第161話 ラスティン30歳(マッド・ドクターⅡ:前編)



 キュベレーの緊急の伝言が功を奏したのか、二日後にはエルネストが王城を訪ねてきてくれた。竜篭を飛ばして来たようだが、別に列車でも構わなかったんだがな。まあ、明日にはミコト君を連れてジョゼットが王城に来るし良いタイミングとも言えるだろうな。


 キアラの下で働いているテッサをジョゼットがどう見るかも興味はあるが、テッサもライルも概ねキアラから上々の評価を受けているんだか、ジョゼットもうかうかしていられないと感じてくれると良いのだが。


「それで、急用と言うのは何なんだ?」


「開口一番がそれなのか? 久しぶりだなとか他に言う事があるだろうに」


「スティン、義兄上と呼ぼうか? 或いは陛下でも構いませんよ?」


「いや、止めてくれ! 用件は、2つだよ」


「重要な用件なんだろうな? 僕の方は患者を待たせているんだ、分かっているんだろう?」


 エルネストの奴、随分とご機嫌斜めだな、本当に重症の患者が居るなら、呼んでも直ぐに王城には来ないだろうにな。ああ、何やら研究に没頭しているんだろうな、ルイズが使い魔召喚をするって言うのに知らん顔だからな。(まあ、他の転生者も同じなんだが、義理の兄としても何とかならない物だろうか?)


「ああ、とある女の子の目を治して欲しいんだ」


「それが急用なのか、本当に?」


「はぁ、勿論だ、その女の子っていうのは誰だと思う?」


「スティンの事だから、何処かの貴族の娘って訳じゃないだろうが、時間の無駄だぞ?」


「分かったよ、全く。ジョゼットが使い魔を召喚したんだ、召喚されたのは女の子なんだが、どうやら視力を奪われたらしい」


「視力を? どんな方法で?」


「いや、それは本人も知らないかもな。逃げ出せ無い様にそうしたんだから」


 エルネストに詳しく事情を話したが、事情を知ると憤懣やるかたなしといった感じになったが、それでも急用で呼びつけたのには納得行かない様だった。確かに命に関わると言う訳じゃないが、結構深刻な問題になり得るんだがな。


「その女の子だけどね、名前を源命って言うんだ」


「転生者じゃないんだろうね、それで?」


「ガリアの王妃の名前は?」


「ああ、成る程、だが!」


「あのな、今度カグラ王妃とミコト君を会わせてあげようと思うんだが、王妃様が久々に会った妹、ああ、ミコト君はカグラさんの妹なんだが、その妹が盲目になっていたとしたらどう思うだろうな?」


「どうって?」


「話の流れ次第だが、トリステインがミコト君に何かしたと思われると、我が国としても非常に困るんだが?」


「分かった、そんな作り話を信じる訳じゃないが、そのミコトっていう患者を診てみるよ、それで良いんだろ?」


「今のは確かに作り話だけどね、大切な王妃様の妹が傷物にされたと聞いて、ガリア王がそれを理由に我が国に妙な要求を付き付けて来る事は考えられるんだぞ?」


 更に可能性の話をすれば、ガリアがサハラを越えて根の国へ復讐の手を伸ばす事も有り得なくは無い。まあ、カグラさんがそれを望まないだろうがな。ただし、あの愚痴王の事だから、絶対に交渉の材料にしてくる筈だ、弱みは早急に無くしておくべきだろう?


「あの、”ジョゼフ”が?」


「委員会の報告だけでは信じられないか? お前は一度、ジョゼフ王に会った方がいいかも知れないな。物語とは別人だぞ」


「まあ、機会があったらな。ミコトって患者の事は了解したが、用件は2件じゃなかったのかな?」


 これは、こちらで何とか機会を作らないといけないな、若い転生者達は結構素直に私の報告を信じてくれた様なんだが、エルネストはまだ物語のイメージを引きずっているのかも知れない。


「ああ、メイジをある程度の時間、魔法が使えない様に出来ないかな?」


「それを知ってどうする?」


「そう答えるからには、方法があるんだな?」


「スティン!」


「ああ、刑罰にするんだよ。ここ数年性質の悪いメイジが増えた事位は噂に聞いているだろう?」


「ああ、メイジに襲われて大怪我をしたって患者が増えているな」


「私は”不良メイジ”と呼んでいるんだが、彼らを捕縛するだけなら簡単なんだが、優秀なメイジを何時までも監視につけるのは無駄だろう?」


「ふむ、杖を取り上げるんじゃ十分じゃないか。魔法を封じるマジックアイテムがあると聞いた事があるが?」


「ああ、”封じの首輪”って言うのがあるんだが、コスト的にな、それに外そうと思えば、手間ではあるが物理的な方法で外せるんだからあまり意味は無いだろう?」


「確かに今の状況は、僕にとっても嬉しくないな」


「別に悪用する積りは無いんだ、メイジと非メイジの軋轢が広がる前に対策をしておきたい」


「・・・」


「この通りだ」


 私が思いっきり頭を下げると呆れたように、それを見たエルネストは、微かにうれしそうに答えてくれた。


「分かった、方法を教えよう。君が”お前にも責任があるんだぞ!”なんて言わなかったから、この件は妥協する」


 エルネストと交渉するんなら、絶対に言ってはいけない台詞だな。付き合いが長いから、そんな言葉は口にはしなかった。


「助かるよ、不良メイジだからって片っ端から殺したくは無かったからね」


「スティンは、暴君になる素質に欠けているな」


「そんな素質は要らないよ、最近は貴族と妥協する方法も考えているんだぞ?」


「王様になって随分と成長したんだな、貴族嫌いの貴族だったのにな」


「そんな事話したか?」


 事実ではあるんだが、まあ、態度には出ていたんだろうな。学生の頃も、正義感だけで”守護者”なんて組織しないし、露骨に他の生徒を嫌っていたからな、私は。

 しかし、私の”貴族嫌い”の原点は何処なんだろうな? 今考えれば、私が魔法兵団を組織したのは私自身が”貴族”という存在と対決する為の準備だった気がしないでもない。両親はその事を当然気付いていただろうが、それに対して何も言わなかったな。

 貴族に生まれて貴族が嫌いと言うのもおかしな話だが、貴族の実態を知る以前から”貴族嫌い”だったと思える。もしかすれば前世に何かあるんだろうか? 思い出す事が出来る記憶には、当然だが貴族なんて物は出てこないんだが・・・。


「それで、心変わりの理由は?」


「あ、ああ、息子のライルに影響されてね」


「はぁ?」


「ライルが魔法学院に通っているのは知ってるだろう?」


「ルイズの先輩だったか? カトレアから聞いた気がするな」


「そう、ライルに学院で気に入らない生徒がいないか聞き出そうとしたんだ。今の学院の生徒は、かなりの確率で次の領主だからな」


 色々ライルから聞き出して、次期領主として認めるかどうか検討の材料にしようと思ったんだが、妙な欲は出すものじゃないな。


「息子がスパイか?」


「まあ、スパイとしては不適格なんだけどね」


「ん、君の義理の息子って言うのは優秀だと聞いた記憶があるが?」


「まあ、向き不向きがあるって事さ、友人を売るには善良過ぎるんだな」


「善良ね、君の息子とは思えないな?」


「そうだな、何故か悪口を言われた人間と仲良くなるんだから理解出来ないんだよ」


「それは確かに理解出来ないな」


「本人が言うには、”仲良くなれば悪口は言われなくなる”そうだ」


 ライルの事だから、同級生を庇っているんだろうと思ったが、別の情報源からも本当に友人と呼べる関係になったそうだ。ロドルフとイザベラ姫に聞いたんだから、間違いは無いだろうね。(イザベラ姫は尋ねれば結構何でも教えてくれるんだが、妙に怯えられている気がするのは気のせいだよな?)


 ライルは、友人達の情報をきちんと伝えてくれるんだが、どちらかと言えば友人達の優れた点ばかりなのだ。これまた本人に言わせれば、”誰にだって優れた点がありますよ、それを見つければ友人になるのは難しく無いんです”だそうだ。

 息子にこう言われては、さすがに貴族達をバンバンと粛清していく訳にも行かないだろう?(いや、粛清では無く生殺しが正解なんだがね)


「ほう、あのミスタ・マーニュが貴族の良い所を探すなんて、時間とは偉大なものだね」


「そう言うエルネストは昔から変わらないな、私にとっては甥のノルベールが成長したらどうなるか楽しみだ」


「・・・、それで、メイジに対する処置方法だが?」


 旗色が悪くなって話題を変える様だ、まだ突っ込んでやりたいが、こっちの話の方が大事だろう。ノーラから何となく聞いているが、多分母親になったカトレアに頭が上がらないんだろうな。エルネストが育児に協力的とは思えないし・・・。


「処置方法ね、こちらから聞いておいてなんだが、何でそんな方法を見つけたんだ? まさか!」


「スティンが僕の事をどう思っているか良く分かる台詞だね、言っておくが、患者の希望があったからだよ」


 うむ、真性のマッドドクターだと思っているぞ。エルネストの事を良く知っている人間なら殆ど否定はしないと思うが。(常軌を逸していると表現するなら全員が賛同してくれるだろう)


「患者?」


「ああ、例の”隠れたメイジ”の中には、自分が魔法を使えることを否定したい人も居るんだよ」


「うん?」


「分からないか? まあ、メイジには理解出来ないのかもな、貴族に酷い目に遭わされた人にとっては貴族と同じになる事は嫌悪を伴うらしいんだ」


「嫌悪か・・・、確かに理解し難いな。自分がメイジになって見返してやるとかの方が、理解し易いんだが?」


「その辺りは人夫々さ、この辺りは魔法でも医学でも、上手く解決出来ないんだろうな」


「そうだな・・・」


「まあ、そんな訳で隠れたメイジを非メイジ化しようと考えたんだ」


「お前の事だから、魔法脳を壊してしまえとか、考えたんだろうな?」


「その言われ方は心外だが、まあ近い事はしたかな」


 やっぱり、やると思った。


「だけど、意味が無かったんだな、これが」


「意味が無かった?」


「ああ、視床全体を切除する訳にはいかないからね、少しだけ”切除”してみたんだが、様子を見ている数日の間に魔法脳が再生してしまったんだ」


「まさか、本当なのか?」


「ああ、驚いたね、あれには。そこで、魔法脳へ行っている神経の方を殺す事にしたんだ」


「神経を殺す?」


「ああ、神経自体も再生するんでね、苦肉の策って奴だな」


 魔法を使っている状態を診察(イグザミネーション)で確認すれば、神経組織自体の特定は可能か? 難しい処置の様な気もするが、エルネストは遣って退けたんだな。

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