第170話 ラスティン30歳(人格者?)
国内の政治状況も少し変わってきたから、ここで話しておこうか?
「スティン、ちょっと良いか?」
「ガスパードか、構わないけど。キアラから怒られたという話なら聞かないぞ?」
「それは聞けよ!」
「それで?」
「全く国王陛下は我侭で困るよな?」
「それで!!」
「ああ、何か知らないんだけど、実家からお礼の品と言うのが届いたんだが、何か知らないか?」
「その流れで何故、私に理由を聞くんだ?」
「いや、カロリーヌがそのお礼の使者と言うのを対応したんだけどね、要領を得なくって」
「何だ、また妙な魔法薬を思いついたのか?」
「犠牲者は誰だろうね、いや、そうじゃなくって、カロリーヌが言うには、”陛下への口添えのお礼”だそうだ」
「口添え? 愚痴とか、文句なら毎日の様に聞かされているが」
「だよな??」
2人して首を傾げる事になった、ガスパード自身は政治向きの事に口を出さないからな。それ自体は彼の処世術なんだろうが、ああ、あの件か。
「理由が分かったよ、君の実家も借金を抱えているだろう?」
「そうだね、色んな所から、金を工面してくれないかとか言われるけど、そんなに儲けているように見えるかな?」
「さあ、近衛の隊長なんだから、そこそこの収入はあるんだろう?」
「我が家は、何故か支出が多いからな?」
「ふむ、浪費家の奥様を持つと大変ですな?」
「そうなんだ、カロリーヌのやつ、最近は薬の材料費をケチらなくなってな・・・」
ガスパードが何だか遠くを見る様な目になってしまった。夫婦仲が円満でも色々悩み事があるらしいな。
「国に借金をしている貴族達というより、領主達を集めて”借金を帳消しにする替わりに自分の領地をどう経営してゆく積りか腹案を示せ”と言ったんだよ、聞いているか?」
「ん、ああ、それを聞いて安心したよ。君を殺しても借金は消えないと何度言っても分からない人間が居るからね」
「そっちは任せた、その時に”ある人物の助言で”とか言ったかも知れないな」
「それって、ライルの事だろう? 僕が受け取って良いんだろうか?」
実際の所ライルは、魔法学院の友人達が将来に不安を持っていると知らせてくれただけだ。次代の領主が将来に不安を持っていると言うのは不健全だし、十分に元は取れたと判断したからなのだがね。
「良いんじゃないか? 金品を受け取ったとしても、便宜を図ったと言う事実が無ければ賄賂には当たらないと言うしな」
「また、怪しげな理屈だな?」
「良いのさ、近衛隊長が借金漬けじゃ、外聞が悪いだろ?」
別に借金に苦しんだとしても、ガスパードが私を裏切るとは思わないが、無用な波風は立てない方が良いだろう。もう少し前なら、この話を利用する事を考えたかも知れないが、今はその必要も無い。ライルの手柄と言えなくも無いが、大々的に発表する類の物でも無いからな。(ライルが王父として認められる必要があれば、この話を活用する事にしよう)
後で振り返ってみれば、この頃にトリステインの将来がある程度定まったのかも知れない。”領主”が”領民”を選ぶのではなく、”領民”が”領主”を選ぶという時代になりつつあったのだ。
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国内の話ばかりしている訳にもいかないから、国外の状況も少し説明しておくとしよう。
これに関して言えば、我が国は一切関知していないんだが、日和見を決め込んでいた周辺の小国は先を争う様にして、ゲルマニア包囲網に参加を表明する事になった。
こんな事態になったのは、ガリアの外交的な働きかけが大きな影響だったという事を、誰も否定出来ないだろう。はっきり言ってしまえば、力を取り戻りたガリアが本気になってしまえばそれを止める事が出来る国はほとんど無いという事を実証して見せた結果だった。
具体的に言えば、ガリア王ジョゼフの名前で(良く言えば)中立を保とうとしている各国に”ガリアに付くか、ゲルマニアに付くかはっきりしろ!”と脅迫したのだ。
普通にこれをやると後に禍根を残すだけでは無く、ゲルマニアに付く国も出るかも知れないのだが、その辺りは抜かりが無かった。王ジョゼフがその国の弱点を巧みに突いて交渉のテーブルに付かせ、宰相シャルルが巧みな弁術で最初は険悪なムードだった交渉を和やかなムードに変えて平和裏に(しかもガリアにとって都合の良い)結果で終わらせると言う、兄弟による完璧なコンビネーションを発揮されたのだ。
具体的な例を挙げるなら、”ラヒテンシュタイン公国”の話が良いだろう。私も偶然同席したその交渉だったのだが、キアラに言わせればガリアの力を見せ付ける為に設定された交渉の場だったそうだ。
”ラヒテンシュタイン公国”と言うのは、元々が何代か前のガリア王の妾の娘とゲルマニアの皇子が結婚する際に起した公国だった。ゲルマニアの影響下にある国だったのだが、ゲルマニアに”始祖の血”与えたく無いという訳の分からない理由から一応の独立国扱いとなっている。
公国としての成り立ちも影響するのだろうが、公王の人柄もあるのだろう。険悪化したゲルマニアとガリアの間を取り持とうと両国を行ったり来たりして居たらしいが、それが全く効果を挙げなかったのは周知の事実である。
このラヒテンシュタイン公国はゲルマニアとガリアの間に位置し、険悪化した後の両国間物流の唯一の経路だったのだが、ガリアが強硬な態度に出た事で一気に物流が停止して、ガリアからの物資が入らなくなった。一方のゲルマニアは戦争準備の為に”外国”などに構っては居られないと、こちらも物資の流通を停止してしまった。
こうなると近隣諸国が頼りなのだろうが、以前は存在した似たような経緯で出来た小国もゲルマニアに併呑されていたし、ガリアやゲルマニアの親しい領主もどう言う訳かほとんどが連絡が取れない状態となっていた。輸入に頼り切っていた、公国としては堪った物では無かっただろうな、ガリアからの呼びかけに直ぐに応じる形で、交渉の場に選ばれた我が国の”カリエール領”にやって来たのだ。
態々、我が国を交渉の場に選んだのは、ガリア宰相が提案した。
・戦後のゲルマニアと言う国の存続の保証
・ラヒテンシュタイン公国の存続の保証
に関する証人として、私の存在が必要だった事と、勿論、次期ゲルマニア皇帝になるべき人物を”紹介”する為だった。コルネリウスの存在を見せ付ける事で戦争の正統性を主張しながら影響力も匂わせ、ゲルマニアを存続させる事を約束する事でラヒテンシュタイン公国の立場も考慮すると言う計略らしかった。
交渉が終わった後、どう見てもホクホク顔の公王を眺めながら、どうしてこうなったか悩む事になった。ガリア=トリステイン=ラヒテンシュタインの今後の友好を誓う為に何故か我が国からも安価で工業品をラヒテンシュタインに輸出する事になっていたのだ。
輸出する価格は、歴史的に同盟国であるアルビオンと同価という辺りに愚痴王の悪意を感じずには居られなかった。総量に関してはこちらが予定していたよりかなり少なめだったが、これはこれで仕方が無いだろうな。
どうして、こちらの同意無く同意文書にこの辺りが記載されているのか問い詰めたくなったが、オルレアン大公殿はどうやらこの辺りは知らされていない様だった。どうやら私とジョゼフ王の間で既に同意がなされていると思っているらしい。(見直しかけたジョゼットの”父”に対する評価が少しだけ下がった瞬間だった)
さすがにここまで事が運んで、今更同意できないとは言えないし、元々ラヒテンシュタインへの手土産として後で提案する予定だった事もあり、得意の表情操作で不愉快さを表に出さずに何とか交渉(というより終わってみれば会談だったな)を終える事が出来た。
「スティン、不機嫌そうだな?」
「どうしてそう思うんだ、コルネリウス?」
「どうしてって、声がそんな感じに聞こえたんだが。さては!」
どうやら勘違いをしているらしいな、王城で秘書官をやっていたんだから、結構政治に関しては学んだ筈なんだが、まだまだなんだろうか?
「不機嫌なのは否定しないけどね、別にラヒテンシュタインへ工業品を安くで売る事に関してじゃないぞ?」
「じゃあ、何なんだよ?」
「自分で考えようとは思わないのかい?」
「それはそうだが・・・」
「コルネリウスはどうしてラヒテンシュタイン公王があんなに嬉しそうだったか分かるか?」
「そりゃあ、分かるさ。ラヒテンシュタインの将来が安泰だと保証された訳だからな」
「そうか?」
「何だよ!」
「ガリアもトリステインもあの同意文書に署名する事で、何か得をすると思うか?」
「・・・」
「質問の意図は理解しているけど、どう答えたら良いか分からないと言った所かな? こんな言葉を聞いた事が無いか? ”人は自分以下の人間の事は理解出来るように出来ている”というのだけど」
「随分と傲慢な言葉だな?」
「そうだな、”人は自分が理解出来る人間の事は理解出来る”と言い換えたらどうだ?」
「何を当たり前の事を・・・、いや、言いたい事は分かった」
コルネリウスが何を考えたか想像が出来ないでも無い、エミルタの実の中毒症状で苦しんだ少女(いや、今は女性と呼ぶべきだろうか?)の事かも知れないし、彼が一時期目指した平民メイジの同僚の事かもしれない、もしかすると望まずに王位を手に入れてしまった自分と似た境遇の友人の事かも知れない。
「考えを進めると良いかも知れないな」
「考えを進めるって?」
「そうだな、トリステインにとってはラヒテンシュタインを援助する事に利点が無いのは分かるな?」
「ふむ、そうだな」
「それでも我が国は”支援”を行う事にした。多分ガリアも同じだろうな」
「”私は”じゃないんだな?」
「嫌な所を突っ込むな? 私は、ラヒテンシュタイン公王に何か手土産を持たせたいと言ったら、キアラが工業品の提供の話を提案してくれたんだ。おかしいと思ったけどね」
「自分で考えた訳じゃないんじゃないか、いや、おかしい?」
「そうだろう、トリステインからラヒテンシュタイン公国へ直接商品を運べないんだぞ?」
「空輸する訳には行かないだろうな、ガリアを経由してか、それだと関税が」
「それは無いな、トリステインからラヒテンシュタインの荷にガリアが関税をかけたら、我が国としては厳重に抗議するからな」
「そうだろうな、この会見の意味が無くなるかも知れないしな。そうなると、トリステインにもガリアにも隠れた利益があるのか?」
「ラヒテンシュタイン公王やガリアのの宰相、そして私達はどうやってここまで来た?」
「列車に乗ってだが?」
「戦後、ガリアとゲルマニア間の交易はどうなる?」
「そりゃあ、ラヒテンシュタインを通してだろう? 公王もそれを考えたから、嬉しそうだったんだしな。ラヒテンシュタインは何と言っても交通の要衝だしって、まさか、鉄道をラヒテンシュタインを通さないのか!」
「さあ、それはガリアとラヒテンシュタインの間の話だね。コルネリウスが次期皇帝としてガリアと交渉をするなら別だけど、ラヒテンシュタイン経由で入って来るガリアからの食料品はなんかはあまり売れそうに無いね」
「トリステインはどうなんだよ?」
「そりゃあ、機関車の技術は今のところウチだけの技術だからな。それに燃料の方もね」
この辺りがキアラの解答だったんだが、簡単に教えてもらえる筈も無く、色々考えさせられたから、自分で導き出したと言っても良い筈だよな?
「くそっ、結局はガリアもトリステインも損をしないんじゃないか! 公王が、両国の国王の人格を褒めたのが馬鹿みたいじゃないか!」
それは確かに馬鹿だな、あの愚痴王を人格者なんて誤解もいい所だ。私だって、かなり人が良いと思うが、それは私に対して敵対しない場合に関してだけだ。一般的に稀に見る人格者だったと言われている前教皇聖エイジス31世だって、その経過結果は兎も角、原点は”怒り”だった訳だしな。
「どうでも良いが、私やガリア王が人格者じゃないなんてコルネリウスだって知ってる事だろうに」
「そうだな、そうだったな・・・」
もしかして、世界平和とか考えているんだろうか? コルネリウスは世界中に貸しを作っている状態だからな、そんな幻想も信じたくなるのかも知れない。明文化された身分制度などがある状態で世界平和と言われれば笑ってしまうがな。(多分、その概念を考えるには、この世界はまだまだ未熟なんだろうな)
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