第149話 ラスティン29歳(ダブル・ハーフ)



「そう言えば、コラリーさんは列車に乗った事はありますか?」


「その、ちょっと怖くって・・・」


「怖い?」


「何でも、速く移動出来る替わりに早死にするって聞きましたよ?」


「ぷっ!」


 本当に真面目に心配そうな顔をして、妙な迷信を披露してくれたコラリーさんには失礼な反応をしてしまった。何だか写真を撮ると魂が抜かれると同次元だよな?


「コラリーさん、それは迷信ですよ。機関車、ああ、先頭で引っ張る部分にはメイジが乗っているんですから」


「そうなんですか?」


「ええ、ここまで来るのに列車に乗ってきたんですけど、何処かおかしく見えますか?」


「いいえ、そうですね、今度王都に行く時にでも、思い切って乗ってみます。実は娘が乗りたがっていたんですけど、その・・・」


 お母さんの方が、迷信深かったと言う訳だな。若者達や、商人等は進んで客車に乗るのだが、老人などは乗りたがらないとリッテンが愚痴っていたのを思い出した。時代の流れと共にごく普通の交通手段になるはずなんだが、私自身はそれを黙って見ているだけでは居られないんだったな。


 目の前で、困っているコラリーさんを少しだけ待たせる格好で、思考を進める事にした。そう言えば、転生者の中に1人だけ苦労が報われていない人物が居たな。それはヴァレリアンの事だが、この機会に面倒は一気に片付ける事にするか。


 私の頭の中では凡その方針が決まったが、悩んでいた頃と比べて思考の速度が格段に上がっているのが感じられるな。


「コラリーさん、ワーンベルにある劇場で、新しい劇が上演されるそうなんですが、噂を聞いたことはありますか?」


「いいえ、それが何か?」


 今、思いついたアイデアだから当然噂なんて聞いたことが無いだろうな。ヴァレリアンが始めた劇の公演は一部では絶賛されているのだが、今一歩盛り上がりに欠けると言う報告が”委員会”でされていたからな、支援をしようと思い付いたのだ。


「実はですね、各地から色々な人を招待するそうなんですよ!」


「招待と言いますと?」


「ああ、旅費に宿泊費まで用意してくれるそうです」


「まあ、さすがは公爵様ですね!」


「ええ、何でも文化振興の一環らしいです。まだ王都辺りまで噂は広がって居ないですから、今なら申し込めば確実に招待されますよ」


 鉄道に乗る人間が増えればリッテンが喜ぶし、国民の旅に対する考え方も変わるだろう。ヴァレリアンの”劇”を見る人が増えればヴァレリアンが喜び、国としての文化振興にもつながる筈だ。


 この時代の演劇は、基本的に貴族は宗教劇、庶民は旅芸人の出し物程度だったから、オペラやシェークスピア辺りをこの世界向けに焼き直した演劇が受け入れられるには、少し時間が必要だと思っていたが、そうも言っていられないんだよな。レーネンベルクがいつまでも田舎だと思われているというのは我慢ならないしな。(こちらが本音と言う訳じゃないぞ?)


「本当ですか!」


「ええ、良かったら帰りに王都に行って申し込んでおきましょうか? 3人ですよね?」


「はい、でも、申し訳ないです・・・」


「コラリーさん、僕がどんな人間か覚えていませんか?」


「ふふっ、そうでしたね」


「良かったら、姪の”タバサ”がどんな生活をしているか教えてもらえますか?」


「どうしてもお知りになりたいですか?」


「え!」


 話の流れで聞いただけなんだが、コラリーさんの沈痛そうな表情が動揺を誘いそうになるが、いじめとかにあっているならばライルが何とかしない筈はないのだが?


「何でも、とある方と一緒に、”ダブル・ハーフ”などと呼ばれて恐れられているとか・・・」


「ダブル・ハーフですか?」


 何故ハーフなのかは想像が出来るな、半人前と言った所なんだろうな。しかし、”恐れられている”というのはどういう事だろうか? ジョゼットが本気を出せば、恐れられるのは分からないでも無いのだが? 一応、リボルバーは危ない(他の生徒がな)と言う理由で学院への持込は禁止したのだが、こっそり銃器でも持ち込んだのだろうか? (ふと童顔主婦の顔が頭に浮かんだぞ? ジョゼットと接点は無かった筈だが、間にマルセルさんでも入ればどうにでもなりそうだな)


「はい、入学早々に、あのミス・ツェルプストーがいじめに遭いそうになった所を、ミス・ヴァリエールと一緒に庇って返り討ちにしたそうですよ。偶然ですがその場に居た者に聞くと10対2だったのにあっという間に決着がついてしまったんだとか」


 コラリーさんの表情は愉快半分、哀れみ半分と言った所だろうか、2人ともあまり手加減はしなったらしいな。ここの生徒とは言え、その人数差で圧倒するとか義妹達はどうなってしまったんだろうか? ジョゼットだけなら話は分かるんだが、まあ、その為に色々画策した訳だしな。


 これはもしかして、義母も・・・。ああ、あの人も娘をジョゼットと同じ様に鍛えた訳か。ルイズが以前ストレスを溜め込んでいると言う話をしていたが。ルイズの”爆発”なら弾数ほぼ無制限のグレネードランチャーを持っている様な物だからな。


「ツェルプストー? ゲルマニアの方ですか?」


「はい、今の時期に留学生なんて信じられないですが、やっぱり・・・」


 そうだろうな、考えられない事態では無かったが、ライルにも話しておいたのだが、学年が違うからさすがに十分では無かった様だ。勿論、学院長にも事情を話して協力を要請したが、こういった事は教師ではあまり役に立たないと言う事は経験から分かっていた。(彼女の場合はゲルマニア人らしい外見だからな、下手に工作させなかったんだが・・・。普通に考えればスパイだしな)


「そうですか・・・」


「あ、ですが、今は大丈夫ですよ。守護者の方も動いているらしいですし、ミスタ・グラモンが”ダブル・ハーフ”とその他の生徒さんの間を仲介して下さったので」


「ミスタ・グラモンと言うと、彼の弟ですか?」


「はい、随分と出来た方の様で、ミスタ・レーネンベルクと女生徒の方々の人気を二分なさっていますよ」


 ミスタ・グラモンと言うのは、”ギーシュ・ド・グラモン”だろうな。彼に関しては、まあ、兄のデニスと似た性格に育ってしまったんだろうなと漠然と考えていたのだが、仲介とかするタイプじゃ無いと思うんだが、ギーシュの身に何が起こったんだろうか???


 何故か心当たりがあるな、ノーラの友人という女性の事が思い出されたぞ? あのデニスの奥さんと言うには出来過ぎた女性と感じたが、彼女がギーシュの教育に”義姉”として乗り出したのなら、納得が行くかもしれない。(奇妙な話だが、私の無意識より、あのクリオと言う女性の明確な意思が勝ったのだろうか? こうなると確かにキアラの提案の方が無難なのだろうな)


「そのミスタ・レーネンベルクと言うのは先程も出てきましたが、小さい頃に何度か会っただけなんですが、そんなに良い生徒さんなんですか?」


 つい欲求に逆らえず、聞いてしまったが、コラリーさんからは絶賛と言っても過言ではないほどの褒め言葉が紡ぎ出された。概ね私が思っているライル像と差が無い所から、ライルは何処に居てもライルなんだなと思えた。(第三者から息子の褒め言葉を聞くのは喜ばしいと共に恥かしくもある)


 それと、ライル自体の身の上が意外に知られているのが分かったのも収穫だった。特に隠していたり情報操作もしなかったから当然なのだが、戦災孤児から次期公爵の養子に、魔法学園と公立学校を優秀な成績で卒業、メイジとしての腕も既にスクエアに到達していてこのまま行けば主席か次席かで魔法学院も卒業確実な、将来有望な若者と言う見方が一般的らしい。


 コラリーさん自身の評価は、敵が少ないと言う点を非常に驚いているそうだ。私の学生時代ときたら周囲が敵だらけだった気がするから、確かに驚きだな。私が異常だったと言う気もするが、ライルを妬む人間は多いと思うんだが、その辺りは私よりライルの方が何倍も経験豊富なのだろう、大して問題にならないどころか妬んでいた生徒もいつの間にか仲間になっているそうだ。


「そうですね、あの方の欠点と言ったら、欠点がほとんど無い事でしょうね。ああ、あのミス・ボヌーと仲が良いのも欠点なのかも知れませんね」


「ミス・ボヌー?」


 いや、アナベラ・ド・ボヌーと言うのは、イザベラ姫の偽名なのは知っているのだが、意外と評判が悪いのだろうか?


「ご存知ありませんか? 魔法学園という所からの転校生らしいんですが、身元が全く不明というのが怪しいという噂なんですよ」


 失敗したなあの頃は私自身もあまり正常では無かったから、十分な身分工作をする気も、おまけに時間も無かったからな。偽名を使って、変装をして(髪の色とかな)いれば、他人の受けも良くないだろうな。(世間知らずと言うのもあるのだろうが、それが不自然さを強調しているのだろう)


「まあ、魔法学園の生徒であれば、普通の平民なのでしょうから、身分は明かしたくないでしょうね」


「いえ、何と言うか、入学したての頃は何処かの高貴な身分の方がお忍びで来られたのかと思いました」


 完全にばれてるな、まあ、イザベラ姫に演技とか無理そうだったからな。答えを濁す積りだったが、コラリーさんの方から話を進めてくれた。


「ミスタ・レーネンベルクを独り占めしているのも嫉妬を集めているんでしょうね」


「そうなんですか? あまり女性の心理には詳しくないですが・・・」


 ライルにも、難題が持ち上がっていた訳か? しかし、彼らがそれを問題と認識していたかは疑問だな、少なくとも暗い表情をしたイザベラ姫を見た事が無かった気がするからな。


 それにライル自身は知らないだろうが、父の所にライルを養子にくれないかという話も時々舞い込んでいるらしい。レーネンベルクや、”王家”(実感は薄いが、私とノーラの事だぞ)と縁を結びたいと言う程度ならば父がどうとでもしてくれるだろうが、時々本気でライルに家督と継がせたいという貴族も居るそうで、対応に困ると父が嘆いていた。


 弟のノリスの事も含めて父も頭が痛いことだろうな。ジョゼットが出自を知ったらどういう行動をするか、その時ノリスがどんな行動を取るかとか、私の両親ならかなりの精度で予想出来ているんだろうな。ライルにレーネンベルクを継がせるとか本気で言っていると思えたぞ?


 ライルは能力的にも、人柄的にも問題は無いが、血筋的には大問題なんだがな。私自身は王など相応しい者がやるべきだと思うが、この世界の王家の血筋には特別な意味がある筈だからな・・・。公爵家や大公家等は血筋を無視する訳にはいかないのだ。考えてみれば、王家の血筋自体も拡散している可能性があるのか? これは考えても始まらないな、調べさせる事にしようか。

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