第6話 イノシシさんは凶暴でした

 パチパチと『繊維』が燃える中、わたしたちは大量のパンもどきを焼いているのでした。


「さあお腹いっぱい食べてくださいねー」


 幸いにして『水』と『でんぷん粉』はたくさんあります。

 グラさんに近場から調達してもらった草の葉を編むことで、水と粉をキャッチする受け皿を作ることが出来ました。

 これにより生地を作る速度が飛躍的に上昇しています。

 お皿があるのも文化的でグッド。


「これがパン……!」


 ドラゴンのグラニさんはもしゃもしゃと大変美味しそうにそれを食べます。


「パンを食べるの、夢だったんッスよ……!」


「もっといろいろと作れるようになったら、他の料理やお菓子も作ってさしあげますよー」


 その気持ちの良い食べっぷりに思わず笑みがこぼれます。


「もっともっと食べてもいいですからねー」


 グラニさんがたくさん食べることを見越して、少し多めに作っています。

 しかしわたしの言葉に彼女は首を振るのでした。


「いえいえ、もう十分ッス」


「そうなんです? 遠慮してません?」


「さすがにお腹いっぱいッスよ」


 あれ? 『暴食』って食べすぎてしまうスキルとかじゃないんですかね?

 わたしは首を傾げつつも、保存食とするべくそのパンもどきを葉っぱに包みます。

 ふと一つの疑問が浮かびました。


「……そういえば、植物ってどうなんでしょうか」


 わたしは葉っぱを振りつつ、ヨルくんに見せました。


「ダンジョンのレベルアップには生命エネルギーが必要なんですよね? 植物も埋めたり溶かしたりすれば、ダンジョンの魔力になったりするんですか?」


 わたしの問い掛けに、ヨルくんはその半透明の体をプルプルと震わせます。


「そうだね。ただし普通の植物や小さな虫なんかがその身に宿す生命エネルギーは極僅ごくわずかなものなんだ。おおよそ、生命エネルギーの豊富さはその生物の生存能力に比例するよ」


 消化槽に飛び込んでいった羽虫を思い出します。

 ……つまりはええっと。


「……凶悪なモンスターほどダンジョンにとって美味しい?」


 わたしの言葉に、ヨルくんはぽよんとその場で跳ねました。


「さすが聡明なラティ! 理解が早くて助かるよ!」


「褒められても嬉しくないです……」


 それって、『ダンジョンを育てるには強いモンスターを倒さなきゃいけない』ってことなんじゃないですか……?

 うえぇ……。

 命の危険、やばくないですか?

 わたしがそんなことを考えていると、もきゅもきゅとパンもどきを食べていたミアちゃんが立ち上がりました。


「心配するな、我が盟友よ!」


 バババッと両腕を掲げ、彼女はポーズをとります。


「我が魔術の力があれば、モンスターなど一捻りである! 数多の生贄を捧げ、この迷宮の真なる力を目覚めさせるのだー!」


 わー。彼女の演説にパチパチと手を叩きます。

 消極的なわたしと違って、積極的なミアちゃんがいてくれると気持ちが前向きになります。あと可愛い。

 ……実力のほどは別として。


「とはいっても、外は危険がいっぱいですからねー……」


 この中で一番戦闘力が高いのはグラニさんです。

 なにせドラゴンですからね。がおー。

 しかしそんな彼女でも外の環境は辛いようでして、葉っぱを回収してもらうだけでも『迷彩』を使って慎重に回収してもらっています。

 なかなか迷宮の外は魔境のようでした。


「うーん、なんとか簡単にダンジョンを成長させる方法は無いものでしょうか」


 わたしが悩んでいると、ヨルくんはその体をぐんにょりと伸ばします。


「それはやっぱり、ラティの『迷子』を使うのが一番だよ」


「本当ですかー……?」


 ヨルくんの言葉にわたしは首を傾げます。

 生まれてこの方、『迷子で良かったぁ!』なんて思ったことはないんですが。


「きっとラティの力なら、この迷宮を成長させる獲物を迷い込ませることができるよ」


「獲物……」


 生命エネルギーを得るということは命をいただくということ。

 まあ普段お肉を食べたりするのはまさしくそういうことなので、抵抗があるわけではないものの。

 ……お肉かー。そういえばしばらく食べてないなー。


「まあ、やってみますか……」


 わたしは腹をくくって『迷子』スキルに向き合ってみることにしました。

 さっそく目を閉じ、意識を集中させます。


「……ダンジョンに獲物が迷い込んでくれますように」


 願望を口に出して、思考を明確化します。

 ……果たしてこんなことで本当に何か迷い込んで来るのでしょうか。

 のんびりとそんなことを考えていると、ビビビ! と突然ヨルくんが鳴き声を発しました。

 この音は。


「――さすがラティ。侵入者だよ」


 ……本当に来た。

 わたしたちは顔を見合わせるのでした。



  §



「ま、ま、まっすぐとこちらへ向かって来ているぞ!?」


 ミアちゃんが両耳に手を当ててそう言いました。

 彼女は洞窟内に反響する音により、実際に目で見ずとも大体の位置関係が把握できるようです。

 ミアちゃんが初めてこのダンジョンに訪れた時、真っ直ぐにここに到達したのもその力によるものでしょう。


「この速さとサイズ……。大型の魔獣か……!?」


 震えながら言ったミアちゃんの言葉に、わたしはゴクリと唾を飲み込みます。

 ……あれ、これって結構ピンチなのでは?


「ど、どうしましょうヨルくん!」


「どうしようもナイヨ」


「ええ!? ピンチですよピンチ!」


「ダンジョンの中で迎え撃つなら予め罠を仕掛けておかないとね」


「今更ー!」


 そうこうしているうちにドカン、と水晶の部屋の扉が叩かれ、自動で開きます。

 そこにいたのは――。


「……猪」


 立派な牙を生やした猪さんでした。

 その背の高さはわたしの半分ぐらい?

 高さがそれぐらいあるので、前後のサイズも含めるとかなり凶悪なサイズになります。


「ブゴォォ」


 猪さんはそう一鳴きすると、鼻をヒクつかせました。

 ミアちゃんがわたしの腰のうしろあたりをギュッとつかみます。

 ……さすがにあのサイズの猪さんをどうにかする方法、無くありません?

 どうにかして丁重にお帰りいただかなくては……。


 そんな風にわたしが考えていると、猪さんは何かを探るようにゆっくりと歩き出します。

 その先にあったのは、さきほど作ったパンでした。


「ブゴッ」


 猪さんは葉っぱに包まれたそれをパクリとくわえると、ガツガツと咀嚼していきます。

 どうやら、猪さんはパンの匂いに誘われてやってきたようです。


「……それを食べたら帰ってもらえませんかねー、なんて……」


 わたしはそんな儚い望みを口にしますが、猪さんがそれらを食べ終わると、無慈悲にもその視線をこちらに向けるのでした。


「フガッ」


 猪さんはザッザッ、と後ろ足で地面を蹴ります。

 あっアレきっとヤバいやつです。

 わたしを盾にするように後ろに下がっていたヨルくんが声をあげます。


「グレートボア。筋力が高い魔獣だね。おそらくラティがその突進を受けたら、内臓が破裂して死んでしまうから気をつけてね」


「気をつけてなんとかなるものなんですか!? もっとマシな情報はないんです!? 弱点とか!」


「お肉は焼くと美味だよ」


「そういうのじゃなくてー!」


 猪さんがその巨体をこちらへと向け、駆け出しました。


「散開! 散開!」


 わたしはそう言ってその場を離れようとしますが。


「ぎゃわっ!」


 わたしにしがみついていたミアちゃんが転びます。

 その身体はガクガクと震え、恐怖に身をすくませていました。

 わたしはとっさに彼女を腕の中に抱えます。

 ――あ。

 間に合わな――。


「やらせないッスー!」


 雄叫びをあげつつわたしたちの前に立ち塞がったのは、グラニさんでした。


「ブギャァ!」


 猪の叫びと、バゴン、という鈍い音と共にグラニさんが弾き飛ばされます。

 その衝撃によりゴロン、ゴロンと転がるグラニさん。


「グラニー!」


 ミアちゃんが叫びました。


「ブギャー……」


 一方の猪さんの方はそれで突進の勢いを殺されたようで、その場に留まりこちらを睨みつけています。


「だ、大丈夫ですかグラニさん!」


「……いてて……! じょ、丈夫なのが自分の取り柄ッスから……」


 わたしの呼びかけに、グラニさんは苦しそうに地面に這いつくばりながらそう答えました。

 ……いやいや、あれはかなり痛そうです。

 何度も耐えられる物ではないでしょう。


 ど、どうしよう。

 どうしたらいい?

 逃げる?

 ヨルくんを、ミアちゃんを、グラニさんを見捨てて?

 でも、このままではわたしたちは――。

 最悪の想像が頭の中に浮かびました。


 ――いいえ。

 わたしは頭を振って、猪さんを正面に見据えます。


「――迷ってなんていられません!」


 頭を切り替えます。

 どうにかしてみんなで生き残る方法は……!?

 視界の端に『繊維』の燃えカスが映り込みました。


 ――あれならもしかして。


 わたしは意を決してヨルくんを抱きかかえます。


「ヨルくん、協力して!」


「了解、ラティ!」


 わたしの言葉にヨルくんは即答してくれました。


「ヨルくん、あの猪をこっちに引きつけて!」


 わたしはヨルくんを腕の中に抱えつつ、走り出します。

 するとそれと同時に、ヨルくんは腕の中でビビビビビ! と音を出し始めました。


「聴覚への刺激が強い音を出しているから、きっとこちらを向いてくれるよ」


 彼の言う通り、猪さんはわたしに狙いを定めたようです。

 わたしはそれを確認して、奥の部屋へと逃げ込みました。


「プギィー!」


 猪さんは声を上げつつこちらへと走り出します。

 わたしはヨルくんを抱えつつ、それを迎えました。

 魔法陣・・・の奥で。


「ヨルくん! クリエイト!」


「了解、ラティ」


 彼の体に三つの選択肢が表示されます。


「『でんぷん粉』!」


 わたしがそのボタンをタッチするのと、猪さんがその部屋に入ってくるのは同時でした。

 空間に白い粉が出現し、あたりに広がります。

 煙幕です。


「『迷って』!」


 わたしは心の中で祈りつつ、横に飛んで体を伏せました。

 ドスン! という音がすぐ近くで聞こえます。

 どうやら猪さんが壁に激突したようです。


「ブギャァ!」


 猪さんは声をあげます。

 ……あわよくばこれで気絶して欲しかったんですけど、そうそう都合よくはいかないようです。


「『迷え』、『迷え』……!」


 粉が舞う白い空間の中で、猪さんが迷い続けてくれることを祈ります。

 わたしは立ち上がって入り口の方へと走りながら、少しでも猪さんの行動が阻害できるよう、ヨルくんに表示された『でんぷん粉』を連打します。

 なんとかクリエイトルームの外に出ると、そこには不安げな顔をしたミアちゃんがいました。


「ラティ! 大丈夫かっ!?」


「大丈夫、ですけど……」


 わたしは後ろを振り返ります。

 白煙に包まれたその部屋。今にも猪さんがこちらへと走ってきそうでした。


「……今のうちに『繊維』を生成して、火を付けて蒸し焼きに――」


 わたしがヨルくんの体に触れようとしたところで、彼が声をあげました。


「名案だラティ。しかしそれに『繊維』はいらないよ。少し離れて、このまま炎を投げ込んでごらん」


 彼の言葉にわたしとミアちゃんは顔を見合わせますが、悩んでいる時間はありません。


「……ミアちゃん、お願い!」


「――任せろ! ……ハイパーエクスプロージョン!」


 彼女がそう叫んで腕を前に突き出すと、その指先に小さな小さな火花が散りました。


 ――成功した!


 それはパチリパチリとクリエイトルームの方に向け、空中を走っていきます。

 ヨルくんがぽつりつぶやくように言いました。


「みんな、耳を塞いで」


 瞬間。

 激しい爆発音があたりを襲いました。



  §



「通常の小麦粉では不可能だけれど、ここで生成された『でんぷん粉』は粒子が細かくほとんど水分が含まれていないからね。火種があるとあんなふうに爆発を起こすから、火気の取扱いには気をつけないとダメだよ。ラティ」


「そういうのは早く言ってくださいねー」


 下手したらわたしクリエイト中に死んでますからね? それ。


 さきほどの激しい爆発のあと、しばらく待っても猪さんが出てくる様子はありませんでした。

 しばらく待ってから中を覗いてみると、部屋の端っこで猪さんは絶命していたのでした。


「粉塵爆発は炎自体は一瞬だけど、肺も焼かれれるし空気不足になって息が出来なくなるよ。狭いクリエイトルームに誘導したのはお手柄だね、ラティ」


 あの一手は、なかなかえげつない攻撃のようでした。


「うー……まだ耳がキーンとするぞ……」


 ミアちゃんは耳に手を当てたり離したりを繰り返しています。


「骨は折れてないみたいッス……」


 グラニさんはそう言って横たわっています。

 皆さん、満身創痍のようでした。


「……何はともあれ、命に別状がなさそうで何よりです」


 わたしは安堵のため息をつきます。

 こうしてわたしたちの初めての狩りは、なんとか成功したのでした。

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