第213話 ラスティン31歳(犯人は誰だ?)

 ユーグさんと言うのは、隠れたメイジの代表としてエルネストが引っ張って来た平民の男性で、まあ、あの”ミレーユさん”の旦那さんと言う事は確認済みだ。(希望通り、普通に魔法兵団入りしたので、この辺りは私も確認出来た)


「意外な人の名前が出てきたな、メイジだったユーグさんが何か関係してくるのか?」


「あの男性の奥方は?」


「無論知っているさ、ミレーユさんだろ」


「そのミレーユさんだがな、メイジだったと言ったら驚くか?」


「いや、意外には思うが、隠れたメイジにはメイジらしさなんてないからな」


「違うよ、メイジになったという意味だ」


「あの女性がメイジになることを望んだ? ちょっと信じられないな」


「あー、ちょっと待て、別にあの女性を実験に使った訳じゃない、妙な誤解をしないでくれ」


 そんな言葉をありのまま受け入れる積りは無いぞ? 放っておいても勝手に暴走するのがあの女性の特徴らしいからな。二度も妙な苦労をさせられたのは忘れる事は良い意味で出来ない。


「あのな、ちょっと黙って聞いていてくれ。ミレーユさんは自然にメイジになったんだ、そう、メイジの子供を産んだ事でな」


 妙な前置きは長くするくせに、肝心の事は”メイジの子供を産んだ事でな”だけしか喋らないとはな。相変わらずカトレアが苦労しているだろうな。この世界では自然分娩が一般的だし、帝王切開に当たる技術は存在していなかった。(今は某医師の知識で広まりつつあるのだろう)


 前世の知識もこの辺りはあまり当てにならないが、”へその緒”や臍帯血という程度の言葉なら何とか理解出来るしそこから論理を展開出来る素養もある。


「へその緒を伝わって、赤ちゃんの血液が妊婦をメイジ化したと言う事か?」


「黙って聞いていて欲しかったな、見せ場をとられた探偵の気分だ。まあ、考え的にはその通りなんだけどね。当然両親がメイジじゃないのも確認済みだ」


「そうか、前にユーグさんの奥さんに関して言葉を濁したのはその辺りを調査していたからなんだな?」


「まあね、ちょっとこれに関しては正確に調べるのが難しくってね」


「?」


「例えば、子供がメイジだったとするよな? それなのに両親が共にメイジじゃないとかだったらどうだ? 他人の家庭の事情に首を突っ込むのは得意じゃない。でも、どう見ても一卵性双生児の女性の一方だけがメイジだった時に確信したよ」


 成る程、例外というか妙な例が多過ぎてまとめ切れなかったという訳か。遺伝子検査でも出来れば楽なんだろうが、今のこの世界の技術では難しいだろう事は想像がつく。(遺伝子検査キットとか夢だろうな)


「苦労したみたいだな」


「ああ、人間を相手するのは患者を相手する時とは違うからね。まあ、例外を言い出したら切が無くって、どうしてメイジに生まれたのか分からなかった子供まで居てな」


 いや、患者は大抵人間だぞ? そうじゃない場合もあるがね、エルネストの場合はな!


「なんだ、何処かの夫婦を破局させたのか?」


「いいや、ちょっと揉めたけど僕の優秀な看護婦さんが上手く取り計らってくれたよ、ラ・ヴァリエール公爵領内で良かった」


 ほらな、カトレアが妙な苦労をしているだろう? しかし、小さな村でメイジがその夫婦の息子と、隣家が親戚から引き取った女の子だけではちょっと問題があり過ぎる。私もあまり他人の事は言えないが、何事も程ほどが良い様だぞ?


「まあ、その辺りはあまり深く追求する様な話じゃないだろうな。ところでこの瓶の中身は”血清”なのかい?」


「スティン、血清が何か分かっているか? しかし、この液体をなんと呼んだら良いかは謎なんだけどね」


「神医に謎と言わせるとはな、血液からメイジ化させる部分だけを抜き出したというだけだろうに」


「そうは言うがな、苦労したんだぞ。何故か上手く分離出来ないんだ」


「分離?」


「ああ、遠心分離器なんて原理を知っていれば誰だって作れるし、お仲間にはそう言うのが得意な女性が居るだろ」


 ミネットか、コルベールの知恵と技術を使ったか・・・。


「あの夫婦か、今はゲルマニアでこき使われているだろうけどね。逆かな?」


「まあ、それはどうでも良いが、これはな比重とか色々な面で水なんだよ」


「見る限り無色透明なのは確かだが、水では無いんだろう?」


「そうだ、これをどうやって精製したか分かるか? 血液の成分を、赤血球、白血球、血小板、それから血漿蛋白質や脂肪や糖も抜き出したんだぞ!」


「いや、そこまで専門的になると良く分からないが、水を抜き出せば良いんじゃないのか? ってこれ位試すよな?」


「勿論試したさ、だが水だけ、ああ、濃縮≪ギャザー≫の呪文を知っているか?」


「勿論、塩田とかで使う水系統の魔法だろ、ミスタ・コルベールが妙な改良をしていたけどな」


「???、知っているなら良いさ、あれを再現するマジックアイテムがある事は?」


 マジックアイテム?そんな物があったのかな? ああ、ガリア王妃の妹を治療した見返りという訳か。エルネストの説明によると、水分だけを取り出そうとするとメイジ化の効果がなくなり、少量の血液交換等ではほとんど効果がないという面倒な液体に対する苦肉の策だったらしい。


「陶器製の容器の中に濃い塩水を入れて、それを海水の入った瓶に入れると陶器の容器の周りだけ塩分濃度が高くなるそうだ。その陶器製の容器がマジックアイテムなんだが、魔力を多く込めるとかなりの速度で希望の液体を集められるそうなんだ」


「ほう、それでミコト君の力を借りたいと言う訳か? 兵団のメイジもかな?」


「いいや、僕はスティン今話した事を伝えたかっただけだよ。別に神様扱いされて良い気分になれるような性格でもないしね」


「何だ? 例の不良メイジに対する罰則とか、隠れたメイジの探し方なんかも、あまり積極的じゃなかったよな?」


「そうだね、実を言えば僕はこの手で人の痛みを無くす事を、命を救う事を誇りに感じている。神医と呼ばれる事は嬉しくは無いが、僕を頼って遠くから治療に訪れる人々の期待には応えたいと思っているよ」


「エルネスト?」


「だが、僕が君に教えたメイジの見つけ方が広まるに連れ、にわかメイジによる怪我人は多くなる結果になった。その対策としてメイジの魔法を封じる方法を考えたさ、だが、怪我人は減る気配も無い。僕のやっている事は正しいのか、時々そんな事を考える様になってね」


 妙な事を悩んでいるな、マッドドクターらしくないと言えるだろう。自分が正しい事をしているかどうかなど、どうでも良い事だと思うんだがな? 転生者という特異な存在である以上、この世界に対して何らかの小さくない影響を与えるのは当然だとさえ思うし、昔のエルネストならこんな事は気にしなかっただろうな。


 いや、私が他の若い転生者達はこう言う考えをするように導いたがエルネスト自身は、自分でこの考えに辿り着いて悩んでいるのだろう。多分本当の意味でこの世界の人間になるにはこれを考える事が必要だと思うんだが、ただ、ここで立ち止まっては私達の存在意義が失われるだろう?


「スティンは人から恨まれる事が怖くないか?」


「私を恨んでいる貴族は多いだろうな、ただ、貴族から恨まれる事は誇らしく感じているかな。自分でも良く分からないけどな・・・、うん、貴族に恨まれたとしてもそれ以外の人々が私を守ってくれていると感じるからだろうか?」


「・・・」


「お前だって、旧来の水メイジ達には恨まれている筈だが、そんなつまらない事を気にしていたか?」


「スティンは強いんだな・・・」


「そんな事は無いぞ、お前だって、そうだ、何故普通の人間をメイジにする方法なんて考えたんだ?」


「それは、ノルベールの為さ、息子をルイズの様な立場にしない為だ、メイジ殺しやただ強くなるだけなんて何の意味がある?」


 成る程、私にとっては甥に当たるエルネストとカトレアの息子ノルベールはそろそろメイジとしての一歩を踏み出す頃だったな。あまり意識していないが、エルネストの子供達同様、私達の子供も虚無の担い手としての魔法障害になる可能性があるんだな。別に五体満足で生まれて来てくれさえすれば良いと思っていたが、ルイズやジョゼットと同じ様に魔法障害で悩む可能性もあるか?


 この点に関しては、エルネストと違って私は楽観的だ。ルイズとジョゼットの魔法障害を直接的に間接的に治して来た経験もあるし、最近は何故か利用するだけだった筈が、逆に助けてしまったという妙な経験もしたからな。


「そうか、実に私達、転生者らしい理由を聞けて良かったよ。そんな事を考える位なら、ルイズの治療にもっと積極的になって欲しかったな」


「確かにな、自分の義妹になる女の子が悩んでいるのに、何故か僕は興味が持てなかったんだ」


「まあ、済んでしまった話はどうしよも無いな。エルネストはどちらにしてもマッド・ドクターとして名を残す事になるんだから他人の噂を心配しても仕方ないと思うぞ?」


「スティン、それは僕を励ましているんだよな?」


 いや、立派な成人男性を励ます趣味は無いのでな。発破をかけるのは好きだがね。


「ははっ、馬鹿だなエルネスト、真実を告げるのは大抵追い討ちをかける為だ。そうだな、例えばお前の考え通り”リーヴスラシル”が何かの病気を流行らせたとするよな、その時お前どうする?」


「どうするって、そうだな医者として戦う、それは確かだ」


「例えば、その疫病に罹患して生き残った人間だけが、何かの力を得る事が出来るとしてもか?」


「ああ、死者を出すようなやり方は黙認出来ない、もっと良い方法があるか・・・」


 こういう考え方をする辺りが、マッドたる所以だと思うぞ?


「お前らしくって、安心したよ。別に自分がする事がどんな影響を及ぼすか考えるのは悪い事じゃないさ。だけど、悪い想像に押し潰されてどうする? そんな物は打ち砕いてしまえば良い、それを見て人々はお前をなんと評するかなんてお前の知った事では無いだろう?」


「スティン、お前・・・。ちょっと神経質になり過ぎていたのかもな」


「そうだな、生きている限り何処にでも落とし穴は口を開けて待っているんだ。落ちるのを恐れて歩き出さないよりは、落ちない方法を考えたり、落ちた時にどう這い上がるかを考えた方が建設的だろ」


「そうだな、そっちの方が僕たち向きかもな」


 幾分元気を取り戻した親友の姿を、私は微笑みながら眺めていた。


「そうだ、”虚乳の使い魔”と言う名前は、耳に入ったか?」


「何だ?」


「あれはな、僕とクロエが考えたんだ、気に入って貰えると思うよ」


「お前な・・・」


 ここで思わぬ反撃があった、自分の奥さんが胸が大きいのがそんなに偉い事か? さすがに、自白されてしまえば追及する気も失せるし、エルネストがこれからのこの国に必要な人間である事には変わりが無い。結局、妙な二つ名を黙って受け入れるしかなかった。まあ、こちらも仕返しの某大公女の身元引受人になる事を承知させたが、これはどうなる事やら?



===



 エルネストの提案は確かに魅力的だったが、隠れたメイジの時とは異なりそれなりの準備が必要だった。ただし、この国の人間が当たりまえに魔法を使う事が出来る日が来るのを見ることが出来るのではないかという希望も湧いて来たのは事実だ。現在トリステインにメイジが不足しているという訳では無いから十分に準備をしてその日を目指す事になった。


 キアラとも相談したが、社会情勢を見極めてからという結論になったのは当然だろうか。まあ、実際人格面で問題のある人間に魔法の力を持たせるのは、迷惑以外の何者でもないからな。


 それは貴族達が良く証明してくれているが、メイジと非メイジが対立する様な状態もそれはそれで問題だ。準備は怠らず、柔軟な対応が可能な状態を国レベルで作り出す事になった訳だが、かなり個人的な理由でこの計画はかなり前倒しされる事になる。

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