第234話 ラスティン46歳(私が育てた?)



「本当にやるのですか、貴方?」


「それは何度も検討しただろう、キアラ?」


 ゴトー侯との会話の間はずっと黙って聞いていた王妃の1人が納得行かない様に話しかけてきた。


「義父様の遺言を憶えていらっしゃいませんか?」


「前レーネンベルク公爵は、最後まで急ぎすぎるなと言っていたな。それは自覚もあるが、こんな絶好の機会は2度と無いと思わないか?」


「必要ならば」


「私にも気付かれない様に、何処かで人権運動を起こさせられるのなら任せるよ」


「貴方・・・」


 キアラがその気になれば不可能ではないが、今のキアラがそれを出来ない。私に黙って事を企まないのはキアラが私と結婚する時に誓った事らしい。私達夫婦(変則的だが)の間では極力隠し事をしないというのが不文律になっているが、これはキアラの誓いが原因とも言えるな。


 ライルの事もノーラに話したが、ノーラは何も言わなかったよ。イザベラが訪ねてきた時も温かく迎えたし、わだかまりは無いと思う。クリシャルナもかなり色々な事を話してくれたが、これは、エルフにとっても家族と認められた恩恵だろうな。


「今後、本当の意味で人権運動が盛んになるとしても、ずっと先だろうな」


「それはそうですが・・・」


 私が生きている間と限れば2度と来ないかも知れない。態々悪政を敷くという手もあるが、それは自滅への近道でもあるからな。


「リアーヌが望まない王位を継がされる可能性もあるぞ? 最悪、意に染まない結婚とかも有り得るな」


「それは・・・」


 リアーヌと言うのは無論キアラと私の娘だが母親似でちっちゃくて可愛いぞ? 明人君との話で察しはついているだろうが、ゴトー侯爵領に預けているが、理由の方も察してくれ。(レーネンベルクの義妹ではなく、ゴトーの義妹の方じゃでなくてはならなかったのだ)


 ふと気付いたが、私の子供達は皆母親似だな。私の遺伝子が劣性なのだろうが、ライルみたいに私の妙な特性を継がない事の方が大事だろう。


「すまん、卑怯な言い方だったな。キアラ、トリステイン王国宰相に命じよう」


「はい、陛下」


「私が失敗した時の事を考えて、対応策を用意してくれ」


「それでしたら、”立憲君主制”に移行すると決めた筈ですが?」


「そうだな、だが、もう少し何とかしたい、出来るか?」


 何をどうしたいという希望は無く、悪足掻きの様なものだな。今がその時期ではないという感覚はあるし、自分が暴走している気もしない、この時に備えていたのだが、ちょっと時期が早すぎただけだ。デモ隊との対面で上手く丸め込めれば良いのだがな・・・。


「少し憲法の方を変える必要がありますね、時間が少し必要ですが?」


「こちらの都合だけで、デモ隊が動いてくれるとは限らないし。妙な指示を出して現場を混乱させる必要も無いだろう?」


「しかし・・・」


 うむ、キアラにしては頑なな印象だ、こういった面では即決、いや、始まる前に終わっている事さえ多いのにな。現に、私の抽象的な希望も既に考慮済みの様だ。ん? 憲法典自体はまだ製本もされていない状態で、差し替えが難しい物では無い。実際、私と誰か(デモの代表者だが、犠牲者とも呼べる)がサインして始めて憲法の法典として成立する予定なのだが、現状は単なる紙の集まりでしかない。


「キアラ、一夫一婦制を変える積りは無いぞ?」


「・・・」


 キアラという女性にとって、トリステイン王妃(3人居るが)である事や、トリステイン宰相である事よりも、私と言う人間の妻であることが重要らしい。本人に言わせると、存在意義そのものとまで言うが、私自身キアラとの始めての出会いの事は全く覚えて居ないし、それもバカ正直に告げたのだが中々生き方は変えられないらしい。


 男性として、女性からそこまで尽くされる事は光栄だが、それが2人となると多過ぎると思わないか? キアラ自身自分が2番目でしかない事は分かっている筈なんだが、それでも譲れないらしい。この事態を招いたのは私自身だし、キアラには私そっくりに見える”ラファエル”と自分の娘”リアーヌ”が居て、私に対する執着はかなり減ったと思うんだがな。


「まあ良いさ、とりあえず憲法自体を時限法にしよう」


「ですが、国の基礎となるべき法が・・・」


 キアラの中で色々な思考がされているのが分かるが、私は自分で考えるさせられる事もあった。転生者に法学の専門家が居ない理由だ。無論、呼ばれる側が居ないという可能性も高いが、国の成り立ちや時代背景が違えば、出来上がる法律も変わってくる少なくとも”日本国憲法”をこの国に取り込むのは難しいだろう。


 転生者達の知識を総動員しても部分的に取り入れるのが精一杯だった。”魔法”が存在して、人間以外の知的生命が普通に存在する世界で、”基本的人権の尊重”と言い出しても”人とは何ぞや”の議論になってしまうのは実証されているのでな。


 平和主義など冗談にしか聞こえないぞ、島国ならばそう思い込むことが出来るだろうが。今、トリステインを中心にこのハルケギニア全体が一応平和なのは、トリステインが気に入らない国(言い過ぎか?不利益をもたらす位でどうだろう)を一晩で潰せる事を実証して見せたからだ。


 先王以来、他国に攻め込んでいない我が国は2度も侵略を受けたのも事実だし、現在トリステインはほとんどの国と軍事同盟を結んでいるが、その中には以前は相手もされなかった国も存在した。


 結局は、何でも時代と共に変わって行く物だし、そうあるべきだと思う。時代に合わない法律など、存在自体が邪魔だ。過激な意見と思えるか? 別に変える事が前提な訳じゃないし、前世のドイツやフランスなどは簡単に憲法を変えていたらしいぞ?


「分かりました、憲法自体も簡単に見直せる様に条文を追加します」


「ありがとう、キアラ。一夫一婦制の例外を作る事には目を瞑るよ」


 面倒だが、こちらも妥協すべきだろうな。子供を得られない夫婦の苦労は分かっているし、庶子(婚外子)の苦労はこの世界では想像以上だ。祖父だってそうだったが、その気で調べれば色々見えなかった物も見えてくる。単なる妾の存在は否定されるだろうが、条件付けは厳しい位で丁度良いだろうさ。


 キアラは、条文変更の為に勇んで出て行ったが、珍しく肝心な事を忘れているな。デモ隊と私が直接会話をする事になっているのだがな。それとも手は打ち尽くしたのだろうか?


===


 ゴトー領のデモ隊を新トリスタニアに誘導する事は簡単だったよ。ゴトー領は元々王都に近いし、現在は鉄道も通っている。旅慣れた人間ならば”散歩”と称するだろう、徒歩でも帰り着けるという安心感もあるだろうが、意外と多くの人間が新トリストニアに行けば直接国王と対話できるという噂を信じて新トリストニア行きの列車に乗り込んだ。


 私としては実に軽率だと思えるが、別に彼らを害する意図もない。余計な物を背負わせようと企んでいるが、それは彼ら自身が望んだ物だ。軽率な人達が選りすぐられた形だが、その代表が例えば大統領の様な立場になったとしても、今の官僚達なら問題無いだろう事は官僚たちに対する責任を負っている私が責任を持って保証しよう。


 別に私が育てたなどと大言を吐く積りは無いが、思い付きで色々非常識な事をさせたのは私だからな!(鍛えたと言っても良いかも知れんな?)


 肝心の”首謀者”が”議員列車”に乗り込んだかは確認出来なかったが、オリヴァー・クロムウェル自身はすでにマークしてあるので問題無いだろう。事が済めば拘束するだけだが、きちんと奴の部下の扇動者(アジテーター)が列車に乗ったかの方が問題だ。(当然ながらこちらの工作員も潜り込んでいるが、何時動かすかは私自身の判断で決める事になっている)


 さて私も、そろそろ、”議事堂”の方へ移動して、彼らを歓迎しなくてはならないな。

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