民主化編

第214話 ラスティン31歳(ライルとイザベラと)


「トリステイン国王陛下におかれましては、その治世が恙無き事を我が領地からお祈り申し上げます」


 こんな言葉を王城の謁見室に集まった各領主や大臣とその部下達の前で、最後に言い切ったのは誰だと思う? ああ、確かその人物の隣に居る女性の時もこんな訳の分からない事を言った気がするな。


===


 春が来る頃には、王妃エレオノール懐妊の噂は国中に広まる事になった。ノーラ自身はお腹の中の新しい命の事を優先している様で城外に出る事はほとんど無いが、多くの貴族がご機嫌伺いに来て相手をするのが大変だと言っている。


 まあ、私の所に挨拶をしに来ずにノーラの所に直行する辺りは底が浅いのが多い。その程度で産まれて来る王子が王位を継ぐ頃まで領地を存えると思っているのだろうか?(そもそも継ぐ王位が存在していない可能性も有り得るのだがな)


 ノーラが意味有り気に(利用する気満々に見えるが)知らせてくれる貴族の名前が、私のブラックリストに載る確率は4割程だな。さて、その中の何割が生き残れるやら?


 そんな中、私の身の回りでは息子のライルが無事にトリステイン魔法学院を卒業したのだ。一応それなりの実務は経験させたが、私の経験からもいきなり領主と言うのはちょっと無理だと思われたので、ライデンの町で代官職をしばらくやってもらう事になった。


 父親に似ずに優秀な青年だからいきなりマース領の領主というのも有りだったが、ライルの支配者としての短所(長所の裏返しと思えるが)が色々な仕事を経験させた結果明らかになったからその修正も兼ねて代官と言う訳だ。


 お陰でイザベラ姫の素性はまだ公に出来ていないが、軍関係者には完全にばれているし、愚痴王が見舞ったのを多くの学院の生徒が目撃しているから、何れは人の噂に上るだろう。(面倒な事になる予感がするな)


 そうなると、代官程度では愚痴王が何を言ってくるか分からんし、我が国としても同盟国の王女が無名の役人の妻でしかないというのは外聞が良くない。カグラさんが居るから愚痴王自身は口を出さないという気もするが、ガリアの重臣達が正式に抗議して来ないとも限らない。他国の王女の夫となれば侯爵が最低限の身分だろうし、ライルがマース侯爵になる事自体は経験さえ積めば問題は無い様に思われる。


 私がライルの短所を挙げるとすれば、文字通り私の子供である事を挙げるな。もし、ライルが公に認識されている様にラスティン・レーネンベルク・ド・トリステインの養子であるなら問題無い。ただ実子となると大問題なのだ、個人的にも、公人としてもだな。


 下手をすれば両国の関係を大きく損なう事になるし、その子供に取り入ろうとする人間は数え切れないだろうな。そうでなくても今のノーラに私の実の子供の話など絶対に出来ない。そう言う訳で、ライルは私にとっての弱点でもある訳だ。ライルにマース領を任せる案は以前から考えていたし、イザベラ姫との仲も別におかしな事情は無い。(家出する王女様が珍しくないと考えてしまう自分がおかしくないとか考えるのは普通とは思わないがな)


「どうも、ライルは私の短所を受け継いでしまったんだな」


 こう独り言を言っても事態は全く改善しない。以前誰だったかにライルは星回りが良いという話をした気がするが、もしかすればそう思いたかっただけかも知れない。本当に星回りが良ければ、ライルは母親と共に普通の平民メイジとして育って、ごく普通の青年として普通の恋をしていたのだろう。


 あの女性が亡くなり、色々な問題を抱えた人間の義理の息子になり、必要も無い苦労を沢山して来た事はライルの人生を知っている人間ならば否定はしないだろう。そして、愛する女性に出会ってしまった、父親には物凄く問題があるが彼女自身は良い娘だという事は私も知っているが、だからこそ、その事を知ってしまえばライルがどう言う行動を取るか、正直考えたくも無い。


===


 何とか数年、ノーラの子供が生まれてきちんと王位継承者として認められるまで秘密を隠し通す事が出来れば、晴れて親子と発表出来る筈だった。そうだ、代官職を何年か勤め上げれば、マース侯爵とする実績作りには持って来いだし、侯爵夫人の素性も正式に明かす事が出来るだろう。10年もすれば、ライルを実の息子と認める土壌作りも何とかなると思う気もしないでもない。


 いや、分かってはいるのだ、本当に私がすべき事は。ライルを実子とは発表した上で、正式に王位継承権を放棄させた上で、マース侯爵に任じるのだ。後見として父を指名すれば他からの干渉は当面排除出来るだろう。同時にイザベラ姫との婚約を発表すれば、ライルの問題は概ね方が付くし、将来的にも禍根を残さないのは確実だと思う。


 だが、この方法を採用する積りは私には無かった。折角授かった私とノーラの子供に何かあったら、今でも微妙なバランスの上で何とか立ち直りつつあるノーラが今度こそ・・・。


 そうだな、ノーラとライルのどちらかを選べと言われれば私は迷う事も無くノーラを選ぶし、ライルをライデンの町の代官に任命すると決めた事の根底にもこの考えがあったのだろう。ライルに出来るだけ優秀な人材達を付けて直轄地マース領ライデンの町へ送り出したのはつい先日だった。(あ、別に優秀では無いが、ライルとイザベラ姫の為なら命を捨てる覚悟だと言い放った青年も同行したがな)


 見送ったライルの表情は微妙に固かったが、いきなり故郷の代官職を任されたプレッシャーによる物だと思っていた。いや、思い込もうとしていたのかも知れない。そして、それが”ライル・ド・レーネンベルク”という青年を見送る最後の機会になるとは思ってもみなかった。


===


 そして、ライルをライデンの町に送り出してからたった一週間で私の思惑は最悪の方向に動き出してしまった。何故かライデンに向かった筈のライルはライデン入りせず、私物を取りに戻っただけのレーネンベルクにそのまま留まっていた様だった。3日前の晩の父と交信した際には体調を崩したとか言っていたのだが、昨日私の所にライルから電報が届いた。


”オウジョウノカタガタニシラセタキコトアリ”


 といった内容だった、私ではなく王城の方々と言う所が妙だったが、意図が不明だった為、キアラに人選を任せて仕事を片付けながらライル・ド・レーネンベルクの来訪を待っていた。そしてそろそろ昼食という頃になって、ライルがやって来て”トリステイン国王”との面談を望んでいるという事が分かった。


「キアラ、事情は?」


「ごめんなさい、いえ、申し訳ありません、陛下」


 キアラがここまであっさり諦めるのは珍しい事だ。逆にそれは私もキアラ自身も打つ手が無いと言う事を意味している。


「私に話す事は無いのか?」


「はい、多分もう決着がついてしまった事です。内容はライル様から直接聞いた方が良いでしょう。手は打ったのですが、甘かった様です」


「そうか・・・」


 キアラが打った手というのは、父とマルセルさんへ”時期が来ればこちらから事実を明かします”と伝えた事だったそうだが、私だってそれ以上の手は打てない。父がその事を私に相談無くライルに教えるとは考え辛いから、そうなると有り得るのは・・・。


「マルセルさんか・・・」


「はい、引退されたと聞いていましたので油断しました」


「いいや、ライデンの町の代官とワーンベルの前代官じゃ、会う事も有り得るだろう。私達の失態だ」


 現在のワーンベルの代官は、能力的にはまずまずだが、童顔で小柄な男性でちょっと押しに弱いのは分かっていた。彼が前任者に色々相談を持ちかける事も想像がついたが、”工場長”の旦那さんなだけあって錬金メイジ達との間も上手く行っていたからどうしても人選を変えられなかったのだ。(父が国王の私に直接干渉しないのと同様に、私もレーネンベルクの内政には表立って干渉しない方針だった)


「ごめんなさい、貴方」


「いいさ、さあ、ライルと会談に行くとしよう」


 どうやら、私同様キアラも浮かれていたらしいな、私の場合は確信犯だから救いようが無いが・・・。


===


 もしかしたら、私はこの時が来る事を何処かで予感していたのだろうか? ライルには私の前世の事を話さなかったし、ライルが私とあの女性の息子だと分かった以降は、積極的にライルを外交方面から遠ざけたのだ。それなのに、ライルはあの女性の息子らしい選択をしたのだった。



「トリステイン国王陛下にご報告致します。私ことライル・ド・レーネンベルクはこの度、ガリア国王陛下よりソローニュ候の地位と領地をいただきました由にございます」


 このライルの宣言を聞いてその場に居た居合わせた領主や大臣とその部下達が一斉にざわめきだしたが、それも直ぐに治まった。私と1人の伯爵は、多分途方に暮れた表情をしていただろう。(長男とは別の意味で話の合わない人物だが、今回だけは話が合いそうだ)


「ラ、いや、ソローニュ候とお呼びしよう。貴方は何時頃から、ジョゼフ王と今回の話を進めていたのかな?」


「はっ、我が妻となるこのイザベラ姫の見舞いに来られた際に、それとなく話がありました」


「やはり止めておこう、お前はまだソローニュ候と呼ぶには未熟過ぎる様だ。ライル、嘘はもう少し上手くつくものだ」


「・・・」


「ライルお前は、以前このトリステインを守りたいと言っていた筈だな。まさか、ライデンの代官職では役不足だと思ったわかではあるまいな?」


「私には、この国より守りたい物が出来てしまったのです、お許し下さい、父上。それに、私は自分自身の力を、自分に何が出来るかを確かめたいのです」


 別にガリア国王の特技程ではないが、ライルの言っている事が本心かどうか位は見れば分かる。守りたい物か、これがそれを守る方法だというのだから皮肉な物だ。それと、今回の件の黒幕が分かってしまった、ライルが自分の力を試したいと希望すれば全力で援助する人物は私だけではないからな。


「成る程、父上、レーネンベルク公爵が絡んでいるかな?」


「・・・」


 そこで黙ってしまっては、事実だと認める様な物なのだがな。父の事を久々に皮肉を込めて”父上”と呼びたくなったな。どうも不自然にトリステイン国内の情報がジョゼフ王に漏れている事をキアラから指摘されていたが、その正体が実は父だった訳だ。


多分、元々はジョゼットの為だったのだろうが、その伝が今回のライルの決意を後押しした事になる。自分が招いた事態とは言え、皮肉な運命と言う奴に一言言ってやりたいな!

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