第235話 ラスティン46歳(憲法)



「良く来てくれたな!」


 別に大きな声を出した訳ではないが、デモ隊の精鋭(嫌味だぞ?)の先頭が動きを止めた。まあ、”議員列車”が新トリスタニア中央駅に到着した瞬間に”丁寧な”歓迎をしたから警戒しているらしい。重装備の兵士が出迎えただけだぞ? そんな兵士に”こちらにお進み下さい”と先導されて議事堂までやって来たのだからその気分は分からないでもない。(妙な騒ぎを起こさせない為に、直行してもらったからな)


 別に彼らに危害を加える積りも無いし、私がそれをしないと確信しているからこそ暢気に列車に乗ったのだろうな。但し身体に危害は加わらなくても、”身分”に致命傷を負うかも知れんがね?


 列車には300人程乗っていた筈だが、ちょっと部屋の大きさに制限があったので100名に減らした。ちょっと、後ろの方を付いて行くだけの人間を別室に誘導しただけだが、いきなり後ろが居なくなって驚いたかもな。


 連中を招き入れたのは、本会議場(2つあるがね、両院制を予定していた訳ではなく、日本の国会議事堂をイメージしたらこうなったらしいぞ?)では無く、その次に大きな部屋だった。ちょっとした会議が開けるだけの机と椅子が並べられていてその数が100だっただけなんだが。

 この部屋を選んだのは、緊急時に”精霊の道”で逃げ易い様にだ、地面と離れていると移動し難いし床の材質にも影響されると言うのが少し面倒だな。


「どうした、そんな所で突っ立って居ないで座りなさい」


”おい、どうする・・・”


”お前が座れよ!”


 とか言う声が聞こえるが、誰も率先して座ろうとしない。うむ、さすがは寄せ集めだな、悲しいほどにまとまりが無い。そんな中、1人の青年がど真ん中の席に腰を降ろした事でようやく事態が進行したんだが、これは彼の仕業かも知れない。(今の青年が”彼”という可能性もあるがね?)


 一応全員が着席するのを待ってから話を始める事にしたが、予想通りあまり会話にはならなかったな。


「皆の要求というのは大体聞いている、王権を廃して、平民が治める国にしたいのだろう?」


「「・・・」」


「黙っていては、議論にならないのだが? そこの君、そう君だ」


「はい!」


「いや、立たなくても良いよ」


「はい、あの、僕達は罰を与えられる為に集められたのでしょうか?」


「罰? 何の罪でだい?」


「反逆罪とか・・・でしょうか?」


「何か反逆に値する事をやったのか、君は。すまないな、名前を教えてくれるか?」


「アルドと申します」


「きちんと名乗りなさい」


「アッ、アルド・バリエです」


 仮ではあるが、戸籍の整理を行う際に”姓”を決めてもらっていたのだが、2年程前に正式に姓名を名乗る事を公式に推奨する事になった。名と姓の間に”ド”と付けるのは数少ない領主家の特権という形にした訳だ、これ位は支障あるまい。


「宜しい、アルド・バリエ。良い名前じゃないか、自分で決めた名前だろう? 自身を持って名乗るんだね」


「はい、ありがとうございます」


「私の事は知っていると思う。ラスティン・ド・トリステイン、この国の王をやっている者だ。アルド・バリエ、君達はゴトー領に集まって”国に対する不満を言い合っていた”のだろう?」


「・・・」


「どんな事が不満だったの聞かせてくれないか?」


「あの、ありません!」


 何だ、”ありません!”と言うのは? いや、ちょっと緊張しているだけだろうな?


「そうか、では隣の君は?」


「名前ですか?」


「ふふっ、いや、全員と名前の交換をしあっていたら、時間が足りないだろう? 君が持つ不満を聞かせて欲しいんだ」


「あの、すみません、家が貧乏なんです」


「そうか。それは大変だな。次は?」


 それを私にどうしろと? 念の為に言っておくが、現在のトリステインの平民の平均収入は下手な小国の名前だけの貴族より、”はるかに”多いぞ? 貧乏だったら、不満を言い合うより働く事を考えると思うんだが?(少なくとも私の知る限りは仕事が無くて困っている人間は多くないのだが、まさかこの世界でニートもどきが居るのか?)


「あの、家の近くに病院が欲しいのですが?」


「うん? そうか・・・、次の貴女は?」


 病院(ラ・ヴァリエール公爵家の診療所は診療所と呼べる規模ではなくなっているし、各地に新設された建物も診療所とは呼べないだろうな)の誘致は基本的に自領の領主とラ・ヴァリエール公爵の交渉次第だ。建物を建てて、水メイジを常駐させただけでは満足な結果は得られないだろうな。(ゴトー領内であれば何の問題も無いはずなんだが、何処の領民なのだろうな?)


「はい、両親が耕している畑の収穫が減ってしまって」



 こんな感じで色々な意見(実に個人的な物ばかりだ!)を聞いたが、本気で私にどうしろというのだと悩む問題ばかりだった。何と言うか、小さい問題ばかりで、”人権”とか”平等”とか題目だけでも立派な物が出る事は無かった。色々やり過ぎた為かも知れんし、現在そう言った方面に意識を向ける必要を感じさせない平民の待遇改善が行われている言った方が良いのだろうか?


 結局”早過ぎた”とか”急ぎ過ぎた”とかいうどうしようもない結論に辿り着くな。結局、私自身が焦っていたという事だろうか?(やはり”父上”の遺言は間違っていなかったか・・・)


 前世の歴史だとイギリスで産業革命は1760?1830年代だったな、その間に労働者や資本家が力を付けていった。今のトリステインではまだそこまで力がついていないのだろうか?


 フランス革命などはそれより以前から様々な思想家が存在していたからこそ起こり得たとも言えるだろう。その思想の根源となりえる不公平感を身分面で無くしてしまったのは私だが、宗教面では偉大なる聖エイジス31世ことジェリーノさんが改革し終えていたからな・・・。


 ふん、だからどうした! 今を逃せば次の機会は無いかも知れん、なんとしても押し付ける! 諦めの悪さには一部で定評がある私だからな!


「そうか、君達の不満は良く分かった。だが、残念ながら私には君達全ての要望を満たす事は出来ない様だ。だが1つ提案があるが聞くかね?」


「・・・」


 おや、あまり芳しい反応が無いな、不平不満を口に出してとりあえず満足した感が見えるぞ?


「簡単な話だよ、君達の希望が満たされる様に君達自身で”政治”を行えば良い。君達が集まってそんな話をしたんじゃないのかな? どうだろう、アルド・バリエ君?」


「それは・・・」


「それに反対した人は居るのかな?」


「・・・」


 そこで露骨に目を逸らさないでくれ、悲しくなる。別に”いぢめて”いる訳ではないのに、何となくいじめっ子になった気分だ。


「自分達で自分達の事を決めるんだぞ、当然の事だと思うがどうだ?」


「もし、もしそうなったら、陛下は、どうなさるんですか?」


「私か、ごく普通の平民メイジとして生きて行くさ。君達と同じだけの責任を負うだけの個人になる訳だな」


「そんな!」

「我々を見捨てるんですか?」



 何を言い出すかと思えば・・・、はぁ、この状態ではデモとは呼べないな。(元々分かっては居たんだがね)


「何言ってるんだ、お前ら!」


 おっと、最後に希望通りの言葉を聞けた気がしたが、その男とそれに同調して立ち上がった男達の手にしている物を見れば勘違いだと分かってしまった。作りは荒そうだが、明らかに拳銃だ。秘密工場の引越しのゴタゴタで弾丸が一部行方不明になったという報告があったのだが、何とか撃てる様にしたらしい。


 くっ! ここでは拙い。一応、杖は取り上げた筈なんだが、小型の拳銃となるとチェックが漏れたか? こんな所で乱射されたら、最悪死者が出るぞ!


「はぁ、ここまでか・・・」


「俺達は、”ラスティン・ド・トリステイン”を王位から引き摺り下ろして、新しい王を、チッ!」


 私が諦めの呟きを漏らしたと同時に、何やら内輪で言い合いを始めていた中の1人が思わず重要な事を口走った。”俺達1人1人が王になるのだ”なんて耳障りの良い話をしていたんだろうが、今のは誰か特定の”人間”が居た様にしか聞こえなかった。(扇動者(アジテーター)が大衆に紛れ込めないとこんな落ちになるんだな)


 意外に響いてしまった”新しい王”と言う言葉に、その室内は更に混乱を極めた。私はこんな時の為に用意した(微妙に違うが)木槌を打ち下ろした。(前世の法廷物のドラマとかでよく見るあれだな)


”ガン、ガン”


 思ったより大きな上に良く通る音で、文字通りガンガンだな。一瞬その場のほぼ全員の注意が私の方に集中したが、その中でも確実に動いた人間がいた。実際この木槌は彼らに対する合図でもあった。


 あっという間に、扇動者(アジテーター)と関係者(潜入していたのだから当然マークは済んでいるだろうな)が捕縛されたが、運の悪い1人(新しい王発言をした男だな)は口元の手をあててもがいているが。私の予想は間違っていなかったらしいな。(しかし、ノトスも器用になった物だな)


===


 邪魔者が部屋を去っても、物問いたげな人々が残っていた。


「さて、邪魔が入った様だが、話を元に戻す事にしよう」


「陛下・・・」


 あれが、前ブルファ伯の手の者だと明かす事に利点は無い。この場さえ誤魔化してしまえば、後は何とかなるかもしれない気もする・・・?


「ちょっとした茶番だと思ってくれ。それよりも、もう少し現実的な話をしよう。この中に、”立憲君主制”という言葉を聞いた事がある人は居るかな?」


「・・・」


 だろうな、一応学校の方では概念だけは教えていたんだが、言葉自体は教えていなかった筈だ。


「国の礎として、憲法という法律を設ける。それは、国民全体の権利や義務を定めた物になるが、勿論、私自身を縛る物にもなるな」


「その”憲法”というのはもう出来上がっているのですか?」


「良い質問だな。草案、いや、一応形にはなっているが、現状に合わせて定める物だからな、今後も見直す予定だよ。そしてその見直しは君達自身で行う事になるだろうな」


「陛下は、”国王の地位”は?」


「さあ、それも君達が決めれば良い。少しずつ、国王が持っている権力を”国会”に移して行く予定だが、この辺りはゆっくり説明して行こう」

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