第10話 どんどんレベルを上げましょう

「侵入者だよ、ラティ」


「きまたかふぁふぁ!」


 塩味の薄焼きパンを口の中に頬張っていると、突如ヨルくんが叫びました。

 とはいえ、慌ててはいけません。

 既に本日五度目の侵入者です。


ラティらふぃ、ひほはひはふいふぁふぁんふぁ」


「飲み込んでから喋りましょう!」


 自分のことは盛大に棚にあげて、口にパンを詰め込んだミアちゃんへ向けて声をあげます。

 ミアちゃんはしばらくもしゃもしゃと咀嚼したあと、ゴクリと口の中のものを飲み込みました。


「……ふう。塩味がついたパンはこれまた美味」


「この流れでパンの味についての感想だったんですか!?」


 思わず入れたツッコミにミアちゃんはゆっくりと耳に手を当てて集中します。


「……ふむむ、新たに迷い込んだのは小動物だな……。これはもしや……おっ!」


 ミアちゃんはその顔に笑みを浮かべました。


「……かかったようだぞ、ラティ!」


「なんと!」


 わたしはすぐに立ち上がります。

 ついについに、罠に獲物がかかったようです!


「現場へ急行です!」


 わたしはそう叫びつつ急いで入り口へと走り出しました。

 わくわく。



  §



「クゥォ……」


 そこに足を吊るされていたのは、尾が長いイタチさんでした。

 その瞳はなかなかキュート。

 鼻をひくつかせながらこちらを警戒しています。


「……ぐえっ」


 マズイ……これはマズイですよ。

 その愛らしい視線が、わたしの心臓をえぐります。


「ラティ」


 わたしが足を止め躊躇していると、後ろからミアちゃんに声をかけられました。

 彼女はこちらを見つつ、静かに口を開きます。


「――殺さないのか?」


「うう……」


 直球で聞かれ、わたしは声を詰まらせました。

 いえ、頭ではわかっているんです。

 お肉を食べるということはつまり殺生をしているということですし、この前は猪さんだって命を奪ったのです。

 とはいえ、こうして直接手を下すのは。


「――ラティさん、自分がやるッスか?」


 グラニさんもそんな提案をしてくれます。

 大変ありがたいことです。

 ……でも。


「――いえ、わたしがやります」


 早く慣れないと、後々つらそうですし。

 わたしは決意を胸に短剣を取り出します。


「お待ち下さい、ラティメリアさん。これを」


 アリー先生がそう言って、彼女の持つ細剣レイピアを差し出してきます。


「いいですか。小動物とはいえ、追い詰められれば牙を向きます。トドメを刺す時こそ、優雅に、確実に」


「……はい」


 わたしは頷いてそれを受取りました。

 するとヨルくんがわたしの横で声をあげます。


「ハイランドシロイタチ。この辺では珍しいイタチだね。ラティの筋力でオススメなのは後頭部を全力で殴って昏倒させることだよ」


 ひぇ……。なかなか乱暴なご提案です。


「意識を失わせることは、一番簡単な安楽死の方法だからね。反撃がなくて安全だよ」


 ……なるほど。

 ヨルくんなりに合理的な方法なのでしょう。

 もしかしたらイタチさんのことも考慮しての提案なのかもしれません。

 わたしは覚悟を決めて、鞘に入った細剣レイピアの先端を逆手に持ちます。


「……ごめんなさい!」


 振り下ろした衝撃が手に伝わると共に、細剣レイピアの柄がイタチさんの後頭部を打ち砕きました。



  §


「ばばばばー! ばーばーばーん!」


 イタチさんを消化槽で処理した後に制御室に戻ると、機会を窺っていたのかヨルくんは入るなり声をあげました。


「ダンジョンレベルが3になったよ! おめでとうラティ」


「おー? イタチさんでレベルアップ?」


 ああ見えて結構生命力の高い方だったのでしょうか。


「この前のグレートボアの余剰分が残ってたからね」


 どうやら以前の猪さんが強すぎたようです。


「今回もまたクリエイトルームの素材が追加されたよ」


 ヨルくんはそう言うとその身体を伸ばして画面を作りました。

 そこに映った文字を見て、わたしは歓喜の声をあげます。


「……『土』、『布』、『砂糖』! やったー」


 土はともかくとして……布が作れるなら服が作れますし、砂糖があればお菓子が作れます。

 塩や砂糖は大量に生成すれば、お金も稼げそうです。

 ……売る手段がありませんけども。

 そもそもお金があっても使い道がありませんね……。


「作成できるエリアの種類も増えたよ」


 ヨルくんの言葉と共に画面が切り替わります。


「『鍾乳洞』……『木の壁』……『森』? 森とは……?」


 森ってなんでしょうか……。

 木の壁まではなんとなくわかりますけど。

 見ればサンプルとして、それぞれ白い岩肌の鍾乳洞、山小屋の内装のような木片に覆われた部屋、鬱蒼うっそうとした森林が表示されています。


「森だよ。太陽の代わりとして魔力光が照射されているよ。デフォルトで生えている植物は繊維で作られた模造品だから、しばらくすると土に還るよ」


「……それって日光の意味あるんです?」


「トラップとして使いたい肉食植物とかがあれば、中で育成できるよ」


 ふむ。

 つまり外から持ち込んだ植物を育てるのに適した環境ということでしょうか。

 とはいえ、肉食植物なんかを持ち込むなんて……。

 ……あれ?

 いや、それなら……もしかして……。


「グラニさーん」


 わたしは広い水晶部屋の隅で、ミアちゃんの変身呪文を習得しようと瞑想に励むグラニさんへ声をかけました。


「――はっ!? 違うッス! 自分寝てないッスよ!」


「いえ、寝ててもいいんですけども」


 彼女が魔術を使えるようになるには、もう少し時間がかかるのかもしれません。

 わたしはグラニさんに近付いて、両手を合わせました。


「お願いがあるんです」



  §



「やっと終わったー」


 それから数日後。

 クリエイトルームで作った木のスコップを放り投げて、わたしはぱたんとその場に倒れました。

 そこはダンジョンの奥側のエリアです。

 エリア変更によって『森』になったその通路は、多数の植物が生えていました。

 わたしがいるのは、その通路の中央の道から外れた木陰こかげの一画です。

 小さな小屋にも満たないその狭いスペースには、グラニさんにお願いして探して来てもらった果物の苗が植えられていました。


「ふふふ……」


 自身の発想に思わずほくそ笑みます。

 果たして成功するかどうかはわかりませんが、植えたのはこの迷宮の周辺に自生していたディオスオレンジの木です。

 運良く近場に生えていたようでした。


「こうして徐々に果物の木を増やしていけばそのうち立派な果樹園が……!」


 しっかりと植物が育つようなら、『森』に作られた見せかけの森林が朽ち果てた後もオレンジの木はそのまま残るはず。

 そして果実が付けばそれを美味しくいただける上に、余った分は消化槽に放り込めば魔力として変換できるのでは……!?

 そんなことを考えながら土弄りをするわたしに、ヨルくんが声をかけてきます。


「植物はその種子に生命エネルギーを一番貯蔵しているよ。それは微量ながらも、数が多くなれば維持魔力として十分活用できるはずだね」


「なるほど。種を植えればいいってことですかね」


「発芽しなかった種子が一番だけど、枯れた茎や根にも生命力は宿っているよ」


 ふむふむ。

 それなら野菜とかを作ってみるのも良さそうです。

 いつ収穫できるようになるのかはわかりませんけど。


「『森』エリアは植物の育成に最適なように気候が自動調整されるから、細かな調節は必要ないから自由にやってみるといいよ」


 上を見上げれば、まるで太陽のような魔力光が差し込んでいます。

 にも関わらずこの場は暑すぎず快適です。

 いったいどんな仕組みなんでしょうか。

 地面に座り込んでぽえーと火照った体を冷ましていると、後ろから声がかかりました。


「――それであれば、繁殖力が強い草を植えれば勝手に魔力が供給されそうですわね」


 アリー先生です。

 彼女はいつの間にかわたしの後ろへ立っています。


「……ラティメリアさん、はしたないですわ。もう少し格好にお気をつけなさい」


「……あい」


 暑さに膝上までまくり上げていたスカートを戻します。

 ……うーん、『布』が作れるようになったことですし、半ズボンとか作ってみましょうか。

 あと帽子とー。シャツとー。

 そんなことを考えていると、アリー先生がカタカタと顎の骨を震わせました。


「それはそうとラティさん、ついに変成魔術が成功したので見てくださいまし」


 へんせいまじゅつ……?

 えーと、それは……。


「――グラニさん?」


 わたしの言葉に、アリー先生はカクリと頷きました。



  §



「おほー! すげぇッスよ! 自分すっごく人間らしいッス!」


 そこにいたのは四つん這いの成人女性でした。

 ピッチリとしたスーツに身を包み、背中から小さな緑の羽と長い尻尾が生えています。

 グラニさん……なのでしょう。

 そんな彼女にアリー先生は優しく声をかけます。


わたくし、飲み込みの早い子は好きですよ。……あんなに寝てたのに」


「いやあれは寝ながら瞑想してたんッスよ! 本当ッスよ! ドラゴンッスから!」


 たしかにドラゴンって山の奥で寝ているイメージが強いですが、あれって瞑想だったんですね……。

 いや、ただのグラニさんの言い訳の可能性もありますけど。

 それにしてもグラニさん、以前の可愛らしいトカゲ姿とは似ても似つかない姿に……いや、たしかにところどころ造詣に面影はあるか……?


「人間さんの細部はイマイチわからないんで、ラティさんを参考にしたんッスけど、どうッスかね!?」


「い、言われてみればわたしに似ているような、似てないような」


 ドラゴン視点もあるでしょうし、自分の顔と似ているかどうかと聞かれてもわたしにはよくわかりません。

 姉妹ぐらいなら通じるかも……?

 とはいえ、なかなか可愛らしい顔立ちをしていました。

 いえ、似ているからといってわたしの自慢というわけじゃなくて。

 人間のわたしから見てもお綺麗ということです。


 ……いやしかし、それはそうと。

 一つ、どうしても気に入らない点がありました。


「……ところで、その胸は」


 ばいーん。

 ……わたしを参考にしたのなら、そんなことにならない気がするんですけど???

 ここは猛烈に抗議を入れたい。なぜに。

 グラニさんは自身の分厚い胸部装甲を引きずりつつ、笑顔を浮かべました。


「人間さんの雌はおっぱい大きいッスからね!」


「理由になってないと思うんですけどー……!?」


 ぎぎぎぎぎ。

 思わず歯ぎしりしてしまいます。

 いやべつに羨ましくなんて全っ然ないんですけどぉー。


「あとは二足歩行の練習ッスねー。また一つ夢が叶ってしまったッスよー」


 そう言って彼女は興奮するように尻尾を振ります。

 わたしはため息をつきました。

 ……まあ、彼女が満足してるならそれでいいか。

 これっぽっちも妬んでなんていませんよ。


「……おめでとうございます」


 わたしの言葉に、グラニさんは満面の笑みを浮かべました。


「ありがとうございまッス! これもラティさんのおかげッス! ココに来て自分、幸せッス!」


 そう言って彼女はさっそく、ふらつきながらも立ち上がる練習を始めていました。

 ぽよんぽよんと彼女の胸部の脂肪が揺れます。


 ……いえいえ。

 人は多様性の生き物ですからね。

 大きさが重要ではないんです、大きさでは。

 ドラゴンさんにはそれがわからんのです。

 わたしがそう考えながら遠くを見つめていると、アリー先生が口を開きます。


「……ラティさんも変成魔術、練習してみます?」


「是非っ! やります!」


 わたしは心の中とは裏腹に、つい即答してしまうのでした。




☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆


自走要塞ヨルムンガルド

レベル3


クリエイト

『水』『でんぷん粉』『繊維』

『油』『塩』『木材』

『土』『砂糖』『布』


エリア

『岩壁』『土壁』『地下水路』

『鍾乳洞』『木の壁』『森』

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