第148話 ラスティン29歳(ど忘れ)



 あれから、あっという間の1年だった気がする、私はキアラにせっつかれながら書類と愚痴を言いながら格闘したり、ゲリラ的な慰問活動を再開して護衛隊長に愚痴を言われたり、どこぞの愚痴王と愚痴を言い合ったりと充実した日々を送っていた。(やっている事は以前と変わらないし、愚痴ばっかりという気もするが、気のせいだ!)


===


 2年になったライル達は使い魔召喚の儀式を行った訳だが、”明日は何が召喚されるか楽しみです!”と嬉しそうにライルが報告してくれた時に少しだけ気になってはいたのだ。

 休む為にベッドに横になり、少しだけノーラと話をしている時にそれに気付いたのだ。”ロドルフも精霊を召喚する可能性が高い”という事実にだ。(ロドルフにはその可能性を話したかどうか思い出せなかったが、ライルやイザベラ姫と一緒にウキウキした様子だったから、完全に意識の外なのは確かだった)


 生憎、私は、朝から抜けられない朝議があり、エルネストやクリシャルナに伝言を頼んだキュベレーからの報告では2人とも直ぐに移動できないと言う結果だった。無茶をして朝議を早く終わらせて、変装もそこそこに魔法学院方面行きの列車に乗り込んだのが昼過ぎだった。


 そして現場に到着すると、そこには途方にくれたロドルフと、それを心配そうに眺めている生徒、そして難しい顔をした監督役のバルザック先生が居た。風の精霊っぽい物がロドルフの周りをさかんに回っていたがやはり誰にも見えない様だった。


「マーニュ様?」


「バルザック先生、ご無沙汰しております」


 来年に備えて、準備しておいたのが幸いしたのか、陛下と呼ばれなかった。


「知り合いが召喚の儀式をすると聞いて駆けつけましたが、ご迷惑でしたか?」


「あ、ああ、少し問題が発生していますが、構いませんよ?」


「精霊ですよ」


 バルザック先生にだけ聞こえる声で告げると、先生は納得行ったという感じで頷いた。私自身は風の精霊とは相性が良くないらしく”声”も聞き取れないが、そこはキュベレーが”お姉さん”らしくフォローに回ってくれた。キュベレー自身が何をすれば良いのか良く分かっている筈なので問題は無い。


「君、名前は?」


「え、あ、ロドルフ・ド・アンジェと言います」


 ロドルフはかなりテンパっている様だったが、何とか話を合わせてくれた。どうでも良いが久々にロドルフの縋る様な表情を見たが、危ない感じだな。


「ロドルフ、君は男だろ、そんな顔をするなよ」


「はい、ラ! えっと、マーニュさん」


「それで良い、君の傍には精霊が居るんだ。君はサモン・サーヴァントに成功しているんだよ」


 私とロドルフの会話を聞いて、ライルとイザベラがやっと安堵した様子が視線の隅に見えたが、ここでは他人の振りを続けるとしよう。かなり離れた所では、ルイズやジョゼット達の姿も見えるが、こちらには事情が伝わっていない感じだ。


「良いかい、先ずはその精霊に名前をつけてあげるんだ。風の精霊らしいから、そう言った名前が良いだろうね」


「名前は決めていました、ノトスですけど?」


 私達の会話自体は聞こえていたらしく、風の精霊が嬉しさを表現する為かくるくると回っている。キュベレーも頷いてくれたので気に入ったらしいな。後は、エルネストの時と同じだったから特に問題は無かった。私自身は学院のOBで普通に出資者と言う事になっているから問題は無いぞ?多分な。


 ちなみにライルは、亜人のドワーフを更に小さくした様な小人(一種の妖精なのだろうな)を召喚して、イザベラ姫は小さな火鳥(ファイヤーバード)と契約したらしい。触っても熱くはないらしが、火鳥(ファイヤーバード)は怒らせるととんでもない事になると書物で読んだ事があるな?


 しかし危なかった、転生者達にはなるべく気分良く、明るい未来を信じて生きて欲しいと思っていた所だったのだが、速攻で不幸になる所だったぞ。一応、急な来訪の事情を学院長に報告に行ったのだが、懐かしい人と会うことになった。


「ミスタ・マーニュ?」


 ここでそう呼ばれるのは久しぶりで少しだけくすぐったかったが、陛下と呼ばれるよりは随分マシだな。振り返ると、私と同世代の女性が驚いた表情で立っていた。別に悩む事も無く、彼女が誰だか分かったが、まだここで働いているとは思わなかったな。この女性には変装も無駄だった様だ。


「コラリーさん、懐かしいな。お元気でしたか?」


「はい、色々忙しいですが、そうですね充実した毎日ですよ」


「それは良かった」


「あの今日はどんな御用でこちらに?」


「あ、ああ、知り合いが”儀式”をすると言うので、見学にね。それに今年から姪がお世話になっているので、学院長に挨拶しておこうと思ったんですよ」


「そうですか、やはり”あの”ミス・マーニュは姪御さんだったんですね。そう言えば学院に資金援助をしてくださった貴族の方が居ると聞きましたが?」


「ああ、それは兄の事ですよ。僕は兄の手伝いをやらせてもらっているんです」


 マーニュ男爵家自体は、錬金による工業品生産に当初から賛同して積極的に錬金メイジの育成にも関わって来ていたから、かなり裕福だが。さすがに傾きかけた学院の財政をポンと立て直す程の資金は無いから、まあ、名前だけを借りた形になるのだ。


「そうですか、それでは学院の使用人を代表してお礼を言わせていただきます」


 そう言ってコラリーさんが深々と頭を下げた。慌てて話を聞くと、資金不足の影響で使用人の決して少なくない人数が解雇される所だったそうだ。以前であれば、学院に勤めている使用人を引き抜いてでも雇いたがった貴族も居たはずなんだが、そもそもそんな金があれば、学院が資金難になったりしない訳だ。


 教師の中には学院の財政危機を知ってさっさと退職した者もいるそうだ、その代表格がギトー教師だったらしい。彼が学院に来たのは私の卒業後らしいんだが、長く勤めていないとは言え薄情なものだ。


 私個人としても、国王としても色々思う所があるな、この国の経済は確実に上向いている筈だが、それだけで全ての人が救われる訳では無い事を胸にとめておかなくてはな。


 コラリーさん自身は既に結婚して娘も居るらしいが、部下である若い娘達が路頭に迷うのが心配だったらしい。そう言えば、歴史(物語)ではヒロインの1人のシエスタ嬢はタルブ村で普通に暮らしている筈だ。今は亡きローレンツさんによって、タルブ村はワインの一大産地となっていて、かなり裕福な土地なので奉公に出る必要性が無いのだろう。(もしかしたら、ローレンツさんの意志が何らかの影響を与えていたりするんだろうか? いや、その話を聞いていた私自身の無意識も影響を・・・、考えたら切が無いな)


「そう言えば、マーニュ様も御結婚されてんですよね?」


「この指輪ですか、はい、子供はまだですけどね」


 息子のライルがお世話になっているとは言えないしな。さっきも出来るだけライル達と目を合わせないようにした位だしな。


「そう言えば、貴方にそっくりな生徒さんがいらっしゃいますよ。ライル・ド・レーネンベルクとおっしゃる方ですが?」


「私にそっくりですか?」


 そんな事を言われた事は無かったが? 身長も当時の私よりライルの方が高いし、髪の色も瞳の色も違う。話した時の印象で言えば、ライルの事を悪く言う人間をみた事が無い程だが、コラリーさんにも気に入られている様だ。(さすがは、私の息子と言うよりレーネンベルクの子供と言うべきなんだろうな)


「”守護者”の活動を再開させてくれたんですよ、噂はお聞きになっていませんか?」


 なんだそう言う意味か、”守護者”の活動はノリスが卒業して以降途切れていたらしいのだが、それをライルが復活させたと言う話は私も聞いていた。


「そうですか、そのミスタ・レーネンベルクの将来が楽しみですね」


「はい、あのレーネンベルクの関係者が、あんな出来た方だとは思いませんでした」


 関係者か、この女性も事情は知っているらしい・・・? あれ、ノリスもレーネンベルクを名乗った筈なんだが?


「レーネンベルクの次期公爵様も、学院に居ましたよね?」


「はい、でもその頃私は、妊娠やら子育てで暇をいただいていましたから」


「成る程、何度かレーネンベルクの方に会いましたが、皆さんあんな感じですよ?」


「そうですか、単なる噂だと思っていたんですが、王都に近いこの辺りから態々鄙びたレーネンベルクに引っ越す人が居るのはそういう理由だったんですね?」


 おっと、この辺りをあまり突っ込むと怪しまれそうだな?


「はい、マーニュ領も輪をかけて田舎ですけどね、公爵の所のおこぼれで領民が増えていますよ」


「あ、申し訳ありません」

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