第128話 ラスティン25歳(ガリアとゲルマニアと)


 現在、私は遠距離通信用のマジックアイテム”声を伝える者”を使って、ガリアのジョゼフ王と週に一度のペースで”情報交換”を行っている。主な話題は、ガリアの戦後復興だが、時には対ゲルマニア戦略だったり、カグラさんの日常だったり、ノーラとの新婚生活の話題にもなったりする。

 先日はちょっとした事件に2人で頭を悩ます事になった。


「えーっと、話をまとめると、勉強をさぼって遊んでいる最中にいたずらで他の女官に怪我をさせた”イザベラ姫”を”カグラさん”が引っ叩いて2人の仲が険悪になったから何とかしたいと言う事ですか?」


「・・・、まあ、その通りだな」


「そうですか、それはおめでとうございます」


「なに!?」


「いや、”イザベラ姫”を引っ叩いたという所に、カグラさんの本気が見て取れますからね」


「そうだな、そうかも知れんな」


 うん、”声を伝える者”が映像を送れないのが残念だな、ガリア王の珍しい表情が色々見えて面白いだろうにな。これは、ジョゼフ王とカグラさんの間に何らかの進展があったと言う事なんだろうな。


「それでだ、私はどうするべきだと思う、ラスティン殿?」


 いい歳をした大人の台詞とも思えないが、ガリア王は人間関係に関しては不器用そうだからな。


「それは、ジョゼフ殿が2人の仲を取り持つしかないですね」


「そんな事は分かっている! その具体的な方法なのだよ、問題は」


 何だか、”パパ友”の会話っぽいよな?


「少し待ってください、ノーラに、いえ、エレオノールの意見も聞いて見ますから」


「うむ、そうしてくれ」


 随分偉そうな言い方だな、意地悪したくなるが、まあ、パパ友同士の武士の情けだ。


===


「ジョゼフ様、わたくしから提案出来るのは、ジョゼフ様とカグラ様そしてイザベラ姫の御三方で何処かに旅行にでも行かれると良いと言う事だけでございます。いつもと違う状況に置かれれば、カグラ様とイザベラ姫も違った話が出来ると思います」


 旅行か、ノーラらしい良い提案だな。


「旅行か、しかし、エレオノール殿も今の我が国の状況を知っておるだろう?」


「それならば、戦災地の慰問と言う形をとれば良いと思いますよ、ジョゼフ殿。私もその手で、王城を抜け出したクチですからね」


「そうなのか? しかし我が国とは」


「そろそろ、宰相殿を信用されてはいかがですか?」


「シャルルを信用か? そうだな、良い話を聞かせてもらった、感謝するぞ」


「いいえ、お役に立てたならば喜ばしい事です」


「それではラスティン殿、また来週同じ時間にな」


「あの、1つだけ良いでしょうか?」


「何かな、エレオノール殿?」


「子供と言うのは思ったより多感です、3人の時は、絶対にイザベラ姫を優先なさって下さい。そしてカグラ様と2人っきりの時は思いっきり甘えさせてあげて下さい」


「う、うむ。そうしよう」


 こうして、国王と副王らしくない遠距離会談は終わった。


「貴方、国王と副王の会談では無かったのですか?」


「いや、その積りだったよ。今の話の前には、工業品の輸出量と農作物の輸入量のバランスの話をしていたし、その前は通貨の供給量の話をしていたからね。まあ、雑談の様なものだよ」


「それならば良いのですが」


 そう言いながら何処か納得しかねるという表情のノーラだった。まあ、立場が似ているし、相談相手も少ないだろうから仕方が無いだろうな。ウチの息子のライルは本当に良い子で助かるよ。


「兄様、今、我が家のライルは手間がかからなくて良かったとか考えていませんでしたか?」


「え!?」


 時々だが、ノーラは私の考えが読めるんじゃないかと思う時があるが、今がまさにそれだ。


「ライルが何故あそこまで出来た子供で居ようとするか、考えた事がありますか?」


「それは、本当の母親の教育が良かったと・・・、言う訳だけでは無さそうだね」


「分かりませんか?」


「いや、考えた事が無かったな、正直」


「あの子は怖いんですよ、新しい家族を失うのが」


「・・・、そうか、そうだな」


 ライルが、アンリエッタの事を嫌うのもこの辺りが原因なんだろうな。


「すみません、偉そうな事を言ってしまって。今の話、実は義母様からの受け売りなんですよ?」


「もしかして、オデット様が来られた時の?」


 ガリアのオルレアン大公妃になったオデット様は今年もラ・ヴァリエール公爵領を訪れる事になった。オデット様はまだ娘(ジョゼット)を呼び戻す積りは無い様だ。オルレアン大公自身も宰相として忙しく、シャルロット姫も同行しないので、大げさな事になるのを避ける為にも、例年通りとなった訳だ。


「レーネンベルクでは、あの子が無茶な事をすると褒めるらしいですよ?」


「また、変わった教育方針だな。あの屋敷には子供を叱ってくれる大人は多いからな、丁度良いのかも知れない」


「義父様と義母様の”年の功”と言うんでしょうね、私達に出来るかしら?」


「まあ、子供が出来てからの話だけど、出来れば長期間レーネンベルクで育てたいな」


「そうですね」


 どちらにしても子供が出来てからだがな。ライルが時々王城までやって来て子供を感じさせてくれるので、その必要性を感じる事が少ないんだよな。やる事はやっているんだから、そのうちだな?


「ノーラ、話は変わるけど、”電報”の話は考えてくれたかな?」


「はい、でも、私はそれ程不自由を感じていませんよ? 実家に帰る事もありますし、”園遊会”も貴方の名代として参加しています。色んな方々の夜会なんかも参加していますから、忙しいんですよ、これでも」


 話している内容と、表情が一致していないからバレバレなんだがな?


「うんうん、それで本当の所はどうなのかな、僕の奥さん?」


「う?、やってみたいです。どうして分かっちゃうのでしょう?」


「それはね、僕達が夫婦だからさ」


「・・・、兄様の意地悪!」


 満更でも無い表情で、少しだけ口を尖らせて、裏腹な事を言う私の”大切な女性”を強引に抱きかかえて、ベッドへ向かう事にした。時にはこう言う事も良いだろう?


===


 ほぼ順調に運んでいる他の状況と比べて、こちらはかなり事態が悪い方向に動いている。コルネリウスがゲルマニアに戻ってしまった事で、ツェルプストー辺境伯側からのゲルマニア情報が入って来なくなったのは、当然かも知れないが、ゲルマニアに送り込んでいた間諜(スパイ)達のほとんどが使えなくなってしまったのだ。

 間諜の多くは、何とか難を逃れてガリアやロマリア或いは海路を経由してトリステインに戻って来たが、やはり犠牲は避けられなかった。あの指令を出した時から、こうなる事は予想していたが、やはり酷い結果だった。


「どうだった、キアラ?」


「やはりダメですね、肝心の情報が掴めていませんでした」


「君の予想通りだったか・・・」


「私をお叱りにならないのですか?」


 うーむ、キアラが私を叱るなら兎も角、私がキアラを叱る様な場面だろうか?


「何故、私がキアラを叱るんだ?」


「私は、ラスティン様の指示をそのまま間諜たちに伝えました。失敗する事が分かっていながらです。案の定、これから暫くゲルマニア方面での情報収集は覚束なくなってしまいました」


「ああ、私が”キアラなら私の間違った指示を修正もしくは撤回してくれた筈だ”と思ったと考えた訳か」


「そうですね、凡そ」


「何だか妙な話だな、私が指示した通りにしたのにキアラを私が叱るのか?」


「ふふっ、そうですね、普通ならおかしいかも知れませんね」


「私の知っている中で、一番知略に優れているのは君だが、さすがに全て思い通りに事が運ぶとは思っていないぞ?」


「はい、それは私自身がよく分かっている事ですから」


 一応それでこの件に関しての話は終わりになった。計画が失敗したのにそれに後悔を見せないキアラの態度が少し不思議だったが、それよりゲルマニアの諜報網再建の方が重要だったから、話はそちらに移ってしまった。


 ああ、私が間諜達に命じたのは、”ゲルマニアに誘拐された兵団員の行方を探れ”だった。


===


 間諜達を、クロディーの下で再教育する事を決めた訳だが、それ以外にも間諜達から得られた情報が幾つか報告された。”ゲルマニア軍が軍需物資をとある場所に集めている”と言う情報もその1つだった。


「重要なんだろうが、些か抽象的過ぎるな?」


「そうでしょうか?」


「追加情報は無いのか?」


「はい、この情報を入手した人物は・・・」


「そうか・・・」


「ですが、色々読み取れる報告ですよ」


「そうか?」


 キアラの目には何か見えているらしいが、私には何の事だかさっぱりだな。


「ああ、この人物がガリア=ゲルマニア国境付近を担当していたと言ったら分かりますよね?」


「ヒントはそれだけなのか? 先のガリア=ゲルマニア戦役でゲルマニアが奪った物資としか想像出来ないぞ?」


「条件的には合っていますね」


「ふぅ、もう少しヒントをくれ」


「そうですね、ゲルマニアはこれを手に入れる為に、トリステイン、ガリア、ロマリアのどれかを攻める積りだったんでしょうね」


 大国とは言えないが、有力国ばかりだな。何故か引っかかる感じがするな?


「それで、一番攻め易そうと”思わされた”ガリアに攻め込んだと言う事か?」


「そうだと思います」


「我が国が、ゲルマニアを警戒するのは当然だが、何故ロマリアを避けたんだ?」


「マザリーニ様がおっしゃるには、ロマリアは、いえ、教皇様はかなり以前からゲルマニアを警戒されていたそうですよ」


「そうなのか? 始めて聞いたな」


 ジェリーノさんがゲルマニアを警戒していたか、物語(歴史)には無い話だが、何がそうさせたのだろうか? ああ、教皇の所で分かったぞ、”風石”だな。


「ゲルマニアが風石を欲しているとは知らなかったな」


「そうですね、でも、平和利用では無い筈です」


「それは否定する材料が無いな」


 皮肉な事だな、私のした事がここでも悪影響を及ぼしている訳だ。


「そういう事なら、クロディーの報告にあった、例の鉱山からなんだろうな?」


「はい、間違いないでしょう! ガリア王も曲者ですからね」


「そうだな」


 キアラが言っているのは、ガリアで鉱物が一切採掘出来なくなった様な言い方をしたジョゼフ王だったのだが、調査を進めるとガリア南東部では量は減ったものの普通に鉱石が採掘出来ていると分かったからだ。この辺りは腹の探りあいだから仕方が無いだろうな、ガリアから農作物を輸入している我が国でも、農作物の増産を試みているのだからお互い様と言えなくもないだろうな。


「ゲルマニアでも、鉱山が生き残っていると考える方が自然なんだろうな?」


「そうですね、商人の情報網は生きていますのでそちらからの情報では、工業品は高騰している様ですが、市場に出回ってはいる様です」


「間諜と外交の2段構えの積りだったが、甘かったな」


「はい、こちらから工業品の供給に関して交渉を持ちかけるのも不自然ですから・・・」


「仕方が無いな、情報が無ければ手の打ち様が無い。誘拐された兵団員の無事を祈ろう」


「はい、間諜の育成を急がせますか?」


「いいや、次は本気で行くからな、”副使”殿の気が済むまでみっちり鍛えなおさせてくれ。10人足らずの兵団員を助ける為に30人以上の間諜が犠牲になったのでは意味が無いからな」


「はい」


 キアラが間諜達にきちんと指示を出していなければ、今回それが起こったかも知れないのだから、慎重に行くしかないだろうな。そう言えば、コルネリウスは今何をやっているんだろうか? 無茶な事をしていなければ良いのだが、若い頃の彼のままならば意味の無い心配なんだろうな?(少しは大人になったと信じよう)

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