第229話 ラスティン35歳(対消滅)


 その要請は元々、農業分野特に品種改良を得意とするフリードから出た物で、エルネストによれば医療分野でもある意味有用な物質の話だった。日本人には”アレルギー”を持っている人間が多かったと”記憶”しているが有効な方法ならば取り入れるのが効率の良い方法だろう。


 ”放射性物質を作り出す”と決めたのは私自身だが、その決断はとある悲劇の引き金となってしまった。アイデア自体はあったのだが、それを試す時間をとる事は今の私には難しい事だった。自然界に存在する筈の放射線元素を探す方が手っ取り早いと思うのだが、少なくとも私がキュベレーと同調して調べられる範囲では見付からなかった。


 同様に、キュベレーと同期して放射性物質を元素変換しようとしても何故か上手く行かないが、これは単に私自身に問題があるかも知れないな。


 あの視線を使っても微量の放射線は確認出来ない様だし、そもそも自然放射線が存在しているだろうからある程度の純度がある放射性物質が無いと見落としてしまう可能性も否定出来ない。”目視”である以上、急に明るくなるとかしなければ感知出来ない可能性も有り得る。(この辺りが、測定器に劣る点だが、無い物ねだりををしても仕方あるまい?)


 そんな訳で、2人のメイジによる同時錬金という手法を試す事になった訳だが、これが中々問題だった。試すだけならば、元素変換が出来るメイジが2人居ればすむのだが、これが思い通り行かない。


 まあ、私の希望通り放射性物質が生み出されると被爆の危険性がある訳で長時間の実験も禁止したし、タングステンの箱の中の微量の金属を対象にした元素変換を厳命した為に、かなり勝手が違ったのも一因には違いない。コルベール夫妻がゲルマニアに長期滞在中だったのも悪い方向に動いた原因の1つだろうが、2人には責任は無いぞ。 


 結局、運が悪かったとしか言えないが、王立魔法研究所の主任研究員ガストンさんが自分の手で強引な実験を行った時に悲劇が起こってしまった。それまでの実験では、元素変換自体が起こらなかったり、起きても純度が低いとか、うん、小規模な爆発起こるとかしか、中途半端な結果しか得られなかった事も良くなかったのだろう。


 半サントの立方体のケイ素片を最小の魔力で変換出来る様にアルミニウムに元素変換する実験が、直接対象を見ながら行われたのだ。実験を行ったのはガストンさんとその相棒とも言える古株のメイジと共にタングステン製の小屋に入り無謀な実験を始めたのだ。


 何度かの失敗の後、そうだな文字通り”大爆発”が起こったのだ。具体的には、被害はかなり広い王立魔法研究所広場だけでは収まらず、建物自体も半壊、周囲の関係施設も被害が出た程だった。王城でとある国の高官と会談中だった私も、会談を中止して現場へ直行した程だったが。事前なら兎も角、事後となるとそれ程出来る事は無かった。


 それは皮肉な事に、降下気味だっただろう私自身の評判を上げるには役立ったがね。それにノーラにとっては以前の職場が半壊した訳で、知り合いが亡くなった可能性も否定出来ない状態だった。以前のノーラであれば精神的にダメージを負ったかも知れないが、母になったノーラは名目上の”王立魔法研究所長”として駆け回るだけの強さを持っていたのは、頼もしく感じた。


 ノーラが王家の人間の役割を果たしてくれて、キアラが国が取るべき救援やらを一手に引き受けてくれた事で、私は単なる”転生者”として生き残った同胞の話を聞く事が出来た。


===


「リッテン、バベット、良く生きていてくれたな」


「ラスティンさ、いえ、陛下」


「いや無理をするな、治療は済んだのか?」


「はい、所員のメイジに」


 緊急時の治療を行う為に建てられたテントに横たわる2人を見つけて安堵したが、何が起こったかを聞くと心が冷えて行くのを感じずには居られなかった。


「ガストンさんが、そんな事を?」


「はい、何度も止めたのですが、思いとどまらせる事が出来ませんでした。無理にでも止めておけば・・・」


 そう答えてくれたのは、リッテンだけでバベットの方は、私が来てからも呆然としているだけだった。


「自分を責めるな、リッテン。君の立場じゃ、ガストンさんを止められなかっただろう?」


「だけど・・・」


「リッテン、今回の話を王立魔法研究所に持ち込んだのは私だ。例え友人の関係でもそれは勘違いするな?」


「はい・・・」


 リッテン自身もう20歳を超えているんだが、未だに少年の様な所が残っている。ガストンさんもそうだったし、コルベール夫妻は時々夫婦揃って”少年”に戻る。色々社会勉強はしている筈なんだが、こういった人種も居るんだ。転生者は高確率でこういった性質を持っているがな。


「だけどな、実際に責任を負うべきなのはガストンさんなんだぞ」


「ラスティンさん!」


「ガストンさんはこの場の責任者だった筈だ、違うか?」


「・・・」


「本来なら、この場の混乱を鎮めるのは、あの人の仕事だったな?」


「はい」


「今、私が聞かせている話だって、本当なら人生の先輩としてのガストンさんが、君達に教えてくれても良かった筈だ」


「ラスティンさん、どうしてそんなに落ち着いていられるんですか?」


 落ち着いている? 慌てて身体1つで駆け出してきた私がか? そう見えるなら、やるべき事をやってくれる人達が回りに居るからだろうな。会談に同席していたノーラは当然の様に私の後を付いて来てくれたし、キアラの方は指示さえ出していないが、キアラだからな。ちょっと手間取っている間にノーラがこの場を仕切る形になったが、私よりはこの場所に詳しいのだから適当な人選だろう?


 リッテンにも、いつの間にか私の話に耳を傾けているバベットにも私以上を目指して欲しいから、ちょっと恰好を付けておこうか。


「これでも上に立つ人間だからな。君達だって、部下を持つ事になるんだろう?」


「・・・」


 実際、ガストンさんの後釜には、コルベール夫妻以外誰を指名しても研究が滞るだろう。頭は主任研究員にはある程度実績のある人物を指名するが、実際は彼らが頼りだ。(メイジじゃない? そんな事は今のこの国では意味が無い問題だ)


「もう1つ、ガストンさんはこの事態をある程度予想出来ていたのかも知れないと思えてな」


「もしかして?」


「ああ、メイジでもない君達が、実験を近くで見ていたんだろう?」


「はい」


「君達が、あの爆発の中心に居てどうして重傷程度で助かった?」


 転生者の持つ幸運がこんな時には効果が無いだろう事は予想が出来る。キュベレーの様な”使える”使い魔も持たず、そもそも魔法で防御出来ない2人が、即死しなかっただけでもガストンさんの配慮の跡が見られる。十分とは言い難いが、最悪の事態は避けられた訳だ。


 後で分かった事だが、爆発の規模に比べて負傷者が100人に満たないというのは信じられないし、死者はたった3人だけだった。ガストンさんの研究者としての勘だったのか、研究所と周辺施設には予め避難勧告が出ていたらしい。(所長職を受けてくれていれば、強制的に避難させられただろうに・・・)


 幸運だったのは、王立魔法研究所関連施設だけを残して、公的な施設は新トリスタニアに移設されていた事だろうか。普通の王都の住人は王立魔法研究所に近寄らないのは、昔からの伝統(昔は悪い噂、最近は物騒な騒音とかだが?)だったがね。


「土メイジが僕達を石城砦(シェルター)で守ってくれました」


「そうか・・・」


 この規模の爆発ならもう少し何かやっていたかも知れないな。単なる石城砦(シェルター)では生き残れないだろう。


「そうだ、放射能は!」


 リッテンが思い出した様にそんな事を言い出した。放射能に過剰反応したバベットは、原爆の爆発に巻き込まれた事を想像したのだろうか? 放射性物質を作る実験をしていたのだから、そう考えるのは自然だ。私もそう考えて真っ先にそれを調べたが、異常な放射線は”見え”なかった。


「大丈夫だ、その心配があればこんな所で治療はさせていないよ」


「良かった、あ、すみません」


「いいや、本当に良かったよ。こんな所で原子爆発が起こっていたらと考えるとぞっとする」


「そうですね・・・」


「何が爆発したか想像出来るか?」


「分かりません、今までと全然違う規模だったし・・・」


「バベットは?」


「・・・」


 バベットは首を横に振るだけで、言葉を発していない。一時的な失語症なら良いが、深刻なら最悪あの治療を受けてもらうか? いや、先ずは落ち着かせる事だな、後でノーラにも見舞ってもらおう。


「あの陛下?」


「何だね?」


「研究所は、どうなるんでしょう?」


「勿論、この場に再建するさ。まあ今回の実験は止めるけどな」


 ワーンベルの秘密工場は、使い難くなったのも事実だ。重要施設を一箇所に集めるのは危険だが、当面は王立魔法研究所を中心にするしかないだろう。


「はい、ですが、何時か実現したいと思います」


 リッテンが力強く言ってくれたが、私としては違う道を選んで欲しいな。(こんな事が頻繁に起こるのは困るからな!)


「リッテン、バベット、ガストンさんの後を追わなくて良いよ」


「何故ですか!」


「前回の”委員会”で、今後の方針を説明したな?」


「はい」


「魔法だけに頼るのではない、科学だけに頼る訳でもない、両方の美味しい所を”盗る”積りだ」


 現状、我が国は魔法技術ではガリアに劣るのは事実だし、ゲルマニアほど科学技術に頼る必要も無い。科学的に放射性物質が使えなければ、魔法で何とかすれば良い。それでも駄目ならその時考えるさ。少なくとも、殺菌消毒や発芽防止程度なら手間を惜しまなければ魔法で何とでもなる。


「そうでしたね」


「ああ、原子爆弾なんてこの世界には要らないだろう?」


「はい・・・」


 その返事はどうも納得行った様には聞こえなかった。研究者としては、先達の成し得なかった技術を完成させるのは魅力的なんだろうか? 或いは、何も残せずに散った先輩の事を思うと居た堪れないのか?


 私としても、恩人に報いる事が出来なかったのが悔やまれるが、ノーラに聞く限り実に充実した研究生活をしていたから報い終わっている可能性もあるな・・・。


「2人ともノーベル賞の事を憶えているか?」


「はい、勿論ですが?」


「ガストン賞と言うのを作ろうと思うんだが、どうだ?」


 かなり強引だし、本人は喜ばないだろう。ただ、今のこの国を支える魔法技術の基礎を作った人物の名前を後世に残したいと思っただけだ。錬金で得た資金を一部回して、とりあえずは魔法と科学技術に功績があった人物を表彰する事にしようか?


「陛下、それをガストンさんが喜ぶと思いますか?」


「勿論、思わないさ。文句があるなら死ななければ良かったし、化けて出てみろだな?」


「そうですね!」


 2人とも少し明るくなった気がするが、当面は休養が必要だな。新しい王立魔法研究所は建設に時間をかける事にしようか? ドラゴンが体当たりしてもびくともしない壁で囲む必要があるとかいえば、説得力があるだろう?あまり簡単に作り直すと、反省が生かされない可能性もある。人員や資材は、新トリスタニアから融通すれば何とかなるが、一週間で元通りでは幾らなんでもやりすぎだろう?


 2人を休ませる為にその場を去ろうとした私に、未だに言葉を発しないバベットが何か伝えようと口を開いた。だがやっぱり言葉は出なかった。もどかしげに頬を軽く叩いた後、彼女は地面に日本語でこう書いた。


”反物質?”


 私とリッテンは顔を見合わせる形になった。うむ、この技術は封印だな、少なくとも私が生きている間には有効活用出来る類の”物質”では無い。ほんの微量の対消滅が起こったとすればこの惨状も説明出来るが、制御不能では話にならん!(精々、自爆テロだろ? ただ、魔法と反物質は非常に相性が良い様な気もするが、やっぱり駄目だな)


 むっ!対消滅って危ない気がするんだが・・・、駄目だ。少なくともSFの知識しか思い出せないぞ。放射線を出すという嫌な記憶もあるが、現在爆心地が放射能を帯びていないのは確実なんだが? 放射能を遮蔽する材料ならある程度詳しいんだが、放射性物質は畑違いだ。


 いや、私がこの世界に呼ばれたのは、これが原因じゃないんだから、知識としてはそれ程重要ではないのか? 原爆に関しては原爆映画を見た影響だから実用ではないし、十分な知識があればアレを全部元素変換する様な真似はしていない。


 そもそも反物質が生成されたというのも予想でしかないのだが、うむ、ちょっと王都内を巡視する事にするのと、宗教庁に人を送って、あの古城で行っていた人体の除染方法を大至急学んでおこうか?

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