第127話 ラスティン25歳(線路は続くよ)


 去年の”委員会”の会合からあっという間に一年が過ぎ今年も会合が開かれる事になった。今年の主な議題はやはり鉄道だったが、そちらは後で説明する事にするが、意外にも”新王都”計画も熱心に議論される事になった。去年は時間も予備知識も無く議論が発散してしまったが、今年は各自が自分なりの都市計画を持ち寄った結果だ。


「カロン、皆の意見は参考になったかい?」


「ラスティン様、彼らは何者なんですか? ルネの様な子供がこんなに居るなんて、それにさっきの”あれ”はなんですか?」


「まあ、余興だと思ってくれ。それで?」


 うーん、不評だな。昨年のコルベール先生の受けも良くなかったから、もう少し捻らないと受けないかな。(いや、そう言う話では無いな)


「はい、参考になるどころではありません! 馬車専用の道を作るとか、道を立体的に交差させるとか、都市自体のデザインも色々あって、迷ってしまいます」


「まあ、参考になったのなら来てもらった甲斐があったな」


「ワーンベルの新市街を見た時も驚きましたが、今回はそれ以上です!」


 コンビニが欲しいとか、タクシーがあると便利だとか、路線バスを運行したらどうかとか色々な意見というか、この世界の不満が主に議論されたのだが、それでも得るものがあったらしい。電話は難しくても、電報の様な通信方法は意外と簡単に実現しそうなのだが、今は郵政を考える時期だと考えさせられた。実は、私にも得るものがあった訳だな。(あまり外出する事が出来ないノーラに話を振ってみるかな?)


===


 鉄道に関してだが、何とか実験用の機関車を作製する所まで漕ぎ着けたそうだ。リッテンの妙なこだわりが無ければもう少し早く実現しただろうとコルベール先生が苦笑いながら報告してくれた。

 機関車自体は総チタン製で行くかと思ったのだが、意外と鉄を使ったと言う事だ。機関車自体があまり軽くなる事は好ましくないと説明されたが謎だな。(摩擦とか慣性の関係だろうか、いや、リッテンのこだわりの可能性もあるぞ) 逆に客車や貨車はかなり軽量に作る計画だそうだ。


 そしてもう一方の線路の方だが、こちらは順調に話が進んでいる。当初は、施設隊から10人程が線路の設置に借り出されて細々とマリロットからワーンベルに向けて線路を延ばしていたのだが、最低限の魔法教育を終えた”隠れたメイジ”達が合流する事で、劇的に加速された様だ。

 マカカ草の供給体制も整いつつあるので新人兵団員にはガンガン魔法を使って魔力の容量を増やしてもらう方針らしい。(何時か人手に余裕が出来た時、本格的な魔法を習う頃には驚くほどになっているんだろうな)


 簡単に線路の作り方を説明しておくと、以下の様になる。


1.先ず人手を募って平地AをBの様に盛り上げる。

2.盛り上げた土を錬金でレールと石製の枕木にする。

3.出来た線路を固定化することで、熱膨張や磨耗を最低限に抑える。

4.完成


A.


□□□□□□□□□□□□□□□□□□

□□□□□□□□□□□□□□□□□□



B.


□   □□□□□□□□□□   □

□   □□□□□□□□□□   □

□□□□□□□□□□□□□□□□□□



C.


□   枕工枕工枕枕工枕工枕   □

□   □□□□□□□□□□   □

□□□□□□□□□□□□□□□□□□



D.


   固固固固固固固固固固固固   

□  固枕工枕工枕枕工枕工枕固  □

□水水水□□□□□□□□□□水水水□

□□□□□□□□□□□□□□□□□□


と言った感じだな。(蒸気機関車の方は詳しく説明出来ないぞ、部品の設計図しか見ていないからな)


 結局、”隠れたメイジ”達が合流してから半年程で、マリロットからワーンベルへの線路が完成してしまった。現在はワーンベルからマース領ライデンの町へと延長を行っている。ペースからすれば、これまた半年程で開通してしまうだろう。

 問題になるかと思えた用地の買収だったが、畑のど真ん中を突っ切る形だったのが幸いしたのか、簡単の買い取れた。名目上は地主が居ても、この時代本当の意味での土地の所有者は領主だから、反抗は無意味なんだがな。まあ、その辺りは現場を統括している父とマルセルさんに抜かりがあるとは思えない。(問題は線路網を敷く時の他の領主の反応だな)


 リッテンの発案で始めた馬車鉄道だが、これが中々好評だそうだ。御者も楽だし妙なトラブルも減る、走行中の振動も殆ど無いと、良い所尽くめである。落し物の処理(きちんと処理して近隣の農家に配ると、飼葉になって戻ってくる)や、燃料(飼葉や水)等の手配も別途必要だが、将来駅になる場所で用意したという事なので問題は無い様だ。(線路の方が問題らしいが、全速でで移動しなければ、と予想されているが、将来的には手立てを考える必要があるかもだな)

 施設隊が整備している街道よりも馬車鉄道を使ってワーンベルからマリロットへを荷物を運ぶ商人も出てきたそうだ。この分だと、機関車の試運転はワーンベル=ライデン間で行う事になるかな? 鉄道関係は順調と言って良いだろうな。


===


 レーネンベルク山脈で始めたマカカ草栽培の方だが、二長一短といった所だった。具体的にはミネスト山の物より効用で劣るが収穫までの期間、生産量に勝ると言った感じだろうか?

 レーネンベルク山脈のあの土地は意外とマカカ草の生育には適していたらしい。効用が低下してしまった分は多めにハーブティーを飲む事で対応するだけだ。経験則だが、夕食後から就寝前にマカカ草のハーブティーをティーカップ2杯程度飲めば効用は十分らしいから、それを3杯にすれば良いだけだな。不思議な事だが、それ以上飲んでも魔力の回復量は増えないらしい。(頻尿で困っている人間には、あまり良い話では無いかもしれない)


 ミネスト山でマカカ草を栽培していた兵団員が実に良い働きをしてくれたらしく、マカカ草栽培に関しては十分な量産体制がとれたと思う。農業系に強い転生者のアミラやフリードに意見を採用する事でより一層の増産が可能かも知れない。


 アリエの大樹の結界を利用したセキュリティシステムは、実に便利なものだった。虫や鳥といった小型の生物は普通に通り抜けられるのに、ハーブ園を荒しそうな大型の動物は出入出来ないのだ。精霊を含めて明確な意思を持った者は知らず知らずに方向転換させられるのは実証済みだしな。(アリエの木が自分を守るために張っている物だから当然なのかも知れないが)


===


 これに絡んで良い事ばかりでは無く、悪い事もある。レーネンベルク山脈は採石を行う予定の南西部以外はほとんど山林なのだ。本来なら森林資源の宝庫なのだが、国境が何度も移動した過去もあって、山脈の南北のトリステインとゲルマニアどちらにとっても積極的に手を入れることが無かった。

 ぶっちゃけていえば、木々が自然のままに育っている状況が長く続いていた訳だな。これが森林資源の価値を著しく低下させたのだ。間伐や枝打ちが長期間行われてこなかっただから当然の結果である。父もゲルマニア側を刺激しない為に、不用意にレーネンベルク山脈に入るのを禁じていたくらいだからな。


 先の”モーランドの乱”以降、レーネンベルク山脈の森林資源に注目した周辺の人々がこっそりと山林に手を入れ始めたのだ。(まあ、褒められた事ではないが、レーネンベルク山脈がトリステインの物になったのだから悪いとは言わない)

 そこで、何人かが”結界”に出くわした訳だ。結構迷信深い人達だった様で、祟りだとか呪いだとか妙な噂が地元で広がってしまった。普通に山に入ろうとした兵団員が本気で止められたという報告も入っていた。無事に帰ってきたのを見て尊敬を集めたというのも、笑える話である。


 そんな訳で、レーネンベルクで林業が栄えるのは当面難しそうである。私にとっては好都合な状態だから、迷信は迷信のままでそっとしておく事にしたのだ。山脈に出入する兵団員に暇な時に枝打ちだけはするように指示を出したが、これはどちらかと言えば、そこに育つ木々の為だったりする。


===


 さて、話を”隠れたメイジ”達に移そう、多分これが一番重要だからな。私が10代半ばの頃から始めた公立学校だったが本来の目的以外で私を本当に助けてくれている。今回も彼らに助けられる形となった訳だ。


 公立学校の卒業生は、今年で15,000人を超えるし、現在公立学校で学んでいる学生も7,000人程になる。試しに卒業生の中から選抜して、1,000人程に”メイジ検査”を受けてもらった所、230人弱が”隠れたメイジ”だった事が分かった。(凡そ20%というエルネストの推測が裏付けられた訳だな)

 この230人にレーネンベルク魔法兵団の兵団長自らが直接意見の聞き取りを行って、凡そ200人がメイジとしての新たな日々を始めた。そして今年も2,000人ほどが公立学校で学び始めている訳だから、”隠れたメイジ”はどんどん見つかって行く訳だな。(入学生を集めるのに苦労し始めていた魔法学園とは対照的だが、魔法学園の方もあれで良かったのだろう)


「ラスティン様も意外に思われるかもしれませんがね。最初から魔法を教える事は、魔法学園の教師より引退した兵団員の方が向いているんですよ。そう、ヴァレリーの様なのが」


 報告に来ていた兵団長のマティアスがそんな事を嬉しそうに語ってくれた。いや、先に引退した筈のヴァレリーを引き戻せたのがそんなに嬉しいのだろうか?


「そうだろうな、杖契約の方法からコモンマジックの使い方辺りまでならそうかもしれない」


「おや、予想していた様ですな?」


「それはそうさ、私だってコモンマジックまでは専門の”家庭教師”に教わったクチだからね」


「そうでしたな・・・」


 私が師匠に出会っていなかったらどうなっていたんだろうな?


「それで、新しい兵団員は使い物になりそうか?」


「兵団員としては使い辛いと言うのが本音ですな。かなり”錬金”に偏った教育を短期間で行っているので仕方が無いですがね」


「今は、その”錬金メイジ”が一人でも多く必要なんだぞ?」


「それは分かっていますが、私は古いタイプの兵団員ですからね」


 マティアスが兵団員として最古参なのは事実なのだが、土系統のメイジなのに錬金隊をヴァレリーに任せてしまった経緯を考えれば、これはマティアスの感傷なのだろうな。


「人手に余裕が出来れば、普通の兵団員としての教育をし直す事も考えているよ」


「それなんですがね、ワーンベルに配属された連中は”先輩”メイジから色々教わっているらしいですよ」


「ほう、熱心だな」


「いえね、シモーヌの奴が、新しい錬金隊の団員を古株の錬金隊員と寮で相部屋にして、空いている時間に教育をさせているらしいんですよ、これが」


「”工場長”は先が読めるらしいな、頼りになるよ」


「そうですな?」


 その言葉と態度から、どうやらマティアスもシモーヌの様なタイプが苦手らしいと推測出来る、私と同じと言う訳だ。しかし、シモーヌのやっているのは、OJT(On-the-Job Training)みたいな物じゃないか、私でも言葉の意味しか知らない事をどうして思い付くのだろうな?


「それはそれとして、錬金隊に400人近い増員があったのは有り難いですよ。去年の200に加えれて例年の3倍近い増員ですからね」


「その言い方だと、施設隊に回した150人に文句がありそうだな?」


「滅相も無い! ですが、”副王”様の考えに付いて行けないのも事実ですな」


「そうなのか?」


「ええ、鉄道なんていうものを走らせるより、ゴーレムでも作って運ばせた方が楽でしょうに」


 いかにもレーネンベルク家の家臣そしてメイジらしい発言だな、確かに古いタイプなのかも知れない。この世界はメイジだけで動いている訳ではないのだし、レーネンベルク領の事だけ考えればよいと言う訳でも無いのだが。


「鉄道はな、やがてこの国中を走る事になるんだよ。それも全力疾走する馬車よりも速くね」


 そう言ってみたが、マティアスにはピンと来なかったらしい。それはそれで仕方が無いだろうが、実物が走り出せば話が変わってくる事だろう。マティアスの様なタイプは真っ先に列車に乗りたがると思うんだがどうなんだろう?

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