第130話 ラスティン26歳(伯父さん)


 そして更に一年が経過した。この歳と言うほど老いてはいない積りだが、時の流れが速くなったのを実感する事が多くなる。時々王城を訪ねてくれるライルの成長がそれを否応なしに理解させる。年齢の割りに小柄だったライルも二次性徴期に入った様で、会う度に身長が伸びているのが分かる。

 逆に同世代のアンリエッタの成長の方に気付かない物だったりする。アンリエッタは何故か私の所に良く愚痴を言いに来るのだが、その不満の原因は私が枢機卿に進言した事だと言う事に気付いていないらしい。この娘がやれば出来る子の筈だから、愚痴を聞くに留めているが、両親があの状況で、あの王女の立場では相談できる相手が少ないと言うのも仕方が無いのかも知れない。時々やってくるルイズにも愚痴っている様だが、ルイズにも問題があるからな。


 話が逸れてしまったが、ライルに話を戻そうか。ライルは昔から、可愛い男の子だったが、最近では少しだけ凛々しくなった気がする。(親の欲目では無いぞ?)

 原因として思い付くのは、”後輩”が出来たから位だろうか? 後輩と言っても、ライルには特別な意味があるのだろう、魔法学園にも公立学校にも通う本当の意味でのライルの”後輩”達の存在が、ライルを良い意味で成長させてくれたらしい。

 色々な所からの助言で、公立学校に入学したばかりの生徒にも例の”メイジ検査”を行って、彼らの両親とも相談の上、ライルと同様に学園と学校に同時に通う事を勧める方針に決めた為だ。魔法を使うという事自体が感覚的な所があるから、なるべく子供の頃から覚えた方が良いという考え方は確かに同意せざるを得ない。逆に一度感覚を覚えてしまえば、大人の方が早く新しい呪文を使えるようになるが、総合的に見た場合は時間が経ってみないと何とも言えないだろう。


 大袈裟に言えばライル自身が、二重学籍の先駆者な訳だから、率先して”後輩”達に助言をして時には教師達と交渉の真似事までしているらしい。これで、まだ12歳なのだから、我が息子ながら末恐ろしい事だ、出会った頃は歳が7歳と聞いて驚いたのだが(栄養状況が悪かったんだろうな)、今では歳相応に見える様になったのが親として喜ばしい。(血も繋がっていないのに変な所で似る物だと、心配していたのだが杞憂だった様だ)


 性格の面でも、メイジの才能の面でも、普通の人間としての教養の面でも、まさに”非の打ち所が無い”完璧超人なライルだが、性格が良すぎるというのが欠点と言えなくも無い。嫌と言えないのは良くない癖だと教えているのだが、改善の兆しは見えない。ある意味自分から苦労を背負いに行っている様な物なのだが、それを苦労と思わないらしい。この辺りは生来の性格なのだろうが、親として将来が心配になる。


 面白い事だが、ライルにも苦手な人間がいる。1人はアンリエッタだな、ライル自身が自分に自信を持つ事でこれはかなり改善でした様だ。本来ならば私とノーラが、ライルの”居場所”を確保する事で安心感を感じさせてやれれば良かったのだが、現実がそれを許してくれなかった。精々頻繁に王城に呼び寄せて親子の交流に努めるしか出来なかったのだが、どれ位効果があったのかは分からない。

 そして、ライルが最も苦手とする人物は、”工場長”のシモーヌなのだ。


「ライル、父上に言われて、ワーンベルに行って来たんだろう。錬金隊の人達は良くしてくれたかい?」


「あ、うん・・・」


「どうした?」


「ううん、シルビーさんってお姉さんが工場街を案内してくれたんだ。前に行った所、旧市街だったよね、あそことは感じが違って面白かったよ」


 シルビーさんの名前が出てきたぞ、シモーヌじゃないんだな?(どうでもいいが、きちんとお姉さんと呼ぶ辺りに、母の教育の後が見受けられるな)


「シモーヌは忙しかったのか?」


「う、うん、最初はシモーヌさんに会いに行ったんだけど、途中でシルビーさんが連れ出してくれたんだ」


「? 連れ出してくれた? さっきから話が妙だな」


「うん・・・」


「もしかしてライルはシモーヌが嫌いなのか?」


「あ、うん、嫌いって言う訳じゃないんだけど、なんかダメなんだ」


「ライルがな、珍しいな。実を言えば、僕もシモーヌは苦手なんだ」


「父様も? 良かった?」


 ちなみに、ライルはキアラと凄く仲が良いが、私はキアラも苦手だな。


「でも、シルビーさんが”シモーヌちゃんと2人っきりになったら駄目だよ?”って言ったのはどういう意味なんだろう?」


「何! ライル、僕からも言っておくが、シモーヌと一対一で会うのは禁止だぞ」


 まさか、彼女にそういう趣味があるのだろうか? いや、趣味は人それぞれだが・・・、うん、シルビーさんの活躍を期待しよう!


「でも、シルビーさんはいい人だよね。僕みたいな息子が欲しいんだって!」


「まあ、ライルみたいな息子は誰でも欲しがると思うぞ。あれ?シルビーさんって結婚してるのか?」


「うん、実はもうすぐ子供が生まれるんだって」


「そうか、あの女性が母親か・・・」


「なんか心配だね」


「ライルも言うようになったな」


「えへへ」


 うーん、あまり深く考えない様にしよう。人様の家庭より自分の家庭が大事だが、シルビーさんの旦那さんってどんな人だろうか? それから、シモーヌには早く結婚して貰わなくてはいけないな、この手の話が得意そうなのは・・・、母しか思いつかない、手段は選べないから、今度の実家との交信で頼んでおこう、うむ!


===


 いきなり私的な報告だったが、もう1つ私的な報告をさせてもらおうか。


 私に甥が出来たのだ、と言っても弟のノリスと友人セレナの間に子供が出来てしまったとか言う訳ではない。義妹と友人エルネストの間に子供が生まれただけだ。(ん?当然だって、まあ、その通りなんだがな・・・)


「ノーラ、知っていたな?」


「はい? 何の事ですか、兄様」


「ガスパードから聞いたんだ。ノルベールの事だよ?」


「ノルベールって誰ですか?」


「エレオノール、白状しなさい」


「はーい、にいさま。やっぱり父の怒りは長続きしなかったでしょう?」


「そうだな、毎日の様に診療所に顔を出すから、エルネストが迷惑がっている位だそうだ」


「でも、ノルベールって名前は初耳なのは事実ですよ?」


「まあ、良いよ。でも、これで義父と義弟の諍いが収まりそうだな」


「そうですね、父は初孫を可愛がりたいでしょうが、上手く行かないでしょうね」


 意外と策士だな、カトレアの考えなのか、ノーラの考えなのか分からないが、ラ・ヴァリエール公爵家をいずれノルベールと言う赤子が継ぐにしろ、義父の発言力は低下しているだろう。義父は義父なりに孫(ノルベール)を可愛がるだろうが、実を結ばないのは娘達を見れば分かる。(義父がラ・ヴァリエール公爵家の最高権力者というのは表向きだからな)


「私達もそろそろですね?」


「そうだね、ちょっと頑張ってみようか」


「まあ、兄様ったらまだ昼過ぎですよ?」


「まあ、今晩の話だよ」


「はい・・・」


 失礼、ライルは居るのだが、常時一緒ではないので、どうも新婚気分が抜けない二人なんだ。


===


 それでは、本筋の話を始めるとしよう。やはり鉄道の話からだろうな。


 リッテン企画、コルベール先生監修の機関車だが、去年の秋口に公開走行が行われた。試験走行自体は去年の春には終わっていたのだが、ここまで時間がかかったのはクリーン化と効率化を進めた為らしい。


 蒸気機関の問題点を挙げると、


・始動時間

・運転環境

・メンテナンス性

・スモッグ

・熱効率,高速運転


になるらしい。熱効率,高速運転に関しては、宿命的な物なので、目をつむる事にして、他に点の改良に励んだと言う訳だな。


・始動時間

 これは力技で対応したそうだ、普通に火系統の魔法を”火室”内で発現させるだけだから、コルベール先生の様なトライアングルメイジは勿論、ラインメイジでも十分に役目を果たしてくれると言う話だった。(さすがにスクエアクラスのメイジでも長時間火力を維持するのは難しいぞ?)


・運転環境

 運転と言っても、操縦の方ではなく、石炭を焼べるとかいった肉体労働の問題だ。最初は普通に人を雇った訳だが、さすがに夏場は体調を崩す人間が続出した為、自動化したそうだ。自動化と格好良く言っているが、機械的な工夫ではなく作業をゴーレムに肩代わりさせただけだったが、いかにもこの世界に相応しいかも知れないな。一応、現在は機関士と機関助士を乗せているが、両者を1人の土メイジがこなすことは難しくないだろう。


・メンテナンス性

 これは2つの意味があるのだが、まず、蒸気機関を使える状態で維持すると言う面では、主要な部品に固定化(フィックス)をかけることで、メンテナンスフリーとまでは行かないが、かなり手がかからなくなった。ちなみに火室内で無茶な魔法が使えるのも、強化されている為だし、固定化を使えるメイジには不自由しないから、一回の走行毎にかけ直すことも難しく無い。

 もう1つは、走行終了後の石炭ガラの廃棄なのだが、石炭自体の品質が良くない。言い方を変えれば、新米メイジが錬金した石炭である為に発生した問題なのだが、石炭を焼べる役のゴーレムに処理させれば、全く問題が無かった。(石炭の純度が上がれば、この作業自体殆ど必要なくなるだろうな)


・スモッグ

 これは、何気なくリッテンがロンドンスモッグ事件の話を出しただけらしいのだが、コルベール先生が異常な執着を見せて改良を施したらしい。報告してくれた本人は誤魔化していたが、”火”が原因で人に害をなすと言う事が我慢できなかったのだろうな。実に”ミスタ・コルベール”らしいかもしれない。

 これも、石炭の炭素純度が上がれば問題解決するのだが、リッテンから詳しく話を聞きだしたコルベール先生が、”脱硝・脱硫装置”や”集塵機”が必要だと考えてしまい、必要以上に時間がかかってしまったらしい。

 大袈裟な装置は効率を落とすし、体積の問題もあり、結局ミネットの説得で、排煙を普通にフィルターを通すことになった。こちらには難燃性のフィルターなど無いから、羊毛や綿を使った本当に原始的なフィルターなのだが、これは燃えるんだな。排煙の温度を下げる目的で蒸気機関車に特徴的な煙突を機関車の後方にまで伸ばし水タンクに隣接させた。

 ここまで来たらとリッテンのアイデアで蒸気自体も回収して”復水式”にまでなってしまった。蒸気と排煙を集める為に風メイジと高温になる水を冷やす為の水メイジが乗り込む形になってしまったが、トータルの重量は増やした位だから軽量化は難しくなかった。

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