第179話 ラスティン31歳(愉快な竜さん)



 私が指差した、ワーンベル方向からは、1機の飛行機がこちらに向かって来るのが見えた。


「あれは、アキトですか?」


「そう、竜の羽衣、いや、ゼロ戦の方が分かるかな?」


「はい、でも、あの飛行機って”ゼロ戦改”じゃ無いですよね? しかも1機なんて!」


 まあ、1機でと言うのは不発のエクスプロージョンと同じで演出上の都合なんだが、コピーゼロ戦を明人青年が選んだ理由はきちんとあるのだ。


「”ゼロ戦改”はね、長距離移動を目的にしているんだよ。機体も一回り大きいし、小回りも効かない。艦隊の護衛の竜騎士達を引っ掻き回すには向いていないんだよ。1機だけな理由は、明人君の要望かな?」


「アキトは余計な殺生はしないなんて言ってましたけど?」


 ルイズの台詞は”何を甘い事言ってるんだろ?”とも聞こえるが、その表情が発言の意図を全く隠せていなかった。私の彼の甘さに通じる所は持っているし、”日本人”としては間違っていないと思う。(強い奴と戦いたいなんて考える人間の思考とは思わないがね?)


「正直言えば、明人君と同じ位上手くゼロ戦を扱える人間じゃなければ、あの中には飛び込めないだろう?」


「ゲルマニア艦隊が集結してますから、そうかも。でも、竜が多くないですか?」


 うむ、良い指摘だねルイズ君! 通常の艦隊なら50隻のフネには20?30騎程度と聞いていたんだが、何故か目視出来る位に近付いたゲルマニア艦隊(別働隊と呼ぶべきか、本命と呼ぶべきかは微妙だが)には100騎以上の竜騎士隊が護衛についている様だ。

 ”プリンス・オブ・ウェールズ”の助言はこの事を指していたのだろう。50騎位は予想していたが、その更に倍はちょっとな。何処からこれ程の風竜を集めて来たのだろう? 質は兎も角、量でなら”アルビオン竜騎士団”をも凌駕出来そうだ。ウェールズ王子の申し出を受けるべきだっただろうか、あるいは”ヴィンダールヴ”の手助けでも居れば・・・。


 ダメだなこんな事を考えていては。目の前で、戦艦からの砲撃や魔法攻撃を巧みに避けながら竜騎士達を挑発している明人青年に顔向け出来ないぞ! 多少の犠牲は覚悟の上で、戦闘機隊に指示を出すか?


「スティン兄様?」


「大丈夫だ、明人君の苦労を無駄にしたりはしないよ」


 明人青年が竜騎士の半分位を引き連れて北西方向に離脱して行くのが見えた。決断の時の様だ!(彼程の腕でも、それが限界だった様だ。エクスプロージョン対策と言い、竜騎士とフネの密集で空戦力殺ぐ今の戦術と言い、この戦法を考えたのは、ナポレオン1世なのだろう)


「左後方に機影!」


 私が戦闘機部隊の攻撃を命令する前に、こんな警告が発せられた。いきなり機銃による迎撃が無かったのは、その機影?と言うのが、ペガサスでそれに1人の女性が跨っていたからだった。このオストラント号の船員にもクリシャルナの知り合いが多いのが幸いした格好だ。(機銃もクリシャルナには効かないかも知れないが、アイラールには効くだろうから危険な真似には違いが無い)


 目敏いクリシャルナが、私目掛けて着艦?してきた。


「ラスティン、もしかして困ってるかしら?」


「ああ、少しだけね」


 何故か凄く嬉しそうなクリシャルナの表情が、私の不安を少しずつ解かし去ってくれる気がする。私の視線を追って、クリシャルナがゲルマニア艦隊の方に視線を向けた。


「あの竜騎士さん達が邪魔な訳ね?」


「ああ、なるべくなら殺したくは無いからね」


「そうね、機銃で撃ったら面白そうだものね? でも今はそれが正解よ! あ!でもこれ以上は私の口からは言えないんだったわ」


 まあ、密集しているんだから、機銃で撃てばかなりの被害が出るんだろうな。そうでなくても、圧倒的とも言える機動力で、ゲルマニア艦隊の”上”を取れればもっと簡単なんだがね。


「クリシャルナ、君は何をしに来たんだ?」(私の精神的には大いに助かったんだが)


「勿論、伝言役よ? 折角”つうしんき?”を手に入れたんだから、ちゃんと使って欲しいんだけど?」


「あっ!?」


 しまった、ミコト君の治療の報酬として、改良型の”声を伝える者”を受け取ったんだった。通信距離はかなり短くなるが、相手からの通信が入ると(通信相手が魔力を込めると)もう片方が光って知らせるという優れものなんだ。(いや、旧式に慣れていてすっかり忘れていたのは秘密にしておこう)


「すまない、作戦案を考えていて、失念していたよ」(”作戦指揮”と”演出”を両立するのは面倒なんだ、演出の必要が無ければ、アンセルムに丸投げする所なんだが)


「私に謝るより先にすることがあるんじゃない?」


「そうだな」


 私は慌てて、”司令室”に駆け込む事になった。ちなみにルイズは、明人青年の飛び去った先を眺めているだけだった。完全では無いにしろ、役目を果たして引き連れたゲルマニア竜騎士をかなり離れた所まで誘導して、後は速度に物を言わせて帰還するだけなのだから、とりあえずは危機は去ったと思うんだが、それでも心配そうなルイズの表情が気にかかった。


===


「テッサ、聞こえるかい?」


「はい、陛下!」


 テッサが陛下と呼びかけるからには、私の知らない誰かと一緒なんだろうな。態々このタイミングでと言う事は、彼らとの交渉が成功したのだろう。


「もしかして、韻竜の方々と一緒なのかな?」


「はい、韻竜の長の方と交渉が完了しました。成果は、今からお見せしましょう」


「状況は分かっているのかい?」


「残りの竜騎士を排除すれば良いのでは?」


「見ていたんだ?」


「はい、さっきの”ひこうき”はアキトさんですよね?」


 見ていたと言う事は、近くに居ると言う事だな。確かに風竜を射殺しなくて正解だった、もし殺ってしまっていたら、テッサの交渉を無にする所だったかも知れない。(韻竜達が普通の竜にどの程度同族意識を持つかが不明だからな)


「そうか、それなら竜騎士達を艦隊から引き離したい、出来るか?」


「任せてもらおうか、人の長よ」


「失礼ですが?」


「おう、これは礼を失したな。この使節の代表を任されている”○×ククゥ”という者だ」


「とうさま、それじゃ聞き取れないの?」


「おっとそうだったな、人に聞こえる様に言えば、”メルククゥ”だ、宜しく頼むぞ」


「ちなみに、韻竜の言葉で”烈風”だそうですよ」


「・・・」


 テッサが妙な事を教えてくれた。誰かさんの二つ名と同じで、人間に聞き取れる発音をすると妙にファンシーなのが笑えそうだ。しかし、私の想像が間違っていなければ、メルククゥさんやテッサは飛行中に交信をしている筈なんだが、どうやって飛んでいるんだろうか?


「どうかしたかな、人の長よ?」


「その”人の長”というのは出来れば止めて欲しいのですが?」


「どうしてだ、昔は族長とか首長とか呼ばれていた立場に、あ?、そっちは居るのだろうに?」


「いえ、それはかなり昔の話では?」


 どれだけ昔の話か想像が出来ないな、まあ、エルフ達並みの寿命を持っていて、しかも外界とのあらゆる交流を拒んでいれば、こう言う事態も有り得ないとは言い切れないが。


「そうなのか? 何せ祖父の頃から、用が無ければ里を出ない”しきたり”になっていたからな」


「・・・、それでは、私の事はラスティン殿とお呼び下さい、メルククゥ殿」


「ラスティン様!」


「テッサ、彼らに”陛下”と呼ばれても嬉しくは無いし、多分国と言う物が理解出来ないと思う」


「はい・・・」


 ああ、テッサも説明はしたんだな、やはり理解はされなかったのだろうが。


「ではラスティン殿、大層な手土産の礼をしなければなるまいな、じゅるり」


「あ?、とうさまが私の背中でよだれこぼしたの!」


「何を言う、お前だって、あの料理の前ではしたなく!」


「そんな事無いの! 食べ過ぎて飛べなくなるほど間抜けじゃないの!」


「・・・」


「・・・」


「・・・」


 うむ、今、聞いてはいけない事を聞いてしまった気がするが、聞かなかった事にするべきなんだろうな? 何故か、娘(イルククゥ)の背中の上で、満腹感でひっくり返ったままの父(メルククゥ)という愉快な映像が目の前に見えた様に感じた。少しだけ、私の後ろに居るフレンドリーエルフの表情を覗ってみたが、視線に気付いたのか、補足してくれた。


「韻竜の人達と言って良いのかしら? 彼らはね、竜の姿の時には身体に見合った量を食べるんだけど、人の姿の時はやっぱり人並みにしか食べないの。でもね、時々人間の姿で居る事を忘れて思いっきり!食べちゃう時があるんだって」


「ふむ、それで食べ過ぎると、竜の姿に戻れないとかなんだろうね?」


「ええ、お腹が”ぽっこり”だったもの!」


 クリシャルナが自分のお腹を使って再現してくれたが、どう見てもオーバーアクションだった。(と思うぞ、それだと三つ子を身ごもって居そうに見えるし・・・) それだけ、マリユスの料理の腕が素晴らしかったと言う事なのだろうが、永年に渡る沈黙を破らせたのは、理に叶った説得と言う訳では無く、一皿の料理だったと言う訳だ。(胃袋と直接交渉するとか、肉体言語ならぬ調理言語等と言う下らない発想が頭を掠めた)


「ま、まあ、良いでは無いか、そうだ、あの風竜達を何とかすれば良いのだな、人、ラスティン殿?」


「はい、出来れば無用な被害は避けていただきたいのですが?」


「それは構わんが、背中に乗っている人間の命までは保証出来んぞ?」


 おっと、”愉快な竜さん”の割には、人を試す様な事をするのだな。伊達に使節とやらの代表になった訳では無いらしいぞ。

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