第169話 ラスティン30歳(ゴドー家の破滅)
少し国内外の情報をまとめておく必要があるだろうか?
国内経済状況は、全く持って順調その物だ。まあ、前世的に言えば、”正のスパイラル”に入っていると言って良いだろう。メイジの絶対数が増えるに従って一時は国内でさえ不足が予想された工業品も輸出を含めて十分な量が生産可能になった。
ワーンベルだけでチマチマと生産したのではこうはならなかっただろうが、協力的な領主達の所でもメイジによる錬金を使った工業品の生産が始まった事で”工業国”としてのトリステインの名前は大陸中に響き渡る事になった。これを政治的に利用する事は私の一存で禁止したが、それでも恩を売るという面と何時でも供給を停止できる面は将来の我が国にとっては貴重な外交材料になるだろう。
遅まきながら(本気で遅すぎだが)、メイジによる工業品の生産の力を知った領主達も、先を行く追いかけ始めたが、普通にやっていてはどう考えても追いつく事が出来ない。そこで彼らは、他領のメイジを引き抜くという手段に出た。本来なら貴族間で争いが起きてもおかしくないのだが、そこは国王の仲裁で概ね平和裏に解決される事になった。
実を言えば、これは王城と領主代行が裏で糸を引いていた事なので、これほど問題が未然に防がれたのだ。何故こんな事を仕掛けたかと言えば、別に国王の権威を高めるとか言う訳ではなく、平民メイジの地位向上を目的としていた。引き抜く為にはそれ相応の待遇を約束する必要があるし引き抜かれないようにするには雇っている側も待遇を良くするしか無かったからな。(理由は分かると思うが、領主に領民を自領から出ることを禁止する事は出来ないからな)
役人達には前者の意図を説明したが、中には私の意図を感じ取った者も居ただろう。”領民の移動の自由化”して、”学校制度の普及”させ、”戸籍制度の導入”させた本当の意図に国政に関わるレーネンベルク高等学校の卒業生なら気付いてもおかしくはない。
貴族の力を弱めて王権を強化するという表向き?の意図を、私はフレデリック様や現教皇に説明した。だが、貴族の権力が低下するという事は、領民側も力を付けるチャンスと言う訳だ。これは私が企んだ訳では無いが、平民メイジの台頭は正しく時流に乗った物だった。
正式に魔法兵団を抜ける者は少なかったが、兵団からも多くの平民メイジが出向という形で故郷に戻って生産活動に励んでいるし、新しくメイジになった”隠れたメイジ”達もレーネンベルクの家臣という扱いになっている。まだまだ、彼らにはマカカ草の供給が必要だし、”国の役人”と言うより”レーネンベルク公爵家の家臣”の方が、他の領主にとっての心理的な抵抗が少ないだろうからな。
私が国王としても、まだまだ若いと見られているのは仕方が無い事だろうな。領主達にとっては国に借りばかり増えるのも嬉しくないだろうし。統治者としては父に追いついたと思っているだけに少し癪だが、これは時間が解決してくれるのだと思いたい。
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さて、時流に乗った人、乗り遅れた人の話はしたが、真っ向から反対した人の話もしておこうか?
一番端的な例が、ゴドー伯爵家だろうか。ゴドー伯爵家はもうこの国には存在しなくなってしまった。まあ、社交界でもゲルマニアと通じているという話が出ていたらしいし(私には縁が無い所だから、ノーラに聞いたんだが)、領内に目立った産業も無い状態だから、領地の経営は難しかっただろうな。
それでも前伯爵の時は民の生活もそれ程苦しくは無かった様だ。こっそり視察に行った事があるのだが、領民はごく普通の生活を送っていたと感じられた。
だが、老齢だった伯爵の死が状況を一変させたのだ。キアラが
「言う必要がありますか?」
と端的に語ってくれた通りの人物だった訳だな。監視されている事は分かっている筈なのに、大っぴらに傭兵を募集したり、領民を軍に徴用したりしてくれた。その理由が”来るべきゲルマニアとの戦いに備えて”というのだから笑えない。
私はと言うよりキアラは表向きこれを黙殺していたんだが、実際には代替わり以前から対策を打っていた。別に軍を派遣したり、領境厳しい検問を行ったりした訳ではない。ゴドー伯爵領との交易を奨励したり、私の例の”文化振興策”を利用してゴドー領の民をレーネンベルクに招待したりまでした。
どう考えても、ゴドー伯爵との和解を目指している様に見えるし、亡くなる前のゴドー伯爵からは表向き礼状などが私宛に送られて来た事さえあった。
その流れを新たなゴドー伯爵が見事に断ち切ってくれた訳だ。何故裕福とは思えないゴドー伯爵領で、大量の傭兵が集められたかおかしく思わなかっただろうか? 勿論、ゲルマニアからの資金提供があったのだが、普通に受け取ればどうなるか誰だって分かるだろう。では他の貴族を経由してというのは禁止しているし、商人を通してならば容易に分かると思っていたのだが、裏をかかれていた。
「キアラ、ゲルマニアからゴドー伯への送金方法が分かったって?」
「はい、やはり商人を使っていました」
「それにしては分かるまでに時間がかかったな?」
「はい、小口に分けて送金している様で、噂にならなかった様ですが、それ以前に”借金の返済”でしたので」
「借金? ゴドー伯が?」
「はい、資金の出所がゲルマニアなのは間違い無さそうですが、何人かの商人が我が国の商人達から債権を買い取りそれを、ゴドー伯へ商売を有利に運べる様にという名目で献上した様です」
「金額は?」
「総額は掴めていませんが、かなりの金額と思われます」
「面倒な話だな?」
「いいえ、特に問題はありません。今の方針を続けます」
「いや、その方針を聞いていないんだが?」
「そうでしたか?」
こんな会話があって、キアラの策略を教えてもらう事が出来た。それほど上手く行くかと半信半疑だったが、本当に上手く行った。
前伯爵の頃はゲルマニアからの資金の殆どが領民の生活に使われていたんだろうが、新しいゴドー伯爵は本来の使い道に回してしまったのだ。多分ゲルマニア宰相辺りからクレームが付いたんだろうな、幾ら金を注ぎ込んでも効果が上がらないんだからな。
その金を私の暗殺にでも使えば最も効果的だったと思うんだが、いや、私が気付かなかっただけで実はこっそり処理されていたんだろうか? 私が死んだら、ノリス辺りが次の王なのだろうか?ノリスならキアラに上手く操られてくれるだだろうが、多分私より真面目にやってくれるだろうな。
話を戻すと、ゴドー伯爵はそれまで行われていた領内の税の軽減措置を撤廃して、増税に踏み切った訳だがそれを決めたて布告しただけで、領民の1/5が領外に移住してしまった。1/5が移住というのは信じられない数字だが、元々税の低さで領民を引き止めていたという面が強いからな。
自領の領主が王家に弓を引いたとか、他領では目覚しい経済発展がなされているとか、昔ならば情報が十分に伝わる事が無かったし、情報統制も可能だったのだろうが多くの領民が他の領地の状況を目で見ているし、商人達からも信じるに足る情報が日々もたらされていたのだから、領民がどう考えるかは考えるまでも無いだろう。
ネットどころか、テレビもラジオも電話さえ無い様な世界では、噂だけが頼りだったのだが”風の噂に聞いた”よりは自分の目で見た事実を話す事が私が考えたより大きな影響力を持っていたのかも知れない。後は、今までゴドー家(昔は立派な公爵家だったこともあったそうだ)が今まで積み重ねてきた実績が領民の大量移住という形で表に現れたのだろうか?
ただ、これだけならばゴドー伯爵領が消滅すると言う事態にはならなかった筈だった。新しいゴドー伯爵は、これ以上の領民の流出を防ぐ為に武力を行使してしまったのだ。これにより領民の領主への感情は完全にマイナス方向に振り切れてしまい、同時にこれに備えていた王軍の介入を招く事になった。(私としては戦争が始まる以前に王軍が介入する理由を作り出してくれた事に感謝したくなった)
結果、ゴドー伯爵位が継がれてから2年足らずで名家といわれた(名前だけという皮肉も含めてだが)ゴドー伯爵家が断絶する事になった。本来ならば、後継者が居なかったとしても親戚筋の者が領地だけでも継いだはずだったのだが、誰も元ゴドー伯爵領を継ごうと名乗り出るものは居なかったが、これはある意味賢明な選択だったのだろう。
名家が断絶するという事で、某貴族が、ラ・ヴァリエール公爵に一時的なゴドー伯爵家の代理を依頼したほどだったが、義父でさえやんわりとだが断った程だった。多分、ルイズの将来の事を考えたんだろうな。
目出度くゴドーは断絶して、その領地は直轄地となった。ゴドー伯爵を中心に、ゲルマニアに対して協力的だった領主達も一斉に反ゲルマニアに鞍替えしたのも当然の結果かも知れない。(明日は我が身という言葉はこちらでも十分に通用するのだ)
しかし、これでまたしても私にとっての邪魔者が消えた訳か? 自滅に近かったとは言え、自分の幸運が恐ろしく感じられるが、何と言うかもう少し違った方面で幸運が働いて欲しかったと思うのは贅沢なんだろうか?
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