第154話 ラスティン30歳(剣道青年)



 ルイズの召喚は実にあっさり成功した。ただ召喚された人物は少々微妙だったがね。召喚されたのは剣道の練習中だったと思われる青年だった。


『ここは何処だ? 君は?』


「私の言っている事が分かる? 私が貴方を召喚したんだけど、理解出来るかしら?」


 無論2人の会話は成立していないぞ? ルイズの目から見れば面や籠手なんかを身に着けている人間では無く、妙な生き物に見えるのかも知れない。契約前だとやはりこうなるらしいな。どちらの言葉も分かる私ともう1人にとっては、中々面白い見世物なんだが、そうは言っていられない。こちらは想定された事態だったから、打ち合わせ通りに、ロドルフがその青年に近付いて行った。


「ミスタ・バルザック、少し構いませんか?」


「ミスタ・アンジェ、どうしました?」


「僕は、彼が話している言葉が少し理解出来ます。多分東方の言葉だと思いますよ」


「ああ、君はエルフの皆さんと付き合いがありましたね?」


「はい、直接ではありませんが、東方の言語についても聞いていますから、ミス・ヴァリエールの手助けが出来るかと思うんですが?」


「そうですか、それは助かります。良いですね、ミス・ヴァリエール?」


「はい、お願いします。ミスタ・アンジェ」


 その返事を聞いて、ロドルフが彼に話しかけた。


『こんにちは、剣道の練習中だったのかな?』


『良かった、日本語が通じる人が居たんだな。ここは何処か教えてくれますか?』


『まあ、普通に説明しても分からないだろうね。先ずは自己紹介をするよ。僕の名前はロドルフ・ド・アンジェだ、君は?』


『ああ、失礼。僕は”平賀 明人”と言います。○×大の1年と言っても分からないか』


 肝心の事を聞きだしたロドルフがこちらに視線を向けて来たが、予定通り話を進めるべきだろうな。”平賀 明人”か、これは


また判断に苦しむな。(名前からして、原作主人公の平賀才人の親戚かなんかだろうか? ミコト君の件と言い、虚無の使い手達が召喚する人間には法則があるのだろうか? 転生者のメイジが精霊を呼んでしまうのと似ている気もするな)


 私からの反応が無い事を見て、ロドルフは予定通りに話を進め始めた。


『平賀君、君が今さっきまで何をしていたか説明出来るかな?』


『そうだな、大学の剣道場で打ち込み台相手に練習していたのは確かだよ。胴を打って、台の脇を抜けた時に何だか妙な物に突っ込んだ気がしたかな?』


『うん、それで正解だと思うよ。君はこの女性、ミス・ヴァリエールの魔法で召喚されたんだけど、言っている事が理解出来るかな?』


『召喚? 裁判とかには見えないが?』


 裁判所と来たか、今時の若者の考え方じゃないな。これは、お固い剣道少年だったんだろうな。


『はははっ、随分と固いね、君は。小説やゲームはやらないのかな?』


『ああ、そっち系か、はあ?』


『信じられないかな? さっきまで剣道場に居た君が、こんな広場の真ん中に居るのに? 周りには外国人ばかりだよ?』


『うっ!』


『どうかな? 意識が無くなっていた間に何処かに連れ去られたとか考えたりする?』


『ちょっと信じられないが、信じた事にする。それでここは? 白人が多いから、欧米だよな、ヨーロッパの何処かだろ?』


『残念、異世界なんだよ』


『はぁ? だって、日本語が通じているじゃないか』


『まあ、それには事情があってね。そうだ、後ろを見てご覧よ』


 そう言われて、後ろを向いた明人青年の視界に、まあでっかい竜やら見たこともない生物が見えたんだろうな。ゆっくり首をロドルフの方に向けると。


『マジ?』


と絶望的な声で尋ねたが、ロドルフは楽しそうに、こう答えた。


『勿論マジだよ。何だったら、ほっぺを抓ってあげようか? 魔法を使って見せた方が良いかな?』


 ロドルフがそう告げると、明人青年の周りだけに不自然に風が吹き付けた。青年はどうやらそれで観念したらしい。


『はぁ、何でこんな事に・・・』


『悩むのは後にして、とりあえず契約をしてくれないかな?』


『契約?』


『ああ、彼女の使い魔として働くという契約だよ』


『血判でも押せば良いのか?』


『いいや、彼女、”ルイズ・ド・ラ・ヴァリエール”と軽くキスをしてくれれば良いだけだよ』


『あの女の子と? ちょっと犯罪っぽくないか?』


『幼く見えるかも知れないけど、16歳だよ彼女は、それと女性のプロポーションに関しては、気を使わないと酷い目に遭うよ!』


 妙に力が入ったロドルフ君の助言だった、もしかして前世では、いや、ここは気を使うところだよな? 多分身長が175サントほどの明人青年と比べて、ルイズは20サントも低いし女性らしい体付きでも無いからこの反応も仕方が無いだろうな。(この辺りは個人の好みだから、何とも言えないがね。私の好みから言えば・・・)


『そ、そうか? それで契約をすると何か良い事があるのか?』


『ああ、少なくとも言葉が分かるようになるね。君には特典も付いて来るだろうし』


『特典?』


『まあ、気にしないで、こんな可愛い女の子とキス出来るんだから、男なら喜ぶ所じゃないかな?』


『そんな事を言ったって、相手が居る事だろう?』


『固い、固いな君は。さっきの僕たちの会話は聞き取れたかな?』


『・・・』


『語学が得意そうには見えないけど? もう元の世界に戻るのも難しいよ?』


『いや、戻る積りは無い・・・、良いさやってやるよ!』


 妙な吹っ切れ方をした明人青年だった。戻る気が無いというのは少しだけ気になるがな。


『良いね、それじゃあこっちでも話を進めるよ。まあ、明人君は立ってるだけで良いからね? 男性のプライド的にはちょっとかもだけどね』


『好きにしてくれ』


『そう言う態度は良くないよ、多分彼女にとっても始めてのキスなんだろうからね』


『お前、ロドルフとか言ったよな。随分と女性心理に詳しくないか?』


『まあね、そんな事より、その暑苦しい面をとってくれよ』


『ああ』


 そう言って明人青年が面を外したが、何と言うかかなり整った顔立ちだった。どれ位かと言えば、ルイズがぽかんと口を開けたままになってしまう位だな。私的には、ライルの方が女性受けすると思うが、ルイズにとってはそうでは無いらしい。


「ミス・ヴァリエール、見蕩れている所悪いけど、契約の方始めてくれるかな?」


「なっ! 私は、そんな軟弱な男に見蕩れていたりしません! ただ、本当に人間なんだって思っただけです、ミスタ・アンジェ!」


「そうかい? それは失礼」


「そうです、私の使い魔ならもっと強くていい筈です! そう、私を守れる位に!」


「それは無茶な注文じゃないかな、僕だって君には勝てる自信が無いからね?」


「それ位強い使い魔が必要なんです、なのにこんな得体の知らない平民を呼んじゃうなんって!」


「おっと、それは僕に対しての挑戦かな? それに、君自身が召喚してしまった彼に対しても失礼なんじゃないかな?」


「・・・、すみません、ミスタ」


 ロドルフもなかなかやるようになったな、きちんと交渉を進めながら、2人の仲をを取り持つ気らしい。この辺りは、完全にアドリブなんだが。(ちなみに、ルイズとロドルフが一対一で決闘をしたら確実にルイズの勝ちだが、使い魔を含めれば話は逆転するだろうな。ガンダールヴの力と精霊は非常に相性が悪いだろうからな)


「良いさ、さあ、君の使い魔との関係が今から始まるんだ。険悪な仲にはなりたくないだろう? やっぱり女の子は笑顔が一番だよ」


「善処します。ミスタ・アンジェ」


「そうしてくれ、準備はいいかな?」


「はい」


『明人君、契約が始まるけど、暫く動かないでくれ』


『やっとか?』


『ああ、少し痛かったり熱かったりするかも知れないけど、我慢してくれ』


『おい、聞いていないぞ?』


『おや、止めるのかい?』


『いや、もういいから、早くしてくれ』


 何とか話はまとまったらしい。どうもあまり友好的とは行かなかったが、ルイズも素直にはなれないみたいだな?

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