第162話 ラスティン30歳(マッド・ドクターⅡ:後編)



「何だか副作用?が出そうだが、大丈夫なのか?」


「ああ、この処置をメイジに行うと、多少無気力感が起こる程度かな?」


「まあ、それは都合が良いな。そもそも魔法を使わない人は支障が無いんだな」


「多分な、処置例が少ないから絶対とは言えないけどね」


「ところで、神経を殺すってどうやるんだ?」


「企業秘密って奴だよ、まあ、エルフの毒を研究した成果と言った所かな?」


 ああ、陛下、いや、フレデリック様やベッケル子爵の時の毒の特性を逆に利用した訳か? この辺りは、クロエも協力しているんだろうな。


「大体分かったけど、それだと元に戻せるよな?」


「ああ、そうだな」


 何気なく尋ねたんだが、エルネストの返事は短い割には意味深に聞こえた。


「何を考えている?」


「僕だって、スティンの言う不良メイジを生み出した責任を感じているんだよ、ただ、君達とは違う対策を考えているだけの事さ」


「その対策を教えてくれないんだろうな?」


「まだ、研究途中だからね。成功の見込みが立てば、知らせるよ」


「私が知る必要がある話なんだな?」


「ああ、多分世界が変わるよ」


 エルネストとの雑談はそこまでだったが、最後にエルネストは妙な忠告をしてくれた。


「ああ、スティン。最近なんだが、我らが”義母”殿が良くカトレアの所へ来て、話をして行くんだ」


「内容は?」


「勿論、君達夫婦に関してだよ」


 何だ、エルネストらしくも無い言い方だな?


「それで?」


「まあ、今は大丈夫なんだろうけど、ゲルマニアとの戦争に一段落ついたら、2人で診療所を訪ねてくれ」


「おい、もう少し詳しく、言ってくれよ!」


「分からないか? まあ、エレオノールには暫く帰省しないように言っておくんだね」


「気になるな、もしノーラに何かするなら、潰すぞ?」


 今ならラ・ヴァリエール公爵家でも潰せると思うが、いや、例え何をされてもノーラが実家を潰す事に同意はしないだろうな。


「ラ・ヴァリエールをか?」


「ああ、それは拙いな。義母殿を潰す事にしようか?」


「どうやってだ?」


「さあ、ルイズとその使い魔に潰して貰うんだよ」


「?」


 エルネストが、先日の儀式に興味を持っていれば丁寧に教えてやるんだが、研究の方が大事だっていうんだから秘密にしておこう。こうなると本気でルイズと明人青年の訓練に肩入れしなくてはならないかもしれないな。ちょっと兵団の方に話を通してみるか? いや、明人青年に関しては戦士としての修行も必要だろうな、傭兵団の手練も出来れば手配したい。


 うーむ、こういう個人的な話に時間を割くと小さな宰相殿が煩いんだよな。いや、理由は別に個人的な物じゃないと主張できるか? 転生者の特性に関して、ルイズが明人青年を召喚した為に、転生者の意識と無意識や物語の束縛といった問題の結論が先送りになってしまったのだが、それに対して積極的に干渉してみようとキアラから提案されていたんだった。

 突入部隊に”ルイズとアキト”を推薦してみるか? ルイズには敢えて虚無を使わせてみるまでは考えていたんだが、もう一歩踏み込むという手もあるか?


「スティン、どうした?」


「すまない、ちょっと考え事だよ」


「国王陛下も大変だな?」


「いや、私なんかは楽をさせてもらっているよ。それより、ミコト君の治療に関して、話をしよう」


 そこからは、ミコト君の治療の話に入る事にした、外傷が見えなかった事や痛みは感じていなかった様だと言う話をしたのだが、目を診察するための器具が無いと言う話になってしまった。そこまで考えなかったのは失敗だったが、私にとってエルネストがミコト君の治療をすると決める事が重要なのだ。

 エルネストがその気にさえなれば、ミコト君の視力が回復するのは時間だけの問題になると確信している。なにせ、私の親友は頼りになるマッドドクターだからな!


===


 エルネストが来てから数日後、私はある程度自分の考えをまとめて、キアラに意見を聞くことにした。ノーラはこの問題に関しては、どうも不干渉を貫く積りの様で、話は聞いてくれるのだが意見は一切言わないのだ。(ノーラが全面的に私を信頼してくれている証だとは思うのだが、やはり物語の直接の登場人物だと思うところがあるのだろうか?)


「それで、ラスティン様の提案と言うのは、どんな物なのですか?」


「ああ、ルイズに虚無を使わせるのは良いんだが、物語通りに進め過ぎるのは良くないんじゃないかと思わないか?」


「ルイズちゃん、いえ、ルイズさんに物語を模してゲルマニア空軍を虚無魔法で撃破した後に、逆にゲルマニアに侵攻して物語との相違を転生者達に認識させるという案では不足ですか?」


「いや、もう少し意識を誘導しやすくしたいと思うんだ、ルイズが爆発(エクスプロージョン)で艦隊を壊滅させて、その後への繋がりが弱いと思わないか?」


「それは、そうかも知れませんね。演出としては強引過ぎるかも知れません。観戦させる転生者の方々に適宜に説明を入れていく事で違和感を無くす予定でしたが、ちょっと面倒だとは思っていました」


「だろう? アキト君も加入したんだから、”竜の羽衣”も活用するべきだろう」


「そちらは、空軍で補う積りでしたが、アキトという青年が信頼出来るのであれば、良いかも知れませんね」


「明人青年か、信頼は出来ると思うが、人を殺せるかはどうかな?」


「まあ、随分と軟弱なんですね、日本の男性というのは?」


「言うなよ、私だって最初に人を殺した時には酷い事になったんだからな。現代の日本じゃ、人が殺される場面なんてテレビの中でしかお目にかからない物なんだからな」


「テレビ?」


「まあ、情報伝達機器と言うべきかな? 音声だけじゃなく画像も送れるんだ。まあ、それはいいとして、私の考えはどうだ?」


「あ、すみません。えっと、確か”ヒラガサイト”が竜騎士を翻弄している間に、ルイズさんが虚無魔法を唱えるでしたか?」


 よし、上手く誤魔化せたぞ、”酷い事になった”辺りに突込みが入ったら説明に困るしな。あの事は両親とマルセルさんそして、ノーラしか知らない筈だしな。(ノーラには結婚後話したと言うより、話させられた。何故か当時の事を大まかに知っていたんだが、絶対母の仕業だと思う)


「まあ、そんな感じだったな。完全に再現するのは無理でも近い状況を作れないかな?」


「近付け過ぎるのは逆効果では?」


「いや、こう言った機会は、2度と無いかも知れないんだし有効に活用したい」


「それは言えますね、それでは・・・」


 ここからは秘密だ、まあ、その時になれば分かるから、楽しみにしていてくれ。どうでもいいが、戦略も戦術もほぼ決まっているから、何だか劇場型の戦争になりそうな気配があるな?(観客は転生者達になるんだろうか?)


「それでは、こう言う方針で各署と調整を行いますが」


「何か問題か? 予算的には十分だと思ったが?」


「いえ、報告の方が残っていました」


「聞こう」


「カリーヌ・デジレ・ド・マイヤールについて探れに関してですが、申し訳ありません」


「やはり、邪魔が入ったか?」


「いえ、感触からすると、巧妙に過去を消されていると言った所でしょうか。しかし、この調査に意味があるんですか?」


 うっ、誤魔化せたと思ったんだが、納得はしてくれなかったか。まあ、義母殿の弱みでも握れないかと思って調査させたんだが、公爵家としても嫁が性別を偽って魔法衛士隊で活躍していたとなると醜聞とまでは行かないがあまり褒められた事では無いから、全力で消したんだろうな。


「グレンさんの噂からでも無理だったか?」


「はい、噂だけでは強気に攻める訳にも行きませんし、公爵家が後ろに居るとなれば口も固くなります」


「まあ、仕方ないな。嫁入り後の活動も地味な物だったな?」


「はい、先のゲルマニア侵攻の時の活躍も無い物にされています」


「念の入った事だな、誰かに恨みでも買ったんだろうか?」


「さあ、その辺りも含めて不明です。物語の方では?」


「うーん、弱みになる様な話は無かったな」


「調査を続けますか?」


「いや、もういいが、最近の動きのが無かったが?」


「あ、いえ、目立った動きはありませんでした」


 駄目か、カトレアに話している内容と言うのを知りたかったんだ、本当はこちらがメインだったりするんだが? ん? キアラの様子が少しおかしい気がする。


「どうした、何か気になる事があるのか?」


「あ、いえ、あの、少し気になる事があるのですが?」


「キアラらしくないな?」


「そうですね、ライル君に関してなんですが」


「何だ、何かやらかしたのか?」


 話の流れが見えないんだが、ライルが大失敗でもしたんだろうか? いや、そこまで重要な事案は任せていない筈だし、私に報告の必要が生じるとも考え難いんだが。


「いえ、ライル君の身上調査の方です」


「ああ、そっちの話か、調査が上手く進んでいない様なら、ゆっくり進めてくれればいいぞ?」


「調査が難航しているのは事実なんですが、今回の公爵夫人の過去の調査と同じ物を感じると報告を受けているんです」


「はぁ? 何でライルの過去を?」


「誰が何の目的でと言うのも不明ですが、ライル君母子には少し不可思議な所がありまして」


「ふむ、しかし、ライルが、そんな重要人物なのか?」


「可能性としては、モーランド侯爵の庶子とかなのですが・・・」


「無いな」


 思わずそう声に出してしまったが、別におかしな話でも無いだろう? ライルがだぞ?


「そう断言される根拠を聞きたいですが?」


「さあ、特に無いが?」


「はぁ?」


「いや、そこは呆れる所じゃないだろう? だが、その可能性は消しておきたいな。こちらは妥協出来ないぞ?」


「はい、勿論です。ライル君の名誉に関わりますから」


「打つ手は?」


「大規模に調査を行ってみるというのも手ですが、これは採用出来ませんね」


「だろうな、ライルの生い立ちに問題があると宣伝しているような物だ」


「そうすると、ライル君の唯一の肉親についての情報を集めるのが良いと思うのですが?」


「ベルさんのか、それも変わらないだろう?」


「いいえ、成人間近のライル君がその姿を血縁の方にも見てもらいたいと希望したと宣伝するだけです」


「それは良いアイデアかもな、でも偽の親戚とかが続出しそうだが?」


「さあ、ベルさんの事を覚えている人がどれ位居るでしょうか?」


「覚えている人が少ないのか?」


「ええ、殆ど居ませんね」


「いや、しかし」


「何故か、そのベルと言う女性は常時変装していたそうですよ?」


「変装? まあ、良い。話を進めてくれ」


 随分胡散臭い話になって来たな、嫌な予感がするが、ライルの将来の為にも爆弾は取り除いた方が良いだろう、そう考えてキアラの提案を実行に移す許可を出した。

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