第172話 ラスティン30歳(母と娘と)
”ルイズ&平賀明人”VS”カリーヌ・デジレ・ド・マイヤール”の決闘は、決闘と言うよりある種の見世物という様相を呈していた。学院の生徒は勿論、戦闘訓練を一緒にやっている兵団員、空軍の連中までいる気がする。(まあ、決闘の審判役が騎士殿だからな、噂になってしまえば隠すのは難しかっただろう)
一方”カリーヌ・デジレ・ド・マイヤール”を見る為に、魔法衛士隊の隊員の姿も見えるのだが、どう見ても休みの日に来ているとは思えない制服のままという者までいる。ヒポグリフ隊、隊長の知人などは堂々と戦闘技術向上の為とか私に向かって言い切る始末だ。(彼は立派に?休日を利用しての観戦だから文句は言えないし、彼の部下,同僚たちを咎め難くなった、中々の策士だな)
「それでは、決闘を開始する。些か変則的な形であるから、双方に確認を行いが宜しいかな?」
「ラ・ヴァリエール公爵夫人、相手は2人だが宜しいか?」
「ええ、勿論、3人でも4人でも構いませんわよ? それに今は、”カリーヌ”と呼びなさい、騎士様?」
「了解であります! ・・・、コホン」
公爵夫人は騎士殿でもやっぱり苦手のタイプらしいな。この女性を良い様にあしらえる人間は居るんだろうか?
「ルイズ君は、自分が正々堂々戦えると誓えるかな?」
「勿論です、ヴァルター様!」
「アキト、君は?」
騎士殿に尋ねられても、明人青年は1つ頷いただけで、公爵夫人の事を見詰めていた。まあ、そうだろうな、公爵夫人にとっては茶番でしかないだろうし、剣を構えた平民が1人ルイズに付いただけでは本気にはなれないのだろう。さすがにフォーマルなドレスという訳では無いが、普通にブラウスとスカートという格好でどう見ても決闘に向いているとは思えない。
もしかしたらルイズを挑発する積りなんだろうか? 一応動き易そうで、汚れたり破れたりしても構わない格好に見えるから、あの格好でもルイズは十分あしらえるんだろうな。どうやら私のアドバイスが生きてきそうだ。
「お母様、あの約束覚えていらっしゃいますか?」
「どの約束だったかしら?」
「私の結婚相手は自分で決めるという話です!」
「ああ、そんな話もあったわね、それでこんな茶番を仕組んだの? 陛下まで巻き込んで?」
こっちまで飛び火したぞ、目立たない様に変装して、ひっそり観戦しているのに、お見通しらしいな。
「いいえ、それだけではありません。今度の戦争ですが、私も国民の1人として参加します!」
「ルイズ、貴方は自分が言っている事が分かっているの? ラ・ヴァリエール公爵家の娘がどうして国同士の戦争なんかに出る必要があるのですか? そう言うことは父親に任せておけば良いのです」
「お母様、私だってもう子供ではありません。ラ・ヴァリエール公爵領はゲルマニアに隣接しているのですから、領地を守るために領民が戦いに挑むなら、私も戦いに挑みたいと思います」
「そう、それなら何処かに嫁に出なさいな。以前話した、ワルド子爵の息子なら妥協してあげられるわ。何だったら、レーネンベルクでも構わないわよ?」
こっちは大いに困るぞ? 明らかに私に向けて妙な事を言い出した公爵夫人だったが、誰も本気には受け取らなかった様だった。弟のノリスを義妹のルイズとジョゼットが奪い合うとかそんなカオスな状態は勘弁して欲しい。
「それとも、そこの平民が貴方の好みの男なの?」
「な、な、な、な、こ、こ、こ!」
「ルイズ」
壊れた音楽プレーヤーの様に変な声を上げたルイズに、意外と冷静な明人青年の声がかけられたが、それだけでルイズの動揺は収まってしまった。(ちなみにルイズの顔は真っ赤なままだった、本人はまだ明人青年に対する恋心を認めていない様だな。往生際が悪いというか、複雑な乙女心というのか分からないがな)
「ごめん、アキト」
明人青年の方と言えば、ルイズを諌める為に一度ルイズに視線を送ったっきりで直ぐに視線を公爵夫人に戻してしまった。その視線は敵意と言う訳では無いが、友好的な物でも無いことはここからでも見て取れる。これは想像だが、”強いやつと戦いたい”と言っていたから、その強者が目の前に居る自分を無視している状況に我慢が出来ないのかも知れないな。
「それでは、両者の合意が整ったと認め、決闘を開始する。両者慣わしに従い杖を!」
”カンッ”
と言う軽い杖が当たる音がした後、母と娘は自分に有利な距離を測るように少しずつ間合いを広げていったが、明人青年はその場で立ちっ放しの様に見えた。明人青年の立ち位置を見て一瞬だけ顔をしかめた公爵夫人だったが、多分ルイズとは何度か決闘もどきをやっていたのだろう、母娘にとっては定位置と思われる場所(凡そ40メイル位だろうか)で2人の動きが止まった。それを見た騎士殿が、
「始め!」
と声をかけた瞬間、幾つかの事が起こった。
1つは、ルイズが杖(フェリクスだったかな)を構えた事だった。但し構えただけで呪文1つ唱えようとはしなかったがね。
もう1つは、ルイズの行動に対応する様に、公爵夫人も杖を構えた事だった。こちらも呪文を唱えていないと思ったが、そうではなかったのが直ぐに分かった。
更にもう1つは、明人青年が公爵夫人に対して例の身体強化(ブースト)の強化版で一気に間合いを詰めて切りかかろうとした事だった。
「オバサン、あまり舐めるなよ!」
そして次の瞬間には、公爵夫人の首にデルフリンガーを突きつけた明人青年の姿があった。全くと言って良いほど、経過が見えなかったが、公爵夫人はこっそり呪文を唱え終わっていたんだろう、明人青年に向けて風の刃(ウインド・カッター)が放たれたのは分かった。それをデルフで吸収し更に身体強化を強め加速した明人青年が公爵夫人の杖を切り落とした上で、喉元にデルフを突きつけた筈だ。
速すぎて見えなかったのに断定出来るのは、この戦法を考えたのが私だったからだ。その証拠に絡繰りを知らない魔法衛士隊の連中からは信じられないと言った言葉が漏れている。ちなみにオバサンなんて呼べとは助言はしていないぞ。本人は怒るかも知れないが、立派な”お祖母ちゃん”なのは事実だからな。甥や姪達になんて呼ばせているか知らないがね。
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「もう1度だ、ルイズ良いな?」
「ええ、勿論!」
「オバサン、もう少し真面目にやってくれ。娘が母親に挑んでいるんだぞ? 役に立たない人間と一緒にこの場所に立つなんて思わないだろう?」
おや、何だか思惑から外れてしまったんだが? 明人君は突きつけたデルフを下ろして、公爵夫人に話しかけた上に、ルイズの方も同意してしまったぞ? 私としては、ルイズの自由が確保できれば良かっただけだったから、人目のある所で公爵夫人から一本取れれば良いと思っていたんだが。
「そう、そう言うことなのね、ルイズ?」
「ええ、お母様」
「貴方はアキトと言うのね、良いでしょう。こちらの無礼の変わりに返礼をしなければならないようですね?」
「ああ、頼むよ」
何故か再戦という話になるし、いや、杖は切られてしまったんだから、暫く後の事だろうな。この場はルイズ達の勝ちで納まると思ったんだが、何を思ったか公爵夫人は騎士殿に一礼してスタスタと軍の宿舎の方に戻って行ってしまった。
観衆とついでに立会い人の騎士殿が話に付いていけずにポカーンとしていたが、暫くして観衆がざわめきだし騎士殿がオロオロしだした(どうもこういう突発的な出来事には向いていないらしい。中立的な立場の人間として選んだのだが、さっさと勝利宣言をしていれば良かったのにな)
そしてざわめきが、騒音と呼べる大きさになった頃に、宿舎のドアが開き先程とは全く違った姿の公爵夫人、いや、この姿は正しく”烈風カリン”なのだろう、マンティコア隊の制服に似た服装(と言うよりこれが以前のマンティコア隊の制服だったんだろう)を見につけて、どういう意味があるのか顔の下半分を仮面で覆った状態で姿を現した。
その時それまでは比較的大人しくしていた魔法衛士隊(しかも、結構古株と思われる隊員)が呻き声と悲鳴の間の様な声をあげたのが確認できた。直ぐには気付けなかったが、手には杖剣を握っているのも見て取れた。成る程、こちらが本気という訳か?
===
さて、再戦の結果だが、ん? 経過はどうなったかって? いや、全然付いて行けなかったので説明出来ないぞ?
あんな斬り合いを解説出来る物か、やってる本人達だって考えて剣を振るっているか怪しい物だ。一応分かる人間には、2人の戦いの凄さと言うのが分かるらしいんだが、私にはさっぱりだった。
そう言う訳で、結果だが! うるさいな、仕方が無い凡その流れだけだぞ? それ以外は私の反射神経では付いて行けないからな。
基本的には烈風カリンと明人青年の接近戦が主体だった。ルイズは隙を突いて、一撃を決めるべく様子を見ているだけだった。それ程2人の動きが激しかった訳だが、ルイズも多分ただ見ているだけじゃなかったんだな。ただ、烈風カリンの方も只者と言う訳では無く、巧妙に立ち位置を調整して明人青年を盾にしていた。
私がルイズなら身も蓋も無く2人諸共をある程度の範囲ごと吹っ飛ばすのだが、ルイズはそれを選択しなかったと言うよりこちらが”この2人”が考えた戦法だったんだろう。
「ルイズ!」
「良いわ!」
そして次の瞬間には、烈風カリンをルイズの”爆発”が見事に捉えたのだった。ただ、傍から見ていればどう見ても烈風カリンがルイズの爆発に突っ込んで行った様に見えた。当然ここまで来て、そんな間抜けな事を烈風カリンがするとは思えない。
論理的に考えればだが、ルイズが烈風カリンの動きを読んで撃破したとも考えられる。ただ、それでは直前の2人の合図の意味が無くなるし、あの動きにルイズが付いて行けたとも思えない。明人青年も良くやっていたが、烈風カリンを誘い込む余裕があった様にも見えなかった。
そうなると結論とすれば、ルイズと明人青年が烈風カリンを罠に嵌めたと考えるしかないだろうな。烈風カリンの戦法はルイズにとっても予想が出来ただろうからそれを逆手に取った訳だ。2人の絶妙のコンビネーションの勝利と言う事だな、分かるか?
そう、ルイズは烈風カリンの動きを読んででは無く、明人青年が次に動くであろう場所に向かって呪文を放ったのだ。普通ならばその呪文は明人青年を捉える筈だったのだが、明人青年の動きを牽制する為だろう。明人青年が移動する場所に、先に烈風カリンが割り込んだというだけの話だ。(こう考えると、かなり、無茶で間抜けな戦法の様な気もしないでも無いな?)
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