第99話 ラスティン21歳(肖像)


 さて、私の名前は、”ラスティン・レーネンベルク・ド・トリステイン”と言う。名前が示す通り、このトリステイン王国の王族なのだが、王の亜種とも言える”副王”の位に就いている。

 何? ”お前は、誰だ?”だって? 今の自分の口調には自分でも違和感があるからそう言われるのも、理解出来るのだが。何故こんな事になったかと言えば、我が秘書官殿によって、強制的に矯正されたと言う事情なのだ。(自分で言っていても情けなくなってくるが)


 僕が、ガリアから戻ると、キアラが当然の様に僕を迎えてくれたんですが、簡単に副王の執務室に入ることなんて出来ませんよね。まあ、ユニス辺りが手配したんでしょうが、執務室に入った僕は、心臓が止まるかと思いました。

 キアラの態度は、エレオノールと対面した前後であまり変化しませんでした。ただ、以前は僕の前ではかけなかった眼鏡を、きちんとかけるようになった事と、僕が副王として相応しくない態度をとった時には、容赦なく注意されます。

 あ! 今もキアラがこちらに注意を向けています。何故か、キアラには僕が”僕”で考えている時と”私”で考えている時が区別出来るらしいです。ラスティン検定なんてものがあれば、2級は固いですね。(ちなみに1級はエレオノールしか持っていませんよ?)


「ラスティン様?」


「なんだい、キアラ?」


「いいえ、何でもありません」


 こんな感じになる訳なんだが、かなり肩がこってしまう。エレオノールやクリシャルナと話した後などは、特に気が緩んでしまうので注意が必要なのだ。私もキアラの期待に応えると誓った身だから、慣れるしかないのだろう。


「キアラ、今年の高等学校の卒業生たちだが、その後はどうなっているかな?」


「はい、順調に仕事を覚えてくれている様です。用意が整い次第、順次王宮に来てもらう様に手配してあります。マース領の領主代行を引継ぎが終われば、マリユスも王宮に来ると思います」


「次のマース領の領主代行は、ジェフ君と言うんだったね?」


「はい、私の後輩の中でも、優秀な子ですよ。生徒会の会長をやってもらった位、人をまとめるのが巧みです」


「そうか、それは期待出来るな。ところで、そのジェフ君の専攻は?」


「確か、政治と心理学だったと思います。人心掌握は、私より得意でしたね。ただ、女性心理を専門にしているとか、変な事を聞いた事があります」


「女性心理? また本当に変な事に興味を持ったんだな」


「そうなんです。しかも、その事は他の人には、秘密だそうです」


「うん? ま、まあ良いか」


 それは遠回しな告白じゃないのかと、突っ込みたくなるな。キアラを巡る高等学校の人間関係が、段々怖くなって来たぞ。そのうち誰かが、刺されたりするんじゃないだろうな? (その可能性が一番高いのは、私自身だというのが笑えない事実だな)


「後は、アンセルムかな?」


「はい、アンセルムは王軍の方を鍛えなおすと言っていましたから、もう少し時間がかかるかと」


「クロディーの方は?」


「はい、アルビオンで活動を開始したそうです。ただ、命令が抽象的ですから、完了まで時間がかかるかも知れませんね」


「ユニス、キアラ、マリユス、アンセルム、そしてクロディーか、優秀な部下に恵まれたものだね」


「その5人をまとめるのが、ラスティン様のお仕事なのですよ? そう言えば、ユニスから報告があるそうです」


「ああ、多分、新硬貨に関してだよ。張り切っていたから、もう形になったんだろう」


 旧モーランド侯爵領は、国王の直轄地となりマース領と名前を変えた。ここは私に統治が任されたままなので、名前も領主代行や役人の選考等も自由になる為、レーネンベルク公立高等学校の卒業生達の実践の場としてしても活用する事になった訳だ。

 キアラの進言で、ゲルマニアの元貴族ブルーデス伯爵を、補佐官として送り込んだ事で、ゲルマニアとは一種の膠着状態になっている。

 ブルーデス伯爵は本来なら、ゲルマニアからの身代金で開放されるはずだったのだが、身代金も払われず使い道に困っていた所で、キアラがゲルマニアに寝返ったモーランド侯爵(今では、ゲルマニアのモーランド辺境伯と名乗っている)に対抗する手段として、名目だけの補佐官としてモーランド辺境伯に対しての牽制役となっている。

 モーランド辺境伯もやりにくい事だろう、逆に領主代行は裏切り者など気にせずに統治を布いている訳だ。マース領には警備の為に国軍を送り込んだが、実際使い物にならなかったらしく、アンセルムが苦労している訳だ。


 クロディーの方は、多分期待に応えるくれるだろう。一人の間諜としては使い辛いが、着眼点は間違えない様だし、部下の育成さえこなしてくれれば、トリステインも外交面で他国に出し抜かれる事も減るはずである。

 5人が上手く連携して動くようになれば、多分、私への負担は全くなくなる筈なのだが、そうなってしまうと私の存在意義が無くなるのでそこまでやる気は無いが、私とキアラの下には全ての情報が集まる様にするべきだと思う。

 キアラには、グレンさんに王宮の事を教えてもらったり、マザリーニ枢機卿の下で事実上の宰相のの補佐をやってもらう。当然私の秘書もやっている訳だから、キアラはこの王宮で一番忙しい女性かも知れない。


 クロディー以外の4人が全員王宮入りすれば、私の足場固めはほぼ確実になり、今年の高等学校の卒業生が仕上がってくれば、手が回っていなかった部署にも送り込める筈なので、万全になると言えるだろう。些(いささ)か予想より早かったが、自分の命が懸かっていると思えば、早いに越した事は無いだろう。


「ラスティン様、ユニスが来たようです」


「ああ、通してくれ」


 埒も無い事を考えていたら、ユニスがやって来たらしい、丁度ガリアを訪問している間に、新硬貨の試作品が出来たのだろうが、ユニスのデザイナーとしての腕を見るのは始めてだから、楽しみではある。


「ユニス、ご苦労様」


「殿下、依頼の硬貨が完成しました。ご覧下さい!」


「随分と急に話を進めるんだね。これか、中々立派な物じゃないか。ん?」


 白金貨、金貨、銀貨、銅貨と順番に仕上がりを確認して行くと、銅貨に有り得ない物を見てしまった。何で?銅貨に明らかに僕の顔と分かる肖像が描かれているんですけど、何故こんな事に?


「ユニス、今回の硬貨はどういう方針で、デザインしたんだい?」


「はい、王家の方々のお顔を描いてみました。フィリップ4世陛下、マリアンヌ王妃殿下、アンリエッタ王女殿下、そして、ラスティン副王殿下をそれぞれ、白金貨、金貨、銀貨、銅貨に採用させて頂きました。ラスティン様を銀貨にという案もあったのですが、殿下は望まれないと思いまして、銅貨にさせていただきました」


 う! 何故か文句が、言い辛いですね。王家の人をデザインに採用するのは一般的な気もしますし、僕を銅貨に使うと言う事で気を使われてさえいます。ここで我侭を言ったら、何だか子供の様ですよね? あれ? キアラからの突込みが来ないですね?


「キアラ、ポケットに入れた銅貨を出すんだ」


「何の事でしょうか?」


「一枚と言わず、何枚でもありますよ?」


 ユニスが懐から、何枚かの銅貨を取り出しました。これでは、キアラから取り返しても意味が無いな。試作品の割には沢山鋳造した物だな。そうだ、別のデザインを考えさせれば良いじゃないか、まだ試作段階なのだろうし。


「ユニス、これは試作した硬貨なんだろう?」


「いいえ? 陛下から既に許可は頂いたので、既に量産に入っていますが?」


「ず、随分と、話が早く進んだんだね」


「はい、錬金隊のメイジが、私のデッサンを直ぐに硬貨にしてくれましたから、型を作るのも簡単でした」


 しまった! 自分で自分の首を絞めてしまったらしいぞ、陛下の許可が出ている以上、私からは手の出し様が無い。う???む、ダメだ手が無いぞ! こうしている間にも、どんどんこの恥ずかしい銅貨が量産されている訳だ。仕方が無い、銅貨は使わない様にしよう。当然お釣りも、受け取り拒否だな。(そういう機会があるか分からないが)

 私は、もう一度、銅貨をしみじみと眺めてみた。私の肖像もかなり美化されている気がするな? まあいい、今度、エレオノールに会う時のお土産にしよう。何かの話題くらいにはなるだろう。


===


「スティン兄様、突然、どうされたんですか? 次は、来週と仰っていませんでしたか?」


「君には、毎日でも会いたいと思っているからね。今日は少し理由が出来たから特別なんだ」


 僕は、エレオノールに向けて硬貨を弾きました。くるくると回って上手い具合に、エレオノールの手に銅貨が収まりました。不思議そうに銅貨を眺めていたエレオノールでしたが、そこに描かれている人物に気付いたのか、ピタリと動きを止めてしまいました。そして、物欲しそうな表情を浮かべました。(中々、可愛い感じですよ?)


「エレオノール、そんな目で見なくても、それは君にあげる為に持って来たんだよ」


「はい、ありがとうございます。大切にします!」


「いや、それは記念硬貨とかじゃなくて・・・、まあ、そうしてくれると、嬉しいかな?」


 ”いくら一般に出回る物でも、兄様から頂いた物は特別なんです!”という、エレオノールが言い出しそうな言葉が頭に浮かんで、言葉を途中から変更しました。大事そうに銅貨を懐にしまう姿は、キアラの行動とダブって見えてしまいます。

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