第5話 ドラゴンさんも来たようです

「ハイパーエクスプロージョン!」


 ダンジョンの中にミアちゃんの声が響き渡ります。

 パチリ。

 ボッ。

 パチパチパチ。

 目の前に積まれた干し草のような物に小さな火種が着火しました。


「やった! やりました! ついに火が!」


「おお! 良かった! 本当に良かった!」


 わたしとミアちゃんは二人で抱き合いながら飛び跳ねます。

 ここに至るまで、いったい何度失敗したことでしょうか。

 ミアちゃんの炎魔法、成功率も低ければ命中率も低く、なおかつ威力も低いのでした。


「我は変化へんげ系の魔術の使い手であるからな……。いやべつに不得意というわけではないけどな……」


 視線を逸しながら彼女は言い訳しています。

 まあいろいろと言いたいことはありますが。

 さっきの威勢はどうしたのか、とか。

 しかし今は水に流しましょう。

 なにせ、ここには火があるのです。


「そいやっ」


 ダンジョンから拾ってきた石を、燃え上がる炎の中に投入します。

 これでしばらく放置して、わたしは白い粘土のような塊を取り出します。


「それはなんだ?」


「パン生地です」


 クリエイトルームで水と粉まみれになりながらこねた生地をそれに貼り付けます。

 発酵していないので膨らみはしませんが。

 それは石の表面に貼り付けると、熱を帯びて焼き色がついていきました。

 裏返してしばらく放置。

 両側とも良い色になって来たら……。


「原始パンの完成です!」


 ででーん。

 ただの粉を焼いたものです。

 とはいえ――。


「はふ」


 さくりとした食感と共に、口の中にほんのりとした甘さが広がりました。

 風味なんかはほとんどありませんが、久方ぶりの食事は胃に染みます。

 ふと見れば、ミアちゃんがぼーっとこちらを見つめていました。


「……はい。ミアちゃんも」


「よ、良いのか!?」


 わたしが半分千切って渡すと、彼女は涎を垂らしつつむしゃぶりつきました。


「うまー」


 彼女は本当に美味しそうに食べてくれました。

 ヴァンパイアバットって普段は何を食べてるんでしょうね。

 名前通り血なのでしょうか。


「ふー……」


 少しお腹が膨れて、元気が戻ってきました。

 病は気から、気は体調から。

 お腹が減っては前向きにもなれません。

 快適な生活を目指して頑張りたいところです。


「うーん、とりあえずまず欲しいものは器ですね……」


 水を出せばびしょ濡れに、粉を出せば粉まみれになる生活はいい加減どうにかしたいものです。


「……とはいえ、外に探しに出たら二度と帰って来れないかもしれないのが辛いところです」


 わたしの『迷子』の力が抑えられるのは、このダンジョンの中に限られるとのことでした。

 ならば外に出た瞬間、迷子になってしまう可能性もあります。

 うーん……。

 せめてダンジョンの中に植物でも生えていれば、葉っぱとかを畳んでお皿に出来るんですけれど。

 わたしが頭を悩ませていると、ミアちゃんが腕を組んで立ち上がりました。


「やーはっはー! 誰か忘れちゃあいないかー!?」


 わたしは彼女に視線を送り、そしてそのままヨルくんへと視線を向けます。


「……あー、ヨルくんは外に出られないんですかね?」


「そうだね、ボクはこの迷宮からは一歩も出られないよ」


「うぇぇぇぇん! 無視するなー! 泣くぞぉー!」


「冗談です、冗談」


 半泣きになるミアちゃんの頭を撫でます。


「でも、本当に大丈夫ですか? おつかいを頼んでも」


「おつかいではない!」


 バババッと二本の腕を斜めに上に伸ばして、ポーズを決めます。


「我に任せておけばそんな素材などいくらでもかき集めてくれるわー!」


 わー、とわたしは手を叩きます。

 一抹の不安は持ちつつも、彼女を送り出すのでした。



  §



「ラッディ、うぇっ、ぶぇぇ……!」


 信じて送り出したミアちゃんは泣きながら帰ってきました。

 髪の毛もマントも汚れていますし、急に降り出した雨でずぶ濡れになっています。


「はいはいよしよし。いったいどうしたんですか?」


 わたしは洞窟の入り口近くで彼女を出迎えました。


「えっぐ、うぇっぐ」


 その体を抱きしめ頭を撫でて、彼女を落ち着かせます。


そどぉ……大蜘蛛の巣があっで、肉食植物のツルがにゅるーって、それにおおがみっがっ」


「はーい怖かったですねー。よしよし、もう大丈夫ですよー」


 うーん、外はなかなか危険に満ち溢れているようです。


どきは……いながったのに……えっぐ……うぇっぐ……」


 顔面をぐちゃぐちゃにして泣き続けるミアちゃんに、ヨルくんがぽよんと跳ねました。


「ミアもラティの『迷子』スキルの影響を受けて、このダンジョンに迷い込んだのかもしれないね」


「ええ……?」


 わたしは外に出てすらいないのに、彼女を迷宮に迷い込ませたというのでしょうか。

 ミアちゃんの顔を覗き込むと、彼女もよくわからないと言った様子でこちらを見上げます。

 もしミアちゃんがわたしの力の影響でこの迷宮に迷い込んだとしたら、果たしてその効果範囲の広さはいったいどこまで……?


 ……いやいや、そもそもミアちゃんはこの迷宮を求めて探していたはず。

 それならわたしの力は関係ないと思います。きっと考え過ぎでしょう。


 ……もっと安全に外を探索する方法があればいいんですけれど。

 ああ、『迷子』スキルが悩ましい……。


 わたしがそうして悩んでいると、ヨルくんがビビビ、と声をあげました。


「ラティ。お客さんみたいだよ」


 ヨルくんの声に従って入り口の方を見ると、人ぐらいの大きさほどある緑色のトカゲさんがこちらを見つめていました。

 ……へ?

 わたしは彼と視線が合ったのを感じて、思わず声をあげました。


「……はろー」


 のんびりと挨拶をしつつ、ぎゅっとミアちゃんを抱き寄せます。

 トカゲさんがどういう気持ちでこちらを見つめているのかはわかりませんが、ミアちゃんぐらいなら丸呑みにできそうです。

 当然、あのサイズの猛獣相手にわたしが出来ることは何もありません。

 まいった。こうさん。

 それでも食べられる前に最後の抵抗はしてやろうかと服の中に隠し持つ短剣へと手を伸ばした時、トカゲさんはその大きな口を開けました。


「あ、ごめんなさい! お邪魔してるッス! ちょっと雨宿りさせていただけたらなって!」


 トカゲさんは少女のようなやたらと可愛らしい声で流暢に喋りました。

 あれ? トカゲって喋りましたっけ?


「あ、はい、どうぞ、何もないところですが」


 思わず謙遜してしまいます。

 いや、実際に何もないところなんですけど。


「いえ、あの! 突然の雨で、これ以上外を歩くのは辛くって……! 決して人間さんを襲うつもりだとかは、まったくないッス! ……いえいえしかし、もしよろしければ出来ればこのまましばらく眺めせていただけたら嬉しいんですけども!」


 トカゲさんは後ろ足で立ち上がります。

 んんん?

 わたしたちを観察する趣味でもあるのでしょうか。


「……あの、失礼ですけどあなたはどちらさま……?」


 わたしの言葉に、トカゲさんは慌てるようにして口を開きます。


「え、ああ……自分ッスか? 自分は……そうですね、グラニと呼んで欲しいッス。人間さんは個体名称を付けるのが好きなんですよね? 自分も前から付けてみたくて……あんまり可愛くないですかね? グラニ」


 ペラペラと彼女は人語を喋ります。


「は、はあよろしいかと……。グラニさんは、その、失礼かもしれませんが、人間ではないんですよね……?」


 わたしの言葉に彼女は大層驚いたのか、四つん這いになるとパタパタと歩いてこちらに近付いてきました。


「嘘!? 人間に見えるッスか!? やだっどうしよう……!」


 彼女は自身の口元を覆うように前足を上げました。

 なんだか随分と乙女チックな所作です。


「い、いえ! そういうわけでもないんですけども……。ただ随分と動きが人間らしかったので……」


 圧倒されながら喋るわたしの言葉に、グラニさんは喜ぶように後ろ足で立ち上がりました。


「そうッスか!? やったぁ! 自分、人間さんに憧れてるッス!」


 彼女は瞳を輝かせながら、わたしを見つめます。


「つるっとした肌に頭部の毛、オシャレな布や金属で覆った細長い手足! それになんと言ってもその豪快な行動原理! 自分らと違って個体能力はやたらと低いにも関わらず、諦めない不屈の心! そして自分らよりも何倍も自信に満ちたその活動力! ……群れの中には傲慢ごうまん揶揄やゆする奴らもいるッスけど……」


 褒められているのかけなされているのかわかりません。


「自分も群れの中では最弱で……だから弱いのに強い、そんな人間さんたちを研究したくて、こうして人里近くまでやってきたッス」


 グラニさん、向上心がお高い。

 わたしとは大違いです。


「あ、あまり街には近付き過ぎないようにはしてくださいね……。その姿では退治されてしまうかも」


 残念ながらその外見は魔獣そのものです。

 王都に近付こうものなら、冒険者か騎士団に退治されてしまうかもしれません。


「そ、そうッスよね~! 人間さんたちは自分らと同じく縄張り意識が強いんでした」


 しゅん、とグラニさんはうなだれます。

 悪い人……もとい、悪いトカゲさんではなさそうですが。

 彼女は気を取り直したようにこちらを向きます。


「……そういえば、人間さんたちはなんでこんな洞窟に? 人間さんはたしか、群れの巣を作って平地に暮らしているんですよね?」


 うっ。

 痛いところを。

 彼女の疑問を、わたしの代わりにヨルくんが答えます。


「ラティはこのダンジョンの管理者キーパーになったんだ。だからこの迷宮で暮らしているんだよ」


「キーパー?」


 トカゲのグラニさんは首を傾げました。



  §



「――というわけで、わたしは今ヨルくんとミアちゃんとこの迷宮に住まわせていただいておりまして」


「というわけなのだー!」


 わたしたちのこれまでの話を聞いて、グラニさんは唖然としたように大きく口を開けました。


「う……」


 う?


「羨ましい――!」


 彼女はそうつぶやきました。


「に、人間さんと暮らせるなんて……! しかもあんた、ヴァンパイアバット? どうして人間さんみたいな姿をしてるッスか……?」


 彼女の言葉にミアちゃんは小さな胸を張って答えます。


「ふふん! 聞いて驚くがよい! 我が変成魔術を使えば、コウモリの姿だろうが人間の姿だろうが自由自在なのだ!」


「へええ! すごい! 自分にも是非教えて欲しいッス!」


 二人は魔獣談義に花を咲かせているようでした。

 グラニさんはミアちゃんが羨ましいらしいです。

 ……ふむふむ。これはひょっとすると。


「ヨルくん、チェック!」


 わたしの意図を読み取ってくれたのか、ヨルくんはぐぐっと体で平らな画面を作り出し、能力値を表示させました。

 そこに書かれていたのはグラニさんのパラメーターです。



グラニ

グラトニードラゴン

筋力 26

体力 39

敏捷  5

魔力  9

スキル

 『迷彩』レベル1

 『暴食』レベル1



「……ド、ドラゴン……!?」


 グラニさんの種族に書かれていたのは『グラトニードラゴン』という名前の種族でした。

 びっくり。

 ただのトカゲさんではなかったようです。


「あ、はい。恥ずかしながら……。同族たちよりまだまだ若くて弱いんスけど……」


「い、いえいえ。少なくともわたしたちよりは何倍も強いようで」


 筋力や体力の数値は、わたしたち二人と比べると二倍以上の数字が書かれています。

 わたしたちが殴り合ったら勝てそうにないのでは……?

 そしてもう一つ注目すべきなのは……。


「『迷彩』スキル……?」


 『暴食』が何かはわかりません。食いしん坊スキルなんでしょうか。

 ……ははーん。さてはわたしの『迷子』と同じく、迷惑スキルの類ですね?

 きっと食べ過ぎてしまうスキルなんでしょう。

 勝手ですが少し親近感を感じます。


 ……それはともかく、わたしが知りたいのは『迷彩』スキルです。

 グラニさんはわたしの言葉に、何か思い出したように頷きました。


「『迷彩』とは、おそらくこれだと思うッス」


 彼女は四足を地面に付け口を閉じます。

 すると、その足先から徐々に彼女の表皮の色が地面と同じ色に変わって行きました。

 わお。保護色です。


「ずっと前に使えるようになった力ですね。自分は弱いのでよく使っているんスけど」


 なるほど……。これは素晴らしい人材……。


「決めました! 採用!」


「……へ?」


 わたしの言葉に、グラニさんは尻尾を傾げます。


「グラニさん! ここで一緒に暮らしませんか!?」


 わたしの言葉に、彼女はぽかんと口を開けました。


「……えええ!? い、いいんスか……? たしかに自分は人間さんを近くで観察するのが夢でしたけど……」


「はい! 是非に! あなたの力が必要なんです!」


 きっと迷彩の力があれば、外に行っていろいろな物を集めることだって可能なはず……。


「ですから、わたしたちに協力してください!」


 わたしは膝をついて目線を彼女に合わせて懇願します。

 彼女はその大きな口を開いて、笑みを浮かべました。


「了解ッス!」


 こうしてまた、一緒にダンジョンで暮らすメンバーが増えたのでした。

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