第181話 ラスティン31歳(トリステイン航空隊)



 ”声を伝える者”は、一個一個に特徴が無く他の物と混ぜると全く見分けが付かないし、箱に入れておくのも使い勝手が悪いのでこうなった訳である。私はその”声を伝える者”の1つに近付いて、直ぐに軽く魔力を込めた。その石の下には”騎士殿”と書かれている。


「やっと出番ですかな、我が君?」


「はい、少し問題が発生しましたが、そちらは解決済みです」


 ”我が君”と言うのは、騎士殿が私を呼ぶ時の名前なんだが、最初は”我が皇帝(マイン・カイザー)”等と呼ばれて、口にふくんだお茶を吹き出した物だったな。騎士殿にとっての主君は皇帝なのだろうが、ここでは”王”に”皇帝”と呼びかけるのは、決して褒められた行為では無いからな。

 結局妥協させて、”我が君”に落ち着いた訳だが、若い女性とかならば兎も角、むさいおっさんからそう呼ばれるのはどうも慣れる事が出来ない。(早く、コルネリウスを皇帝位に就けて押し付けたいと思っている)


「それでは、”トリステイン航空隊”発進しますぞ!」


「騎士殿! 1つ注意を」


「何ですかな、我が君?」


「ゲルマニア艦隊ですが、何か隠し玉を持っているかも知れません。十分な注意をして下さい」


「ふん、あのキツネの事ですからな、ありそうな話ですな。ですが、その罠食い破って見せましょうぞ!」


「ヴァルター・フォン・クロンベルク! 貴方は今1人の騎士ではなく、戦闘機部隊の隊長だと言う事を忘れていないか?」


「我が君?」


「我が”トリステイン航空隊”から1人の戦死者を出す事も許さん! 出来るな?」


「はっ! ラスティン殿は相変わらず優しいですな。だが、それでこそ我が君!」


 しまった、騎士殿を叱った筈なのに、何故か好感度を上げてしまった気がするぞ?


「艦隊の様子を見てから決める予定でしたが、”ひっとあんどあうぇー”で行きますぞ?」


 ヒットアンドアウェーは元々ボクシング用語だったと思うが、一撃離脱戦法(Dive and Zoom)と呼ぶのが正しい。文字通り敵機に一撃を加えて直ぐに射程から離脱してしまう戦法だが、動きが遅いフネで攻撃が旧来の大砲や魔法である為、敵艦の真上から機銃による攻撃を行ってそのまま下方に離脱して再度高度を上げて攻撃を繰り返すという殲滅に時間がかかるがまず堅実と言って良い戦法だった。


 基本的に真上に攻撃するのは難しいし、フネの真下は完全に死角になっているから被害は殆ど出ないと予想されている。邪魔な竜騎士が”体当たり”でも敢行しない限りは問題が無かった筈だったが、その竜騎士も排除済みとなれば、戦闘機部隊にとってはフネは浮いている大きな的以外の何者でも無い。


 先ず、帆を使えなくしてしまえば、本当に浮いている的になるし、後は上手く風石浮遊機関を潰せれば浮いている事さえ出来なくなる筈だ。風石浮遊機関には機関を破壊されても浮力を直ぐには失わないという特性があるから墜落しても死者は殆ど出ないだろう。(機銃に撃たれて運悪く死傷するのは目を瞑るしかあるまい?)


 船員のメイジが船体に浮遊(レビテーション)をかければ墜落による怪我人さえ出ないかも知れない。実際空軍のメイジはこの訓練を当然の様に行っているが、船体を持ち上げ続けるのは難しいから、軟着陸が精々だろう。


 そうなると、疲れた所を地上に配備した陸軍の兵士や兵団の警備隊に捕まってしまう訳だ。ちなみにメイジがフネを見捨てて自分だけで脱出を図ると、見捨てられたフネの船員から射殺される事もあるそうだぞ。


「航空隊の指揮官は騎士殿です、作戦の決定権もね」


「そうでしたな、”トリステイン航空隊”の活躍をお目に掛けましょう」


「ええ、お任せします」


「皆! 聞いたな?」


「「「おう!」」」


 どうやら、戦闘機部隊の皆さんが聞いていた様だ。聞かれて拙い話は無かったが、無理な作戦を押し付ける形になってしまった。彼らの腕を信じて任せるしか、私には出来ないのがもどかしい。


===


 それから暫くして、トリステインの空に”トリステイン航空隊”の編隊が始めて姿を現した。マース領にかなり進入されたが、まだ人里は遠い。まだ”殲滅”を目的にした火計が使える筈なんだが、その積りは無いようだ。ゲルマニア艦隊の進行に合わせて微速後退していたこちらの5隻も動きを止めて、航空隊の働きを見守る事にした。


 火計と言うのは、上空から可燃性の高い油を艦隊に向けて噴霧して、魔法などで着火するという、実に効率が良いが、かなり非道な戦法だった。この時期だから、地上での延焼も有り得る為に使うタイミングが難しい。先程、私が悩んだのも、騎士殿に全権を任せる必要があったのもこの辺りが原因である。


 ここで、トリステイン航空隊の現在の主戦力、ゼロ戦改について書いておこう。


全幅:13.5メイル

全長:10.0メイル

全高:3.8メイル


 大きさとしては、オリジナルのゼロ戦より一回り大きい事になる。これは、風石”推進”機関を両翼に取り付けて、その制御の為に”複座”にする事が必要だった為だ。機体の大型化に伴って、旋回能力はゼロ戦に劣るが、航続力と最高速度に関して言えば、遥かに勝っている。最高速度は倍近く、航続力で言えば3倍以上という報告を受けている。(最高速度を出すには、風メイジの補助が必要だったが、コパイロットと風石”推進”機関の制御を兼任させる事で解決したそうだ)


 あ?、機体色だが察して欲しい、トリステインらしいのだが、私としては少し恥かしい配色になっている。もしかすると、明人青年もこの正義の味方っぽい色を嫌って、”ゼロ戦”の方を選んだのかも知れない。


 余談になるが、ゼロ戦改は設計製作を指揮したミネットに言わせると、”失敗作”だそうだ。魔法的なジェット機の開発を目指している発明家の彼女にとってはそうかも知れないな。


 風石機関(昔からあった物を”浮遊”、発電や蓄電に関するものを”電気”、そして推力を得るものを”推進”と呼び分ける事に専門家の間ではなっているらしい)の相互干渉という問題に直面してしまったミネットが、ノーラの所に相談に来ていたのでこの辺りの事情を知っているのだが、ノーラ自身がこの話に乗り気では無かったから、解決には時間がかかるかも知れない無い。(ノーラがこの手の話を断るとは思っていなかったがな)


 そんな訳で、風石”推進”機関の飛行特性を確かめる為に設計された、ゼロ戦改良型が急遽量産される事になった。ただ、このゼロ戦改は”失敗作”でも飛行機としてみれば十分に使い物になることは事実だった。ロマリアまで親書を運んで日帰りで戻って来るというのは称えられるべき成果だと言えるだろう。


 実際、政治的な理由で公に出来ないのが残念な位だが、人目に触れないような場所やかなりの上空を飛んでの飛行の上、宗教庁の枢機卿に親書を渡して、返事を受け取ると言う別の意味で疲れる使命を果たし、そして帰ってきた訳だから、パイロット達の方も褒め称えられるべきなんだが、だれが操縦したのかは、私にも知らされていない。(本当かどうか分からないが、とても人見知りする人物らしい)


===


「スティン、始まったみたいだぞ」


 色々考えているうちに、航空隊がゲルマニア艦隊に仕掛けた様だ。ただ、今のこのフネは”観覧席”をゲルマニア艦隊に向けている為に、”司令室”の窓からは上手く空戦の場面が見えないのだ。今の報告をしてくれたガスパードが窓に張り付くようにしているから見えるのだった。


「おっ、騎士殿が一当てやる様だぞ。あ!」


「どうした?」


「いや、何と言ったら良いかな、そう、花火だ」


「この昼中にか?」


「うわ、まただ。しかし、騎士殿はやるな?。くっ、今のはやばかったぞ!」


「おい、ガスパード、ちゃんと解説してくれよ」


 私の微妙に情けない要求に、通信士役のニルスが控えめに同意する様に頷いたのが見えた。棚(と呼ぶと悲しくなるので、コンソールとでも呼んでおこうか)の前に待機を命令したので、律儀に座っているが、やはり空戦が気になるらしい。結局いい歳をした男が3人窓に張り付いて戦況を眺める事になった。(後で考えてみれば、ロドルフのあの言葉を聞けたのだから、司令室を正面にすれば良かったな)


 窓からは、騎士殿の機体(ゼロ戦改の機体の横に数字が書かれていて、それで判別が可能だ)が真正面からゲルマニア艦隊に単機で挑んでいるのが見えた。敵の出方を見るという事と、艦隊の目を引き付ける事が目的なのだろうが、明人青年が挑んだ時とは違い混戦では無いから、艦隊から頻繁に攻撃を受けている。


 ただし、そのゲルマニア艦隊の攻撃は騎士殿の腕と、ゼロ戦改の速度に全く付いて行く事が出来ていなかった。目で追うのがやっと標的に砲弾を当てる事は不可能だろうし、かなりの範囲を巻き込む魔法を使うのもまず不可能だろう。呪文を唱えている間に離脱していってしまうし、無理に追えば自艦隊を巻き込みかねない。


 唯一脅威になりそうなのは、ガスパードが”花火”と称した榴弾だろう。何かの仕掛けがあるらしく空中で赤い炎を撒き散らしながら広範囲に破片をばら撒いている。着弾を待たない所から、魔法的な仕掛けかもしくは時限信管だと思う。炸薬の方も火薬ではなく、”火石”を利用しているのかも知れないな。


 これは、もしかすればナポレオン1世の”アイデア”とエルフの”資材”、そして人間の”技術”を組み合わせて作られた物なのだろうか? 1国の主が考えた物にしては、些か使い勝手が悪い気がするが、戦争にしか使えない様な物を作ってどうする積りなのだろう。(おっと、妙な事を考えている場合ではなかったな)

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