第160話 ラスティン30歳(エージェント・テッサ)



「テッサ、ここに居たんだ。部屋に帰ってこないから、どうしようかと思ったよ」


「何か用、ジョゼット?」


「うん、スティン兄も居て良かった。あれ、こちらの方は?」


 うん、シルフィードが人型のままだったな。しかも”良い話を聞いたの?”と言った感じで目を潤ませている物だから、テッサが慌てて隠そうとしているが、無理だな。まあ良い、ジョゼットの用件は想像が付くしな、テッサにする話をジョゼットにも聞かせる事にしよう。


「ジョゼット、こちらは”イルククゥ”という、トリステインにとっての大事なお客様だよ」


「きゅい?」


「えっ、きゅい?」


 慌ててテッサがシルフィードの口を塞ぐが、説明が面倒だから余計な事はしないで欲しいんだが?


「ああ、名前を聞いて分かるだろう、エルフの国の更に東方の国からの使者なんだ」


「へぇ、それで、きゅいって言うのは?」


 そこはスルーして欲しかったぞ、まあ、ジョゼットも素直な子だから、簡単に騙せそうだ。


「それはね、あちらの言葉で”こんにちは”と言った意味になるんだ」


「そうなんだ、”きゅい”、始めまして。綺麗な青髪ですね!」


「ぷっ!」


 上手く誤魔化せそうだったのに、またもやシルフィードが失笑して、話を振り出しに戻してくれた。私はテッサに目で合図して、本格的に黙るように伝えた。いや、ジョゼットの”きゅい”は女の子らしく可愛かったが、知っている人間にはお馬鹿さんにも見えるぞ?


「発音が難しいらしいよ、少し間違えると、全く別の意味になったりするらしい」


「えっ、今の何か変な意味になっちゃった?」


「それより、何の用だったんだい、大体想像は付くけどね」


「やっぱり? さっき話すのを忘れたから、拙いなって思ったけど。スティン兄の方からも、エルネストさんに頼んでくれないかな?」


 もう、キュベレーはエルネストの所に向かったが、それは伏せて話を進めよう。急患でも居なければ、直ぐに来ると思うがあまり思う通りに動かないだろうからな。


「用があれば伝えるが、私以外も他に頼む人が居るんじゃないかな?」


「うっ!」


「あの娘は、ラ・ヴァリエール公爵家の娘だ。実家に連絡はとり易いだろうね?」


「だから、テッサに、ミス・ヴァリエールの部屋に一緒に行ってもらおうと思ったんだよ」


「ジョゼット、ミコト君は誰の使い魔だったかな?」


「うぅ、だけど」


「ジョゼット!」


「分かった、行って来る」


「ちょっと待ちなさい、私の方から話があるんだよ。テッサに頼みなんだが、ジョゼットも聞きたいだろう?」


「えっ、うん」


「テッサ、さっきの話の続きなんだが、イルククゥさん達との交流を深める為に、テッサに仲介役を頼みたいんだが?」


「はい?」


「テッサ、凄いじゃない!」


「えっ、はい」


「でも、どうしてテッサなのかな?」


「それは、そう、イルククゥさんがテッサを気に入ったからだぞ、見て分からないか?」


「えっと、そう?」


 テッサとシルフィードの今の体勢を見ると、微妙だがまあ気にしたら負けだな。


「それに、テッサにはシルフィードと言う優れた”脚”があるからな。学業の支障にならない様には考える積りだよ」


「学業って、学院を卒業してからじゃないの?」


「事は国の将来に関わる事だからな、国王としても先を見越しての決断だよ」


「でも、ボク・・・」


「ジョゼット、別に直ぐと言う訳じゃない、テッサと話し合ってみるんだね」


「いいえ、ラスティン様、出来れば早い方が良いと思います!」


「テッサ!」


 ジョゼットが信じられない言葉を聞いた様に、驚きの声をあげた。私も意外な台詞に驚いて、テッサの方に目をやったが、直ぐに逸らす事になった。テッサがシルフィードに馬乗りになる感じで行動と発言を封じていたんだが、ちょっと貴族のお嬢様の行動とは信じられない物だったからな、スカートなんだからもう少し気にして欲しい物だな。

 格好と発言がミスマッチなんだが、これも気にしたら負けなんだろうか?(テッサはそう言うキャラじゃないはずなんだが?)


「ジョゼット、暫く1人で頑張ってね。でも、必要な時には絶対に傍に居るから!」


「う、うん・・・」


「ミコトはジョゼットが頼りなんだよ、分かっている?」


「そうだね、ボク、今からルイズの所に行って来るよ!」


 ジョゼットが何かを振り切るように、寮の方へ走って行った。ルイズの性格なら、明人青年の事を何処かで見ている気がするんだが、ジョゼットは気付いていない様だな。まあ、自分の”脚”で自分で決めた目的地を目指すのも良い経験になるだろう。


「テッサ、良かったのかい?」


「はい、ラスティン様の話を聞いて、決めた事です」


 身なりを整えながら、テッサが自分自身に言い聞かせる様に呟いた。私の問いに対する返事と言うより、テッサ自身の決意を表現しているんだろうな。


「ラスティン様、今度のゲルマニアとの戦争にジョゼットは参加するんですか?」


 テッサの真剣な問いに私も返事を誤魔化す訳には行かない様だ。戦略的、戦術的にはメイジ殺しは使い難いのだが、局地戦では強力な”駒”になる。実戦経験の量は兎も角、限られた空間や人数に対してはルイズもジョゼットも圧倒的な優位性を持っているのは事実だ。(多分、再訓練中の警備隊の兵団員と比べても遜色は無いだろうな)


「ジョゼットが戦力として有用だと言う事は分かっているね?」


「はい、この目で見ていますから」


「国王として、家族だからと言って戦場に出さない訳には行かないな。ジョゼットが戦った方が良い場面ならジョゼットを戦わせるよ」


「ラスティン様、いいえ、国王陛下ならそうおっしゃると思っていました」


「そうか、だから早く韻竜達との交渉を早く終わらせたいか・・・」


 テッサの考えは分かったが、正直甘いなとも思えた。結界の中に閉じ篭って外界との交流を拒んでいる韻竜達が簡単に交渉のテーブルに付くとは考えにくいが、そこでふとシルフィードに目をやったんだが、これでも200歳とかだったよな? エルフのクリシャルナと年齢的にはあまり変わらないが、精神年齢的にはかなり幼く感じる。まあ、クリシャルナも時々幼く思える時もあるんだがね。(そうだな、悪い方に考えるのは止めた筈だ、ここは韻竜達が世間知らずで、乗せられやすい性格だと考える事にしよう。上手く行かなければ、その時だしな)


「テッサの考えは分かったけど、君に交渉事が出来るのかな?」


「あっ!」


「だろうね。そうだな、暫く王城の方で勉強をしてもらおうかな?」


「はい、でも時間が・・・」


「そうだな、交渉事が得意な人間を付けられれば良いんだけどな・・・」


 ああ、適当な人物が居たな、クリシャルナが丁度、トリスタニアに来るって言っていたな。彼女なら交渉事には向いているだろうし、我が国がエルフと交渉を持っていると言う事もアピール出来る。

 本当は、多分私自身が早めに腰を上げるべきなんだろうが、現状では何日も王城を開ける訳にはいかないしな。今日だってキアラに仕事を押し付ける形になってしまったんだから。


「テッサと一緒にクリシャルナに言ってもらうとしようか、知り合いの方が心強いだろ?」


「はい! でもどうしてクリシャルナさん何ですか?」


「分からないかい? 本当にちょっと勉強をした方が良いかもね。キアラとは面識があったね?」


「あ、はい。でも、何だか怖い方ですよね?」


「怖いね、確かに。いいや、そんな事は無いぞ、面倒見は良い方だし、教えるのも上手いな」


 テッサとキアラが最初に会ったのは、あの時だな。キアラも緊張していたんだろうし、思わず肯定してしまったが、キアラが厳しいのは権力に相応しくない能力の人物に対してだけだからな。最近はキアラが怒るのは殆ど私に対してだけだしな・・・。


「ラスティン様?」


「ああ、そうだな。ライルもこの春からキアラに色々習っているよ」


「虚無の曜日に何時も外出してるは、そのせいだったんですね?」


「まあ、親子の交流もあるがね」


「そうですか、分かりました!」


「ワーンベルからクリシャルナが来るのも暫く先だと思うから、それまでに交渉術位は物にするんだよ?」


「はい」


「テッサなら大丈夫だ、それにシルフィードの親戚なら、まあ、緊張するだけ無駄だろうね?」


「ふふっ、そうですね」


「今何か、馬鹿にされた気がするのね?」


「いいや、単にテッサと君の家族がきっと直ぐに仲良くなれると思うという話しをしていたんだ」


「そうなの、おねえさま?」


「ええ、貴方のお父様の事を教えてくれる?」


 そう言って、2人?は密談に入ってしまったが、私と一緒に王城へ向かう事だけは決める事が出来た。キアラには余計な仕事を頼むことになるだろうが、キアラは忙しすぎる方が私へのお叱りが減るので、その意味では大助かりなのだ!(自分で言っていて情けない気もするか?)

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