこれなくなるー」


「そんなことで命を粗末にしないでください……。そうまでしてなぜ穴を掘るんです?」


 わたしの問いに、彼らはお互いに顔を合わせつつ首を傾げます。


「しゅみ?」


「隠れ家を作ったり、おやつを埋めておいたりするの」


「忘れてあとで掘り返したときに出て来ると嬉しいわん」


「忘れないでおいた方がたぶんもっと生きやすくなると思いますよー」


 彼らのおうちの近くにはたくさんのおやつが埋まってそうです。

 しかし、穴掘りが趣味……。

 わたしは先日、オレンジの苗を植えたときのことを思い出します。

 ……それなら、彼らに手伝ってもらってかねてからの計画を実行してみるのも良いかもしれません。


「……それならみなさん、一緒に穴掘りしませんか?」


 わたしの提案に、彼らは喜んで快諾してくれるのでした。



  §



 『森』エリアをコボルトさん方にのんびりと掘り尽くしてもらって丸一日。

 今日はそこに種を埋める日です。


「ラティさん、用意できたッスよ!」


 グラニさんに持ってきてもらったのは、少しずつ溜め込んでいた一抱えにもなる数多くの種子でした。


「ありがとうございます。それじゃあ皆さん、ちょっとずつこれを埋めていってくださーい」


「はーいだわん」


「埋めるのもまた楽しいわん」


 わたしの指示に従って、コボルトさんたちがその種子を一つずつ穴に埋めては後ろ足で土をかぶせていきます。


 それらはグラニさんが外を見回って集めた植物から、種子を取り出したものでした。

 きっと中には食べられる物もあるはずです。


「ふふふ……。何ができるか今から楽しみですね」


 どんなものが育つのかはわかりませんが、おそらく数ヶ月後には立派な植物たちが誕生していることでしょう。

 そして迷宮の中で取れる新鮮なお野菜……!

 例え食べられない物が出来たとしても、生命エネルギーはダンジョンの魔力として吸収されるのでまったく無駄がないダンジョン農業です!

 食事にバリエーションが増えるかもしれず、さらにはダンジョンの為にもなる。

 一石二鳥のアイデア!

 わたしもコボルトさんたちに加わって、一緒に種を埋めます。


「みてみてー。おしろー」


「すごいわん」


 コボルトさんたちは集中力やら真剣という言葉には縁の無い性格のようでした。

 ……まあ急いでいるわけでもないので、みんなで楽しく遊びながらやりましょう。


 そうしてわたしたちはのんびーりと種まきを続けました。

 コボルトさんたちと一緒とはいえエリア自体が広いので、なんだかんだで結局それにはお腹が減るぐらいの時間がかかることになりまして――。



「――よーし、これで終わりです!」


「わー」


 わたしの言葉に、土まみれのコボルトさんたちが駆け寄ってきます。

 あとで水浴びコースですねー。

 お風呂とかもそのうち作りたいところです。

 わたしは彼らの毛皮を叩いて、土を落としてあげます。

 ダンジョン内の土は外と比べると、虫どころか石も混じっていない不自然な土ではあるので、作業自体は外に比べると楽なんですけどね。

 何が育つのかはわかりませんが、これにてこの『森』エリア改め……『畑』エリアの作業は完了です!


「おつかれさまでしたー。みなさんありがとうございます」


 わたしの言葉に赤いリボンをしたレッズさんが手をあげます。


「楽しかったー!」


 それに続いてコボルトさんたちは口々に口を開きました。


「外と違って、こわくない穴掘りだったわん」


「またしたいー」


「ありがとう、ごしゅじんさまー」


 こき使ったのに感謝されてしまいました。

 どうやら外敵のない環境での穴掘りは彼らにとってレジャーになりうる遊びの一つだったようです。

 さすが自分たちで趣味と言うだけありますね。

 一石二鳥どころか三鳥ぐらいあるようでした。


「……そうだ。穴掘りが好きなら、今度は落とし穴とかも掘ってもらいましょうかね」


「落とし穴ー?」


 罠のパターンは豊富なほうが獲物をひっかけやすいものです。

 くくり罠や箱罠の他にも、落とし穴もバリエーションとして彼らに作ってもらうのはありかもしれません。


「まだぼくらにも役に立てること、あるわん?」


「ごしゅじんさまの役に立ちたいー」


「どんなもの作るの?」


 彼らの言葉にわたしは笑います。

 どうやら少しは好かれているようでした。


「落とし穴っていうのは、深く掘った穴に抜け出しにくいような返し・・を設置して――」


 わたしは彼らに落とし穴の作り方を簡単に教えます。

 彼らはアリー先生の受け売りのその内容に、熱心に耳を傾けるのでした。



  §



「さーて、今日の成果はー……」


 迷宮の入り口。

 今は『森』エリアに変えていて、外から動物たちが迷い込みやすいように草木に覆われた外見を装っています。

 しかしその実、そこは罠だらけ。

 多数の植物に偽装されたその迷宮の入り口は、外から迷い込んだ動物を捕らえるトラップハウスと化していました。

 毎日数匹の動物がかかります。

 その入口の罠のメンテナンスは、わたしの管理者キーパーとしての仕事の一つでした。


「……あっ、うさぎさ――」


 かかっているその獲物を見つけ、手を伸ばそうとした瞬間。

 床が抜けました。


「のわー!?」


 思わず叫びながらバランスを崩します。

 完全に偽装されたその落とし穴は、わたしを奈落の底へと導きました。


「……な、なんと……!? いったいなにが……!?」


 わたしは穴の底で落ちてきた上を見上げつつ、口の中に入った土を吐き出しつつ驚愕の声をあげます。


「こ、こんなところに落とし穴なんて仕掛けてないのに……!」


 まさか今度はわたしが食べられるのでしょうか。

 大柄な男性でも届かないぐらい深く掘られた穴の中で、わたしは不安に駆られます。

 これは結構脱出が難しそうな……。

 幸い、落ちた衝撃で怪我はしていないようでした。


「誰かー……!」


 叫んでみますが返事は帰ってきません。

 むむむ、ヨルくんを連れてくれば良かったかも。

 そんなことを考えていると、ぴょこりと穴の上から覗く影。


「ごしゅじんさま、なにしてるの?」


 黄色いリボンを付けたコボルト、イエラさんでした。


「あ、ちょうどよかっ――わぁ!?」


 わたしが何か言うより早く、イエラさんは中に飛び込んできました。

 わたしはとっさにその子を抱きかかえます。


「たのしそう!」


「楽しくないです!」


 わたしの言葉にイエラさんは首を傾げます。

 わたしが趣味で穴の中にいると思ったんでしょうか。

 ぐぬぬ……。グラニさんあたりを呼んできてもらうつもりが……。

 不思議そうな顔でこちらを覗き込むイエラさんの頭を撫でます。


「……何者かが仕掛けた落とし穴にハマってしまいまして」


 わたしの言葉に、イエラさんは「あー」と口を開けました。


「そういえば昨日、試しに落とし穴を作って忘れてたわん」


「お前かーい」


 そんなことだろうとは思いましたけど。

 ご丁寧にカモフラージュまでしておいて、こやつ……。


「……いいですか。落とし穴をしかけたら必ず報告すること」


「わかったわん! 忘れなければ」


「……訂正します。わたしと一緒のとき以外、落とし穴は作らないこと!」


「わん!」


 元気はいいですね。元気は。

 わたしはため息をつきつつ、上を眺めました。


「……一応聞きますけど、これ登る方法あります?」


「無いわん。みんなとツタを使って作ったわん」


 よーしあいつら共犯ですね。

 あとで、もふもふの刑に処します。

 わたしはそんなことを思いながら、その場に座り込みました。

 彼らが掘ったあと、その存在を忘れ去ってしまった落とし穴の中。

 それからわたしはミアちゃんが声を聞いて駆けつけてくれるまでの20分ほどの間、一心不乱にイエラさんのお腹の毛ざわりを楽しみ続けるのでした。

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