第129話 ラスティン25歳(成長)


「ノーラ、僕の名代ご苦労様」


「ちょっとだけ疲れました。”電報”の方の研究が遅れてしまいます」


「ノーラ、いくら小型とは言っても態々園遊会の会場まで持っていかなくても良いんだよ?」


 電報のシステム開発をノーラに任せた訳で、競争相手も期限も存在しないのだが、ノーラは結構な時間を研究に費やしている。副王妃としても妻としても問題が無い状態を維持しつつである。私も副王としての公務と夫としての私生活を維持しつつ、”シフの涙”の生産に励んでいるのだからお互い様である。

 最近では、夫婦で居間を研究室兼工房として使っている状態だ。時々だが、夕食後から就寝まで同じ居間に居ながら一言も言葉を交わさずお互いの作業を続けるなんて事もある。別に言葉を必要としていないだけで、お互いの事が見て取れる距離に居るだけで、作業が捗るというのは意外な発見だった。ノーラに隠れて調合していた事を考えると馬鹿らしくなってくる。

 外部の人間が見ると異常な風景らしいのだが、私達には相応しいと思う。息子のライルがやって来た時も妙な表情だったが、直ぐに馴染んでしまった。助手の様に色々働いてくれるのには助かるが、その様子を見た(急用で私を呼びに来たのだ)ガスパード等は、”スティンの家族は変わり者ばかりだな”なんて言った物だった。


「そうですね、今は符号の決定ですから、持って行っても意味がありませんでした。貴方?」


「ああ、ごめん、ちょっと考え事をね」


「でも、本当に電報で良かったんでしょうか? 電話の方が実用的だと思うんですけど?」


「そうかもね」


 技術は簡単に進歩しないというのが実感なのだから、一歩一歩進めて行く積りだし、盗聴の危険性も通常の電話回線の方が高いからな。符号を工夫する事で盗聴を困難にする事も難しくない。


「お疲れでしたか?」


「そんな事は無いよ、園遊会の様子も聞かせてくれるかな?」


「はい、今年は去年よりも外国の方が目立ちました。ガリアの宰相シャルル様、”ロマリア王家”の方、アルビオンからは今年はモード大公様がいらしていました。その他の国々も王族のかたばかりでしたから、私もすこし場違いでした」


「ノーラが場違いなら僕なんてもっと場違いだろうね」


「そんな事はありませんわ」


「ところで、アルビオンからはモード大公が来ただけだったかい?」


「あの、貴方あの噂を?」


「ああ、少しね」


 実の所、噂とやらは私の耳には入っていないのだが、何が起こったかは想像が付く。


「やはり、”プリンス・オブ・ウェールズ”もいらしていました」


「マリアンヌ様はその事をご存知かな?」


「去年も今年もかなり舞い上がっていらっしゃいましたから、多分・・・」


「そうか・・・、アンリエッタにはまだ恋は早いと思うんだけどな」


「兄様、どうするお積りですか?」


「とりあえず、マザリーニ枢機卿に姫様の教育を厳しくする様にお願いするかな?」


「?」


「あの娘が、女王になるにしろ王妃になるにしろ、教養はあったほうが良いしな」


「はい、そう言うことならば私も協力させていただきます」


 アンリエッタが王城を抜け出す事は非常に難しくなった訳だな。トリステインの王位がどうなるかは敢えて論じなかったが、私達の間ではある意味覚悟が決まったのかも知れない。


===


「ノーラ、実家(ラ・ヴァリエール)にも顔を出して来たんだろう、そっちの話も聞かせてくれるかな?」


 私は、少し強引に話題を変える事にした、王位の問題はなるようになれと割り切った気分だ。


「それがですね、とっても大変だったんですよ」


 ノーラがらしくも無く楽しそう?に、話を続けてくれた。


「帰った途端私を迎えてくれたのは、ルイズが大怪我をして担ぎ込まれたという知らせだったんです」


「大怪我とは、物騒だね?」


「ええ、ですが、怪我自体は、エルネストさんの弟子と言う方が傷跡も残さず治して下さいました。怪我の原因と言うのが、ルイズ1人でコボルドの群れに戦いを挑んだというのが呆れてしまいます」


「あの、エレオノールさん、話が一層物騒になったんですが?」


「強力な系統魔法が使えないあの子には少し相手が悪かったんでしょうね、でも、お母様が一掃したそうですから危険は少なかったそうですよ?」


 これが特訓という奴なんだろうか? まあ、確かにストレスが溜まりそうな話だな。


「あの子、段々、お母様に似てきていますね」


「うーん、それは良い事なのかな?」


「そうですね、でも、昔に比べれば良い方向に動いているんだと思います」


「そうだね・・・」


 何か間違った方向に事態が動いてしまった気がするが、あの義母上に意見するのは難しいよな? 怪我をすることも織り込み済みっぽいから、口を挟めないぞ。うん?


「何故、エルネスト自身が治療しなかったんだ? 急患だったのかな?」


「やっぱり気付いてしまいましたか、あの、エルネストさんは今”エルネスト・ド・ラ・フォンティーヌ”と名乗っているんです」


「はぁ?」


「”あの話”を父にしたらしいんですけど、父が怒ってしまって、領内からエルネストさんを追い出そうとしたらしいんです」


 エルネストの夢の話と領主代行の任命の話なんだろうな、まあ、堅物な義父らしい反応と言えるが、ノーラの反応はのんびりどころか、嬉しそうでさえある。


「それを知ったカトレアが、エルネストさんを追って家を出ると言い出して、ラ・フォンティーヌを与える事で様子見になったんです」


「そんな事になっていたのか、エルネストも苦労するな」


「いいえ、そんな事はありません。お母様がエルネストさんを見直したと言っていましたからね。後は父が折れるのを待つだけです」


「あの人が味方になったのなら心配は要らないかな?」


 あの女性を義母と呼ぶのはどうも苦手なんだ、決闘までやらかした仲だからな。


「はい、それに父が折れるのも意外と早いかも知れませんよ?」


「どうしてだい?」


「ふふふっ、秘密です!」


「うーん、気にはなるけど、ノーラがそう言うなら成り行きを見守ろうかな」


 ノーラの様子を見る限り、私が副王としても義兄としても介入する必要は無さそうだ。しかし、ノーラは何がそんなに嬉しそうなんだろうか?


===


☆ジョゼットの成長


 話はがらっと変わるが、カグラさんがくれた”声を伝える者”の使い道に困っている。信頼できる人物にしか渡せないし、相手が十分な魔力を持っていなければ、使いこなせないからだ。多分ガリアのジョゼフ王から各国の首脳に対しては送られているだろうから、トリステインから送るのも都合が悪い。

 結局、実家のレーネンベルクに1つ置いて来ただけだ。遠征軍でも出していれば意味はあるんだが、使えるのだがそう言う予定はないしな。量産出来れば、思い切った使い方も出来るが、意外と使い方が難しいマジックアイテムなのだ。まあ、父からレーネンベルクで行っている事業の状況を聞けるだけマシなんだろうな。


「父上、そちらからの報告は以上でしょうか?」


「ああ、こちらは順調だよ。お前も無理はするなよ?」


「はい、時間があったらライルをこちらに寄越して下さい」


「おお、そうだった。少し待ってくれ」


「どうかしましたか?」


 私の問いに対しての答えは暫く返って来なかった、どうやら父は席を外して何処かへ行ってしまったらしい。次に返ってきた声は若い女の子の声だった。


「スティン兄、聞こえる?」


「ジョゼットなのかい?」


「うん、スティン兄にもお礼が言いたくって」


「お礼?」


「うん、ホントは直接会って言いたかったんだけど、ライルは良いのに私は王都へ行っちゃダメって父様が言うんだもん」


 おっと、ここは父に話を合わせるべきだな。今ならあまり実害は無いだろうが、無用な誤解は避けたいしな。


「そうか、でも父上が無意味な事を言わないのは僕は知っているし、ジョゼットも知っているだろう?」


「うん・・・」


「それよりお礼っていうのは?」


「あ! そうだった、あのね、私魔法が使えるようになったんだよ!」


「そうか、良く頑張ったね。皆にもちゃんとお礼を言ったかな?」


「勿論、屋敷の皆にも、テッサにも、ライルにも、師匠にも、父様母様にも言ったよ?」


 うーん、何故か弟のノリスの名前が挙がらないな?


「ノリスには言っていないのかな?」


「ううん、お礼を言おうとするとね、なんか抱きついて来て、泣いちゃうから・・・」


「それだけ、ジョゼットの事が大切なんだよ」


「うん、それは分かっているんだけど、師匠が男らしくないって」


 セレナの陰謀だった、全く何をやっているんだか?


「男だって、本当に嬉しい時は泣く物だよ」


「スティン兄でも?」


「そうだよ?」


「ふーん、義姉様と結婚した時とか?」


「う、うん、そうだよ」


「分かった、ノリス兄にも、ちゃんとお礼を言うよ」


 ふう、何とか誤魔化せた様だ。映像が無くて良かった。


「ジョゼット、君は自分が”系統魔法”を使えないかも知れないって聞いているかい?」


「・・・、うん、ルイズと同じかもって。でも大丈夫だよ、私には消去(イレース)と拳銃があるんだから!」


 自分に言い聞かせる様なジョゼットの言葉に私は少しだけ危機感を感じた。まだ子供だし、実戦どころか本気の決闘さえもやった事が無い筈だからな。


「ジョゼット、決して無茶はしないでおくれ、色んな人が悲しむ事になるからね」


「うん」


「何時も、テッサか、ライルか、ノリスと一緒に居るようにするんだよ?」


「スティン兄も過保護だね?」


「ノリスには負けるけどな」


 一抹の不安を感じながら、交信を終えることになった。

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