第100話 ラスティン21歳(趣味の料理)


 さて、すこし前回から少し時間が経って、マリユスに続きアンセルムも王宮入りをした。


 マリユスは、マース領の領主代行を経験した事で、少しだけ逞しさを感じさせる様になった。相変わらず人当たりは良いのだが、その中に頼り甲斐みたいな物も見え隠れしている。偶には無茶な事をさせてみるのも、人を成長させる為には必要な事かも知れないな。

 私は、マリユスを王宮の政務省(またもや、正式な名称が無いのだが)に正面から送り込む事にした。マリユス自身は生え抜きの役人と言っても良いし、領主代行の経験は単なる事務手続きに終始している様な役人では得られない物だから、きっと期待に応えてくれると思っていた。


 政務省自体は、王宮の中の様々な組織の中でも比較的まともな組織だったそうだ。王が決定した事を実際に実行したり色々な行政を行うのが仕事だから、ここが腐っている様だと、国民生活に多大な影響が出るので、しっかりとした人物が大臣に就いている様だ。

 しかし、お役所仕事と呼ばれる状況からは逃れる事が出来なかった様だ。前例に拘り、効率的という言葉から程遠い仕事内容だと報告を受けた。領主が不在という状態と、一部とは言え戦争が行われたマース領で、こんな状態であれば下手をすれば暴動ものだと言うマリユスを宥めるのは苦労した。(それを押し付けたのは私なのだから、涙を呑んで愚痴を聞いた訳だ)


 マリユスは、当然、政務省の改革を始めた訳だが、その方法は随分と彼らしく、しかしかなり遠回りなやり方だと感じた。マリユスは、王都の町にある古い一軒の料理店を買い取ったのだ。話が繋がっていないって? まあ、もう少し聞いてくれ。

 マリユスの一家は、代々(といっても3代だが)レーネンベルクに仕えてくれている。当然だが普通の平民よりはかなり裕福である。そう、古いとは言え王都の街中にある一軒の店をポンと購入出来る程度にはな。


「父に大きな借金が出来てしまいましたよ」


というのが、マリユスの言葉だった。


 マリユスは、そこで当然、料理店を再開した訳だ。マリユス1人では店は回らないので、高等学校でマリユスと同じ様に料理を専攻した人間と、その他何人かを雇ったそうだ。ここで、前の話と繋がって来るのだが、マリユスは上司、同僚、部下を順次、自分の店に招待して自分の手でもてなしたそうだ。

 マリユス自身が、もてなした事も一因だが、同僚を招いた際には貸切にしたのが喜ばれた大きな原因だそうだ。まるで貴族になった気分だと色々な人から好評だったらしい。噂を聞きつけた、何とかという子爵が、突然店にやって来て今からこの店を貸切にすると言い出した時には、


「この店は、副王殿下のご趣味で運営されております。貸切でしたら殿下の許可を得てからであれば、何時でもお受けいたします」


と言って撃退したそうだ。私は、その店とやらに行った事もなければ、出資もしていないのだがな。


 マリユスと政治の話をしていると、


・役人をどう料理するか?

・国の運営はどの様に行うべきか?


という話題が、いつの間にか、


・あの食材はどう料理するか?

・店の運営はどの様に行うべきか?


に変わっている事があるので注意が必要なのだ。


 店が繁盛すればする程、政務省内でのマリユスの地位が高まると言う納得行くような行かない様な話しを信じたのだが、何人かの貴族はわざわざその為に、私との面会を求めて来るのだから、多少の意味はあるのだろう。少なくとも私に面会を求める様な貴族であれば、一般常識(貴族社会の常識ではなく)はあると思えるので、友好的に接していく予定だ。


 先日、アンリエッタ(王女とか姫とか付けると返事をしてくれないのだ)が突然やって来て、こんな事を言い出した。


「”精霊の寝床”に行きたいのだけど、ラスティンに紹介してもらえばいいの?」


 ”精霊の寝床”はマリユスの料理店の名前ですが、王女の耳にまで届くのは少しおかしいのだが?


「アンリエッタ、君はまたそんな話を何処で聞いてきたんだい?」


「え? そうよ、メイドの誰かが、そんな話をしてくれたのよ」


「そうかい、じゃあ、そのメイドは王女様につまらない話をした罪で罰する事にしようか」


「えっ? え?? 嘘よ嘘、貴族の誰かが、話してくれたの!」


「では、その貴族を罰しようか? アンリエッタ、今度は何処で盗み聞きしていたんだ?」


「・・・」


「この前は、盗み聞きを叱ったけど、嘘をつくのはもっと良くない事だよ?」


 子供への教育の為だから、私が今までついてきた嘘は無視してくれ。


「でも・・・」


「そんなに、行きたいのかい?」


「うん!」


 何だか、良い感じの返事が来たのだが、どうするべきだろうか? 下手にこっそり王宮を抜け出されるよりは、信頼できる護衛を付けたい所だが。近衛を付けるかは微妙だな、思い切って目立つか、いっその事、平民の格好をさせるかどちらが良いだろうか?


「アンリエッタは、大勢の護衛を引き連れていくのと、変装して数人でこっそり行くのとならどっちがいい?」


「行っていいの? じゃあ、こっそりの方がいいな?」


 だろうな、そうなると人選が悩ましい所だ。女性が望ましいのは言うまでもないが、ああ!こう言うことが得意な婚約者が居るじゃないか。今なら変装に関しても、得意な?友人も漏れなく付いてくる気がするので丁度良い。(最近は研究で、煮詰まっていると聞いているので、これまた丁度良い)


「君は、エレオノールを知っているかい?」


「ルイズの姉さまよね? ラスティンのお嫁さんだね」


 お嫁さんか、将来的にはそうなるんだが、妙な覚え方をしているな。


「エレオノールに会った事はあるよね? こう言うことにかけては、君の先輩に当たるからきちんと言われた通りにするんだよ」


「はい!」


「それと、1つだけ約束して欲しいんだけど、僕にどれだけ迷惑をかけても構わないけど、陛下や王妃殿下には心配かけない事!」


 私は、アンリエッタの小さな肩を少しだけ力を込めて掴んで、彼女の瞳を見詰めながら告げた。


「・・・」


「返事は?」


「じゃあ、ラスティンには沢山迷惑かけるね!」


 しっかりと私の真意を理解しているか不安になる返事だが、結果的にアンリエッタが両親に心配をかけなければ良いだろう。(じゃあ、王宮外に出すなと言う意見は聞かないがな。アンリエッタがどんな人生を辿るか不明だが、今回のことはきっと役に立つ時が来るだろう)


 もしかしたら、マリユスの料理店に関しては、キアラが裏で動いているかもとも思えたが、上手く活用出来るのであれば問題無いと思えるので、そのまま受け入れる事にした。マリユスは、政務省内の改革をそれほど急がない積りの様なので、こちらもどっしり構えていなくてはならないようだ。こう言うやり方もマリユスらしくて良いと思う、結果的に政務省内のお役所仕事が撲滅されれば、問題無いのだから。


===


 一方、マリユスから少し遅れて王宮にやって来たアンセルムだったのだが、彼が何をやっているのか私自身は理解していない。というか、キアラ以外は理解していないだろう。

 最初は陸軍の様子を見たいと言い出したので、取り敢えず副王のサインを入れて、”この者に特別な配慮を要請する”と書いた身元を証明する書類を渡したら、しばらく帰って来なかったのだ。キアラには連絡が入っている様なのだが、陸海空軍を転々としているとしか、私には分からなかったのだ。


 時々妙な所から、アンセルムの居場所を尋ねる問い合わせがあったりするので、きちんと活動はしているらしい。グラモン伯爵がやって来て、是非貴下に加えたいと言われて何とか断った直後に、息子のデニスがやって来て、”もう一度勝負させろ!”などと言われたのだが、アンセルムは一体何をやらかしたのだろう?

 グラモン伯爵の話では、アンセルムが若手の士官相手に模擬戦で圧勝したと言っていたので、その絡みだとは推測出来るのだが、仮にも”副王”を相手にあれだけ熱くなれるのだから、それなりの・・・、いや、昔からデニスにはああ言う所があったな。意外と簡単にあしらわれただけかも知れないな。

 まあ、アンセルムが軍にあまり深入りしていないのは安心だ、他は兎も角、私の部下が軍にまで影響力を持つようになると、洒落では済ませられない状態になるので、注意しておいたのだ。一応注意が守られている様なので、一安心なのだが調子に乗って魔法衛士隊などに手を出さないで欲しい物だ。


 空気の読めなさ(あるいは読まなさ)は、”レーネンベルク公立高等学校”の卒業生が持つ共通仕様なので、諦めているが貴族を貴族と思わない振る舞いは控えて欲しい物だ。この辺りは多分、私が立ち向かうべき問題なのだから。

 とりあえず、キアラと相談して今年の法案を考えたのが、陛下は兎も角、枢機卿の目を誤魔化すのには苦労しそうだ。キアラというフィルターを通した枢機卿を相手する訳だから手強いのだろうが、ここで疑問を挟まれる様では、本番で詰まる事が有り得るから、十分に検討しておく必要があるのだ。


===


「ふむ、全ての国民が住む所を自由に選べるようにするか。マザリーニ、どう思う?」


「はい、陛下。副王殿下、少々お聞きしても宜しいかな?」


「どうぞ、枢機卿」


「先程の”居住移転の自由”と言う物ですが、この国では移住を禁止する様は法は施行されていないはずですな。それなのに態々自由を保障するというのは、おかしいのではないですかな?」


 ほら来たぞ。まあ、想定通りの質問だから問題ないのだが。


「マース領、以前のモーランド侯爵領で、何が起こっていたかご存知でしょうか?」


「聞かせていただきましょう」


 さすがに、モーランド侯爵と聞けば無関心では居られないか。当然かも知れないし、それを狙っての発言なのだが。


「あの地では、隣の父の領地でも知られていなかったのですが、長く住民が領地から出る事を禁止されていました。今ならばその目的は明白です」


「内通情報の漏洩を防ぐということですかな?」


「その通りです。モーランド元侯爵(うらぎりもの)は、領外との交流を極端に避けていました。考えたくはないですが、モーランド元侯爵(うらぎりもの)と同じ事を考える領主が居たとしたらどうなるでしょうか?」


「ふむ、それを防止する為だと言うのですかな。やや遠回りなやり方ではないですかな?」


「はい、是非、違反者に罰則を科したいのですが、やはり、貴族達に強制するのは拙いでしょうか?」


「良いではないか、反対する者は裏切り者と呼ばれるだけではないか? 違反する者は税を課すなり、領地を召し上げるなり、どうとでも出来るであろう?」


「陛下、それはあまりにも! 副王殿下、この話は陛下と私で詰めておく」


「はあ、それではよろしくお願いします」


 こう言ってその場を後にした訳だが、陛下の発言は少し気になった。この国の国民の1人として、これまでの陛下の治世が間違った物だとは思わない。そうでなければ、私が父の庇護下にあったとしても、あそこまで上手くワーンベルを統治出来たのがその証拠だ。領地の繁栄など、国の安定が有ってこそだと言うことが、今ならば分かる。


 その陛下が、あの様な発言いや放言をすると言うのが、おかしく感じてしまうのだ。ただの考え過ぎならば良いのだが。

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