第153話 ラスティン30歳(巫女さん来る)



 ハルケギニアは緊張感を増しながらも、一見平穏さを保っていた。私自身も30歳になったが別に何の感慨も浮かばなかった、それよりもう直ぐルイズやジョゼットが使い魔召喚の儀式を行う時期が近付いていた。事情を知っている極少数の人間にとってはとても重要な出来事だが、普通の人には毎春の儀式に過ぎないのだろう。


 さて、どんな存在が召喚されるのだろうか?


===


ジョゼットのサモン・サーヴァントの呪文が完成すると懐かしい銀色のゲートが現れた。暫く待っていると、そのゲートから一瞬誰かの手が彷徨うように少しだけ顔を見せたが、次の瞬間驚いた様に直ぐに引っ込んでしまった。


「あ、あれ?」


「ミス・マーニュ、呪文に集中しなさい!」


 バルザック先生の注意の声がとんだが、その時には銀色のゲートは閉じてしまっていた。はっきりとは見えなかったが女性の手だと思えたんだが、何か妙だったな。目の前に急にあんな物(銀色のゲート)が現れれば驚いてしまうとは思うが、召喚について知らない普通の人間ならいきなり手を突っ込んだりしないと思うんだが?(棒で突っついたり、何か投げ込んで反応を見るよな?)


「ミスタ・バルザック! もう一度お願いします!」


「ミス・マーニュ、今のを見たでしょう? 召喚される側に何かの不具合があるのかも知れませんよ」


「ですが、今じゃ無いと駄目なんです」


「どうしてかね?」


「何となくですけど、確信があります!」


「そうは言っても・・・」


 バルザック先生が困った様に、私の方へ視線を向けて来たぞ? こんな事をふられても困るんだが、ジョゼットの様子を見ると妙に落ち着かない様子だった。もしかしたら後に控えているルイズへの対抗心かとも思ったがどうやらそうでは無いらしい。召喚されてくるのも女性っぽいからまあ、大事にはなるまい。そう思って軽く頷き返した。


「良いでしょう、儀式を再開します」


 バルザック先生の返事を待ちかねたように、ジョゼットのサモン・サーヴァントの呪文を唱え直した。結構早口だったが、コモンマジックはこれが可能だから有用なんだよな。そんな事を思っていると、何を思ったかジョゼットが自分で開いたゲートへ素早く近付いて行った。

 この娘は何をやっているんだろう?というのがその場の他の人間の感想だっただろう。ゲートの目の前に陣取って召喚者の方がゲートに手を突っ込みそうな感じだった。もしかして、今度手が出てきたら引っ張り出そうとか考えているんだろうか? だが次の瞬間に起きた事態はその場に居た殆どの人間の予想外だった。


「ジョゼット!」


 今のはライルか? その声とほぼ同時に、ゲートの中から鈍く光る刃が突き出された来た。ジョゼットは咄嗟に身体を捻りそのまま刃(小太刀だろうか?)を脇に挟み込むとその刃を持った手を引っ張り出す形で後ろに思いっきり跳躍した。見ていて惚れ惚れとする動きだった、普通のメイジだったら避けきれず酷い怪我を負っていたかも知れないな。


 少し遅れてテッサがジョゼットの所に駆けつけたが、ジョゼットの体に特に問題は無さそうだった。召喚された小柄な女性が、苦労して立ち上がった。その前に2人を守る様にテッサの使い魔が立ち塞がったまでは良かったんだが、その女性は風韻竜のに気付いた風もなく両手を前に彷徨わせ、その手が風韻竜の腰下辺りに触れるとそのまま倒れこんでしまった。(何だこの状態は?)


「きゅい?」


 途方に暮れたようなわざとらしい風韻竜の泣き声がシーンとしたその場に響き、バルザック先生が私の方を見ていたが、どうしろって言うんだこの状況を! こちらも力なく首を振ると、流れでバルザック先生がこんな事を言い出した。


「それではミス・マーニュ、コントラクト・サーヴァントを」


「はい」


 いや、いきなり切りつけられたのに使い魔契約ってどうなんだ? その場面を見た事は無いが、危険な使い魔が召喚された場合は一度痛めつけて屈服させてからとか聞いた事もあるんだが。意識の無い人間と強引に契約すると後々面倒な事にならないだろうか?


「「「きゃー!」」」


 真面目な事を考えていると、既にジョゼットが”契約のキス”をする所だった。傍から見れば、小柄な男の子が気絶した女の子と抱き起こして、キスをしようとしている様にも見えなくは無いんだが、実際は単なる使い魔契約の一貫でしかないんだが、あの女生徒達には百合フィルターでもかかって見えるんだろうな。(今のは、本気で耳が痛かったぞ?)


「あっ」


 私も、ジョゼットの様子を確認する為に近寄って行ったんだが、その時小さな声を出してその女の子が目を覚ました様だったが、何故か目は閉じたままだった。そして何より気になったのは、その女の子の格好だった。いかにも”巫女装束 ”と言った感じだが、無駄な飾り付け等は無く白衣と緋袴を身に着けていたのだ。更に言えば、その女の子の顔付き、体付きがとある知り合いの事を思い起こさせた。(カグラさんの親族と言った所か?)


「君、目が覚めたかい?」


「あのココは? 龍神様は?」


 龍神と言う所で、風韻竜の方に視線が集まったが、こちらの竜の方は黙って蹲ってしまっていた。いきなり気絶されてショックだったのか、テッサに言い含められたのかどちらかだろうな。(結局、この風韻竜はイルククゥなのだろうか?)


「落ち着いて、ね?」


「はい、貴方様は? あれ、女性の方でしたか?」


「え、うん。僕の名前は”タバサ”、タバサ・ド・マーニュ、君は?」


「はい、”源・命”と申します」


「ミナモト・ミコト? 変わった名前だね、髪の色も珍しいけど、何処の国の生まれなの?」


「タバサ、ここはこちらから説明した方が良いよ?」


「スティン兄?」


 ちょっとジョゼットが人間を召喚するであろう事は予想していたが、ここまでの偶然は想像もしていなかったから、仕方なく助け舟を出す事にした。


「こちらのタバサ様のお兄様ですか?」


「いや、タバサの叔父に当たる”スティン・ド・マーニュ”と言う者だよ。ミコトさんと呼んで良いかな?」


「はい、あの、呼び捨てにしていただいても構いませんよ?」


「じゃあ、ミコト君と呼ばせてもらおうかな。君に信頼してもらう為にとある女性の名前を言うけど驚かないでくれよ」


「はい?」


「”ミナモト・カグラ”」


「!?」


「後で詳しく話をするから、今は何も言わないでくれ」


 小声でこの辺りの話をした後、本来の説明に入った。本当はルイズの使い魔の方にする説明だったんだが、まあ仕方が無いだろうな。


「ここはハルケギニア大陸の北西にある小国トリステイン王国と言っても分からないだろうね?」


「あ、はい、すみません」


「謝るところじゃないさ、姪が強引に君を召喚したんだから説明するのは当然だし、可能な限り君を手助けするよ」


「はい、ありがとうございます」


「もう少し詳しく場所の話をすると、この国の王都トリスタニアから少し離れた所にあるトリステイン魔法学院の土地になるかな」


「はい」


「ミコト君は、タバサの召喚魔法で召喚されたんだけど、これは分かるかな?」


「”しょうかんまほう”ですか?」


「そうだね、魔法の力で他の生物を呼び寄せて、契約をして働いてもらうと言えば分かるかな?」


「魔物を調伏して、使役する様な物ですか?」


「うーん、そう言う場合もあるけど、今、君はどんな気持ちかな?」


「・・・、何故でしょう、何だか胸が暖かいです」


 ミコト君はそう言いながら少し頬を赤くして、ジョゼットの方に顔を向けた。近くに女生徒が居ればまた黄色い悲鳴が聞こえそうな場面だが、バルザック先生が気を利かせて生徒を下がらせてくれたので助かった。ジョゼットとミコト君が手を繋いだままだし、まあ良いがね。


「現状は今話した通りだけど? 一度に沢山説明しても分からないだろうから、少しづつタバサに聞くといいよ」


「はい」


「タバサ」


「何?」


「事情を説明してあげるんだよ?」


「うん、僕のパートナーだからね」


「2人とも後で部屋においで、タバサは”カグラさん”の事は知っているだけ教えてあげてくれ」


「うん!」


 あまり長引くと迷惑なので、私からの説明はここまでにしておく。予想通りならば、生贄にされたミコト君がカグラさんと同じ様に召喚されたんだろう。何て偶然なんだろうな? 手を繋いだまま、寮の方へ飛んでいく2人を眺めた後、バルザック先生の合図で最後の1人の召喚が行われる事になった。(何だか気持ち的に疲れた、正直明日にして欲しいが、そんなはずも無いが)

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