第106話 ラスティン22歳(最初の会合)


 今、私はカルネヴァレで使う様なマスケラを被ってその上、ぞろぞろしたマントまで身に着けて、円卓に座っている訳なのだ。知らない人が見ればさぞ異様な風景に見えると思うと、どうも落ち着かない。そもそも、王城を出るのに変装している私が、更に仮装すると言うのはどうなんだろうか?

 何故こんな(間抜けな)仮装をしているかと言えば、この会合に参加する際に、ロワイエさんから身につける様にと渡された為なのだが、勿論納得はしていない。こんな格好をして、大真面目に誰がこの会合の議長を務めるかを議論しているのは、いかにも子供染みていると思えてしまう。


 まあ、この会合の参加者の多くが子供だという事を考えれば、別に不思議な事では無いが、この年齢になって学級委員を決める様な騒ぎに参加する事になるとは思わなかったな。最初の自己紹介辺りは、一応問題が無かったのだがな。

 横に目を向けてみると、エルネストも同じ事を考えていたらしく、目が合ってしまったが、お互い肩をすくめただけだった。その向こう側では、ミネットが我関せずと言った感じで熱心に紙に何かを書き込んでいる。そろそろ潮時なのかも知れないな。


 私は鬱陶しいマスケラとマントを脱ぎ去って、こう話しかけた。


「アルノーと名乗っている、そこの君、この状況は君が作り出したものだけど、これで満足かい?」


「!?」


 私に倣って、エルネストとミネット(一応は話を聞いていたらしいな)が、マスケラとマントを脱ぎ去った。会合の参加者に動揺が走ったのが分かるが、知ったことか。


「ロドルフ君、君はローレンツ商会に最初に名乗り出た時に、アルノーと名乗っていたね? 偽名を使う事自体は、身を守る上からも否定はしないけど、”アルノー”と言うのは本当に君自身が決めた名前なのかな?」


「え、あの・・・」


「”古田淳司”と名乗った君の日本での名前は本当の物なのかな?」


「・・・」


「僕達はこの地に何かの理由でやって来た異邦人なんだと思うんだ。その仲間さえ信用出来ないかな?」


 少年少女達の何人かが、アルノー君に冷たい視線を送りながら、マスケラとマントを同じ様に脱ぎ去った。


「アルノー君、君が偽名を使う理由は想像がつくよ。多分前世の記憶に影響されているんだろうね。ネットの世界では、当たり前の様にハンドルネームとかニックネームとか言って、本名を名乗らなかったからね」


「私は・・・」


「この、マスケラとマントを手配するようにロワイエに依頼したのも、君なんだろう?」


 会合の参加者のほとんどが、マスケラとマントを脱ぎ去ってしまったが、アルノー君だけがそれを脱ぎ去ることが出来ないでいた。


「このトリステイン王国に生まれて、今まで君は何を感じてきたかな? その経験が、サンディ君とバベット君の諍いに油を注いで、横で眺めるて喜ぶ様な事を君にさせたのかな?」


「・・・」


「応えろ、ロドルフ・ド・アンジェ! 落ちぶれたとは言え、貴族だった君のお祖父さんは、君にそんな教育をしたのか!」


「うっ!」


 さっきまでは、私の事を睨みつける様に見ていたアルノー君(いや、本名のロドルフ君と呼ぶべきだな)の目が潤んだような気がした。


「うわーん」


 あれ、泣きだしちゃったんだが、これをどうしたら良いのだろうか? 失敗した、普通の大人を問い詰める積りだったのだが、記憶は兎も角、精神的には8歳の子供だと言う事を忘れていたぞ。心なしか、エルネストの視線までもが冷たく感じるぞ? ミネットに至っては、泣き続けているロドルフ君の頭を抱しめる様にして慰めていたりする。この裏切り者達め!


 この様な流れで、何故か私が、この会合のまとめ役を務める事になった。何も知らない人がこれを見たら、私が子供を”いぢめて”この地位を得た様に見えてしまうのだろうな。議長などと言う立場は、かなり不本意だが、私が副王である限り、彼らに出来るだけの便宜を図りたいと思う。異境で出会った仲間がどれだけ貴重か、私には分かっているのだから。


===


 若い転生者達との会合は私にとっては色々な意味で意外な収穫だった。それが本当に良かったのかは疑問が残る物もあったが、それを知っている事に意味があるのだと思う。

 転生者の皆が、”ゼロの使い魔”を愛読していた事、そして原因は様々だが、若くして死んでしまった事等は予想通りだった。問題は、何となく感じていたそれ以外のことなのだ。

 例えば私は、転生者達にこれまで私が行って来た物語(歴史)に対する干渉を色々と話して聞かせたのだが、反応は思っていたものと違っていた。あまりにも反応が薄かったのだ、別に批難されたかった訳では無いのだが、彼らの知っている物語(歴史)とかけ離れてしまった事に文句の1つ位出るかと思ったのだが、誰一人気にした者は居なかった。


 逆に転生者達に、前世での特技技能を尋ねると、話が止まれなくなって会合の予定時間を大幅に過ぎてしまった程だ。彼らは自分の特技を使って、この国そして、この世界を変える事を熱く語ってくれた。(エルネストやミネットまでもが子供達と一緒になって語り合っているのには、妙な疎外感を感じた)


 この場に居ない者も含めて、簡単に転生者達の事を纏めてみよう。(一部想像が含まれるが)



・名前 性別:年齢 (前世の名前)

 生まれ 前世の職業

 特技、こだわり?


・ジェリーノ・タルキーニ 男:65 (キース・ガードナー)

 教皇の家系 宗教学専攻の大学生

 以前のブリミル教に反感を覚え、教皇となり教会内の改革を行った


・ローレンツ 男:63 (長谷部 恭介)

 魚商人 商社営業(漁村の出)

 商人とての成功、学校経営を夢見る


・ラスティン・レーネンベルク・ド・トリステイン 男:22 (如月 更夜)

 鉱山を所有する貴族 材料学専攻の大学生

 普通?


・エルネスト・ド・オーネシア 男:21 (下村 清春)

 水メイジの家系 医師

 マッドドクター(ハルケギニアに現代医学を広める)


・ミネット 女:15 (丹羽 保) 

 商家(多分色々な品々を手に出来るからだろう) 自称発明家

 発明命! 何時かは、ジェットで空に!


・アミラ 女:10 (家崎 真理奈)

 農民 農業研究員

 土壌研究で農産物の収穫量を増やしてみたい


・フリード 男:9 (近藤 英司)

 農民 農業大学の生徒

 農作物の品種改良を行って、ハルケギニアを豊かにする


・リッテン 男:9 (吉岡 稔)

 鍛冶屋 無職(良家の御曹司)

 鉄道マニアでハルケギニアに列車を走らせたい

 (父親は以前ワーンベルに居たそうだ)


・ヴァレリアン 男:8 (佐々 望)

 旅芸人 演出家兼劇作家(演劇に限らず、色々な芸術に詳しいそうだ)

 現代風の演劇を流行させたい


・サンディ 男:8 (武田 喜一)

 町民(私塾経営) 教師

 熱血教師(いや、本当にこの一言で全てなのだ)


・ロドルフ・ド・アンジェ 男8 (古田 淳司)

 元貴族の家 コンピューター?

 ???


・バベット 女:8 (油井 昭二)

 修理屋 自動車工 

 ハルケギニアに自動車を走らせたい


・ベレニス 女:8 (新川 海)

 漁師 海洋学

 ハルケギニアの海の生物研究をしたい


・クロエ 女:8 (瀬名 有紀)

 薬師(平民メイジ) 薬剤師

 魔法薬とはどんなものなのか知りたい、作りたい


・ルネ 男:7 (須田 元康)

 大工 建築家の卵

 日本風の建築技術をハルケギニアに広める


・ナポレオン1世 男:? (?)

 ゲルマニア皇帝の家系 ???

 ???



 こんな感じになるのだが、例外は有る物のほとんどの転生者が、自分の特技を活かせる家に生まれているのも興味深い。男女が前世とバラバラだと言うのも何か意味があるのだろうか?

 私としては法律の専門家でも居てくれれば嬉しかったが、そう上手く行く物でも無い様だ。ただ、彼らが覚えている技術が、これからのこの国に必要である事は否定できないだろう。私は、副王として彼らの活動をバックアップする事を約束した。そして、年に2度この様な会合を定期的に開く事を決定して第一回の”トリステイン民主化委員会”の会合が解散となった訳だ。(これは私が勝手に呼んでいるだけで、単なる”委員会”と言うのが正式名称なのだが、”委員会”というのが何となくカッコいいという事で決まったのはどうかと思うぞ?)


===


「エルネスト、明日にはラ・ヴァリエール領に戻るんだろう?」


「ああ、ルイズや君の息子達も一緒の予定だけど?」


「少し話を聞きたくてな。君が嫌がる話だと思うが良いかな?」


「オーネシアの事か? 煮るなり焼くなり好きにしてくれ」


 随分と物騒な話になった物だな。そういう話ではないのだが。


「オーネシア家とラ・ヴァリエール家がカトレアの治療で揉めた事が有っただろう?」


「随分前の話だよ? その事自体は、もうどうでも良い話だよ」


「いや、僕が聞きたいのは、”カトレアの治療”の話を言い出したのは、君自身なのか? それともオーネシア子爵だったのか? という話なんだ」


「? それが重要なのか? その頃の僕は”カトレアの治療”にはあまり興味が無かったな」


「と言う事は、オーネシア子爵が勝手に公爵と話を進めたと言う訳なんだな?」


「そうなるな」


「君らしくない気がするんだが? ”カトレアの謎の病”の事は知っていたんだろ?」


「そんな事が気になるのかい? 今は”僕のカトレア”も健康体になったんだから、問題は無いはずだろ」


「まあ、そうなんだが」


 やはり気のせいでは無いらしいなエルネストもこの調子だし、ミネットがコルベール先生を助手にと望んだのも、話の流れからだったと、今更思い出される。もう一度機会を作って物語(歴史)介入についてジェリーノさんから話を聞きたい物だな。それに、ローレンツさんが物語(歴史)介入をしたかどうかも聞いてみたいな。


===


 私がエルネストと実りの少ない話を終えるのを待っていた様に、会合を取り仕切ってくれたロワイエさんが私の所にやって来た。


「ロワイエさん、色々手配していただき、ありがとうございました」


「いえいえ、ここには大きな商売の気配がありますからね。自分自身の為でもありますよ。それより少し相談したい事があるのですが?」


「構いませんよ」


「あの”アルノー”君についてなのですが?」


「ロドルフ君と呼ぶ事になりましたよ。ロワイエさん情報が役に立ちました」


「そうですか、彼の為にはその方が良いでしょうな。まあ、それはそれとして、そのロドルフ君が私に借金を申し込んで来たのですが、事情を聞いても話してくれないのです」


 エルネストとあまり実りの無い話をしている間にも、ロドルフ君は動いていたらしいな。


「幾ら位の借金を?」


「新金貨100枚だそうです」


「彼位の少年が持つには、かなりの大金ですね」


 先程の会合で確認した、自分達の前世の事を軽々しく話しことを禁じると言う決定に従っているらしいな。(まあ、禁じるまでも無くこの世界が物語の中の世界かも知れない等という話は、転生者の中では誰もしていないだろうな。前世の記憶以上に受け入れられない事だろうからな)


 それにしても、その金額には何故か覚えがある気がするのだが?


「私としても、事情が分かれば貸しても損はしないと感じているのですが」


「それは、先程の会合で決めた事なんですよ。分かりました、彼と話せますか?」


「はい、別室で待たせてあります」


「あ、ロワイエさん、少しお願いがあるのですが? とある物を手に入れてきて欲しいのです」


「また無茶な注文じゃないでしょうな?」


「そんな事はありませんよ。この王都で手に入る物ですから、勿論報酬はお払いします。白金貨一枚でどうですか?」


「その一枚というのは、嫌な響きですね。幾ら位の物なんですかね?」


「さあ、分かりませんが、今発行されている新金貨で100枚はしないと思いますよ」


「まあ、新硬貨の方が価値が高いですからな。安く手に入れればそれだけ儲けになると言う訳ですな。相手には損をして貰う事になりますね」


 ロワイエさんも随分と商人としての自信を取り戻したらしいな。まあ、ロドルフ君と話しながら待つ事にするか。

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