第171話 ラスティン30歳(奪われたモノ)



 さて、このラヒテンシュタイン公国との会談の後はまるでオセロでも見ている様に、態度を保留していた諸外国が一気にゲルマニア包囲網に参加を表明する事になった。開戦に最も否定的だったラヒテンシュタイン公国が反ゲルマニアに動いた事が原因だろうが、私などにはガリアの外交攻勢の的確さが気になる所だった。

 ガリアも諜報網を急速に復活させつつある事が想像出来るが、その標的が現在はゲルマニアに向けられている事が幸いだな。最重要のワーンベル秘密工場にはかなりの警備をしているし、マカカ草に関しては探ろうとしてもらった方が助かるかも知れない。(例えセキュリティをパスしたとしても怪しい動きは”精霊”には丸見えだからな)


 兎に角情勢がここまで動いてしまえば、ゲルマニアに待っているのは完全な敗北だけだろう。ゲルマニアが現時点でも戦意を喪失していないのは負けが無いと確信しているからなんだろうな。確かに”彼ら”と真正面からやりあっては勝てる戦いも引き分けが精々である。


 あの愚痴王の事だから、今回取り込んだ戦力をそのまま”彼ら”にぶつける積りなのだろうが、当てに出来ないならば当て馬にしてしまえと言うのは効果的だが少し乱暴な気がする。我が国としては、もう少しスマートな方法を取る事にした。


 こちらもどちらかと言えば、外交による物と言っても良いだろうな。但し、武力や経済力と言った物に頼る訳では無く信頼と尊敬を武器にした物だった。

 尊敬と言うのは、やはり彼らの持つ技術と意外と言っては失礼だろうが、その独特とも言える倫理性だろう。逆に言えば、我々というか、転生者の同胞達が持つ知識と発想力、そして急速に変わりつつあるこの国の状況が”彼ら”からトリステインに対する敬意を引き出す事に成功していた。


 信頼の方と言えば、ジェリーノさんの頃から少しずつ積み重ねてきたエルフとの絆(特にレイハムの里、ひいてはマナフティー様とのだな)が我が国に恩恵をもたらしてくれた訳だな。まあ、クリシャルナも色々頑張ってくれたんだがな。

 こう書くと私自身がどんな働きをしたのか甚だ疑問だが、それはそれとしておこう。どうも私自身が何か積極的にやろうとすると、思わぬしっぺ返しが来る事が多いからな、念には念だ。(別に私が無能と言う訳じゃ無いぞ、何と言うか間が悪いだけだ!)


「それで、エルフ達の動きは?」


「はい、一応、成人した全てのエルフに”サハラ”の戻るようにと指示が出ているのは、アルビオンからの情報でも確かな様ですが・・・」


「何だ、キアラはマナフティー様の事が信じられないのか?」


「そうですね、そうかも知れません。情報が不足し過ぎていて、こちらからは動けないのが痛いです」


「まあ、キアラの立場ならそう考えるだろうから、仕方が無いが、私は信じているよ」


「・・・、ラスティン様がそう仰るならば、信じる事にします。はぁ?、あ、失礼しました」


「大丈夫だよ、クリシャルナも頑張ってくれたんだからな」


「・・・、そうですね」


 何故か、キアラは一瞬自分の手で胸を軽く触れる様な仕草をした。確かクリシャルナとテッサの報告の時もそうだったな。クリシャルナは会見の失敗を報告しているにも関わらず、異常にテンションが高かったんだよな。意味不明だったが、


「私にも可能性があるの! 大丈夫、大丈夫!」


とかしきりに呟いていたのが記憶に残っている。

 その時は意味が分からなかったんだが、後でテッサに聞くと、どうやらティファニアを見て何やら誤解してしまったらしい。母親であるシャジャルさんはやっぱりエルフらしい細身で胸も控えめな女性だったそうだから、ハーフエルフの特性として胸が大きくなったと考えるべきなんだろうが、そこまで頭が回らなかったらしい。

 それほど衝撃的な胸だったのかも知れないが、クリシャルナがエルフとして女性として成長するにはまだまだ時間がかかるんだと思うんだが・・・? まさか、キアラも自分の胸の事を? それこそまさかだな、キアラも、もう20代後半に突入した筈だが、昔から相変わらずの容姿に背格好だからな。


 いや、重要なのはテッサもクリシャルナもティファニアの容姿をきちんと記憶しているという事実だ。元々モード大公家の人々を招待するのは難しいと考えていたし、大公だけでも我が国に呼び出せたことで十分だったのだ。

 テッサにも、クリシャルナにもそれは説明したのだが。クリシャルナが交渉の失敗の責任をとるとか言い出して妙に張り切って、韻竜達との交渉や、エルフ達との橋渡しなんかを頑張ってしまっているのだ。


「ラスティン様、何処を見ていらっしゃるんですか?」


「ん? キアラを見ているよ?」


「えっ、あ、あの」


「何か勘違いをしている様だが、少し痩せたんじゃないかと思ったんだよ」


 我ながら上手い切り返しだな。キアラが時々悩んでいる素振りを見せるのも事実だし、決して事実無根という訳じゃない。


「!?、そうでしょうか?」


「ああ、疲れている様なら、少し休暇を取るか?」


「い、いいえ、今は、そう、今はそんな時ではありませんから!」


「そうだな、この戦争が終わったらゆっくり休養を取ってくれ」


「はい、そうします。ところで、例の園遊会ですが、本当に参加されるんですか?」


「ああ、モード大公直々の指定だから仕方が無いだろうね。非公式の最終的な戦略確認と言う面もあるから無理は承知だ」


「ですが、お体の方は?」


「さあ、もう子供じゃないんだ大丈夫だろう」


 それに何かあるのは記憶や精神の方だし、何より今のノーラを1人でプレッシャーのかかる場所に出かけさせる積りは無いしな。どうも最近ノーラの方もかなり体重を落としている気がするのだ。悩んでいるのも気付いているがどうしても理由を話してくれない。

 本当ならこの時期の園遊会など中止にしたかったんだが、ノーラが大反対した為にそのまま行う事になった。(数少ない王妃の公務を休む訳にはいかないというのは分かるんだが、ノーラも責任感が強いからな・・・)


===


 結論から言えば、私の選択は完全に間違っていた。私の体質は変わっておらずラグドリアン湖に近付くと子供の頃同様、全く覚えていないがまたもや人事不省といった状態になってしまったらしい。

 園遊会とその最中に行う予定のゲルマニア侵攻作戦の最終打ち合わせに関しては、私の不調を予期していたキアラが父とアンセルムが夫々代行を務めてくれた。正直言えばどちらも私が出るよりは上手く事が運んだんだろうとさえ思えるのだが、私の愚かな所は倒れた私を見舞う為に、義両親が私の病室を訪れてしまうという事態を招いた所だった。


===


「貴方、お加減は如何ですか?」


 今回は何故か直ぐに目覚めなかった様だが、それ程時間が経ってはいないんだろう。体の動きに少しぎこちなさを感じるが、空腹感で察しがついた。ただ、私への労わりの声の主の表情を見た時にそんな事はどうでも良くなった。私に付き添ってくれていたのは無論ノーラだったんだが、その表情は今まで私が見た事が無い物だったのだ。


 その表情は何と表現したら良いのだろう? 泣きたいのを我慢して無理をして笑おうとして失敗していると言えば良いのだろうか。ノーラがどうしてそんな表情をしたのか私には分からなかった。ただ、その表情を変えたくてノーラの顔に手をそっと伸ばしたのだが、その手がノーラの手で払いのけられてしまった。


「あっ! 御免なさい!」


「ノーラ!」


 ノーラは私の声を避ける様にそのまま部屋を出て行ってしまったのだが、さっきの行動の意味は? 避けられたと言うより、私が触れるのを嫌がられたと感じてしまったのは仕方が無いだろう。(ちょっと言い辛いが、”レス”気味なのは否定出来ない。単なる倦怠期とか思っていたんだが、甘かったのだろうか?)


 ノーラと入れ替わりで、ガスパードが部屋に入って来たのだが、この旅と言う程ではないが行事で護衛に付いた時に第一子が生まれると言っていたのを思い出すな。何処と無く幸せそうなのが、今の私にはどうにも不愉快に感じられる。


 うん? 何か大事な事を忘れている気がするぞ、何だ?


「スティン、調子はどうだい?」


「ちょっと体の動きが鈍い気がする位かな」


「それはきっと運動不足だよ」


「一応、病人なんだから、そんな事言うなよ!」


 いや、運動不足なのは否定出来ないんだがね。昔は結構身体を動かしたんだがな、山登りも出来ないし、移動も列車になってどんどん身体を動かす機会が減っている気がする。(馬に乗るだけでも結構体力を使うんだがな)


「まあ良いけどね、それより王妃様は大丈夫なのかい?」


「それは・・・」


「やっぱりあの母親だと、娘も大変なんだろうね?」


「あの母親?」


「ああ、少し前まで君のお見舞いに来ていたよ」


「なっ! 最悪だ!」


「どうしたんだよ?」


「あれ、何が最悪なんだろう?」


 さっきも感じた違和感が再度襲って来たが、少し考えただけでは結論は出なかった。


「おい、大丈夫か?」


「ああ、問題は無いよ、多分ね」


「おーい、国王がそんなじゃ困るぞ?」


「大丈夫だよ、本当に。まあ、今は園遊会の事だが」


「もう終わっているよ、そっちは小さな宰相殿が対応してくれたから問題は無いと思うよ。一応大規模な事故が起こったと言う事になっているから口裏を合わせて欲しいそうだ」


「事故ね?」


「ああ、何でも親ゲルマニアの貴族が仕掛けたらしいよ」


「そうか、キアラが何か仕掛けたのかな?」


「知らないよ、ちなみに君が倒れてから2日経っているよ。もう暗くなっているから、移動は明日の早朝にするんだね」


「分かった、ここは?」


「王都近くの、小さな町の宿屋だよ。人目を避ける必要もあってね。途中から列車を降りて、馬車で移動してここまで来たんだ。そのまま王城に入ると目立つだろ?」


 ああ、事故現場の視察に行っている事になっているんだったな。私を運ぶ事自体は難しく無いだろうが、目立たない様にするには手間がかかっただろうな。


「そうか、迷惑かけたな」


「それは君の奥さんに言うべきだろうね、殆ど眠らずに看病していたんだぞ」


「そうか!」


 どうも嫌われたと思ったのは勘違いらしい。良かった、本当に良かった。そうだ、ノーラは”義母殿”と会ってしまったんだった。どうして会わせない様にしたかったかが思い出せないが、先程の表情と態度は、”公爵夫人”との会話のせいだとしか思えない。


「そうだ、明後日は、ルイズ達と”公爵夫人”が決闘する日じゃないか!」


「ん?、もう明日と言ってもおかしくない時間だけどね」


「そうか、それなら好都合だな。このまま王都に戻らずに、決闘の会場に向かうとしよう」


 このまま王城に戻ったら、暫く外出は禁止されるのは確実だしな。キアラには後で謝って・・・、許してくれるだろうか?


「いいから、スティンは休んでいろよ」


「しかし移動時間が」


「大丈夫だよ、演習場は直ぐそこだよ。そうじゃなければ、公爵夫人だってゆっくりしていないだろう?」


「”公爵夫人”が泊まるに相応しい宿なんて無いだろうに」


「良く分からないけど、陸軍の宿舎に泊まるらしいよ?」


「そうか・・・」


 あの人も昔に戻った気分になりたい時もあるんだろうか? それだけ、ルイズに申し込まれた決闘に真剣に臨んでくれるのなら良いのだがな。ルイズに対しては兎も角、明人青年はまともに相手にされないだろうな。


 私は、ルイズ達にする最後のアドバイスを考えて、再びベッドに身体を横たえた。少し前までかなりの時間眠っていた筈なんだが、その晩の眠りは意外に早く訪れた。

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