第11話 もふもふコボルトさん

「――エクスプロージョン!」


 ミアちゃんの言葉と共にぽぽんっ、と手のひら大の火の玉が空中に生じて、繊維の束に火を付けます。


「おー、大変よくできました」


 わたしがパチパチと手をたたくと、ミアちゃんは「ふふん」と胸を張りました。

 ここ数日間アリー先生の下で修行したミアちゃんは、徐々にその魔術の腕前を上げているようでした。


「それに比べてわたしの方は……」


「……ラティメリアさんは少々魔術の才能が無いようですので、無理はなさらずとも……」


 アリー先生がフォローしてくれます。

 気を遣っていただいて嬉しいんですが、それはそうと変身する魔法は使えないようで大変残念です。

 ……いえ、べつに何を大きくしたいとか、そういうのは全く無いんですけど。


「ラティさんはそのままが最高ッスよ!」


 グラニさんはそう言いながらベタベタとわたしに体を押し付けてきます。

 ……イラッ。


「……ヨールくーん」


 ほんのすこしばかりの悔しさを覚えつつ、そっとグラニさんから離れてわたしはヨルくんを呼びつけました。


「チェックお願いしまーす」


 わたしの言葉にヨルくんはその体を上下に引き伸ばします。

 そこに映されたのは、わたしの能力値でした。




ラティメリア・カルムナエ

人間

筋力 10 ☆UP!

体力 15 ☆UP!

敏捷 11

魔力 13

スキル

 『迷子』レベル38 ☆UP!

 『料理』レベル 1

 『裁縫』レベル 2

 『美術』レベル 1 ☆NEW!

 『罠術』レベル 3 ☆UP!




「……ぐぬぬ」


 ……当然ですがスキルの欄に魔術は存在しませんでした。

 その代わり、『罠術』スキルがぐんぐん上がっています。

 見れば筋力と体力も上がっているようでした。

 ……このままではムキムキになってしまうんではないでしょうか。

 ちなみに『美術』はモデリング機能を使ってクリエイトすると上がるようです。

 木で出来たマイカップとかを作ってたら勝手に増えていました。


「……『罠術』が上がってるのは、まあいいとして」


 実際に、ここ数日わたしは何匹もの小動物たちを罠にかけることに成功していました。

 拾ってきた木の実やパン、それにかかった獲物のお肉なんかを餌にして、宙吊りになるような括り罠や、木で作った檻に監禁するような箱罠で動物を捕獲しています。

 これがなかなか上手く働いていて、一日に最低でも一匹ぐらいは罠にかかってくれるのでした。

 ……それはともかくです。


「『迷子』38……」


 そろそろ40代も見えてきたようです。


「……このスキルは上がると何が起こるんですかね。そもそも40近くって、高いんでしょうか?」


 基準が無いので高いのか低いのかわかりません。

 わたしの言葉にヨルくんはぽよぽよと飛び跳ねます。


「だいたい10ぐらいで職人と呼ばれるレベルだよ」


「めっちゃ高いじゃないですか……! 迷子職人4人分ってどれだけ迷子になるんです?」


 果たして迷子職人というのが一体何を指すのかは、わたしにはわかりませんが。

 それでもその高さの異常性は見て取れるのでした。


「まあ日頃から動物さんが迷い込んでくれるのはいいんですけど……」


 おかげで最近は毎日、お肉にありつけています。

 最初は心理的に抵抗があったものの、お肉の魅力には抗えず……。

 今では毎食のようにパンとお肉でお腹いっぱいです。……太りそう。


「とにかくこのまま『罠術』を極めれば食べるには困らないかな……」


 そう考えて安堵のため息をつきます。

 ダンジョンの中でのんびりと暮らしていけるなら、それに越したことはありません。

 ――どうせ外の世界なんてロクなもんじゃないですし。


「ビ! ビビビ!」


 わたしがちょっとナーバスな気持ちになっていると、ヨルくんが声をあげました。


「侵入者だよ、ラティ。今度は少し数が多いみたい」


「か、数が……?」


 団体様のお越しのようでした。

 すぐにミアちゃんが耳に手を添えて、物音を聞きます。


「……小動物よりは少し大きいな。ミアぐらいだ。罠には目もくれず、奥へと向かっているぞ」


 ミアちゃんの『超音波』です。

 とても頼りにはなる索敵スキルですが、おおよその姿しかわかりません。


「……ふーむ。もう少し詳しい様子が見られればいいんですけどね」


 わたしの言葉にアリー先生が頷きました。


「水晶球さえあれば、遠見インサイトの魔術を使ってみることはできますわよ」


「おお……そんな便利な方法が?」


「ええ。……と言っても、わたくしの体では魔法は使えないのですけどね。ラティさんたちに習得してもらわなくては」


 アリー先生は肩をすくめました。

 今度、教えてもらうことにしましょう。


「……それよりも今は団体さんの扱いですね……。彼らは今どんな様子で?」


 わたしの言葉に、ミアちゃんは耳をすませながら首を傾げました。


「道中で固まっているみたいだな。奥に進む様子もなければ、入り口へと戻る様子もない」


「ふむむ……。一旦様子を見に行きますか」


 少々危険はありますが、どうせここで待っていても結果は変わりません。

 わたしは新たな侵入者を迎え撃つべく、その姿を確認しに行くのでした。



  §



「はわわー」


「たすけて、たすけて……」


「人間さん、ぼくたち悪い子じゃないわん……」


 ……なんでしょう、この可愛い生き物は。

 わたしがみんなと一緒に迷宮の中腹の『森』エリアまで歩いてくると、そこにはふんわりもこもこ、二本足で立つ毛玉のようなわんこが4匹おりました。

 こんもりと毛を生やしており、身長はわたしの膝上ぐらいまでしかありません。


「ええと……あなたたちは……?」


 わたしの言葉に彼らはお互い顔を見合わせると、おずおずと話し始めます。


「ぼくたち……コボルトだわん」


 彼の言葉にヨルくんがその身体を伸ばしました。


「フェザーコボルト。温厚な種族で戦闘能力は低い。その肉質は硬く食用には適さない」


 ヨルくんの言葉にコボルトさんはぷるぷると震えました。


「食べないでー……」


「た、食べませんから! ヨルくんもあまり物騒なことは言わないであげてください!」


 慌ててわたしは彼らに笑顔を向けます。

 どうやら友好的な方々のようですし、文明人としてはお話をまずしてみたいところでした。

 彼らがわたしと自分たちを交互に見る中、後ろでアリー先生が口を開きました。


「その質の良い毛は用途が広いのですわ。……なので乱獲されていて、希少種の為にその毛は高値で取引されているんですの」


「狩らないでー……」


 彼らはお互いに抱き合って、こちらをその愛らしい瞳で見つめてきます。


「か、狩りません! 大丈夫です!」


 どうやら彼らは本当にひ弱な方々のようでした。

 これなら争うことにはならなそうです。


「……ところで、こんなダンジョンの奥でいったい何を……?」


 わたしがそう聞くと、彼らは目元に手を当てて涙を流し始めました。


「ぼくたち、おうち追い出されたの」


「怖い子たちがやってきて、がおーって」


「行くところなくて、ここにいたの」


 彼らはそこまで言うとびえーん、と大声で泣き出します。

 あわわ。


「……そ、それは大変でしたね」


 どうやら彼らは行くところがないようです。

 ――それにしても愛らしい子たちです。


「……じゃあ、ここで暮らしますか?」


 思わずわたしは、そんな言葉を発していました。

 わたしの言葉に、コボルトさんたちは泣き止みます。

 そしてお互いに何やら相談し始めました。


「人間さんが飼ってくれるの?」


「やったー」


「でも騙されるのかも」


「騙されるのはいやだわん」


 わいわいと彼らはわたしの眼の前で相談し始めます。

 どうやらあまり知能は高くない様子……。


「ラティ、彼らは消化槽に放り込まないんだね」


 ヨルくんは鬼畜のようなことを言い出します。

 ……まあ、ヨルくんの言うこともわかるんですけども。


「それはその……ヨルくんとしてはそっちの方がいいんでしょうけど」


 直接聞いたわけではありませんが、ヨルくんはこのダンジョンの分身のような存在なんだと思います。

 なのでダンジョンのレベルを上げたいなら、コボルトさんたちのように弱い魔獣の方々には消化槽にダイブしてもらった方が都合がいいのでしょう。

 ――だけど。


「……これはわたしのわがままかもしれませんけど、彼らを助けてあげたいんです」


 ……同じく行き場を失った身として。

 とはいえ、今まで小動物さんや猪さんを殺して来た手前、差別や贔屓ひいきと言われればそれはそうなんですけども。

 ……うーん、線引は難しいですね。


「いや、ラティ。君の決定に異存はないよ。方針を確認しただけだよ。うっかり消化槽に投げ込まないようにね」


 ヨルくんはなんでもないようにそう答えました。

 彼の言葉に少し安心します。

 わたしはコボルトさんたちに微笑みかけます。


「……まあ、しいて言うなら」


 わたしは彼らの頭を撫でました。

 その毛先の肌触りが指先をくすぐります。


「この子たちはもふもふ、ってことですかね」


 わたしの言葉を理解出来なかったのか、ヨルくんはぐにょんとその身体を平べったくしました。



  §



「きゃわー」


「人間さんくすぐったいー」


「わっはっは。良いではないか良いではないかー」


 コボルトさんたちの毛を水で洗い流しまして。

 お腹いっぱいごはんも食べまして。

 『木の壁』のエリアの部屋で、みんな寝室として区分けした一室にわたしたちはいました。

 木と布で作った大きなベッドの上で、のんびり彼らと戯れています。

 お腹を撫でて、もふもふもふもふ……。

 ……幸せ。


「ラティは不思議なことをするのだなー」


 ミアちゃんが首を傾げてこちらを見ています。

 どうやらこの幸福感がわからない様子。

 わたしはミアちゃんの手を取ると、ベッドの上へと引っ張り上げました。


「ふっふっふ。ちこうよるがいいー!」


「ぎょわー!」


 ミアちゃんも巻き込みながら、コボルトさんたちを撫で回します。

 最近は罠を仕掛けてで狩りばかりする日々だったので、たまにはこういうのも気晴らしになりますね。


「うおー! 楽しそうッス! 自分も混ざるー!」


「のわー!」


 グラニさんのボディプレスに、今度はわたしが悲鳴をあげました。

 ぐわー! 圧力が! 自身の存在を主張する圧力がー!


 新たな住人を加えてそんなバカなことをしつつ、わたしたちの迷宮の夜は更けていくのでした。

 ……この子たちの寝室も、作らないとなー。

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