第178話 ラスティン31歳(エクスプロージョン?)
私はガリア宰相に一礼して、オストラント号へ乗り移ろうとしたんだが、その前にウェールズ王子から声がかけられた。いかんな大事な物と事を忘れる所だったぞ。
「ラスティン陛下、これが例の物です」
「確かに、態々申し訳ありませんね」
「いいえ、アンが持ってきてしまったのには驚きましたが、それはトリステインにあるべき物でしょうからね」
「さすがに”家出姫”の嫁入り道具には向いていないでしょうからね。彼女の方は?」
「はい、もうトリスタニア入りしている筈です」
「アルビオンには感謝しなくてはなりませんね」
「いいえ、トリステインには借りが沢山ありますから、少しでも返しておかないといけません。ですがどうしてニアを?」
「ニア? ああ、ティファニア姫でしたね。彼女の力と言うか、特性を少し借りたいだけの事です」
「・・・」
ウェールズ王子が私の事を半ば睨むような形で見詰めていたが、こちらも目を逸らす訳にはいかなかった。戦後王位を継ぐと言う話は内々で聞いていたから、”ジェームズ2世”とは付き合いが長くなる、ここで舐められる訳にはいかないのだ。
「ふぅ、叔母の事と言い、ニアの事と言い、僕は何時になったら貴方に追いつけるのでしょうね?」
「王太子殿下は私の事を誤解している様ですね。シャジャル様がサハラに一時的に帰ったのは、エルフ側の都合でしょう?」
「そうでしょうか? いえ、ですがニアには手強い”姉”がついていますから、無茶は」
「勿論、ティファニア姫には無茶な要求をしませんよ。とある人物の記憶を消して欲しいだけなのです」
「? ニアの事を調べていたのならご存知でしょうが、ニアの”忘却”はそれ程便利な物ではありませんよ?」
「でしょうね、多分ハーフエルフの防衛本能みたいな物なんでしょう。ただし、きちんと使いこなせば、恐ろしい力になるのはお分かりですね?」
「ええ、ですが!」
ふむ、この反応を見るとティファニアが虚無の担い手だと言う事は気付いていない様だ。
「過保護に育てるのは、その子にとって良い影響ばかりだとは限らないのですよ?」
過保護に育てると王太子妃の様にとんでもない事をする女性に育ってしまうかも知れないしな。(アンリエッタの場合は過保護かつ、自由奔放に育ってしまったと言うべきなんだろうか?)
「そうですね、ニアは小さい頃身体が弱かったので、叔母もかなり神経質だったのです」
「ですが、今は元気に育ったのでしょう?」
「はい、あんなにも大きく育ったんです!」
うん、何か着目点が微妙にずれている気がするが、彼もまだ若いし、野暮な事は言わないでおこう。アンリエッタを裏切るような事があったら思い知ってもらうがね?
「ゴッホン! それで、このフネは?」
「あ、一度後方に下がって、皆さんを降ろした後、艦隊に合流します。こちらの空軍を回さなくても良かったのですか?」
「ええ、フネも竜騎士も、アルビオンの為に使いなさい。王子も副司令を任されたのでしょう?」
「はい、ありがとうございます。ですが、偵察に出した者からは、ゲルマニア空軍に竜騎士が予想より多いことが報告されています」
「竜騎士がね、まあ、誤差の内だろうね」
「そうですか。それでは御武運を!」
「そちらこそ、あまり無茶をして、アンリエッタを心配させないようにな」
「はい!」
好青年と言った良い返事だった。いや、それ程年ははなれていないんだが、どうもライルと被るんだよな。そんな事を考えながら、(普通に飛んで)オストラント号に乗り移ったんだが、一瞬だけ宗教庁の最年少枢機卿と目が合った。
その目が、
”貴方がこの戦いをどう治めるか、見せていただきましょうか?”
と語っている様に感じた。だが、その挑発とも取れる視線を見て、私自身は安心感を覚えてしまった。何故かって? 聖エイジス32世にならなかった”ヴィットーリオ・セレヴァレ”に、ジェリーノさんの遺志(そして意志も)を感じたからだ。遺志の方は、宗教庁=ブリミル教のあり方がこれからも変わらないだろうという事、そして意志の方は”ヴィットーリオ・セレヴァレ”があくまで傍観者としての立場に居る点だった。
転生者の無意識がこの世界に影響を与えているならば、ジェリーノさん亡き後聖エイジス32世はヴィットーリオのはずだった。だが、実際にはマザリーニ様が教皇位に就いた訳だ。故人の意志が、他の転生者の無意識に打ち勝っているという状況な訳だ。こう考えれば(考え付いたのはキアラだけどな)、この戦争で本来なら確実に故人になりそうな転生者をどう扱うかが非常に問題になってくる。その対策として、”彼女”を呼び寄せた訳だ、故人の意志は変える事が出来なくても、生きている人間の意志なら変える事が出来るからな。
===
「ガスパード、敵の編成は?」
「そうだな、大体フネが50隻かな?」
「かなって何だよ!」
「そう言われても、僕らは軍人じゃなく、スティン達の護衛だしね。敢えて言えば、ニルスが通信士と言うのをやってる位だしな」
そうだったな、このオストラント号には、軍人は乗っていないんだった。転生者達と、その護衛、後は操船と防御を任された魔法兵団員と突入部隊の精鋭(4人)しか乗っていないからな。(一応必要になるかも知れないと思い、色々な物資を積んで来た)
何? 特殊部隊? 無論居るぞ、但し別のフネにな。オストラント号1隻でゲルマニア空軍50隻と戦う気は無い、現在オストラント号と同型のフネが4隻このオストラント号の周りを囲むように飛行中だ。(ちなみに便宜上、オストラントⅡ?Ⅴと呼んでいる)
いや、輸送船が5隻じゃ話にならないんだがね、勿論本当の戦力は”戦闘機部隊”の方なんだが、今はまだ待機中だ。
「それもそうだったな、ルイズは?」
「小さな”ミス・ヴァリエール”なら、船首だよ。”始祖の祈祷書”と睨めっこ中だろ」
「やっぱり読めないか?」
「そりゃあれは誰にも読めないだろ? 白紙なんだから」
「そうでも無いらしいんだがね。ちょっと行って来るから、皆の護衛を頼む」
「ニルス、頼む!」
「はい!」
どうやらガスパード自身は、私の警護をするつもりらしい。まあ良いか、ガスパードなら多少は目を瞑ってくれるだろう。船首(と言ってもこのフネに関しては単に進行方向という意味だが)に向かうとルイズがウンウンと唸っていた。やはりコモン・マジックが使える担い手でも”始祖の祈祷書”だけでは役に立たないんだな。
こんな事をしている間にもゲルマニア艦隊が目視出来る距離まで近付いていた。横一文字にフネとフネの間隔をかなり空けている陣形なのが分かった。成る程、爆発(エクスプロージョン)対策という訳か。半分が犠牲になっても次が無ければそのままトリスタニアまで一直線と言ったところか? そろそろ頃合の様だ。
「ルイズ!」
「あ! スティン兄様、いえ、陛下」
「これを嵌めて、もう一度読んでみてくれ」
そう言って、ルイズに先程ウェールズ王子から返却されたばかりの、水のルビーをルイズに渡した。
「これって、”水のルビー”ですよね?」
「ああ、家出娘が持って行ったっきりだったのを返してもらったんだ」
「あの姫様は?」
「元気だそうだよ、ウェールズ王子が即位と同時に結婚式だった筈だから、アルビオンに行ってみると良い。それより今は、”始祖の祈祷書”だ。指輪を嵌めてもう一度読んでごらん」
「はい」
ルイズが、サイズの合わない指輪を嵌めて、もう一度”始祖の祈祷書”に目を落とした。
「読める、読めます、スティン兄様! ・・・、これはエクスプロージョン?」
「ルイズ、詠唱を!」
「はい」
ルイズが爆発(エクスプロージョン)を唱えるのを聞きながら、私はタイミングを図った。詠唱には時間がかかった筈だが・・・、まあいいか、ここでは単なる信号だしな。(気持ち良さそうに呪文を唱えているルイズには悪いが)
「きゃっ!」
集中が切れて思わず漏らしたルイズの可愛い悲鳴の後に、閃光と轟音が響いた。うむ、成功の様だな。少し後で爆風と言うには少し物足りない風がオストラント号を襲ったが、これ位なら問題は無いようだ。
「スティン兄様、何するんですか!」
先程の悲鳴と、この非難の言葉で妙な事を想像しそうだが、決してルイズのお尻にタッチしたとかでは無いぞ。単に詠唱中のルイズの手から”始祖の祈祷書”をヒョイと取り上げただけだ。
爆煙が晴れると、そこには無傷のゲルマニア艦隊の姿が確認出来た。
「エクスプロージョンなら、あのフネ達を落とせたかも知れないのに!」
「スティン、お前何がやりたいんだ!」
おや、ガスパードまでが非難の声を上げて来たぞ? 事情を説明していなければ、そう思うのが当然か。
「もう一度、”始祖の祈祷書”を読んでくれるかい? 書いてあるのは、爆発(エクスプロージョン)だけかな?」
「えっ? あれ、これはイリュージョン?」
「ルイズに使って欲しいのは、幻影(イリュージョン)の方だったんだよ」
「どういう事ですか?」
「まあ、それは後で、あれを見てごらん」
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