第118話 ラスティン24歳(マッド・ドクターⅠ:前編)



「良く来たな、エルネスト。カトレアも本当に綺麗になったね」


「そうだろう?」


「ありがとうございます、お義兄様」


 何故かエルネストが真っ先に自慢げに返事をして来た、まあ、良いんだがね。


「君達は、旅行は国内だったんだろう。どうだった?」


「ああ、辺境の村々を巡って、患者を診てきたよ」


「それって、新婚旅行なのか?」


「はい、この人(エルネスト)の真剣な治療の姿を見て惚れ直してしまいました」


 今度はカトレアが変な返事をして来たのだが、自分達自身がしていても気にならない事が、他人がすると非常に気になる事ってあるんだよな。うん、気をつけよう。


「辺境でも、兵団の医療隊は巡回しているはずだよな?」


「それはそうだが・・・、亜人までは気が回らないのかな?」


「そう言う事か、彼らは隠れ住んでいるからな。という事は、君は彼らの所まで押しかけていったのか?」


「ああ、鬼の類でなければ危険は無いしな」


「護衛は居たんだよな?」


「そんなのが居たら、警戒されるだろう」


 実にエルネストらしい考え方だな、だが、見習う必要があるかも知れないな。無害な亜人達への治療行為か、兵団へ徹底させる事にしよう。


「まあ良いけど、危ない真似はするなよ? それはそうと、突然訪ねて来たそうだけど、あの件か?」


「そうだ、ちょっと気になる事があってね。カトレア?」


「はい、貴方」


 そう言うとカトレアが、応接間から出て行ってしまった。何があるんだろうか? 出て行ったカトレアは直ぐに1人の人物を連れて来た、カトレアに肩を借りながらもそれでもしっかりと自分の足で歩いて来るのは。


「ベッケル子爵!」


 そう、父の暗殺未遂の毒の影響で手足に障がいが残ってしまって、寝たきりになっていた筈の人物だったのだ。


「副王殿下、レーネンベルクでは色々お世話になりましたな。こうして再び歩ける様になったのは、殿下と、この”神医”殿のお陰でございます」


「まだ辛い様ですね、どうぞ座って下さい」


 ”神医”か、また仰々しい名前だな。エルネストには相応しいかもしれないがな。


「レーネンベルクでのお世話は両親が行ったものですし、治療もエルネストがやった事ですから、私などは何の役にも立っていませんよ」


「はははっ、そうですな。ですが、殿下がレーネンベルクの子で無ければ、私は2度と立てなかったでしょうな」


「まあ、それは人の縁という物でしょう。それより、エルネスト、やったじゃないか!」


「大したことじゃないよ。あの毒の特性さえ分かってしまえばね」


「ん? 解毒剤は効いたよな?」


「ああ、あの毒は人間の神経を末端から破壊して行くという効果と、治癒を妨害するという効果を併せ持っていた様なんだ」


「だが、クリシャルナはそんな事言っていなかったぞ?」


「そうだな、毒を飲んだ量や、解毒剤を飲むまでの時間、エルフとの体質の差なんかが考えられるな」


 その辺りは考慮済みか、”治癒を妨害するという効果”というのが問題なのだろうな。


「それで、どうやって治療したんだ?」


「”治癒を妨害する”というのはどうやら、人の生命力か魔力の様な物で効力を維持しているのが分かったからな」


「ほう、それで?」


「とりあえず、一番症状が軽かった左手を切り離した」


「はぁ?」


「試しに、一度左腕を切り離して”接合”みたんだけど、上手く行かなかったんだ」


「おい!」


 何だか、プラモデルでも作っていて、失敗して組みなおしただけって感じだな? 単純な切断ならば、意外と簡単に接合出来るのは事実なんだが。


「それでもう一度、左腕を切り離して、今度は”分解”して、”再構成”し直してもう一度”接合”してみたんだが、今度は上手く行ったんだよ」


「分解?」


 不用意に聞いてしまったら、エルネストは懇切丁寧に説明してくれたんだが、結構グロい話なので内容は割愛するが、私の横で聞いていたキアラの顔色が明らかに青くなった程だ。もう1人の女性であるカトレアは、何故かエルネストをウットリとした感じで見詰めている。(カトレア、それはマッドだぞ、義兄として君の将来が心配だ)


「もういい、女性も居るんだから、表現に気をつけてくれよ」


「ああ、そうだな、医師仲間や看護婦達は気にしないから、失念していたよ」


 カトレアは看護婦さんな訳か、まあ、お似合いかも知れないな。エルネストの欠点を補っている事だろうな。だけど、あまり良い流れじゃないな。


「子爵は良く手術に同意しましたね?」


「ええまあ、このままでは四肢が動かない事は、公爵夫人から言われていましたからな。どうせ動かないならば、無くなっても支障は無いでしょう?」


「そうですか、子爵は意外と思いっきりが良い方なんですね?」


「勿論、”神医”殿は、”再構成”の場面を見せてくれましたからな。特に問題は無かったですぞ?」


 ああ、手足に障がいがある人の治療を実際に見てもらった訳か、私がミレーユさんの旦那さんの右手を作った時に熱心に見ていたメイジがいた気がしたが、技術を盗む事に成功した訳か。


「そうですか、子爵も”リハビリ”頑張って下さい」


「ありがとうございます、殿下」


 ”リハビリ”がそのまま通じたな、まあ、こちらに存在しない概念なら、そのままあちらの言葉を使っても問題ないか。まだ、歩くのは辛そうな子爵は、それを機会に看護婦さん(カトレア)に連れ添われて部屋を出て行った。これで私も副王解任かな、長い様で短かったな。まあ、陛下のリハビリもあるだろうから直ぐに解任という事にはならないだろうが。


「キアラ、ガスパードを探して、カロリーヌを此処に連れてくる様に伝えてくれるかな?」


「はい」


 キアラも少し外の空気を吸ったほうが良い気がするから、あえて小間使いの様な用事を頼んでみた。まあ、今ならエルネストに愚痴を聞いてもらえるだろう。私が、ガリアで判明した、自分がやってしまった大失敗の話を聞いてもらった。(転生者の中でも、エルネスト位しか話せないだろうな)


===


「という訳なんだよ。自分でやった事ながら、どうすべきか頭が痛い所だよ」


「ふーん、起こるか分からない”大隆起”を避ける積りが、ハルケギニアの経済どころか文明を危機に陥れてしまったんだね。まあ、スティンらしいかな?」


「返す言葉もないよ。この国にもっと多くのメイジが居れば良いんだがね」


「多くのメイジか・・・」


 エルネストは何か考え込んでしまった。私も、まだ見つかっていない平民メイジを探したり、他国からメイジの移民を受け入れるとか、兵団を効率的に運用するとか考えているんだが、根本解決には程遠いんだよな?。

 こんな感じでだれていると、キアラがガスパードとカロリーヌを連れて来てくれた。(キアラの顔色も良くなったみたいだな)


「あれ? エルネスト来ていたの?」


「ああ、ちょっとね」


「カロリーヌ、エルネストがやってくれたよ!」


 そう言うと、何をやったのか理解してカロリーヌが、エルネストに話しかけた。


「エルネスト、やったじゃない。これであの侍医長の鼻を明かせるわね?」


「そんな事はどうでもいいよ。それより、最近の陛下の体調に問題は無いかな?」


「うーん、特には無いはずよ? 少し脈拍が速いのは気になる所だけど」


「そうか・・・、まあ、いいさ」


 そう言って、エルネストはどうやって陛下の治療を行うかを説明し始め、カロリーヌは真剣に聞き入っていた。だが、カロリーヌからは意外な言葉が飛び出した。


「うーん、その方法は拙いわね」


「ほう」


「何故だい、カロリーヌ?」


「ええ、私も侍医になって始めて知ったんだけど、侍医の規範に”国王陛下の身体には、傷1つつけるべからず”と言うのがあるのよ」


 何処かで聞いた事がある話だな、”玉体”という奴か?


「馬鹿らしい、それで病気が治らなくちゃ、意味が無いだろうに」


 エルネストが吐き捨てる様に言った。ふむ、別に大した問題とは思えないのだがな?


「侍医長に話して、規範を修正してもらえば良いじゃないか?」


「スティンって、もしかしてと言うか、やっぱり知らないの?」


「何をだい?」


 カロリーヌが夫のガスパードに視線を向けたが、ガスパードは苦笑しただけだった。私の隣では、キアラが額に指を当てているし、エルネストは何故か表情を消している。そのエルネストが、この状況を説明してくれた。


「カロリーヌ、自分で説明するよ。侍医長をやっているモーリス・ド・オーネシアは、僕の兄なんだ」


「は? 似てないな」


「君の感想はそれだけかい?」


「いや、驚いているし、色々納得がいったよ」


 成る程、エルネストが最初から侍医長殿を嫌う筈だな。弟が頭を下げて、カトレアの治療に協力を要請した時も断った事等も、エルネストのオーネシア嫌いに拍車をかけた訳か。緊急性の低い現状では、侍医長殿としてもエルネストが手柄を立てるのを傍観するとは思えないな。何とか排除出来ない物だろうか?


「キアラ、今の話を枢機卿側から陛下に知らせてくれないか?」


「はい、お任せ下さい」


「僕は、マリアンヌ様に話してくる。まあ、陛下に直接話す事になると思う。ガスパード?」


「ああ、王妃殿下と面会を申し込んでくる。カロリーヌも来てくれ」


「うん」


「エルネスト、手術は直ぐに出来るのか?」


「大丈夫だ、助手の皆も城下で待機中だからね」


「そうか、この部屋を自由に使えるように手配しておくから、呼び寄せてくれ」


「分かった」


 こうして私達は一斉に動き出したのだが、途中まで順調に話が進んでいたこのプランも思わぬ所で挫折する事になった。


===


「参ったな、陛下があんな事を言い出すとは思わなかった」


 エルネストが納得行かないと言った感じで呟いた。そう、勢い込んで陛下の下へ行ったマリアンヌ様と私だったが、陛下は私達の提案を拒否したのだ。今も遅れてやってきたマザリーニ枢機卿とマリアンヌ様が懸命に陛下を説得しているはずだが、あれは見込み薄だろうな。


「”私は実力で国王の地位に就いた訳ではない、マリアンヌの夫になったからだ。つまり王家の規範が私を王にしている訳だ。その私が規範を無視せよなどとは命令出来ない!”か、正論ではあるんだけど、陛下はもう一度自分の足で立ったり、物を掴んだりしたくないのかな?」


「まあ、お命がかかってるんじゃないからね」


 コリニー夫妻がこう補足してくれたのだが、私にも陛下が何を考えているか全く分からない。


「命がかかっているかも知れないよ?」


「どう言う意味だい、エルネスト?」


「きちんとした証拠は無いが、ベッケル子爵の病状の経過を考えるとな」


「経過?」


「ああ、子爵が僕の診療所に来てからのカルテ、おっと、病状を書いたメモでは、若干だが血圧の上昇と不整脈が見受けられた。それに内臓にも負担がかかっているかも知れない。子爵の食事の量は、普通の病人から考えても少なすぎたからな」


「それが命に関わるの?」


「直ぐには影響は出ないだろうね、ただ、この状況が長期間続くのは望ましくないのは分かるだろう?」


「そうね・・・」


「本当なら子爵がちゃんと歩ける様になってから来る積りだったんだけど、子爵の術後の経過を見るとさっきの推測が間違っていないと思えたから、無理して来たんだけどね」


 嫌な話の流れだったが、その間に、枢機卿の供をしていたキアラが戻ってきたが、表情を見れば結果は良くなかった様だ。何故か、今日の出来事はトリステインの未来に暗い影を落としそうな気がした。結局気長に、陛下の気持ちを変えていくしかないんだろうな。

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