第107話 ラスティン22歳(被害者)


 私が部屋に入ると、ロドルフ君は露骨に怯えた表情を浮かべた。


「まあ、僕達は同志なんだし、そんな顔をしないでくれ。先程の事はこの通り謝るから」


 僕が、頭を下げると、ロドルフ君もさすがに落ち着きを取り戻してくれた様だ。仮にも”副王”が軽々しくとか言われそうだが、私的な場面なら気にする事は無いと言うのが私の考えだし、例え公の場だったとしても必要があれば幾らでも頭を下げる事を厭う積りはない。


「こちらこそ、変な騒ぎを起こして済みませんでした。私、いえ、僕は最近前世の記憶を取り戻したばかりだったので、あちらに引かれる感じがあるんです」


「そうか、君もやっぱり寝込んだんだな」


「はい、7ヶ月ほど家族には迷惑をかけてしまいました。他の子達も同じみたいですよ、そんな話をしていましたから」


「1つ聞いていいかな? 先程の得意技能の紹介の時なんだけど、君が言ったのは嘘では無いけど、全てでは無いんじゃないかな?」


「あはは、やっぱり貴方には分かってしまうんですね。そう言う貴方も、何だか変じゃありませんでしたか?」


 中々細やかな所に気が付く子だな、私にとっては材料学は手段でしかないから、熱く語るということが出来なかっただけなんだが。


「まあ、色々悩むことがあってね。君も噂ぐらい聞いたことがあるだろう。ガリアとゲルマニアの戦争の事を」


「副王って、他国の戦争まで関わるんですか?」


「何時、こちらに飛び火するか分からないからね、念の為と言った所なんだ」


「そうですか、わ、僕の為に変な事をさせてしまってすみません」


「いいや、さっきも話したと思うけど、君達の知識がこの国の役に立つと思えば、幾らでも協力させてもらうさ」


「信じても良いんですか?」


 ロドルフ君が縋るような目で私を見ている。どうもこの子は、”おとこの娘”ぽいな。


「どうだろね、僕は信じて欲しいと思うけど、ここで僕が君に新金貨100枚をあげたとしても、それが信頼の証になるかな?」


「そうですね、でも今の言葉で分かりました。ラスティンさんは信頼出来る人だって」


「そんなに簡単に信じて良いのかな?」


「はい、私を騙そうとしている人がさっきみたいな事は言わないですよね?」


「君がそう思うなら、僕は出来るだけ期待に応える事にするよ」


「あの、私の話を聞いてくれますか?」


「うん、聞かせてくれるかな」


「私の前世の名前は、”元井 曜子”といいます。情報工学を専攻していて、専門は”人工知能”の研究でした。”古田淳司”と”アルノー”は、私が使っていたハンドルネームなんです。ネット上で色々な人を観察している内に、あんな事をする様になってしまったんでしょうね」


 うん、やっぱり女の子だったのだな、少々危なっかしい感じがしたのはそのせいだろう。しかし、”煽り”とか何だろうな、あまり良い趣味とは言えないな。


「”人工知能”か、なるほどね。それで、アンジェ家と言う訳か」


「え? どういうことですか?」


「いいや、何でも無いよ。君の周りには”インテリジェンスソード”が沢山あったんだろうね」


「やっぱりお爺様の事をご存知なんですね?」


「いいや、僕は貴族に興味が無いからね」


「でも、エレオノールっとさんと婚約したんでしょう?」


「その辺りは、プライベートだからね。恥ずかしいし」


「ふふふ、そうなんですね」


「君については、ロワイエさんが調べてくれたんだよ。他の子達についてもね」


「そうなんですね、最初からばれていたんだ・・・」


「君のお爺様が、”インテリジェンスソード”を買い漁って、家の財政を破綻させて実家を放り出されたことも知っている、だけど、嘘は良くないよ。今度の委員会の会合できちんと皆に本当の事を告げるんだ。出来るね?」


 ”インテリジェンスソード”に興味があって、”インテリジェンスソード”が沢山ある家に転生したと言う訳か、先程の推論を裏付ける結果だな。


「はい!」


「うん、男の子らしい良い返事だ。ところで、君が申し込んだ新金貨100枚の借金の話だけど?」


「それなんですけど、実は家に有った”インテリジェンスソード”達は、全て僕の治療の為に売り払われてしまったんです。誰が買ったのかも両親は教えてくれなかったから、彼を手に入れたいと思ったんです。折角王都に来たんですから」


 うむ、何やら皮肉な結果だ。考えてみれば、私の両親も私の治療の為にかなり無茶をした訳だからな。普通に裕福な家と言った程度では、家計が傾くと言うのもありえない話では無いか?


「そうかそれで、”デルフリンガー”なんだね? でも、君が”彼”を手に入れてしまったら、”平賀才人”君はどうするんだろうね?」


「あ! そうですね。でもラスティンさんは、”平賀才人”は召喚されないかもって言っていましたよね?」


「ああ、そういう言い方なら、ルイズが召喚するガンダールヴの為の剣という言い方になるかな」


「なるほど、そういう事ですね。それならどうしたら良いのでしょうか?」


「僕が”彼”を買い上げて、君に貸すことにすれば良いさ。やって来るはずのガンダールヴには、僕から渡す事にするよ」


「本当ですか! お願いします! 何でもしますから!」


 すごい食い付きだな。まあ、転生者の習性について、少し理解が深まった気がするから、良しとしよう。それに、私の様に恵まれた環境に無い転生者には、経済的な援助が必要なのも分かったのは収穫だな。(それに、ロワイエさんにお願いした事も無駄にはならなかった訳だ)


「何でもか、ロドルフ君、君は魔法学園に入る積りは無いかな?」


「でも、魔法学院は15歳から、あ、レーネンベルク魔法学園ですね、この歳で入学出来るんでしょうか?」


「ああ、あそこは年齢制限をしていないからね。多分、君も優れたメイジの素質を持っている筈だし」


「僕が! あ、でも、両親が何と言うかな?」


「そうだね、副王様に直々にスカウトされたとでも言ってご覧。それに、君の御両親には、分かっているんじゃないかな? もう、自分たちが貴族では無いという事が」


「そうですね・・・。そうしてみます!」


 それから、ロドルフ君としばらく話し込んでいると、部屋のドアがノックされた。どうやら、ロワイエさんが取引を終えて戻って来たらいし。布に包まれたかなり長い物が、ロワイエさんの腕の中にあるのを見て、ロドルフ君も何かを察したようだな。


「ラスティンさん、それってもしかして?」


「そう、今日から君に貸してあげる物だよ」


 ロドルフ君が、ロワイエさんからそれを受け取ろうとするが、自分の背より長いものだから、よろけてしまった。慌てて支えるが、ロドルフ君はそんな事に頓着しない様で、それを包んでいる布を剥がしにかかった。

 中から現れたのは、古びた長剣(ツーハンデッドソードだな、これは)だった。ロドルフ君が懸命に鞘から抜こうとするが、当然苦労することになる。床に置けば良いのだろうが、彼はそうする積りは無いようだ。(彼なりの”インテリジェンスソード”に対するポリシーの様な物を感じるな)


 結局、私がそれ(いや、”彼”と言うべきなのだろうな)を鞘から抜いてあげることになった。私にとってもかなりの重さだったが、何とか鞘から抜き去り、”彼”をテーブルの上に横たえたのだが、”彼”からの大きな反応は無かった。

 例の金具が少し震えているのが分かったから、耳を近づけてみると。


「とうとう、武器屋からもお払い箱で、こんな盆暗な貴族や子供の玩具にまで落ちぶれちまうとは。何時になったら、”使い手”に出会えるのやら、とほほ・・・」


等と小さな声?で愚痴っているのが聞こえた。まあ、”彼”にとっては、剣を振るったことも無い私などは、盆暗なのだろうな。私と同様に、ロドルフ君とロワイエさんも耳を近づけていたが、ロワイエさんが、こんな事を”彼”にささやいた。


「この方は、この国の副王様なんだがな?」


「はぁ? こりゃあ、おでれーた! あんたみたいなのが、王族とはな」


「気にしなくていいよ、君には色々役に立ってもらう予定だからな。そうだろ、ロドルフ君?」


「はい! 私は貴方の”身体”と”精神”に興味があるの。隅々まで調べさせてもらうわ!」


 前世を思い出させるのか、完全に女性の言葉遣いで、手をわきわきさせながら、”彼”に近付くロドルフ君だったりする。ちょっと(いや、かなり)不気味だな。


「おい、何だよこの子供は、えれー不気味なんだがな。おりゃーしがない”インテリジェンスソード”だぞ、そんな目で見ないで?。そんな手付きで触らないで?」


 ロドルフ君もどうやら、エルネストと同類らしい。”デルフリンガー”君も妙な苦労をする事になるんだろうな? まあ、死なないし、壊れても問題ない彼の事だから、本気で問題ないだろうが、ご愁傷様と言った所だな。(あ! 精神的に壊れたりしたらどうなるんだろうな?)


===


 ロドルフ君とデルフリンガーのやり取りを見ていても仕方がないから、別室に移ってロワイエさんと話をする事にした。決して、ロドルフ君とデルフリンガーのやり取りが怖かったからではないぞ?


「ロワイエさん、今日の会合に参加した子供達の家の状況はどうですか?」


「状況と言いますと?」


「ああ、主に経済的にですよ」


「・・・」


「ロワイエさん、彼らと彼らの家族は、私が面倒を見ますからね?」


「仕方がありませんな、この国の為に、涙をのんで諦めましょう」


「ロワイエさん!」


「冗談ですよ、父から色々注意を受けましたからね。彼らの不利益になるような事はしませんよ」


 その言葉に思わず納得しかけたが、ガリアでローレンツさんと義理の息子セザールさんに、騙された事を思い出したぞ。


「その言葉は信じますが、彼らの事はやはり私に任せてもらえませんか? 彼らと私にしか分からない問題もありますから」


「ふぅ、随分と用心深いですね」


「ローレンツさんもセザールさんも、そしてロワイエさんも正しく商人ですからね」


「ははは、それは私にとって褒め言葉ですね」


「ええ、褒め言葉ですよ。商人の方々は利には聡いですからね」


「それは、私が信用できないとおっしゃっているのでしょうか?」


 ロワイエさんの目が心無いしか細められている。前回の様な茶番では無く、今回が本番なのだろうな。


「有体に言えばその通りです。私はまだロワイエさんの信頼を受けるに足る事をしていませんからね」


「貴方は・・・、父も変わり者ですが、貴方はその上を行きますね」


「それは、褒め言葉でしょうか?」


「いいえ、呆れているだけですよ。ずっとね、商人ばかり相手をしていると、ふと、虚しくなる時があるのです」


 ロワイエさんがなんだか関係の無い話を始めたぞ? 罠か? いや、表情も目も嘘は言っていないと思える。


「自分たち商人は、仕入れた商品に適当な価格をつけて売ります。時々その価格が本当に正しいのか、疑問に思えたりするのです」


「そんな事があるんですか?」


「ええ、商人の中にはそれで商売を辞めてしまう者もいますよ。意外ですか?」


「さあ、商売や金勘定は私の管轄外ですからね」


「そんな商売を辞めた父の友人の一人が教えてくれました。父と話していると、”自分がやっていることは正しいのか?”と考えさせられる事があったそうです」


 ロワイエさんは、私の返事が耳に入らなかった様に話を続けた。


「私は父と話していてもそんな事を感じたことはありませんでいしたが、今日の事を見ていて少しだけその気持ちが分かった気がしました」


「え? 今日の会合に何か感じたのですか?」


 傍から見れば、いい大人が子供を泣かしただけだった気がするんだが?


「何と言ったら良いでしょうね? ”同じ立場に居ながら、少しだけ物事が良く見えている”と父の事を表現していた人がいましたね。その少しが大きな差を生み出すとも言っていました」


 少しね、ローレンツさんはこの世界で余程上手く立ち回ったらしいな。私も見習わなければならないのかもしれない。少しだけ多くの事を知っている事が、大きな違いを生み出すか、確かに私の人生がそれを証明しているな。


「もしかして、ロワイエさんがヨルゴに惹かれたり、ローレンツさんが学校を経営したいと思ったのもその辺りが原因なんじゃないですか?」


「え? ああ、そうかも知れませんね」


===


 王城に戻ると、キアラとライルが迎えてくれた。予定よりかなり遅くなったので、心配をかけたようだ。


「キアラ、ライルの世話を任せてしまってすまないな」


「いいえ、ライル君は良い子ですから、全く問題ありませんでしたよ」


 キアラの隣でライルが、少しだけ照れた様子だった。ライルと夕食をする予定だったが、キアラも同席する事になった。キアラとライルが仲良く話しながら食事をする姿は、微笑ましいものだった(姉弟の様でだぞ、キアラには悪いが相変わらず親子には見えないな)。明日は早くから、皆と一緒にレーネンベルクへ帰る事になるライルと一緒に早めに休む事にした。


「ライル、食事の時にキアラと話していたのを聞いて気になったんだけど、君はアンリエッタ、いや王女様が嫌いだったりするのかな?」


「あ、えーっと」


「別に怒ったりはしないよ。ライルにしては珍しいと思っただけだからな」


「はい、僕はどうもあの方が好きになれそうもありません」


「良かったらどんな所が、嫌いなのか教えてくれないか?」


 ライルは少し言い辛そうにしていたが、思い切った様に話してくれた。


「今日、キアラお姉さんに王城を案内してもらっていた時に、王女様とルイズが遊んでいる所を見たんです」


「そうか、人形を取り合って、取っ組み合いのケンカでもしていたかな?」


「ううん、取り合いにはなったけどケンカにはならなかったんだ。人形遊びは王女様がやることになったんだけどなんて言ったらいいのかな。ルイズの方が王女様に遠慮じゃなくて、うーん、譲ったっていうのかな、そんな感じだったんだ」


「譲ったか、それで?」


「うん、その時、思ったんだ王女様の方が年上なのに、王女様の方が子供みたいだって。なんだか、凄く恵まれた環境にあるんだなって思ったんだ」


「王女様だって、父親が病気で苦しんでいるんだよ」


「そうだよね? でも何だか、王女様からそんな感じを受けないんだ。一緒に居たルイズの方が、色々苦労しているんじゃないのかな?。あ! ごめんなさい、王女様の悪口を言う積りは無かったんです」


「いいや、ライルがどう感じたかの方が大事だからね。それにしても、ライルは良く人を見ているね」


「そうかな? 子供の頃からこうだったよ、母さんが良く教えてくれたんだ」


「お前は、まだまだ子供だよ。もう少しだけ、自分の好きに生きて良いと思うよ」


「母さんは居なくなちゃったけど、僕は今、幸せだよ?」


「そうか、ありがとう」


「なんで、父様がお礼を言うの?」


「そんな気分だったんだよ、大人になれば分かるさ」


「ふーん」


 アンリエッタについて色々考えさせられたな、子供の感性というのもバカには出来ないようだ。だが、この件に関しては、私は主体的に動けないのだろうな? 悪い事をしたら叱る、何か学ぶことがあると思えることは積極的にさせてみるという、今までと変わらない方針しか思いつかなかった。


 アンリエッタも多分、追い込まれれば出来る子の筈だから、何とかなると信じたい物だ。私の子供ならば有無を言わさず、レーネンベルクの父の所で数年勉強をさせるのだがな。そう考えると、ライルは正しく私の息子なのだと思える。

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