第4話 ヴァンパイアさん襲来です

「うっうっうぅぅー」


 わたしはひもじさに苦しみながらもっちゃもっちゃと粉を咀嚼そしゃくしていました。

 口の中にはでんぷん粉のほんのりとした甘みが広がります。

 食べられなくはないようですが、お腹を壊してしまいそうです。

 わたしが横になりながら、飢えをしのいでいるのには理由がありました。


「火が起こせない……」


 そうです。

 このダンジョンには人類の英知、炎が存在しないのです。

 屋内のダンジョンとなれば、火が存在しないのはたしかに当然のことです。

 炎なんてあったら普通はすぐに煙たくなってしまうことでしょう。

 しかしこのダンジョンには空調があるはずでした。

 であれば、炎の一つや二つあってもいいんじゃありませんか?


 そんなことを考えていると、わたしの枕になっていたヨルくんが耳元で声を発しました。


「ダンジョンレベル5になれば溶岩エリアが作れるよ」


「遠い……」


 ダンジョンレベルがどれぐらいで上がるかはわかりませんが、今はまだレベル1です。

 果たしてそれにはどれぐらいの時間がかかるのでしょうか。

 あと溶岩は熱すぎるのではないでしょうか。

 もっと手軽に松明の火、ぐらいの火種が欲しいんですが。


「うーん……。火……。火炎……」


 ダンジョンの機能で作り出せないというなら、『迷子』スキルを使って炎を迷い込ませるとか……?

 炎……。火吹きトカゲ……ウィルオーウィスプ……?

 いやそもそも、スキルを使って迷い込ませるってどうやるんでしょう……。

 何か良い方法がないかと考え込んでいますと、突然ヨルくんがビビビッと高い鳴き声をあげて震え出します。


「うわっ。どうしたんです?」


「侵入者だよ」


 慌てて起き上がったわたしに告げられたのは、そんな言葉でした。

 侵入者。

 そ、そうですよね。

 わたし以外にも洞窟に迷い込む人がいてもおかしくありません。


「……どうしましょう」


 一応ダンジョンの管理者となったのですから、迷宮に危害を加えるような相手なら応対しなくてはいけないのでは……?

 そんなわたしの疑問に、ヨルくんはきっぱりと答えます。


「どうすることもないよ」


「だ、大丈夫なんですか……?」


 おそるおそる尋ねるわたしの言葉に、ヨルくんはぷるぷると震えました。


「大丈夫じゃなくても、何かできることは特に無いよ」


「ダメじゃないですかー!」


 それただの傍観ですよね!?


「でもきっと、侵入者はここまで辿り着けないよ」


 ヨルくんは不安も謙遜も感じさせない、いつも通りの平坦な声色で言いました。


「レベル1とはいえ、このダンジョンは侵入者を捕らえる機能が充実しているからね」


 さきほど見た消化槽と呼ばれる池を思い出します。

 わたしは改めて、このダンジョンの凶悪さを実感するのでした。



  §



「やーはっはっ! このようなダンジョン造作も無いわー!」


 ガラー、と自動の石扉が開かれ、女の子の声が水晶の部屋に響き渡りました。


「難なく踏破されてるじゃないですかー!」


「ショウガナイヨ。レベル1ダカラネ」


「開き直ってる場合じゃありませんよ!」


 ぎゅーっとヨルくんのスライムボディを鷲掴みにします。


「こらー! この古代の吸血鬼エルダーヴァンパイアたる高貴なる我が姿を無視するとは、いったいどういう了見かー!」


 そこにいたのは身長がわたしのお腹ほどまでしかない、小さな女の子でした。

 金色の髪に黒のリボンのロングヘアー、そして黒いマント……と、たしかにその姿は物語に登場する吸血鬼のようです。

 ただ端正なそのお顔と小さな背丈からは、気品や威圧感などよりも愛らしさを感じてしまいます。

 八重歯が可愛い。


「ええっと、どうも。いらっしゃいませ……?」


「うむ、出迎えご苦労。……ではなーい!」


 ババババッとその両腕を動かし、ヴァンパイアの彼女はポーズ決めます。


「このミアルゼラ=ヴァン=ユーリエスの前にひれ伏すがいいー!」


 なかなかサマになっています。

 わたしはその姿に拍手を送りました。


「すごいすごい。ミアちゃんっていうの?」


「貴様ー! バカにしているだろう! ……いいだろう、身の程を思い知らせてやる!」


 彼女はそう言うと、タタタタッと駆け出しました。

 結構足は速いようです。

 それを見てヨルくんはわたしを盾にするように後ろへと逃げ出しました。

 ……あいつ。


「スーパーヴァンパイアパーンチ!」


 ぽふっ。

 彼女の拳はわたしの胸元にあたりました。

 ちょっと痛い。


「ウルトラヴァンパイアチョーップ!」


 彼女は手刀を作り出すとわたしの脇腹を叩きました。

 痛い痛い。


「ぐぬぬ……平然とした顔をしおって! 少しは痛そうにするとか……そういうサービスがあってもいいんじゃないか!?」


 彼女は悔しそうにつぶやきます。

 子どもの全力パンチって、それなりに痛いんですけどね。

 それでも彼女の言葉に合わせて、わたしは悲鳴をあげます。


「ぐわー、大ダメージだー」


「棒読みではないか! やる気あるのか貴様ー!」


 なかなか難しいお年頃のようでした。

 やる気ですか……。


「……それじゃあ反撃しますよー」


「何っ!? 聞いてないぞ!?」


 この子ちょっと頭が弱そうです。

 しかし相手を攻撃した以上、反撃を免れることはできないのでしたー。

 わたしはデコピンの形を作ると、そっと彼女の額の前に動かします。


「ひっ……!?」


 彼女はぎゅっと目をつむりました。かわいい。

 わたしはしばらくにやにやとその姿を見つめます。

 我ながら性格が悪い。


「……あれ?」


 彼女が待ちきれなくなったのか、不安げに片方の目を開けました。


「えいっ」


 ぺちこん。


「痛ぁーーーっ!」


 小気味良い音を立てて、彼女はその場に倒れました。

 ……そんなに強くやったつもりはないんですけど。


「ぐおおお!」


 額を押さえながらぐるんぐるんとその体を左右に転がし、彼女は痛みに悶絶しています。


「……えーと、この子はなんなんでしょう」


 さすがに我に返ったわたしがそう言うと、ヨルくんが近付いてきてぐにょーんと画面を作り出しました。


「チェックするといいよ、ラティ」


 するとそこには以前と同じように、能力値が表示されました。

 どうやら今回は、ミアちゃんの数字のようです。



ミア

ヴァンパイアバット

筋力 7

体力 8

敏捷 14

魔力 16

スキル

 『超音波』 レベル2

 『変成魔術』レベル2

 『死霊魔術』レベル1



「……ヴァンパイアバット?」


 たしかそれは血吸いコウモリの名前でした。

 よく洞窟に住むという、あの?

 わたしはちらりと彼女に視線を向けます。


「く、くく……。バレてしまっては仕方がない……」


 彼女はゆっくりと起き上がります。


「我が一族の悲願を達成する為、神造遺産ヨルムンガルドを探しにここまでやってきたのだ!」


「ヨルムンガルド……」


 たしかその名前は――。


「力では遅れを取ったが、魔術では負けないぞ! さっさとヨルムンガルドの在処を教えるがいい!」


 わたしはどうしたものかと頬をかきました。


「どうした! ほら! 後悔してからでは遅いぞ!」


「……えーっとその……」


 わたしは地面を指差します。


「それは『ここ』なんです」


「……ん?」


 彼女は地面を見下ろしました。


「ここに埋まっているということか?」


「いえ、このダンジョンがヨルムンガルドなんです」


 わたしの言葉を理解できない、といった様子で彼女は眉をひそめます。

 数秒の間、そこに沈黙が流れました。


「……え?」


 ミアちゃんの声に、ヨルくんがぽよんぽよんと跳ねつつこちらへと近付いて来ました。

 自身の安全を確信したからかもしれません。

 あのやろう。


「ようこそ、自走要塞ヨルムンガルドへ!」


 彼の言葉に、ミアちゃんは首を傾げるのでした。



  §



「うううー! それでは、我が力とすることは出来ないというのか……!」


 がっくしとうなだれつつ、ミアちゃんはそんな言葉を漏らしました。

 このダンジョンの仕組みと、そして管理者キーパーがわたしであることを彼女に伝えたのですが。


「ああ……我が故郷の同胞よ……。希望は全て潰えた……」


 ぐでん、とその場に倒れ込むミアちゃん。

 なんだか事情がある様子。


「えっと……」


 なんと声をかけようか迷っていると、彼女は唐突にその上半身を起こしました。


「そうだ! 貴様! 名をなんと申した!」


「へ? わ、わたしはラティメリア……」


「そうか! ラティメリアよ! 貴様、我が部下となるがよい!」


「えっ、えっえっ?」


 唐突な提案にわたしは困惑してしまいます。


「お前! わたしの部下! お前の物は! 我の物! 神造遺産も我の物!」


 わぁ。

 すごいガキ大将理論です。


「なあヨルとやら! それに問題はあるか!?」


「ボクはとくに異論はないよ」


「二人ともまずはわたしの意思を尊重してくださいよ……!」


 その言葉に、ミアちゃんはすがりつくようにわたしの腰元へと抱きつきます。


「絶対に逃がさんぞぉ……! ほら、ミアはいろいろ役に立つから。な?」


 上目遣いでこちらを見上げるミアちゃん。

 むむ、なかなかおねだりスキルが高いですね……。見習いたい。


「外敵が来たら黒焦げにしてやる! お前の命令も何でも聞く! だからお前、部下になれ! な!?」


 それは部下と言わないのでは……?

 ……って、聞き逃せないことが一つありました。


「『黒焦げ』って……もしやあなた、火が使えるんですか?」


 わたしの言葉に、彼女は顔を明るくします。


「使える! 使えるぞ! 炎魔術は得意中の得意だ! 任せろ!」


 おお、これは是非欲しい人材……!

 ……とはいえ。


「でも、部下はダメです」


「ぐぅぅー!」


 彼女は涙目になりつつ、うめき声をあげました。


「……だから、友達になりましょう」


「……へ?」


 わたしの言葉に、彼女は顔をあげます。


「対等なお友達です。一緒にお互いの為に、協力しあうというのはいかがでしょうか?」


 ぽかんとこちらを見上げていた彼女の顔が、ゆっくりと笑顔になっていきます。


「……ああ! ああ! 頼むぞ! 我が盟友よ!!」


 彼女はぎゅっとわたしの腰を抱きしめます。

 そうしてこのダンジョンには、同居人が一人増えたのでした。

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