第180話 ラスティン31歳(リサイタル)
「彼ら、竜騎士と呼ぶんですが、彼らには死ぬより不名誉な事があるらしいのですよ?」
「ほほぅ、竜に食い殺される事かな?」
物騒な事を嬉しそうな声で言ってくれる物だな。但し、これは出鱈目と言う訳ではなく、良い竜を求めて野性の竜を得ようとする竜騎士希望の若者は少なくないのだ。彼らが生きて帰れば大いなる名誉なのだが、失敗して最悪”餌”になってしまったとしても、竜騎士たちは彼らの行為を”崇高な死”と見做すらしい。(自家繁殖している竜だけでは質も量も不足だというのが、この辺りの事情なんだろう)
「いいえ、自分の竜に振り落とされる事らしいですよ」
「それは分かる話だな、飛んでいる竜が乗っている人間を振り落とせば、命に関わるだろうからな」
うーむ、かなり意識に差がある様だな、別に振り落とされても死ぬとは限らないのだがな。パラシュートも着けずに高く飛べるのは彼らの殆どがメイジだからだ。一部の例外があるが、メイジだからこそ、大空を怖れる事が少ないと言えるのだろう。そう考えれば、パラシュートも無しで単身、戦闘機に乗り込む明人青年など傍から見れば正気とは思えないのだろうな。
「何やら、意見の相違がある様だな?」
「そうですね、ですが」
「そうだな、今は、そちらの要望に答えるとしようか」
メルククゥ殿(愉快な竜さん)の聞き取れる言葉はそこまでだった。最初はかすかに唸り声の様な物が耳に入ったが、それが次の瞬間には、竜が耳元で唸り声を上げているレベルになった。慌てて周囲を見渡すと、私の様子がおかしいのに気付いて近寄ってくるガスパードと、驚いた表情のクリシャルナだけが目に入った。
少しずつ音量を上げていく唸り声は既に、耳元で吹き荒れる暴風と言ったレベルに達していたが、どういう仕組みなのか私の意識を刈り取る事は無かった。音が”拷問”になるなんて始めて知ったぞ、このままでは・・・!
『あれ?』
急に異様な不快感を伴う唸り声が消え失せたのだが、同時に思わず出てしまった自分の声も何故か奇妙に響いたのが分かった。
『何だ、これは?』
『ラスティンさん、落ち着いて聞いて下さい。今、ラスティンさんの周囲の音を一時的にシャットアウトしています』
『誰だ?』
妙に間延びして聞こえる声は、聞いた事のある誰の声とも一致しなかった。まだ、朦朧としがちな頭では上手く考えが纏まらなかったが。ただ、私の肩に当てられた手の持ち主が、ロドルフだった事が分かったから多分、彼の使い魔ノトスの力が働いているのだろうという予想をするのは簡単だった。
『すみません、クリシャルナに言われて急に”ノトス”に命じたので、ラスティンさんの声は外に聞こえません。え?はい、もう少しで”竜の合唱”が終わる筈だそうです』
クリシャルナがロドルフに話し掛け、それをロドルフが私に伝えてくれている様だが、何故他の人間にはあの”唸り声”(あれを歌と評する積りはないぞ!)が聞こえなかったのだろう? ああ、何だか某ガキ大将がサラウンドでリサイタルを開いている真ん中に立たされたいじめられっ子の気分だ。
暫くそうしていると、不意に周囲の色が鮮明になった気がしたのだが、私はどうやら薄いベールの様な物に覆われていた様で、そのベールが”ノトス”の身体だったらしい。さすがは風の精霊と言った所だろうか、こう言う場合は私の使い魔は手が出せないからな。(空中の上に、人工物の中ではキュベレーには向かない場所だからな)
「スティン、大丈夫か?」
「ああ、まだ耳がというか脳がジンジンしているが、問題は無いよ。それよりクリシャルナ助かったよ」
「いいえ、まさか貴方に聞こえるとは思わなかったから油断したわ」
「それは良いさ。ロドルフも手間を掛けたね。ノトスもありがとう!」
「面白い物が見えましたから、構いませんよ。ノトスも、”どういたしまして”だそうです」
面白い物というのが気になったが、ノトスが私の周りをクルクルと舞ってくれた事が幾分私の心を落ち着かせてくれた。
「それで、ゲルマニアの竜騎士は?」
「ああ、それは僕から。特等席で見ていましたけど、エクスプロージョンは不発だし、明人君のゼロ戦は戦線離脱するしで、どうなるかと思ったんですが、艦隊の護衛の竜が尻に火が付いたみたいに逃げ回るんだから、驚きましたよ」
「どうして私の方を見て笑うんだ、ロドルフ?」
それに、尻に火がつくと言うのは別の意味の、いや、この場合は正しい表現なのかも知れないな。竜騎士の竜があの音波攻撃をくらったなら確かに、落下しそうになるだろうな。もしかして、私が気絶しなかったのも意識を失わない様に調整されていたのかも知れない。
===
これは後でクリシャルナに聴いたり実験したりして分かったんだが、”竜の合唱”は韻竜が獲物を狩る時に使う先住魔法の”狩の歌”(オスには混乱、メスには魅了の働きがあるらしい)を同時に”歌う”事で広範囲に効果を及ぼす事が出来る魔法だった。
野生の動物や、同族である普通の竜、そしてエルフなどにも効果があるらしいのだが、動物としては退化してしまった人間には効果が殆ど無い。無論精霊にも効果が無いらしい。(公には出来ないが、転生者にも影響は無い様だった)
何故、私がモロに影響を受けたかと言えば、”声を伝える者”の特性の問題だった。テッサの手元にあった対になる”声を伝える者”が至近距離から拾って、魔法的な接続を通して魔法の効果を直接私に与えてしまったらしい。
私は自分が他人とは少し違った体質だと言う事を認識していたから、その実験結果を聞いて妙に安心してしまった。ラグドリアン湖に近付くと変になったり、精霊と話せたり、転生者だったりするだけで十分だからな。
===
「だって、竜と一緒になって、ラスティンさんまでおかしくなるなんて思わなかったですからね。中々、小説みたいに上手くは行かないんですね?」
「そうだな、何事もそう上手くは行かない物だ」
口ではそう言ったが、私は私(とキアラ)の思惑通りに事が運んでいるのに心の中で喜んでいた。多少醜態を晒してしまった気もするが、この程度なら慣れている。(国王としてはどうかと思うが、個人としてはまあ、打たれ強くなったと思いたい)
「いけないな、竜騎士が散ったのなら、作戦を次に進めなくては」
「ラスティン、大丈夫なの?」
「ああ、後で”竜の合唱”について、教えて欲しいな、クリシャルナ?」
「分かったけど、無理は駄目よ? さっきの部屋に行けば良いの?」
私は、シェイクされた脳のせいで、クリシャルナとガスパードに支えられて、医務室から司令室へと移動した。
先程は紹介出来なかったが、そこは司令室と言うより通信室と言うべき小さな部屋だった。元々はオストラント号の外壁に面した小さめの倉庫なのだが、丁度良い棚と窓があったのでここを司令室に定めたのだった。4?5人も入れば息苦しさを覚えそうだが、ここには、幾つかの”声を伝える者”が設置されていて、それぞれに通信先が明記されている。
=== 新登場人物一覧 ===
★転生者
* アミラ
* フリード
* リッテン
* ヴァレリアン
* サンディ
* ロドルフ・ド・アンジェ
* バベット
* ベレニス
* クロエ
* ルネ
新登場の転生者の方々、何故彼らがこの時期に現れたのかは、もう少しすれば説明出来ると思います。主人公の推測が正しいとは限りませんが。
★トリステイン関連
* ボネール伯
ゲルマニアとの無意味な国境線の戦いをさせられる事になったトリステイン貴族。ただし、結果的に領地の財政が苦しくなった事で、逸早く主人公の進める改革に乗る事が出来た。
* ドローヌ伯爵
* フェリー子爵
* グレトリー子爵
ゲルマニアと通じた事で処罰されたり、国外逃亡したトリステイン貴族。フェリー子爵に関しては、”必然”だったりもします。
* クリオ・ド・コーヌ
デニス・ド・グラモンの奥様で、エレオノールの親友。結構良い性格の女性ですが、とても強い女性です。義弟のギーシュを使って実験を行ったりしていますが、グラモン家を支える立場に就く事になります。夫が夫だけに一生苦労しますが、決して不幸では無いのでしょう。
* ドロテー嬢
デニス(ギーシュ)の女性版ともいう存在。ネタとしての設定なので、出番なし!
* マリテ女史
陸軍所属の風メイジ。グラモン元帥の筆頭副官でしたが、”とある事”が原因で陸軍を去り空軍入りした女性仕官。
* ギーシュ・ド・グラモン
義姉のクリオに”再教育”された事で、皆に好かれる性格となっています。義姉はちょっとやりすぎたと反省している様です。将来はモンモランシ家に婿入りしたりするかもです?
* エリーヌ・ド・グラモン
クリオとデニスの娘。試行錯誤の末、何故か母親そっくりな性格になってしまうのですが、多分語る機会は無いでしょね。
* ユーグ
ラ・ヴァリエール公爵家のメイド:ミレーユの夫。”隠れたメイジ”だったが、現時点では魔法兵団入りしてメイジとして活躍中。この夫婦の存在が、とある事象の鍵となっています。
* ノルベール・ラ・ヴァリエール
エルネストとカトレアの息子。主人公にとっては甥で、優秀な水メイジに育ちますが、シスコンにもなってしまいそうです。
* レイモンド
レーネンベルクの元執事だった故人リッチモンドの息子。青年時代からリリア母様激ラブだったが、現在では会話をする事も畏れ多いとさえ思う様になってしまった。結果として、リリア母様の浮気は有り得なかったのです。
分かっている方も居るでしょうが、彼のペンダントは超重要なアイテムです。
* エヴリーヌ
レイモンドの娘。育ちが育ちの為、一人称は”オレ”な乙女戦士。ジョゼット”ボクっ子”計画の推進者だったりします。発案:セレナ,推進:エヴァ,裏方:リリアといった感じで!
* マナフティー
レイハムの長老でクリシャルナの祖先になるエルフ。ハルケギニアの歴史の生き証人と言っても良いです。この話が完結してからも生き続けて行きます。
* フィルマン
* ジェルマン
エルネストを補助する為にラ・ヴァリエール公爵領に派遣された、高等学校の卒業生の双子。別々だと少し優秀というレベルだが2人一緒だと対抗意識からか倍以上の能力を発揮する。そして時々それが行き過ぎて暴走します。(暴走を止める為にキアラが派遣した監視役の女性が図らずも表舞台に出て2人の手綱を握る形になりました)
★ロマリア関連
* カルラ・セレヴァレ
* リアーナ・セレヴァレ
ヴィットーリオの曾祖母と祖母。体育会系の思考と武闘派と呼ぶに相応しい武力を持った一族の当主になった女性達。どちらも結果的に暗闘に破れて暗殺された。
* パオロ
宗教庁の暗部!異端審問官の長官でした。結構宗教家としては優秀なのですが、真面目な状態が長続きしませんので使い所が難しい人間でした。希望が叶って、始祖の祈祷書の閲覧が許されましたが、やっぱり読めませんでした。替わりにトリステイン王立図書館に篭って色々迷惑をかけた様です。
* ステッラリオ・アルファーノ
復活したロマリア王国の初代国王で本来聖エイジス31世になる筈だった人物。ロマリア王家に始祖の円鏡が、教皇に炎のルビーが引き継がれて行く事になりました。
★使い魔&その他
* クエス
ライルの使い魔。手先が器用な職人気質の小人さんです。レーネンベルクの人間らしく芸術音痴のライル君には相応しい使い魔ですよ? ちなみにイザベラの使い魔の名前はリータです。
* ノトス
転生者の1人ロドルフの使い魔で、風の精霊。この精霊の働きとエルフの協力で、”風石”が生産出来る様になる筈です。
* ミナモト・ミコト
ジョゼットの使い魔として召喚された女性でガリア王妃カグラさんの妹に当たります。カグラさんと接触した事で”ミョズニトニルン”の力が強化されたのですが、これは現在秘密事項となっています。(逆にカグラさんの力が弱まり、額のルーンも目立たなくなっていますよ?)
* 平賀明人
平賀才人の従兄という設定だったりします。将来は警察官を目指して、剣道に打ち込んでいる少年でしたが、剣道と言う物に限界を感じても居ました。”強い奴と戦いたい”と本気で考える様な、ある意味生真面目な青年です、大戦の功績で領主になりますが、与えられるのはあの土地です。(苦労しますよ?)
* シルフィード
原作通りの風韻竜の少女です。まだまだ未熟ですが、頑張るかも知れません。頬が何時も赤いとか赤く無いとか。
* デルフリンガー
作られた時にメイジの人格を”移植”されたインテリジェンスソード。現在は、大太刀と言うより野太刀と言えるかも知れません。人為的な事故の為、以前の記憶を殆ど失ってしまいました。現在はルイズの使い魔平賀明人の愛刀となっています。(ある意味凄く不幸な剣生?を歩んでいたりします)
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